
佐原 銚子街道2 佐原→笹川
一昨年夏に成田街道を歩き終え、その先にどんな道があるか調べたところ、水の都 佐原まで続く佐原街道、更にその先には太平洋まで続く銚子街道があります。
秋になり歩きやすくなったので、久々の夫婦での行軍、太平洋を目指して進みます。
2024.11.23
1.スタート地点まで

街道歩きのシューズ選びはとても大切です。
私の街道歩きは年間で約60日、1日平均35kmは歩いているので、年間歩行距離は2,100km。ランニングシューズの寿命が500~800kmと言われており、走っていないので消耗が違うにしても1年が替え時です。
先日家内と2人でお揃いのトレランシューズを購入しました。3回連続で同じasicsのトレランシューズ、私の足にピッタリです。


これから2時間40分、5つの電車を乗り換えてスタート地点の佐原に向かいます。




朝食は我孫子駅から成田駅の間に車内で食べます。


一日の車窓からの風景で一番綺麗な時間帯は、日の出の前後のひととき。

朝陽が出てしまうと、車窓からの眺めは、夕焼けまで同じ様な光景になります。


千葉県内を走る成田線は、三つの路線で形成されています。
一つ目は佐倉駅から成田駅を経由して銚子市の松岸駅まで結ぶ本線。
二つ目は成田駅から我孫子駅までの我孫子支線。
三つ目は成田駅から成田空港駅までの空港支線。
成田駅で三つの方向に分かれるので、成田駅の時刻表は、とてもわかりづらかったです。
我孫子線とか空港線とか、愛称をつければ良いのにと思っちゃいます。
2.佐原


佐原駅に到着しました。
構内には"ユネスコ無形文化遺産 佐原の山車行事"、と書かれた横断幕が掲げられてます。見てみたいものです。




懐かしい経路案内。
稀にボロボロになった同じタイプの経路案内は目にしますが、こちらはピカピカです。





NIPPONIA。
イタリアで古民家再生と地域活性化を目的に始まった、アルベルゴ・ディフーゾという分散型ホテルの仕組みの日本版。
佐原では、中心的な建物をフロントに見立て、街中に宿泊施設に改築された古民家が分散しています。
先月仕事でたまたま佐原のNIPPONIAに訪問した際の画像がありましたので紹介します。

上の画像は、フロント機能を兼ねた建物のレストラン。ウエディングなどでも利用されています。


上の画像は客室、落ち着いた雰囲気で何泊かして暮らす様に過ごしてみたくなります。




3.大祭


佐原の大祭 。
約300年の伝統を有し、7月の八坂神社祇園祭と10月の諏訪神社秋祭りの総称。
関東3大山車祭り(残りは川越・石岡など諸説あり)の一つと称されています。
山車は24台あり、夏に10台、秋に14台の山車が曳き廻され、2004年に「佐原の山車行事」がユネスコ無形文化遺産に登録されました。






八坂神社。
7月の佐原の大祭は、ここ八坂神社で執り行われる祇園祭です。
由来を読むと本日は収穫感謝祭。関係者が慌ただしく準備をしてました。




本日は勤労感謝の日。
勤労感謝の日とは、元々は天皇が収穫物を神々に供え、感謝し食する「新嘗祭」(にいなめさい)という祭事で、時代に合わせ現在の名前に変わって来ています。
先程参拝した八坂神社は、本日が収穫感謝祭でしたので、伝統を大切に護っているのですね。




伊能忠敬の末裔かもしれません。





銚子街道の表示が出て来ました。
今回の街道歩きの起点は、東京都葛飾区新宿を起点とする佐倉街道、街道の名前が点々と変わり続けます。
佐倉までの佐倉街道
成田までの成田街道
佐原までの佐原街道
今歩いている道は、
銚子までの銚子街道
銚子から先は海なので、終わりが見えて来ました。




ひこばえ。
この時期に稲が実ってますので2期作かと思いましたが、"ひこばえ"と呼ばれる切った株から出た芽でした。
見た目は稲が実っている様ですが、中身は空っぽらしいです。
4.浜鳥居

道が単調で退屈だったので、利根川の堤防に出てみました。
さすが日本一の流域面積の河川、テトラポットがあり波が打ちつけられており、まるで海の様です。



浜鳥居。
堤防を歩き始めたら、堤防の上にかなり大きな鳥居が見えて来ました。
香取神宮の一の鳥居、通称浜鳥居。この付近の千葉県香取市・茨城県潮来市・鹿嶋市一帯は水郷と呼ばれるだけあって、船で移動してから参拝していた事が窺えます。

利根川上流を眺めていると、三つの街道歩きで利根川の長い長い橋を渡った時を思い出しましたので、上流から順に紹介します。
一つ目は日光例幣使道の五科橋。
群馬県高崎市倉賀野宿から日光市に向かって歩いた初日に渡りました。
河川敷は広いですが、水深は浅そうで、かなり頑張れば歩いて渡れそうな感じです。

下流の眺め

上流の眺め

五科橋
日光例幣使道で利根川を渡った時の記録はこちら↓
二つ目は日光道中の利根川橋。
埼玉県から茨城県に入る時に渡りました。
真冬の日の出の時刻、酷寒でしたが、北関東三県の霊峰、群馬県赤城山・栃木県男体山・茨城県筑波山、そして日本の霊峰富士山まで拝められた、奇跡的なひとときでした。

富士山

左 赤城山 右 男体山

筑波山
日光道中で利根川を渡った時の記録はこちら↓
三つ目は水戸街道の大利根橋。
千葉県から茨城県に入る時に渡りました。河口の銚子まで80kmもあるのに、利根川を渡った全長200mはある特急列車が、川幅と同じくらいの長さだった姿を見て、利根川のスケールの大きさを実感しました。

下流の眺めと特急列車

熱帯雨林の河川の様な上流

大利根橋
水戸街道で利根川を渡った時の記録はこちら↓
残念ながら今回の街道歩きでは利根川は渡りません。
少し堤防の上を歩いて満足したので、そろそろ街道に戻ります。





5.水田と舟

水路の舟。
この舟は現役かわかりませんが、稲を運ぶのに使っていたと思われます。





鹿島線。
成田線から左に分岐した鹿島線は、利根川を渡って茨城県鹿嶋市の鹿島神宮まで続きます。






三越左千夫。
香取市出身の詩人・児童文学作家。
ここが生家だと思われます。





石仏群を眺めていると隣で土を耕していたご婦人が、この場所はかつては河岸で近隣の水田から、稲を積んだ舟が水路を通って運んできたと教えてくれました。
水郷らしい輸送手段ですね。







6.小見川



水田の中を歩いていたときは、水辺の小さな生き物が目に入って来ませんでしたが、街道沿いの水路にはタニシやメダカが元気に暮らしていました。



諏訪大神。
拝殿が鎧兜なのかガンダムなのか、不思議な屋根に覆われています。



不思議な造りの拝殿でした。









小見川はお祭り大好き、祇園・花火・YOSAKOI、活気がありますね。



FUJIYA。
懐かしい看板を見ました。お店もキュートです。


とても美味しいラーメンでした。
何故か店先でカヌレとコーヒーを販売するキッチンカーが営業をしてます。息子さんの店なのかも知れません。





上の画像の舟も、稲作の運搬に使われたものと思われます。


水郷小見川青少年自然の家の中に、小見川プラネタリウムがあります。



たくさんの戒名が書かれた紙が貼られています。
成山新勝寺近くのお地蔵様には、戒名が書かれた紙が、本体に直接貼られていました。





街道が単調でつまらないので、脇道にそれて、田んぼの真ん中を歩きます。
歩きながら考えたのですが、往時の旅人たちも街道が退屈になったら、少し外れた道を歩いていたりしたのでしょうね。




山がないのに、山の下踏切。
7.笹川





ご当地ドラッグストアとスーパーが続きます。
初めて目にするお店の名前ってワクワクします。旅の醍醐味ですね。








諏訪大神。
農業・漁業・商業・武道の神として広く信仰されています。



地域の狭客の親分で元力士の笹川繁蔵が、諏訪奉納相撲を開き、その伝統が引き継がれ、現在も立派な土俵が残されています。
相撲の神様・野見宿禰命の碑もあり、夏には奉納相撲や大相撲出羽海部屋の夏合宿が行われます。

天保水滸伝遺品館。
東庄が舞台の、侠客笹川繁蔵と飯岡助五郎の勢力争いの物語。
浪曲や講談でも人気があったそうです。

只今の時刻14:29。
少し早いですがチェックインさせてもらい、風呂で疲れを癒します。


九十九里・山武市の梅一輪で乾杯。
明日に備えたっぷり睡眠をとります。