
薩摩街道6 宇土宿→八代宿
2024年1月に長崎街道を歩き終えてから1年が経ち、何故か身体が九州を求め始めました。今回は長崎街道との追分、福岡県筑紫野市の山家宿から鹿児島県鹿児島市の鹿児島宿まで、薩摩街道の約80里320kmを歩きます。
2025.03.06
1.スタート地点まで



与野駅の最終電車が00:52で、始発電車が04:32。
その間3時間39分しか間隔がなく、ほぼ21時間営業です。
与野駅では、いつも目に入る場所にいる駅員さんは1人しかいなく、ワンオペ営業の様な感じ。
埼玉県内の京浜東北線の駅で最も利用者数が少ないと言えど、乗車人数が2023年で25,000人、車椅子対応やイレギュラー対応を考えると、よく回せているなと感じます。



羽田空港のモノレール→航空機の乗り換え時間は38分、朝から綱渡りです。




あっという間に熊本に。





卒業式のシーズンですね。


本日のスタート地点最寄の宇土駅に到着。
自宅を出てから6時間かかりました。
日の出から4時間遅れのスタートは大変で、今日は遅い時間に宿に到着予定。
街道歩きは行軍也、暗くなっても現代の常夜灯である、街灯や自動車の灯りを頼りに歩きます。
2.宇土宿

前回2月に歩いてきた保育園からスタート。
3月になり張ってある絵が、鬼から筍に変化していました。

これから7日連続で歩く身としては、背中を押される幸先の良い言葉です。






見事な石橋です。
2016年の熊本地震で大きな被害を受けましたが、石をひとつひとつ組み直して修復されたそうです。
九州の石積みの技術レベルの高さや、石積みに対する情熱を感じました。

フレッシュくまい。
画像では伝わりませんが物凄い活気で、周辺には駐車場がいくつもありました。


第一生命ビル。
見る事が稀になってきた、生命保険会社の小さな建物。
このデザイン、味気ない様で味があります。



セブンイレブンは殆どが同じ様な造りをしいます。
上の画像のセブンイレブンは、曲線が混じった珍しい造りでした。
日光東往還を歩いた時に、教会の様なセブンイレブンがありました。全国を探せば、個性的なセブンイレブンはもっとあるのでしょうね。

セブン-イレブン 流山西初石3丁目店











高札場跡の前で道は左に直角に曲がります。



風太郎に°が付いて、”ぷうたろう”と読むのでしょう。


かつての水道の堤防跡が、今も残っていました。

僅かな高低差を利用して水を流していました。
先人の知恵にはいつも驚きを超えた感動を覚えます。

薩摩街道では一里塚という言葉は使わず、一里木という言葉を使い、熊本城を起点に、一里二里三里と数が増えていきますので、達成感が得やすいです。
この付近の地名は一里木町。
熊本城から四里近くあるので、残ってはいませんが四里木がこの付近にあったと思われます。

桝形跡。
街道を歩いていて、上の画像の様なS字カーブがあった場合は、クランク状の桝形があった跡。
自動車が走りやすくするために、道がS字に区画整理されています。
3.松橋










目を引く看板のベーカリー。
高級食パンブームの仕掛け人と呼ばれる、岸本卓也さんが2018年頃からプロデュースしている店や、その影響の受けた店が全国に拡がっています。
2021年に街道を歩き始めたばかりの頃から、全国各地で目にした目を引く看板のベーカリーを紹介します。




小麦の奴隷は、堀江貴文さんがオーナーのFC店でした。

こちらのベーカリーは、一般的な店です。



i-walk。
店主が歩くのが好きなのでしょう。良い名前の理髪店です。



この時期には、サザンカと椿が似た様な姿で咲いています。
見分け方は、花びらがヒラヒラ散るのがサザンカ、花ごとボトリと落ちるのが椿です。




豊福阿蘇神社。
阿蘇神社の500ある分社のひとつ。
街道歩きでは、阿蘇神社と名が付く神社は九州以外では見た記憶が無く、九州地方に多いのでしょう。
阿蘇市にある阿蘇神社は2000年以上の歴史を有し、阿蘇山火口をご神体とする火山信仰と融合し、現在は肥後一宮として敬われております。








田んぼの水路の上に、石積みの橋が架かっていました。
肥後らしい風景ですね。



4.小川宿


左側がコインランドリー、右側はPet Self Wash。ペットのシャンプーがセルフでできる施設。
2024年、日本の人間の0~16歳人口は約1,401万人。
同じく、日本の猫の推定飼育頭数は約915万頭、日本の犬の推定飼育頭数は約679万頭。
犬と猫を足すと1,894万頭になるので、ペットのセルフシャンプーのサービス、あってもおかしくないですね。

蜂来饅頭。
蜂蜜が入った大判焼きの様です。


上の画像、左側の家の窓にバツ印のガムテープが貼られています。
熊本城を過ぎてから結構目にする様になってきました。地震の影響で防災の備えかもしれません。


熊本ご当地ナンバー。
くまモンがナンバーに隠れています。
熊本県に来るとわかるのですが、くまモン大乱発されており、徐々に飽きてきます。
くまモンランドというサイトを見ると、版権は限りなくゆるい様ですね。





TRIAL。
福岡県に本社をもつスーパーマーケット。
全国展開しておりその数は300店以上、昨日、西友を完全子会社がするとニュースで報じられていました。勢いがありますね。



1428年から、小川町ではゑびす神の信仰がある様で、いつの日からか不明ですが、夫婦ゑびすの姿に変わったそうです。
それにあやかった夫婦ゑびす巡り、ホッコリしますね。



小川町の中心部に入ってきました。
鍵の手の道があるだけで、じわじわと興奮してきます。



注連縄を軒先に飾る習慣があるのが、祭りがあるのか、気になります。







宿場街中心部の街灯の下の幟には、その場所縁の説明書きが添えられています。
たくさんの宿場街を歩いてきましたが、このパターンは初めて。
とてもわかりやすいです。











特別な史跡や建物があるという訳でもないのですが、小川町の中心部の道の雰囲気が良過ぎて、街道の道をいつの間にか間違えていました。
往時の旅人も、時々道を間違えていたんだろうなと、こんな時思います。
そんな時は、どんな気持ちで元も道に戻っていたのか、タイムマシンがあれば、訊いてみたいものです。
5.氷川



白玉屋新三郎。
周囲を圧倒する雰囲気がある店。
食後で満腹だったため、寄り道を断念。



往時の街道の風景を彷彿させる道幅、そして里山に流れる小川の如くゆったりと曲がる道。
道自体が遺構の様です。




この付近は、熊本県の梨発祥の地。
作付け100年の記念碑が建てられています。
国内の梨の生産量は、熊本県は10位で千葉県が1位です。
今年の1月に千葉県内の木下(きおろし)街道を歩いた際に、日本一と思われる梨の生産地を歩きました。

梨直売所

梨農園

梨デザインの循環バス停留所
千葉県内の生産量は、白井市・市川市・鎌ヶ谷市・船橋市の順に続き、木下街道沿道は日本一の梨街道といえそうです。
木下街道を歩いた時の記録はこちら↓












上の画像の石碑、金の文字で書かれています。
撮影が出来ないのですが、薩摩街道を歩いていると熊本城から南下するにつれ、墓石の文字の金色率が高まって来ます。
長崎街道を小倉から歩いた時も、長崎県内に入ると同じ様な傾向が見られました。
お墓が華やかなのは良い傾向だと思います。







6.宮原









秋山幸二ギャラリー。
旧井芹銀行本店の中は、氷川町出身で選手時代は西武ライオンズ・ダイエーホークスで活躍、監督としてはソフトバンクホークスでチームを日本一に導いた秋山幸二氏のギャラリーになっていました。





肥後の地名の由来は、火の国→肥の国→肥後国、と変化してきました。
その火の国の由来は諸説ありますが、古墳時代のこの地域最大の豪族、”火の君”から来ているといわれています。

電通創業者、光永星郎氏は氷川町の出身


校門入口の看板が、グッときます。
校門一例
時を守り 場を整え 礼を尽くす





















鹿児島まで165km。
ちょうど中間地点、半分過ぎると後が案外と早いのが街道歩き。
この先どんな出会い・感動・発見があるか楽しみです。
7.八代宿












只今の時刻は19:36。
長い一日でした。横になると寝てしまいそうなので、早速夜のパトロールと燃料補給に出かけます。

八代妙見祭。
江戸時代から380年受け継がれてきた、長崎 諏訪神社おくんち、福岡 筥崎宮放生会と並ぶ九州三大祭。
2016年に全国33の「山・鉾・屋台行事」の構成資産の一つとして、ユネスコ無形文化遺産に登録されています。


居酒屋けい。
飲食店の雑居ビルの奥にある店で、なかなか入りずらい雰囲気でしたが、思い切って入店。


ご夫婦で切り盛りしており、二人揃って焼酎が大好きで、200種類近い焼酎が飲めます。


六代目百合が特に美味しかったです。

お茶の香りがする焼酎。
初めて飲みました。


飲み過ぎて味の記憶が曖昧です・・・・
大満足の店でした!
あと6日も歩くので帰ります。



初日からここまで焼酎が満喫できるとは、想定外でした。
屋台の誘惑に負けず宿に帰り、洗濯・入浴をして寝ます。