
西国街道 山陽道9 吉備津→矢掛宿
本格的に街道を歩きはじめて3年目、夏は歩く時間がまとまって取れるので、ぐいぐいと街道を進む事が出来ます。1年目は中山道、2年目は北国街道・三国街道、3年目に選んだ道は西国街道。
真夏の京都から下関まで約570km、猛暑との共存も年々コツを得てきましたが、身体と会話しながら西を目指します。
2023.08.10
1.スタート地点まで



スタート地点まで、鉄馬車で移動します。


最上稲荷の大鳥居。
高さ27.5m日本で4番目に大きな鳥居です。
ベスト3は
1位熊野大社 和歌山県 33.9m
2位大神神社 奈良県 32.2m
3位弥彦神社 新潟県 30.2m
参考までに日本三大稲荷のひとつとして
最上稲荷があげられています。
”日本三大あるある話”で諸説あり、総本宮の伏見稲荷は確定として、残り2つによく出て来るお稲荷さんは、
豊川稲荷 愛知県
笠間稲荷 茨城県
祐徳稲荷 佐賀県
どのお稲荷さんも立派ですね。
豊川稲荷は姫街道を歩いた際に立ち寄りました。



素晴らしかったので、ご興味がある方はこちらもどうぞ↓




吉備津神社。
参拝したいところですが、後ろ髪を引かれながら前に進みます。
2.板倉宿



板倉宿標札。
西国街道を歩き始めて9日目。
"ここが宿場入口です"の様な標札、意外かもしれませんが初です。
テンション上がります!












本陣付近に宿場町の雰囲気が残っていました。
途中石灯籠の中に、行くのを我慢した吉備神社のお札が飾ってあります。再び後ろ髪を引かれつつ板倉宿の道筋をふり返ると、灼熱の太陽が追いかけててます。







御埜立所(おのたてしょ)と読み、明治天皇がお立ち寄りになられた場所の印です。




足守川。
いい名前ですね。街道歩きの負担は足に集中しますので、毎日歩き終えると、足の裏に一日の感謝を伝えて、ふくらはぎから足裏にかけてマッサージをしています。
3.鯉喰神社





鯉に化けた鬼を、鵜に化けて退治した吉備津彦命を祀った神社。
一度名前を聞いたら忘れられない神社ですね。





鳥居の横に置いてあった木札に願いを書いて、拝殿の前に吊るす様ですね。
風に吹かれてカランカランと、いい音が境内に響いてました。




岡山県に入ると、いくつかの商業施設の入口に、業務用扇風機が置かれていました。きっと、虫除けでしょうね。









古墳の日陰に隠れて古墳を眺めながらの朝食。
地べたに座っての食事でしたが、心地良かったです。
4.備中国分寺





五重塔が見えてきました。
かつての国分寺には七重塔が建てられていたと、東海道見附宿の最寄りの磐田駅前に、復元図や模型が飾られていましたので、もしかしたら七層の屋根があるかと数えましたが、残念ながら五層でした。
見附宿の七重塔情報↓





平山郁夫画伯が描くくらい美しい風景だったのですね。
こんなにも周りの風景と調和した美しい五重塔は、見た事ありません。












何度見ても美しい五重塔です。
西国街道の起点、京都羅城門の東寺の五重塔も立派でした。
それぞれ周りの風景が異なると、趣きや調和の仕方が異なるところが面白いですね。
西国街道出立の日の東寺五重塔を紹介します。









この付近では、地神と刻まれた石碑と石灯籠が一緒に祀られてます。
地神と書いて、"じがみ・じしん"と読み、その土地の神様を意味する様です。








何度もふり返り五重塔の姿を探しましたが、おそらくこの場所が見納めかな。別れを告げ、西に向かいます。





5.清音

只今の時刻は09:00。
熱い中を1日歩きながら熱中症を避ける為には、エアコンの効いた商業施設などで身体を冷ます必要があります。
朝から歩いて来たルートは、コンビニやスーパーマーケットが殆ど無かったので、清音ふるさとふれあい広場で1時間ほど時間をかけて身体を冷ましました。

この付近の地名は清音と書いて、"きよね"と読みます。
旧清音村と先程歩いてきた山手村が合併し総社市にになってます。
"清音"、とても良い響きの地名なので、勿体無いですね。












街道を歩いていると、ヤマト運輸と佐川急便のトラックはよく目にします。その次によく目にするトラックはヤマザキパンのトラック。このデザインは子どもの頃から変わっていません。
ホームページを見ると、1日のトラック走行距離約50万km、地球12.5周分。
パンをかじっている子どもの名前はスージーちゃん、1966年から起用されてます。トミカの働く自動車シリーズでも販売されており、5,000円近い高値が付いてます。
ヤマザキパンは、日本人のパンのインフラになっていますね。




高梁川。
岡山県最大の流域面積を持ち、昨日渡ってきた吉井川、旭川とともに岡山三大河川と呼ばれています。
6.川辺宿










川辺宿駅。
宿場町の”宿”が付いた名称を、そのまま駅名にしている珍しいケースです。


西日本豪雨水害で決壊した影響かと思われます、見事な堤防が整備されてます。






吉備真備。
奈良時代の学者・公卿、地元の英雄です。







個性的なラーメン屋さんでした。








熊野神社の裏手がちょうど旧中世山陽道でした。
この付近の西国街道は、退屈な県道でしたので、里山を歩ける旧中世山陽道を歩くことにします。









街道を歩いていると、多くの鉄道を撮影をする機会に恵まれます。大抵の場合は、踏切の音がするので、そろそろ来るなと、歩きながら撮影の準備ができます。
それが出来ないのが新幹線や都市部の高架線を走る鉄道ですが、どちらも車両の編成が長いので、通過するまでに撮影が間に合います。
今並走している井原鉄道は、街道歩きを始めて以来、最も撮影が困難な鉄道で、その理由は4つ。
①踏切が殆ど無い
②編成が1両で短い
③走行速度が妙に速い
④運行本数が少ない
カタン・ブォーっと音がすると、一瞬で通り過ぎる妙に速い姿が、とてもコミカルで微笑ましかったです。
上の画像は、長い直線区間で線路との距離が離れていたので撮影が出来た貴重な一枚です。





7.矢掛宿




囲碁発祥の地。
奈良時代に吉備真備が遣唐使として唐から持ち帰ったなど、諸説あります。

筆塚。
使い終えた筆の供養のために、筆を埋めた塚。
北国街道の篠ノ井が、書家川村驥山所縁の地という事で"書道の町"を謳っていたせいか、筆塚がいくつか残ってましたので紹介します。




































矢掛宿。
こんなにも見事に街並みが残っているとは、相変わらずの予習不足のお陰で、想像以上の感動体験が出来ました。

















アルベルゴ・ディフーゾ。
観光業界で働き地域活性化の仕事を経験しないとなかなか聴きなれない言葉。
元々はイタリアで少子高齢化による、”空き家問題”を観光の力で解決しようという取組で、地域の空き家等を宿泊施設として改築し、レセプション機能や食事ができる拠点を整備し、チェックインや食事のサービスを提供する仕組みで、日本では”地域まるごとホテル”とも呼ばれる仕組み。
言葉では聞いていましたが、思わぬ形で体験出来ました。




アルベルゴ・ディフーゾを満喫するために、夜の街道を散策して、街中の飲食店で夕食をいただくことに。


念願であった、目の前の鉄板で焼いてもらえる、広島風お好み焼屋を美味しく頂きました。



夕食後小田川沿いを散策して、広島らしいお夜食を入手。
今回の旅は、4つのステージに分けています。
ステージ1 京都→大阪→兵庫
ステージ2 兵庫→広島
ステージ3 広島→山口
ステージ4 山口
明日はステージ2の最終日、いよいよ広島県に入ります。