
奥州街道 松前道20 七戸宿→野辺地宿
2025年春、薩摩街道を南下し鹿児島の地に辿り着きました。
次はどの街道を歩こうかと迷っていた頃、還暦を迎えた街道歩きの仲間から体力のピークの話をよく耳にする様になります。
現在57歳、体力があるうちに歩ける道を考えたら、一番過酷な道が頭に飛び込んできました。
いざ出陣、津軽半島最北端の三厩まで行けるか、年齢との戦いが始まります。
2025.09.13
1.七戸宿

夜は、地酒・地ビール。
朝は、地牛乳で乾杯!
青森県産の生乳だけでつくった萩原牛乳をいただきました。

本日は8日間の行軍の4日目。
iPhoneのヘルスメーターでの歩行距離は
1日目 20.8km
2日目 38.5km
3日目 38.3km
57歳になり体力の低下が身に染みる昨今、長丁場の街道歩きにはクールダウンが必要になってきましたので、本日は歩行距離を短くして20kmで計画しました。
朝風呂に浸かってから、普段より3時間遅い8時代の出立です。




昨日七戸宿の中心部を歩いた際に、他の奥州街道の宿場町ではよく目にした、祭りの山車蔵が見当たりませんでした。
七戸は祭りがなくなってしまったのかと勝手に心配をしていましたが、ここに集結していました。





この先の奥州街道は、”本街道”(地図 上の道)と”近道”(地図 下の道)に分かれおり、一里塚が残っている本街道を歩きたいものの、途中で道が寸断されています。
上の画像の看板説明文の最後に、本街道にある、天間館の一里塚はわが国で最も美しい一里塚のひとつに挙げられている、と書かれています。
一里塚マニアとしては、見逃す事ができません。
遠回りになりますが、本街道を途中まで歩き、天間館の一里塚を拝んだ後に、”近道”に移動して歩く事にしました。

見事な杉並木です。



七戸ではかつて、多くの競走馬を育成していたそうです。


牧場・貯木場、二戸らしい風景が続きます。

2.天間館一里塚




中野追分。
ここで奥州街道は右の"本街道"と左の"近道“に分かれます。
"本街道"は所々が寸断されていて、通しで歩けないのですが、途中に国内で最も美しい一里塚のひとつに挙げられている、天間館の一里塚があるので、遠回りになりますがその一里塚を拝んでから、"近道"に向かいます。








見事な一里塚です。
往時の旅人と同じ様に、一里塚を拝みながら休憩します。

軽トラックが通過、絵になります。

トラクターが通過、絵になります。
次は馬が走ってくればいいのにな、と思いながら暫くぼーっとしながら、街道で見た一里塚を思い出していました。
今までの街道歩きの中で、印象的だった一里塚を3つ紹介します。
中山道 八瀬沢一里塚

岐阜県瑞浪市

岐阜県瑞浪市
美濃の中山道十六宿の中で最も高い琵琶峠(標高557m)の途中にある一里塚。
峠道には日本一の長さとも言われる、全長730mの石畳が敷かれています。
その石畳の峠道の途中に一里塚が忽然と現れ、その保存状態の良さに鳥肌が立ちました。
中山道琵琶峠を歩いた時の記録はこちら↓
甲州道中 神戸一里塚

長野県富士見町

長野県富士見町
雨の甲州道中、標高900mを越え冷たい空気の山道を歩いていると、見た事がない大きさの一里塚が洗われます。
西塚の欅は往時のままで、樹齢400年でした。
神戸一里塚を歩いた時の記録はこちら↓
奥州街道 成田一里塚

岩手県北上市

岩手県北上市
朝から12時間近く歩き、目的地の花巻宿まであと6km。
薄暗くなり景色を楽しむ余裕が消えかけた頃に、住宅地の中に想定外の大きさの一里塚が現れます。
先に紹介した2つの一里塚は山道の途中なので、保存状態が良いのはわかりますが、住宅地の中にあるにも関わらず、この大きさで残っているのは奇跡的です。私の中で、一番の一里塚です。
成田一里塚を歩いた時の記録はこちら↓
この先の古い”本街道”は何ヵ所かで寸断されているので、新しい”近道”と呼ばれる道に向かいます。









国道でもトラクターが普通に走行しています。
片側1車線区間ですが追越し禁止ではなく、ヒヤヒヤしながら見ていましたが、対向車も上手にゆずりあって追越しに協力していました。





3.稲刈り

オレンジハート。
車がひっきりなしに出入りし、店からみんな嬉しそうな顔をして、手にはお弁当を持って出てきます。
青森県内に6店舗ある地元のコンビニエンスストアでした。




上の画像の畑、左からレタス・ブロッコリー・ニンジン・ネギ、器用に栽培してますね。

















4.尾山頭





教習所に除雪車が停まっています。
雪国ならではの光景ですね。










上の画像のサイクリストに、この後コンビニで追いついたので声を掛けると、宮城県の大崎市発着のロングライドイベントに参加中らしく、本来は今日チェックポイントの恐山に行く予定でしたが、降り続ける雨に断念したそうです。
地味に坂が多いので、奥州街道はキツイと思います。




5.野辺地宿

日本遺産認定 野辺地町。
野辺地町は北前船で日本遺産登録をされています。
日本遺産の所管は文化庁。登録されるには、地域の歴史的魅力や特色を通じ、日本の文化・伝統を語るストーリーがある事が条件になっています。
野辺地が選ばれたその日本遺産のタイトル、サスペンスドラマとタイトル級の長さでした。
荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間
~北前船寄港地・船主集落~
"北前船寄港地"をストーリーとした日本遺産の対象エリアは、北海道・東北・北陸・西日本と、道南から本州全域に及びます。
今回の日本遺産に関しての認定自治体数は、50を超えていました。



























北前船主の野村治三郎家が、明治天皇御巡行時の為に建造された建物。
北前船は、さぞ儲かったのでしょうね。
明治天皇巡行の際は、各地の名士が財を投じて建物を作っていました。
私が街道を歩いてきた中で印象的だった建物が、北陸道長浜宿の慶運閣。

滋賀県長浜市
慶運閣。
長浜の豪商 浅見又蔵が、明治天皇巡行の為に私財を投じて建設した建物。
命名は伊藤博文、庭先の琵琶湖を借景にするなど、何とも贅沢な迎賓館ですね。

滋賀県長浜市

滋賀県長浜市
そして極めつけが、座れてしまいそうな距離に置かれている玉座。
椅子からオーラが出ていました。
慶運閣がある、長浜宿を歩いた時の記録はこちら↓




昼前からほぼ一日雨でした。
レインコートは使い過ぎて、3時間以上の雨だと水漏れがしてきて、身体が冷え切ってしまいます。
洗濯をしながら震える身体を温めて小休止してから、夜のパトロールに出ます。






いか寿司。
いかの握りかと思って注文したら、想定外の姿で登場。下北半島の伝統的な郷土料理、いか寿司です。
ボイルしたいかの胴体に、下足・キャベツ・ニンジンなどの野菜がぎっしり入っていました。

本日は昼食を食べ損ねていたので、いつもの醤油ラーメンを夜にリベンジ。
明日は陸奥湾沿岸を西に向かいます。