
日光道中4 小山宿→宇都宮宿
1991~1993年 東海道五十三次 完歩
2021年 春~夏 中山道六十九次 完歩
2021年 秋 甲州道中四十四次 完歩
2021年 秋~冬 日光道中二十一次
どんな旅になるか楽しみです!
2021.12.11
1.小山宿

今朝も与野駅05:18発、芸術的な屋根の柱を気にしながら電車に乗り込みます。

小山駅到着、来年国体なのですね。しかし、いちごと国体のつながりが強引で笑えます。開催時期は秋冬なので、いちごのベストシーズンですね。



日光道中に入ります。2枚目が江戸方面、3枚目が日光方面です。


地元では有名な和菓子屋さんの蛸屋、本店です。子どもの頃から、みかもの月はよく食べました。

太陽を避ける営業時間、日の出が近いのか営業終了。

陽が昇ってきました。

両毛線踏切、小山と高崎を結ぶ路線、沿線には、うどん・そば・ラーメン・パスタの店が多く、JR東日本が"めん街道両毛線"という、誘客キャンペーンを時々行ってます。

特装車の小平、トレーラーの頭の部分がたくさん並んでました。特装車とは、メーカーが製造した車を、用途に合わせ特別に改装した車。私は子どもの頃大好きだった映画、トラック野郎を思い出しましたが、並んでいる車はそんな感じではなかったです。

朝陽が新幹線を超えてきました。間々田宿辺りから、右を見ると万里の長城の如く、常に新幹線の高架橋が立ちはだかってます。

脇道の風景。国道沿いは単調なので、入っていきたくなりますね。


日枝神社のケヤキ。日枝神社とは、比叡山の日吉大社より生じた山王信仰で、全国に約3,800社もあります。
2.家の中の祠

石造りの祠が家の中に建ってます。本日の個性豊かな祠シリーズ、一挙公開。





今回も様々なスタイルで祀られており、大木の根元に建立されていたのが印象的でした。


立派な家々、日光道中の沿道には、土地が豊かなのか、広々とした建物が多かったです。

日光壬生道の追分。


日光壬生道は、日光に行く近道であったため、以北の奥州道中沿道の人達により、何度も道標が倒されたそうです。商いに対する行き過ぎた執念です…。

新幹線の車庫です、子どもの頃新幹線開通前に、テスト線がこの辺りから作られており、父と見にきたのを想い出しました。今は天国にいますが、子どもの頃に戻って、遊んでもらいたいなぁ、などと思ってしまいます…。このブログは通勤の電車内でスマートフォンでコツコツ入力しているのですが、涙が滲んできました…、歳ですね。

小径に入ります、自動車が来ないので、ストレスフリーで、何もなくても楽しくなります。


寒いわけです、薄氷が張ってます。


住宅地の真ん中に突然の一里塚、凄い、両塚が残ってます!がしかし、何の案内看板もありません…。

黄葉を楽しみながら進みます。


隣には宇都宮線。


上には東北新幹線。
3.新田宿


再び国道4号に合流し、新田宿に入ります。


所々にこの様な看板があり、全体像がとてもわかりやすかったです。


敷地が広々としてて、塀や門がなく、隣との境界がわからない家が多かったです。


本陣跡、門が残されてます。


代官屋敷跡。




家々に飾られた屋号の木札。


電柱が埋設され、歩道が広くスッキリしていて歩きやすかったです。街道愛を感じる心地良い町並みでした。


石仏群、ここを出た後に道を間違えます。


お陰様で男体山を拝むことができました。


椿も畑も凍結の世界。
4.小金井宿

再び国道4号に。


小金井一里塚、見事に両塚が残ってます、市民が努力して大切に護って来ないと、こんなに見事には残らないと思います。感動しました。


様々な石仏群が綺麗に整列。



十九、二十三、二十六。
二十六夜塔は初めて見ました、切れ長で綺麗な三日月なのでしょうね。

立派なお腹!


本陣跡、今も住宅になってますが、大谷石の塀が高くて、母家がどんな建物かはわかりません。


さて、いつもの店を目指して少し寄り道。

電車の車両センターの横を抜けて、

今日も来ました、コメダ珈琲店!

安定の美味しさ。

名古屋の企業らしい、ご当地コラボクリスマスBOX。

こちらは日光道中ではありませんが、自治医大駅近くの住宅地、栃木県内でとても人気があるエリアです。



寄り道を終えて、日光道中に戻ります。昔の人も、私たちみたいに行きたい場所があると、寄り道してたのでしょうね。
5.祇園原の松並木




大根・キャベツ・大豆、美しい景色が広がります。


こちらは防風林。


何を植えているのでしょうね。

300mくらい東側に並行している国道4号の脇に松並木がみえます。えっあれが旧道ではないの?

ということで、またもや寄り道、地名は祇園原、調べたところ以前八坂神社があったらしく、この一帯にあった松林の一部のようです。


国道4号沿いに並木は続きます。
赤い身はおそらく、カラスウリ。

松美屋、そば・うどん店。


見応え十分な松並木、次は日光杉並木です!

一里塚跡、どこにあるかわからず…。


丸大食品、かつて宇都宮で営業をしていた頃のお客様で、仕事を通じてたくさん勉強させて頂きました。


トンカツ屋さんの隣に、オーナーの自宅と思われる合掌造りの建物が、立派でした。

読めない看板、どうしてこうなるんでしょえね。

石仏群。


立派なお屋敷。
6.石橋宿


石橋の町中に入ってきました。


おそらく本陣跡だと思われます。


見どころがというか、案内表示などがあまりにも無いので、退屈な家内は、落ちた巨大な柑橘類を片付けたり、廃屋の中を覗き込んだりしてます。

メルヘンな石橋駅に寄り道。


干瓢屋さんの存在感が、際立ってました。



寄り道を終えて再び国道4号に。


重機のレンタル、たくさん並んでいると、なかなかの美しい光景です。


道はずっとこんな感じの単調な修行道。上三川町に入ります。
7.鞘堂地蔵尊

味のある看板に惹かれて、足が向かいます。


"長生き健康抱き柱"と書かれてます。よく見ると昔の木製電柱、長生きしている縁起物なのですね。


室町時代、戦の後に村人たちが戦死者の刀の鞘を集めて、お堂をつくり石仏を安置した事が名の由来。この案内看板も手書きです!


この絵も同じテイスト。












お堂の周りには、干支が一周してます。寅が正面に飾られていたので、毎年並び替えている感じでした、素晴らしい!


再び国道4号を北上。

星宮神社、人々が背負う星を護る神社。素敵ですね!



北関東自動車道、東北道を跨ぐので、場違いな高さです。
8.大谷石の蔵

宇都宮は大谷石の産地。この写真は小山宿を出たあたりの石の蔵、沢山撮影しましたが、宇都宮に近づくと大きくなって、家紋が入るようになってきます。


















独立タイプのサイゼリアは珍しい。
9.宇都宮市

北関東最大の都市、宇都宮市に入りました。現在の人口51万人、私が30年前に住んでいたときは50万人いませんでした。

フトン巻きジローだ!沖縄に住んでいたとき、あちこちにあったのですが、内地に進出していたのですね。

陸上自衛隊・宇都宮駐屯地。いつもありがとうございます。



東京から99km。
10.雀宮宿



仮本陣芦屋家、仮本陣というのもあるのですね。


雀宮神社、地域の地名の由来となる神社なのですが、では雀宮の由来を調べると、諸説が5つもありました、ので割愛。

100kmポスト!

陸上自衛隊北宇都宮駐屯地。


雀鶴薬師堂、心の施療は万病予防。



顔見せブーム、安心感を与えるのでしょう、アパホテルのオーナーさんの手法ですね!


一里、近くに一里塚があるのかなぁ?


ここで国道4号とはお別れです、日光道中の後に奥州道中でお世話になります。


日光の表示が出てきました。ここからは、国道119号と並走。


スバル、航空宇宙カンパニー、ロケット作っているんですね!

JR日光線、徳次郎宿を過ぎたあたりから、日光まで並走します。
11.宇都宮宿

30年前に住んでいたアパートが、跡形もなくなっている…。写真中央左寄りの電柱の辺りにあったのですが…。管理人さんに挨拶でもと考えていたけど、ショックです。


不動堂、住んでましたが全く知りませんでした。


旧道は国道119号から左に逸れます。
この辺りからは、30年位前の暇な週末に一人で日光まで歩きました。

東武宇都宮線。

焼きそばキング、お腹が空いたので家内はここでもいいかと、言い出しましたが、餃子を食べたかったので我慢。
そういえば宇都宮って焼きそば屋さんが、まぁまぁある気がします。



蒲生君平の碑、山陵の調査をされた宇都宮の偉人。

さてあと少しで本日のゴール、読みずらい看板に書いてある、大通りまで行きます。


宇都宮市内は、この表札で統一されてますが、日光道中にはあまり関心がないようです。



賑やかですね、今日はここまで、あとは寄り道します。


味一番の餃子!


20代に過ごしたオリオン通り商店街。



二荒山神社、毎年夏祭りで神輿担いでて、クライマックスにこの階段を登るのが大変でした。

ではまた来週!