
東海道 復路23 戸塚宿→川崎宿
31年前、卒業旅行で東海道を江戸日本橋から京三条大橋まで歩いたので、今回は江戸に向けて歩きます。
調べたところ、大坂高麗橋が起点の様なので少し長めの、東海道"五十七次"の独り珍道中を始めます。
2023.03.21
1.スタート地点まで



さぁ、あと2日歩いたら日本橋。
行きの電車の中で32年前に大学の卒業旅行で歩いた時の事を思い出そうとしますが、なかなか思い出せません。明確に覚えているのは、共に歩いた仲間の自宅が権太坂のてっぺんにあり、初日は日本橋からそこまで歩いた記憶。
さぁ、記憶がどこまで蘇るか楽しみです!
2.戸塚宿





戸塚駅前が賑やかすぎて、反対側の出口に出てしまいいきなり迷い、ぐるぐる回って朝イチの無駄歩き。




スポーツクラブNASの、素晴らしい壁面がいきなりのお出迎え。
いいぞいいぞ、いい1日になりそう!







戸塚宿は遺構がたくさん残っているわけではありませんが、浮世絵や看板をラッピングするなど、工夫をする事で街道感を醸し出しています。







大橋は、広重の東海道五拾三次の舞台。その絵は夕暮れでしょうか、描かれた旅人が1日歩いて疲れ果てている様にも見受けられます。














街道は工場団地の横を抜けて行きます。
上の画像は磐梯食堂、きっと福島県出身の方がオーナーなのでしょうね。
街道を歩いていると、伊勢屋・近江屋など地名の屋号の店をよく見ますが、伊勢商人・近江商人と呼ばれ、その地域の出身者のお店なのです。
3.品濃坂








街道の中でも往時の幅員5~7mままの、シーラカンス道を歩いていると、「こんな狭い道にバス来るのか〜ぃ」と漫才風にツッコミ入れたくなる場面に遭遇します。
そんなシーラカンス道沿いで、人口減少地域は殆どのバスがコミュニティバスに運行形態が変わりつつありますが、人口減少をしていなかったりすると、狭い道に幅2.49m高さ3.79m全長11.99mの特大車がグイグイと侵入してきます。

そんな光景を目にして密かに萌えていましたが、横浜市は斜め上を行ってました。なんと5分間に3台のバスとすれ違ったのです。
流石日本一の人口がいると、いろんな事が起きますね。






品濃坂。
坂を昇るのはこれで最後かもしれません。坂を昇るときの一歩一歩地面を踏み締める足の裏の感覚、それに応える地面の力強さ、心拍数が高まり息を整えながら、時々振り返り獲得標高にニンマリして、最後まで同じペースで昇りきる。
昇り坂って、前に向かっているだけでなく上に昇っている、この感覚が大好きです!





坂の上には農園がありました。
とても気持ちが良い爽やかな風景、昔は松並木があり、富士山や海がよく見えたのでしょうね。






どの時期も美しいのですが、桜が咲く時期の街道が一番美しいのかも知れません。同じソメイヨシノでも、咲き始めた桜もあれば、散り始めている桜もある、桜それぞれですね。
4.権太坂






大学の卒業旅行は旧東海道歩きでした。1991年3月上旬、私と同期の折田君、後輩の裕二君と友行君合計4人で日本橋をスタート。
1泊目は保土ヶ谷宿権太坂の上にある折田君の自宅、その後5日目に私は就職先が3月中旬から研修があり、泣く泣く途中の蒲原で離脱。
この続きは1人でやり遂げると別れ、休みを2回取得し延べ2週間で三条大橋に到着。当時大阪に赴任していた折田君がお出迎え迎えしてくれました。








懐かしくなり折田君に電話をかけてみて、東海道の復路を歩いていると言ったらかなり呆れてました。
最近折田君に会ったのは4年前の3月、沼津出身の大学の同期の稲田君が他界し、自宅に弔問に行った時以来です。一緒に東海道を歩いた際は、稲田君の自宅にも泊まっていたので、街道沿いに様々なご縁があったのですね。










ほぼ一直線の坂をグイグイ下り、権太坂とはお別れ。なんだか寂しくなってきました。
坂を下りきり今市川を渡ります。当たり前の事なのですが、坂を下り切ると高い確率で川があります。水は低いところに流れますからね。
5.保土ヶ谷宿










今日はWBC準決勝メキシコ戦。
どうもスマフォ観ながら歩いている人が多すぎると思ったら、試合中でした。歩きの妨げになるので速報見ないようにしてましたが、0vs3で負けているとヤフーNEWS速報が目に入ってしまいます。















助郷とは、宿場に課せられた、荷物を運ぶ人や馬を一定の数用意する制度。近隣の村から交代で人や馬を出しており、結構な負担だったそうです。
助郷会所を説明している珍しいケースでした。





帷子(かたびら)町会館前。
なんと入口左側に床屋さんみたいに、部屋の料金表が出ています。このパターンは初めてみましたが、販売促進につながりますね。









6.松原商店街












松原商店街。
最高です、本当に見ているだけで嬉しくなってきます。そんな商店街に導いてくださった街道の神様に感謝!
途中でお店のラジオかテレビからの「同店スリーラン!」の音と共に、お客さんの大歓声が。いいぞいいぞとニヤニヤしながら東に進みます。













浅間神社はひっきりなしに参拝者がお参りに来てました。地元に愛されてますね、驚いたのはマンションを貫通する参道、斜面の活用が上手な横浜らしい風景でした。
7.神奈川宿













広重の浮世絵に出てくる茶店が、今も残ってます。絵を見ると坂の下には港が広がっていたのですね。












洲崎大神。
説明看板の絵を見ると、鳥居の先の第一京浜付近はかつての船着場。さぞかし賑やかだったのでしょうね。









五街道の旧道を歩く人の半分は持っていると思われる、山と渓谷社「ちゃんと歩ける街道シリーズ」の著者、八木牧夫さんの事務所が神奈川宿近くにあるので表敬訪問。

何度かお会いしており、ビールを飲みながら近況報告と情報交換。
「伊勢街道まだ歩いていないのなら、歩かないとダメでしょ〜」と貴重なアドバイス頂きました。貴重なお時間と美味しいビールを、ありがとうございました。
2022年クリスマスの八木さんとの納会の様子はこちら↓















伊澤造船所。
何故ここに?と思いましたが、地図で調べると工場の奥は運河になっています。進水式もそのまま出来るのですね。
8.間の宿鶴見





ビール工場行きたいです!
私の一番好きなビールは、キリンラガーの大瓶です。













キリンビール工場の辺りから道を間違えて、途中から街道に合流。鶴見線のガード下のロケに人気のポイントに寄り道。
飲食店街の様ですが、多くの店にベニヤ板が貼られていたりして、営業している店舗は3~5件くらいしかない感じでした。
















鶴見神社には溶岩が置かれています。奥に富士山信仰の浅間神社とミニ富士山の様な丘がありましたので、関係ありそうですね。














川辺の菜の花はこの時期の風物詩。
桜にはかないませんが、黄色い絨毯の様な風景も春を彩ります。






海抜が遂に1.0mにまで下がってきました。海の近くに住むって覚悟が必要なのだと、この表示を見ていると強く感じます。
9.川崎宿














芭蕉晩年の句碑がありました。
麦の穂をたよりにつかむ
別れかな
江戸深川の菴から郷里伊賀に戻る途中、弟子と別れの際に詠んだ句、同年息を引取ります。







さぁ、残すところあと1日。
今週末に歩いて2022年度の街道歩きはおしまい。
次は夫婦で日光道中の復路かな、そろそろ家族会議で決めないとね。