
平戸往還2 佐世保宿→彼杵宿〔完〕
2026.03.25
1.佐世保宿


さるくシティ4〇3アーケード。
全長約1kmのアーケードで、一直線のアーケードとしては日本一の長さです。

アーケードの途中に交差点があったら、屋根が途絶えて1kmにはならないのではと思ったら、上の画像の様に交差点が、まるごと屋根に覆われていました。






二十三夜塔。
関東地方ではよく目にしますが、九州の街道沿いでは滅多にお目にかかれません。
参考までに二十三夜塔とは、江戸時代から昭和初期にかけて全国的に流行った、月待行事。

茨城県牛久市
月齢の二十三夜に、塔の前に信仰する人々が集まり、下弦の月が出る午前零時を食事をしながら迎えます。

栃木県栃木市
二十三夜以外にも、十九夜や二十六夜などの月齢にあわせた塔も建っています。

栃木県大田原市

栃木県下野市
栃木県茨城県内の記録が多かったので、北関東で流行っていたのかもしれません。
平戸往還に戻ります。


米軍基地がある街には、TATOOの店が必ずあります。
日本人はあまり馴染みませんが、アメリカ人にとっては文化なのかもしれません。

佐世保市文化体育館。
近年作られる体育館は、◯◯アリーナと名前を付けるのが流行り、◯◯文化体育館は貴重な存在になっていくと思われます。
街道歩き中の、"定線観測"の楽しみが増えました。

方言広告を見るとほっこりします。
上の画像の方言広告は翻訳がしてありますが、下の画像の方言広告は意味がわかりませんでした。

鹿児島県いちき串木野市
このおおらかさというか、大雑把さが鹿児島らしくて好きです。
おおらかさが満喫の薩摩街道を歩いた時の記録はこちら↓
2.峰の坂


この先の道中、いままで歩いた街道の中で類がない風景に出会えました。





素晴らしい階段街道でした。
疲れが全く感じられないくらいの心地良さ。


峰の坂と道標に書いてあるので、そろそろピークだと思います。








港の風景は軍港です。





国道35号の上を歩行者用の橋で渡りましつ。かつては山だった場所を切り通しとして削った上に橋を架けたと思われます。


この付近は道がよくわからなく、何度か迷いながら、なんとか街道に辿り着きました。
3.脇崎一里塚

JR九州の車両が走ってます。
佐世保駅で、松浦鉄道からJR九州に替わってました。


信じられない高さの場所に駐車場があります。
平地が少ない佐世保ならではの光景です。



コッペパンブームですね。
星乃珈琲店が運営しています。

上の画像、ガラス窓に貼られたガムテープ。九州あるあるの光景で、台風直撃が多い地域でよく目にします。
薩摩街道を歩いていた際に立ち寄った八代の居酒屋で店主にその話をしたら、面倒臭いので一年中貼ってあるそうです。



雨が激しく降ってきました。
上の画像の線路左側の道に出られると思っていたら、道は行き止まり。
道を500m位戻ることになり、心が激しく折られました。
この程度のことで、心が折れない大人になりたいです。



鯉幟のシーズンですね。




この付近は旧道がどのルートなのか判らなかったので、国道35号を歩きます。
4.早岐宿

旧道を見失い、更に道を間違えたりしていたら旧道らしき遺構、三つの石畳を発見しました。

三つの石畳、その先に本格的な石畳道が見えます。

おそらくポツンとあった三つの石畳が本物の遺構で、その先の石畳道はマンホールが一体化されているので、再現されたものと思われます。
街道の山間部の峠道では往時のままの石畳を時々目にしますが、平地や都市部ではなかなかお目にかかれません。
西国街道 山陽道、山口県宇部市の逢坂集落に、印象的な石畳がありました。

山口県宇部市
往時の道幅の街道に入る交差点に看板が立っています。

山口県宇部市
千林尼の石畳路。
いい響きの道案内が出ています。

山口県宇部市
こちらがその石畳。
保護されることもなく数世紀に渡り、草鞋や馬や馬車から自動車まで、様々な足跡や車輪がこの石畳の上を通り過ぎていったと思うと、なんとも言えない感情が込み上げてきました。

山口県宇部市
私もその歴史上の一歩に加わらせていただきました。
千林尼の石畳を歩いた時の記録はこちら↓
平戸往還に戻ります。





早岐(はいき)茶市。
450年の歴史があり、5月の週末にに初市・中市・後市と3回開催されています。最近まで物々交換が行われていたそうです。

道を間違えて、街道と運河を挟んだ反対側の道を歩いていたので、運河越しに街道の裏側の風景をお楽しみください。



先ほど裏側から撮影した街道の表側の風景を紹介します。



自動車学校のまつり、発想が面白いですね。



昨夜飲みに入った店で、リンガーハットのちゃんぽんの味は安定感があると、地元の人が言ってました。





5.番所峠










宮村往還道墓地。
峠道に入る曲がり角がわかりづらく、肝心の県道から峠道に入る道標がありません。
地元の方に聞くと、墓地の中を通り抜けていくと仰っていたので、この道で大丈夫そうです。

長崎県の墓石は、殆どが金文字が刻まれています。
中国との交易が盛んだったため、中国の風習が伝わったからと言われています。





長崎県らしい風景。
峠を越えた先に見える海の眺めは、飽きることがありません。

針尾無線塔。
1922年に旧日本海軍によって建設された無線塔。高さ約136mの塔が正三角形状に配置されています。
日本遺産に認定されている、鎮守府 横須賀・呉・佐世保・舞鶴~日本近代化の躍動を体感できるまち、の構成文化財の一つになっています。



唐津街道や平戸往還でよく目にする低い鳥居。
どんな意味があるのか、気になります。



6.川棚


一ぱい水。
若干飲むには勇気が要りましたが、飲んでみたところ大丈夫でした。




狼煙跡。
鎖国時代に異国船が来た際に、この場所から狼煙を上げて合図を送っていたそうです。

突然街道が霧に包まれました。





鳥居の奥には社殿ではなく公民館が建っています。
公民館の中に近隣の神様が集められて、祀られているものと思われます。



長崎県はキリスト教の教会が、多くある様に感じます。


大村湾岸に出ました。
晴れていれば真っ青な海。
雨模様だと水墨画の様な海。
それぞれの良さがあります。
7.彼杵宿

彼杵と書いて、"そのぎ"と読みます。


この付近の地名は、小音琴郷(こねごとごう)・大音琴郷(おおねごとごう)。
地名の由来は、立神の鼻に姫が舞い降りて琴を奏でた、という神話があるそうです。素敵な地名ですね。




海沿いの旧街道のクライマックスは、歩きながら崖の上から眺める海の姿。

雨が降っていても、水墨画の様な美しさが満喫出来ます。
街道を歩きてきた中で、海沿いの崖の上から眺めた印象深い景色を三つ紹介します。
東海道 薩埵峠

山陽道 浮野峠

北陸道 親不知

平戸往還に戻ります。


防風林が見事すぎて、海が見れませんでした。





東彼杵町で生産されている"そのぎ茶"は、全国茶品評会で4年連続1位を獲得。
更に一般消費者のテイスティング審査がある日本茶AWARDでも日本一を獲得。
長崎県が誇るブランド茶です。




茶畑と海、この組み合わせは珍しい、実にいい風景です。




またもや、鳥居の奥に公民館が建っています。長崎県特有の文化かもしれません。






長崎街道との追分、彼杵宿思案橋。
終点に到着しました。





彼杵神社にて、無事歩き終えたお礼参り。


前回長崎街道を歩き、彼杵神社に挨拶に来たのが2024年1月。気温が7℃でドラム缶に火が入ってて、暖を取っていたことを思い出しました。

ドラム缶がひと回り小さくなってますね。
お腹が空いたので、帰りの飛行機の時間まで彼杵宿で早めの夕食、お目当ては鯨の刺身です。







美味しい!
刺身ではありますが、鯨は哺乳類である事が、舌で体感できます。


美味しかったです。
最後の夕食を終え、帰路に着きます。




唐津街道7日間と平戸往還2日間。
2026年春の街道歩きは北九州から西九州を満喫しました。
夏は熊の出没状況をみて、街道を選びます。