
アフリカは、思ったより近かった。入るなら、今|初めてのタンザニア・ケニア出張記
Sustainable Food Asiaの遠藤です!
「アフリカ」と聞いて、どんな景色を思い浮かべますか。
私は今回、事業機会探索のためタンザニアとケニアを訪れました。
周りに青年海外協力隊で地方に赴任した友人が多かったこともあり、行く前に頭にあったのは、赤土の道と、素朴な田舎の風景。
でも実際に降り立った空港は、想像とはまったく違うものでした。
「意外と涼しい」から始まった
タンザニアのダルエスサラームの空港に着いた瞬間、まず驚いたのは気温でした。
思いのほか涼しく過ごしやすい空気。空港はリニューアルされたばかりだそうで、こぢんまりとしていながらも清潔な作りです。

6時間のドライブで出会った、なつかしい風景
空港から向かったのは、内陸のモロゴロという街。
本来なら3時間の道のりが、渋滞の影響で6時間に。
ただ、まっすぐに伸びる舗装路の脇に、ぽつぽつと商店が並ぶ光景には目を奪われる瞬間がありました。
1年間暮らしたインドネシアの地方都市と、どこか重なって見え、遠い国のはずなのに、勝手に親近感を覚えたことが印象的でした。
途中のドライブインでは、現地の方に混じって「ウガリ」という主食をいただきました。
とうもろこしの粉をお湯で練った、お餅のような現地の主食です。手づかみで、焼いたお肉と一緒にいただきます。
素朴でしたが、ジューシーでピリッとした辛さが美味しかった!


その先で訪れたのが、JICAの支援を受けて始まったというバニラ農園でした。
「着きましたよ」と言われて車を降りると、そこから始まったのはまさかの30分のハイキング。
たどり着いた先は、バナナやカルダモン、いちごまでが入り混じって育つ、アグロフォレストリーの農法が広がる畑でした。
カルダモンやクローブの葉を一枚ちぎって匂いを嗅がせてもらうと、乾燥させる前なのに、ほんのりとスパイスの香りがしました。



機械化・効率化とは違う価値観。 現地工場での「人の手」へのこだわり
タンザニアにて、 長谷川さんが営む Matoborwa Co. Ltd.の食品工場を視察するのも、今回のミッションのひとつでした。
長谷川さんはJICA海外協力隊からタンザニアに来られ、2014年に食品会社 Matoborwa Co. Ltd. を創業されました。
製造しているのは、きな粉、干し芋、ドライフルーツ、そして「Kashata」という現地版の雷おこしのようなお菓子。
これだけ多くの商品を製造している工場と聞き、大規模な機械設備が並ぶ光景を想像していました。
しかし、実際に案内いただいた工場は、意外なほどシンプルな空間でした
理由を尋ねると、答えは明快でした。
「機械が壊れたら、直せない」。だからこそ、できる限り人の手で作業を回す。
壊れたら日本から技術者を呼ぶしかない機械もあり、そのリスクを抱えるより、現地の方を雇って賃金を払うことを大切にしているといいます。
きな粉は計量から袋詰め、シーリングまで、ひとつひとつ手作業で進んでいきます。
また、工場で働く従業員の多くは女性で、工場長も女性です。
タンザニアでは、地域や家庭によっては女性が家事や育児を担うという伝統的な役割分担も残っているため、女性たちが工場の製造現場を支え、責任ある立場で活躍している姿が印象に残りました。
また、現地の方にとって、きな粉はまだ新しい食材ですが、従業員の方が規格外品のきな粉を嬉しそうに持ち帰るそうで、日本の味が現地に受け入れられていることもわかりました。
アフリカ圏におけるタンパク源の新たな選択肢として、きな粉の可能性を感じた瞬間でもありました。


コーヒー7種飲み比べ初体験と、リアルな野生動物に魅了されたサファリ
翌日はアルーシャに移動し、コーヒー農園を訪問しました。
栽培から焙煎、販売まで一貫して手がけており、可能な限り農薬を使わない、オーガニックな栽培方法を実践されてました。
ここで初めて「カッピング」というテイスティングを体験しました。
挽いた豆の香りを嗅ぎ、お湯を注いでまた嗅ぎ、スプーンですすって、香り・後味を10段階で自己採点していく。
同じ農園の豆なのに、加工方法が違うだけで7種類、まったく違う顔を見せます。まだまだ人の手が多く必要なコーヒー栽培の現状を知り、一杯のコーヒーのありがたみを深く感じました。

翌日は、車に走らせて、タランギレ国立公園のサファリへ行きました。屋根を開けて身を乗り出すと、シマウマの群れが目の前に。
距離にして10メートルもない近さで、逃げる気配もありません。
キリン、象、ジャッカルなどと出会いながら、広大な国立公園を進んでいく時間は、とても興奮しました。


ザンジバルの台所で現地の料理を前に過ごす幸福な時間
タンザニア最後の目的地は、インド洋に浮かぶ島、ザンジバル。
現地に住む日本の方に、世界遺産のストーンタウンを案内いただきました。
案内してもらう中で、そのドライバーさんのご自宅にもお邪魔しました。振る舞ってくれたのは「ピラウ」という、スパイスの効いたお米料理。
作ってくれた奥さんが、私たちが「美味しい」と頬張る様子を、嬉しそうに見つめていた温かな時間が印象的でした。
近くのスパイスマーケットでは、量り売りされた黒胡椒やカレー粉など、あらゆるスパイスが、大きなテントの下にずらりと並んでいました。買ったばかりの黒胡椒を割ってみると、香りの強さに驚きます。



突然の延泊で出会った、もうひとつのザンジバル
旅の終盤、思いがけないハプニングがありました。ザンジバルからナイロビへ向かう便が、突然のキャンセルに。予定より1日、島に足止めされることになりました。
思わぬ延泊となりましたが、この島がかつて奴隷貿易の拠点だったことを伝えるミュージアムに足を運びました。
窓のない4畳ほどの空間に、何十人もの人が押し込められていた実際の空間を前に、言葉を失いました。
今の穏やかなビーチの風景からは、想像もつかない歴史でした。
慌ただしい旅の中で生まれた、少し立ち止まって考える時間になりました。


ようやくたどり着いた、大都会ナイロビで出会った挑戦者たち
立ち並ぶ高層ビル、上下二層に交差する道路。ようやくたどり着いたナイロビは、想像を裏切る大都会でした。
ただ、治安の関係もあり、移動はすべて車でドア to ドアが必須。
標高2,000メートルを超える街は、タンザニアよりもずっと涼しく感じられました。
現地の食品加工会社 Alphajiri Ltd. へ訪問させていただきました。
薬師川さんが2016年に創業し、ケニアで味噌やピーナッツバターなど、オーガニックにこだわった食品を販売しています。
現地を見ているロジャーズさんのお話から、小売店に商品を卸してから入金まで2〜3ヶ月かかるという、現地特有の資金繰りの難しさでした。
日本ではあまり意識したことのない課題を学ぶことができました。
児童養護施設「モヨ・チルドレン・センター」の代表を務めるする佐藤さんともお話ししました。
30人のストリート男の子たちの生活と社会復帰を、寄付金で支援しています。
そのような施設の子どもたちにも栄養補助食品として、きな粉が受け入れられるのかもを知りたく、持参したきな粉のサンプルをお渡ししました。
※後日子供達の反応がとても良かったと、フィードバックをいただきました!

ほかにも、日本企業と組んでEVバイクを展開するARC Ride CEOのJoseph Hurst-Croftさんともお話しの機会をいただきました。
同社は、日本の武蔵精密工業株式会社や現地で普及しているUberのバイク配車サービス「Uber Boda」とも連携し、安価かつカーボンニュートラルな交通手段の構築を進めています。
また、株式会社アクセルアフリカ 代表の横山さんともお話しの機会をいただきました。
同社は、アフリカ進出を目指す日系企業の事業開発パートナーとして、市場調査から現地法人設立、人材採用、実証実験までを一貫して支援しています。
ナイロビで挑戦を続ける様々な方々とお話をさせていただき、現地ビジネスの面白さと難しさ、そして、熱を感じることができました。


おわりに:「入るなら、今」だと思った理由
10日間を振り返って強く感じたのは、「アフリカは、思ったより近い」ということでした。
飛行機にさえ乗ればすぐ来られますし、味の好みや街の風景など、日本・東南アジアとの親和性を各所で感じました。
そして例えば、現地の方はケチャップの味が好きで、スーパーの棚にもたくさん並んでいます。ただ、現地に暮らす日本人の方いわく「どれも今ひとつ」なのだそう。もっとおいしいものが入ってきてもいいはずなのに、まだ届いていない。
そのギャップにこそ、これからの可能性を感じました。
そして、日々姿を変えていくインフラや、増え続ける建設現場を目にするほど、「入るなら今」という直感を強くしました。
今はまだネット環境やデジタルリテラシーの普及が発展途上ですが、これがあと5年、10年で整えば、暮らしも市場も一気に変わっていくはずです。
そうなってから動き出したのでは、もう遅いのかもしれません。実際、道路整備の担い手はすでに中国やトルコが先行していると聞きましたし、街を歩けば、見た目から中国人だと思われ、「ニーハオ」と声をかけられることがほとんどでした。
タンザニアで出会ったきな粉の可能性も、ザンジバルの食卓を囲んだ時間も、ナイロビで聞いた資金繰りの悩みも、すべてがこれからの糸口になる気がしています。
次にアフリカを訪れる時は、もっと日本の良さや日本企業の可能性を伝える提案がしたい。そして今回は見られなかった、もっとローカルな場所まで足を延ばし、まだ見えていないアフリカを見てみたい。
そんな思いを持ち帰った出張でした。
