
北国街道5 下戸倉宿→田中宿
自然の多い街道を歩きたい。
三国街道と北国街道が思い浮かび、善光寺参りをしながら歩ける北国街道を選択。今まで江戸を目指し街道を歩いた事がなかったので、上越高田宿から南に向け出発します。
2022.08.25
1.戸倉宿









出発直前に雨が上がり、どんよりとした雲のベストコンディション。
お宿の夕飯がとても美味しかったので、早い出発で朝食がたべられなかったことが心残りです。
2.上戸倉宿










上戸倉宿はあっという間でしたが、往時のままの道幅や、歴史を感じさせる建物がポツポツと残る、存在感がある道でした。

















横吹は断崖と千曲川に挟まれた交通の難所。断崖を歩くルートは見つかりませんでしたが、復元したら、海の向こうに富士山を望む東海道の薩田峠の様に、三国街道屈指の絶景ポイントになること必死です。
3.坂城宿



坂城宿に入りました。曲がり角が多くどこを歩いているかわからなくなってきます。









坂城宿はいい街です。
派手さはありませんが、街道らしい建物と町が一体化しており、鍵の手がいくつもある街並みは、街歩きが好きな人にお勧めです!














ふるさと歴史館がありましたが、まだ7時過ぎでしたので入れず。
傘寄宿、また訪れたい宿場町のひとつが出来ました。




岩井堂山は形が美しいので、どこからでも目に入ってきます。富士山と同じで、見る角度で形が大きく変化しない円錐状の山は、シンボルになりやすいですね。









文化の館は、部屋を貸し出しており公民館に近い使われ方をしています。HPをみると営利目的でも使用できるので、面白そうな場所です。
4.オリンピックレガシーと井戸






成功させよう長野五輪



この付近は扇状地のため、地下水が豊富にあり、多くの井戸が残っています。










南城郵便局の局長さんとおもわれる人が、木の枝を丁寧に剪定していました。窓辺には子どもの塗り絵が丁寧に貼ってあったりして、温かみを感じる郵便局ですね。


オリンピックレガシーとは、オリンピックが開催地に残したモノやコト。
長野県内の信号機の地名表記は、長野オリンピックを機に片方が英語の単独表記になっています。
5.鼠宿





鼠宿とは松代藩主が設けた私宿。
名前の由来は、元々狼煙台があり”寝ずに”見張ったためとか、野宿した日本武尊が月の美しく”寝ずに”観たからともいわれてます。
眠れなくなる素材が揃った宿場だったのですね。











會地早雄神社は神秘的でした。
太鼓石橋、巨樹、巨岩、崖の上の鳥居、神秘的要因を多数取り揃えています。
6.岩鼻の剣




岩鼻は北国街道の難所のひとつ。
街道の難所は3パターンあります。
「川渡り」川を渡しなどで超える道
「山越え」峠道を超える道
「断崖抜け」断崖絶壁と川に挟まれた道を通り抜ける道
ここは断崖抜けに相当します。









街道の難所の付近の道は、美しい景色が多い様に感じられます。難関を越えた先の安心感が、街道に乗り移るのでしょうね。
7.上塩尻村








上塩尻村は、上田紬の生産地で養蚕業で栄えた街の情景が、今も色濃く残っていました。
美しい石垣と塀に囲まれた、手入れの行き届いた隙がない街並みは、ヨーロッパの丘の上にある古い街並みを感じさせます。









歩いていると気のせいかもしれませんが、石垣が目につくようになってきました。石が多くとれる地域なのか、財がある地域なのか、どちらでしょうね。
8.上田城下囲八村





秋和村に入ると、整然と無数の脇道が伸びる独特な街並みに変化します。道中、地域の方に声を掛けられ話をしていると、その謎が判明。
城を守るために、郊外の住民に対し無税にする事を条件に、”上田城下囲八村”に転居を命じ、秋和村では敵を欺くために、街道沿いではなく脇道沿いに玄関を設けるために脇道を多く作り、この様な街並みになったそうです。














桝形の中央に橋があるのは、合戦の際は橋を落とすため。上田城の都市計画は、”上田城下囲八村”もそうですが、よく考えらえていますね。












中心部に向かい、一直線に伸びる道筋と、城下町を感じさせる風景が続き、期待が膨らみます。
9.上田宿







緑橋を渡ると、石畳の道になり、風景が一変します。城下町の中心地、柳町に入りました。
保命水の井戸がお出迎え、柳町の先人達が寺の湧水を木管で引いたのが始まり。










上田は大きな町で、町の雰囲気に城下町の落ち着きと誇りを感じました。
美味しい飲食店がたくさんありそうな気がします!








桝形を2つ抜け、長閑な風景に変化していきます。城下町も好きですが、長閑な風景も同じくらい好きです。








10.千曲川








太鼓岩と陸地の間には、地元の有志が造った、吊り橋があったのですが、1959年の伊勢湾台風時に、危険とみなされ撤去されています。
太鼓岩は、このままの姿でいる事に、意義がありそうですね。
















大屋橋の先は、中山道長久保宿に至る長久保道。
長久保宿の先は中山道最大の山越えの難所、和田峠が控えています。
歩いた時の記録を紹介します。





大屋仁王尊のある場所は、大屋橋完成前までの千曲川渡河点。
千曲川を何度も眺めましたが、ここからの眺めが一番でした。



街道を歩いていると、川の眺めは旅のお供でありますが、時には行く手を阻む存在になってきます。今回の道中、そろそろ眺められるのが最後になりそうなので、心の中で別れを告げました。
なんて言いながら又会ったりして・・・・
11.海野宿








観光案内所内”うんのわ”。
間口の雰囲気は小さめなのですが、中庭を抜けて裏口を覗くと、その奥は観光客向けの広い駐車場、景観を損なわずに上手に観光客への利便性を高めている、ハイレベルな観光開発です。











海野宿は、観光客向けの飲食店や宿泊施設が殆ど無い不思議な空間、お金を落とす場所がない珍しい観光地でした。
12.田中宿








田中宿の入口が駅前なので、次回のお楽しみにして本日はここまで。





田中宿は、駅前に宿場の起点と温泉がある、街道歩きには理想的な宿場。
帰りは、しなの鉄道の国鉄型車両を乗継ぎ、軽井沢から新幹線で帰宅。次回で終点の、追分分去れを目指します。