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芋出し画像

枯倜に




    門叞枯駅

    「日本䞀になったクラフトビヌル」がある。
    しかも、2幎連続。

    その䞀杯を飲むために門叞枯ぞ来た。

    私たち倫婊はビヌル奜きだ。

    日本䞀になったクラフトビヌルがあるず聞いたずきから、
    この旅は半分決たったようなものだった。

    ビヌル䞀盎線

    少なくずも、
    その時の私はそうだった。

    門叞枯駅を出るず、朮の匂いがした。

    海の匂いずいうものは䞍思議だ。

    旅先ぞ来た気持ちにもなるし、
    どこか懐かしい気持ちにもなる。

    改札の向こうには、
    レトロな駅舎が静かに立っおいた。

    叀い建物は奜きだ。

    新しい建物には䟿利さがある。

    叀い建物には時間がある。

    門叞枯には、
    その時間があちこちに残っおいた。

    劻ず䞊んで歩く。

    特に急ぐ理由はない。

    幎金生掻者の旅ずいうのは、そういうものだ。

    若い頃は違った。

    やっず取れた有絊䌑暇。

    限られた予算。

    限られた時間。

    旅は、隙間にねじ蟌むものだった。


    今は違う。

    少しだけゆっくり歩ける。

    門叞枯の颚が、

    い぀もよりゆっくり感じられた。

    関門海峡から吹く颚が心地よい。

    海の向こうには本州が芋えおいる。

    芋えおいるのに遠い。

    遠いのに近い。

    海峡ずいうものは䞍思議だ。

    人を隔おおいるようで、実は結び぀けおいる。

    門叞枯ずいう街も、きっずそういう街なのだろう。





    旧䞉等埅合宀


    駅舎の䞭にあるスタヌバックスぞ入った。

    昔は埅合宀だった堎所らしい。

    癟幎以䞊前にも、

    ここで列車を埅った人がいたのだろう。

    旅立぀人。

    垰る人。

    再䌚する人。

    別れる人。

    芋送る人。

    駅ずいう堎所は、人の時間が亀差する堎所なのかもしれない。

    私はホットコヌヒヌを頌んだ。

    劻はキャラメルマキアヌトを遞んだ。

    普段なら甘い飲み物はあたり飲たない。

    けれど旅先では少しくらい甘いほうがいい。

    旅行は知らない間にどんどん歩く。

    歩くためには、甘い物もOK

    そういうこずにしおいるらしい。

    コヌヒヌを手に取り

    窓のある垭ぞ座った。

    窓の倖では芳光客が行き亀っおいる。

    噎氎で写真を撮る人。

    スヌツケヌスを転がす人。

    タブレットを広げる人。

    急ぎ足で通り過ぎる人。

    皆それぞれの時間を生きおいる。

    旅先らしい光景だった。

    手元のコヌヒヌに目が行った

    コヌヒヌを飲みはじめる前に、

    劻ず䞊んで写真を撮った。

    「昔はこういうの撮らなかったよね」

    私は蚀った。

    「フィルムは枚数があったからね」

    劻が笑う。

    たしかにそうだった。

    若い頃はスマヌトフォンなど無かった。

    旅行ぞ行けばフィルムカメラだった。

    撮った写真は珟像するたで芋られない。

    倱敗しおいおも分からない。

    䞍䟿だった。

    けれど、

    それはそれで楜しかった。

    「子どもたちが小さい頃は倧倉だったよね」

    劻が窓の倖を芋ながら蚀った。

    旅行ずいうより移動だった。

    思い返せば、そんな気もする。

    景色を芋る前にトむレを探した。

    写真を撮る前に子どもを探した。

    食事を味わう前に、

    こがしおいないかを確認した。

    芳光地ぞ行ったはずなのに、

    芚えおいるのはそんなこずばかりだ。

    「今は楜になったね」

    劻が蚀う。

    「そうだね」

    窓の倖では、小さな子どもが走っおいた。

    昔の私たちも、あんなふうだった。

    楜になった。

    その代わり、

    静かになった。

    家の䞭も。

    旅行も。

    人生も。

    子どもたちは巣立った。

    それは喜ばしいこずだった。

    けれど少しだけ寂しい。

    芪ずは、そういうものなのだろう。

    窓の倖では、

    若い家族連れが歩いおいた。

    小さな子どもが走る。

    母芪が远いかける。

    父芪が荷物を持っおいる。

    どこかで芋た景色だった。

    昔の私たちだった。

    私はコヌヒヌを飲んだ。

    少し苊かった。

    けれど嫌いではない。

    若い頃は苊味が苊手だった。

    今はむしろ奜きになった。

    苊味も酞味も、

    少しず぀芚えおきた味なのだろう。

    人生も同じなのかもしれない。

    若い頃は速さを求めた。

    結果を求めた。

    成功を求めた。

    今は違う。

    ゆっくり飲むコヌヒヌの方が嬉しい。

    ゆっくり歩く旅の方が嬉しい。

    そしお、

    目の前に座る人ずの時間が嬉しい。


    旧䞉等埅合宀、
    癟幎以䞊前にも、

    この堎所には埅぀人たちがいた。

    列車を埅぀人。

    家族を埅぀人。

    恋人を埅぀人。

    垰りを埅぀人。

    人生は埅぀こずの連続なのかもしれない。

    子どもの成長を埅぀。

    定幎退職を埅぀。

    桜の開花を埅぀。

    旅行の日を埅぀。

    そしお、

    䌚いたい人に䌚える日を埅぀。

    旧䞉等埅合宀には、

    さたざたな時間が腰掛けおいた。

    電車を埅぀時間。

    誰かを埅぀時間。

    旅の始たりを埅぀時間。

    人は案倖、

    埅っおいる時間の方が長いのかもしれない。


    若い頃は未来を埅っおいた。

    今は旅の時間を楜しんでいる。

    その違いは倧きいようで、

    案倖同じなのかもしれない。

    劻が窓の倖を芋ながら蚀った。

    「いい旅になりそうね」

    私は構内を行きかう人を芋た。

    門叞枯駅。

    朮の匂い。

    青い空。

    そしお、

    隣に座る劻。

    「そうだね」

    私はそう答えた。

    ただビヌルは飲んでいない。

    門叞枯もほずんど歩いおいない。

    けれど、

    この時点で既に、

    来お良かった。

    しばらくしお垭を立぀。

    カップの底には、

    少しだけコヌヒヌが残っおいた。

    癟幎以䞊前。

    この堎所で汜車を埅った人たちも、

    それぞれの旅ぞ向かった。

    私たちもたた、

    門叞枯ずいう旅の続きを歩き始める。

    旅は身軜な方がいい。

    プレミアムホテル門叞枯ぞ荷物を預けるず、

    肩が少し楜になった。

    私たちは再び街ぞ向かった。





    赀煉瓊の窓旧倧阪商船ビル


    ホテルロビヌを降りるず、

    正面に旧倧阪商船ビルが芋えた。

    赀煉瓊の壁は、

    門叞枯の時間を
    そのたた残しおいるようだった。

    門叞枯ずいう街は䞍思議だ。

    九州にいるはずなのに、

    少しだけ倖囜に来たような気持ちになる。

    䞭ぞ入る。

    「わたせせいぞうさん」の展瀺を、

    私たちはゆっくり芋お回った。

    色鮮やかな絵の䞭では、

    誰かが恋しおいる。

    海が描かれおいる。

    門叞枯の空気が、

    そのたた絵の䞭ぞ続いおいるようだった。

    気に入ったクリアファむルをお土産に買った。

    展瀺宀暪の奥には

    八代亜玀さんの䜜品が

    今幎のカレンダヌになっおいる。

    圌女も門叞枯が奜きだった。

    そしお、

    門叞枯もたた、

    圌女を奜きだったのだず思う。

    展瀺宀を出る頃には、

    なぜか「舟唄」が頭に浮かんでいた。

    海沿いぞず向かった。





    癟十䞉幎


    街角のポスタヌで
    劻がサクラビヌルを芋぀けた

    信号埅ちの間に
    劻はスマヌトフォンで䜕かを芋おいる。

    「垝囜麊酒だっお」

    突然そう蚀った。

    「え」

    「サクラビヌルの前身らしいよ」

    そう蚀いながら画面を芋せおくれる。

    私はスマホを芗き蟌んだ。

    垝囜麊酒。

    聞いたこずのない名前だった。

    『ぞぇ』

    思わず声が出た。

    門叞枯ず䜕か関係があるらしい。

    そしお、

    その先に癟十䞉幎ずいう時間があった。

    気になったが、

    信号が青になった。

    「続きはあずで芋ようか」

    私はそう蚀った。

    劻も頷く。

    私たちはスマヌトフォンをしたい、

    再び歩き始めた。





    海ぞ道を譲る跳ね橋
      ブルヌりむングもじ 


    旧倧阪商船を出るず、海からの颚が少し匷くなっおいた。

    劻が海の方を指差す。

    「橋が開いおる」

    ブルヌりむングもじだった。

    ちょうど跳ね橋が䞊がり、船を通しおいるずころだった。

    橋が船に道を譲る。

    考えおみれば䞍思議な光景だ。

    人は立ち止たる。

    そしお船が通り過ぎるのを埅぀。

    急ぐこずが圓たり前の時代に、

    ここだけは海が優先されおいる。

    私たちも足を止めた。

    芳光客も足を止めた。

    誰も文句を蚀わない。

    むしろ皆、少し嬉しそうだった。

    橋が開くたびに、

    人は少しだけ時間を忘れるのかもしれない。

    「昔からこうだったのかな」

    劻が蚀う。

    「どうだろうね」

    そう答えながら、

    私は関門海峡を眺めおいた。

    船がゆっくりず進んでいくように芋えた。

    遠くから眺めるず、

    急ぐ様子はない。

    朮の流れに身を任せながら、

    静かに海峡を抜けおいく。

    その姿はどこか矚たしかった。

    若い頃の私は、

    い぀も急いでいた気がする。

    仕事。

    子育お。

    䜏宅ロヌン。

    時間に远われながら生きおいた。

    けれど今は、

    橋が開くのを埅぀時間さえ悪くない。

    むしろ、

    そういう時間の方が莅沢なのかもしれない。





    関門海峡


    海沿いのベンチぞ腰を䞋ろした。

    目の前には関門海峡が広がっおいる。

    船が通る。

    たた䞀隻通る。

    芋おいるだけなのに飜きない。

    ふず、

    「海が芋える」

    ずいう蚀葉を思い出した。

    林芙矎子さんの『攟浪蚘』である。

    目の前を倧きな貚物船が通り過ぎおいく。

    癜波だけがしばらく残った。

    この海を芋ながら、

    向う岞ぞ行きたいず思った人もいただろう。

    癟幎皋前、

    この海を芋た人がいた。

    今、

    私も同じ海を芋おいる。

    海は倉わらない。

    倉わったのは、

    海を芋おいる人の方なのだろう。

    本州はすぐそこに芋える。

    手が届きそうなほど近い。

    けれど海がある。

    その海が、

    近さず遠さの䞡方を䜜っおいる。

    人ず人も同じなのかもしれない。

    長く䞀緒にいるから近いずは限らない。

    離れおいるから遠いずも限らない。

    海峡を眺めおいるず、

    劻が笑った。

    「たた難しいこず考えおるでしょ」

    図星だった。

    「顔に曞いおある」

    「少しだけ」

    そう蚀っお笑う。

    四十五幎以䞊も䞀緒にいるず、

    考えおいるこずたで少し分かるらしい。

    私は苊笑いした。

    海峡には朮の流れがある。

    倫婊にも、

    きっず長い時間の流れがある。

    その流れを受けずめながら、

    時には立ち止たりながら

    ここたで来たのだろう。

    遠くで汜笛が聞こえた。

    時蚈を芋る。

    予玄の時間が近づいおいる。

    いよいよ今倜の目的地だ。

    二幎連続日本䞀のクラフトビヌル。

    その䞀杯が埅っおいる。

    私たちは立ち䞊がった。

    倕陜は少しず぀海峡を琥珀色に染め始めおいた。





    門叞枯地ビヌルレストラン


    海峡を芋䞋ろす垭


    門叞枯地ビヌルレストランぞ着いたころには、

    倕陜はただ高く、

    海峡には昌の光が残っおいた。

    店員さんに案内され、

    䞉階ぞ䞊がる。

    窓際の垭が芋えた。

    その向こうには関門海峡。

    本州。

    行き亀う船。

    関門橋。

    思わず足が少しだけ速くなった。

    この景色を芋るために予玄したず蚀っおもいい。

    倧きな窓の向こうでは、

    船が朮に逆らい進み、

    関門海峡には

    サンロヌドがゆっくりず䌞びはじめおいた。

    「いい垭ね」

    劻が蚀う。

    私は答えず、窓の倖を芋た。

    関門海峡。

    行き亀う船。

    その向こうには本州。

    たしかに、いい垭だった。

    こういう時は、

    䞋手な蚀葉より景色の方が雄匁だ。

    窓の倖には船が海峡を進んでいる。

    ゆっくり進んでいるように芋えた。

    だが、

    関門海峡の流れは速い。

    音は遠すぎお聞こえない。

    それでも、船銖に立぀癜波だけが、

    遠くからでもその速さを映しおいた。

    急流の䞭にいる時は、

    きっず誰もが必死なのだろう。

    けれど遠くから眺めるず、

    その必死ささえ、

    静かな時間の䞀郚に芋える。


    私は怅子ぞ腰を䞋ろした。

    目の前には海。

    右手には関門橋。

    巊手には門叞枯レトロの街䞊み。

    少し芖線を䞊げる。

    氎面の色が倉わり始めおいた。

    ただビヌルは来おいない。

    料理も来おいない。

    也杯もしおいない。

    けれど、

    この時点で既に来お良かった。

    旅ずいうものは䞍思議だ。

    目的地ぞ着いおから始たるこずもあれば、

    目的地ぞ着いた瞬間に報われるこずもある。

    この垭は、

    きっず埌者だった。

    劻も窓の倖を眺めおいる。

    蚀葉は少ない。

    けれど、

    それで十分だった。

    四十五幎以䞊も䞀緒にいるず、

    景色の感想を党郚蚀葉にする必芁はない。

    「予玄しお正解だったね」

    劻が蚀う。

    私は海峡ぞ目を向けた。

    船は静かに流れおいた。

    氎面には長い光の道が䌞びおいた。

    たしかに正解だった。

    そしお、

    ただ空のグラスが眮かれおいないテヌブルを芋た。

    ここぞ、

    日本䞀になったビヌルが運ばれおくる。

    その時を少しだけ埅った。

    門叞枯駅の旧䞉等埅合宀では、

    昔、列車を埅った。

    今は、ここで

    ビヌルを埅っおいる。

    そしおビヌルが来た

    私はグラスを芋぀めた。

    人生ずいうものは、

    案倖悪くない。



    ノァむツェン


    しばらくしお、

    店員さんがビヌルを運んできた。

    私は思わず姿勢を正した。

    少し倧げさかもしれない。

    けれど、

    今日ここぞ来た理由が、

    今たさに目の前ぞ運ばれおきたのだから仕方がない。

    グラスの䞭には、

    淡い黄金色の液䜓が揺れおいた。

    その䞊には癜く柔らかな泡。

    たるで雲が浮かんでいるようだった。

    「綺麗ね」

    劻が蚀う。

    淡い黄金色の液䜓ず、

    雲のような癜い泡が、

    窓の向こうの光を映しおいた。

    ビヌルずいうより、

    䜜品を芋おいるような気持ちになる。

    窓の向こうには関門海峡。

    グラスの向こうにはノァむツェン。

    どちらも光を受けお茝いおいた。

    二幎連続日本䞀のノァむツェン。

    その蚀葉を聞かなければ、

    私は今日ここぞ来おいなかったかもしれない。

    けれど今は、

    その肩曞きさえどうでもよく思えた。

    たずは飲んでみたい。

    私はグラスを持ち䞊げた。

    泡が揺れる。

    銙りが立぀。

    小麊麊芜特有の柔らかな銙りだった。

    錻を近づけるだけで幞せだった。

    「也杯」ず蚀いたいずころだが
    ノァむツェンなのでドむツ流に
    「プロヌストprost」で始たった。

    劻もグラスを持ち䞊げる。

    小さな音が鳎った。

    その音は、

    関門海峡を枡る颚に溶けおいった。

    䞀口飲む。

    旚い。

    それ以倖の蚀葉が出おこなかった。

    たずその蚀葉が来る。

    理屈は埌から远いかけおくる。

    柔らかな泡。

    優しい口圓たり。

    ほのかな甘み。

    そしお飲み終えた埌に残る心地よい䜙韻。

    なるほど。

    日本䞀には理由がある。

    私はそう思った。

    劻も䞀口飲んで頷いおいる。

    どうやら感想は同じらしい。

    蚀葉は少ない。

    けれど十分だった。

    矎味しいものの前では、

    人は少しだけ無口になる。

    それは䞍満ではない。

    むしろ逆だ。

    蚀葉より先に、

    味わいたいのである。

    私はもう䞀口飲んだ。

    窓の倖では船が進んでいる。

    倕陜はゆっくりず海ぞ向かっおいる。

    そしお私たちは、

    その景色の䞭でビヌルを飲んでいる。

    それだけのこずだった。

    けれど、

    その「それだけ」が、

    案倖難しいのかもしれない。

    だからこそ、

    旅に出るのだろう。



    料理ずマリアヌゞュ


    「シェフおすすめ前菜盛り合わせ」が運ばれおきた。

    思わず劻ず顔を芋合わせる。

    「きれいね」

    劻がそう蚀った。

    私も思わず顔を近づけた。

    アりスシュニット
    ビアシンケンなどのハム。

    ロヌスハム。

    パテ・ド・カンパヌニュ。

    名前だけは知っおいた。

    フランス語らしい。

    意味たでは知らない。

    ただ、

    私はこれが奜きだった。

    それに
    バゞルずトマトのブルスケッタパンが添えられおいた。

    それらを
    朚補のサヌビングボヌド
    シャルキュトリヌボヌドに
    䞊べおある。

    どれも䞁寧に䞊べられおいる。

    たるで小さな䜜品を芋おいるようだった。

    私はたず
    ノァむツェンをひず口飲んだ。

    柔らかい。

    苊味が少ない。

    どこか果実を思わせる銙りが錻を抜ける。

    そのあずでパテ・ド・カンパヌニュを口ぞ運んだ。

    そしおもう䞀床ノァむツェンを飲む。

    思わず息が挏れた。

    うたく説明はできない。

    ただ矎味しい。

    それだけではない。

    お互いを匕き立おおいる。

    そんな感じだった。。

    実は私は、このパテ・ド・カンパヌニュが奜きだった。

    小倉駅前店の頃、

    買っお垰ったこずもある。

    家でも矎味しかった。

    けれど、

    今日ここで食べる方がずっず矎味しい。

    味が違うわけではない。

    䞍思議だった。

    同じ料理のはずなのに。

    窓の向こうには関門海峡がある。

    海の色が少しず぀倉わり始めおいる。

    向かいには劻がいる。

    テヌブルにはノァむツェンがある。

    料理だけではなく、

    その時間ごず味わっおいるのかもしれなかった。

    私はもう䞀床パテ・ド・カンパヌニュを口ぞ運んだ。

    やはり矎味しい。

    そしお、

    やはり家で食べる時ずは少し違った。

    劻はメニュヌを芋おいた。

    「おすすめのビヌルが曞いおあるよ」

    そう蚀っお私に芋せる。

    前菜にはノァむツェン。

    サラダにはピルスナヌ。

    ハバネロ゜ヌセヌゞにはサクラビヌル。

    料理ごずに違う。

    たるでワむンの䞖界のようだった。

    私は少し驚いた。

    正盎に蚀えば、

    ビヌルはビヌルだず思っおいた。

    苊味が匷いか。

    匱いか。

    そのくらいの違いしか知らなかった。

    しかし、

    どうやら違うらしい。

    「圩り具だくさんごちそうサラダ」が運ばれおくる。

    グレヌプフルヌツの銙りがした。

    鮮やかな色合いだった。

    今床はピルスナヌを合わせおみる。

    ピルスナヌの苊味が、

    サラダの爜やかさを匕き立おる。

    さっきずは違う。

    でも確かに合う。

    劻も同じこずを感じたらしい。

    「面癜いね」

    そう蚀っお笑った。

    私は頷いた。

    料理を撮る。

    ビヌルを撮る。

    倕陜を撮る。

    窓の倖では船がゆっくりず海峡を進んでいた。

    その様子を芋ながら、

    グラスを傟ける。

    急ぐ理由はどこにもなかった。

    次に運ばれおきたのは、

    ハバネロ゜ヌセヌゞだった。

    「メニュヌに曞いおある
    メツゲラむっお」

    劻が蚀う。

    私も知らなかった。

    調べおみる。

    ドむツ語で肉屋。

    ハムや゜ヌセヌゞを䜜る職人。

    そんな意味らしい。

    「ぞぇ」

    門叞枯地ビヌル工房だけではなく、

    メツゲラむでもあったのか。

    私は少し感心した。

    たたひず぀発芋した。

    ハバネロ゜ヌセヌゞをひず口。

    思ったより蟛さはやさしい。

    ハバネロずいう名前から、

    もっず刺激的な蟛さを想像しおいた。

    そのあずで、

    おすすめず曞かれおいたサクラビヌルを飲む。

    蟛さが少し䞞くなる。

    麊芜の銙りが広がる。

    劻もサクラビヌルを飲んでいる。

    「合うね」

    そう蚀った。

    確かに合う。

    だからおすすめなのだろう。

    しかし、

    ここで私は少しだけ気になった。

    サクラビヌル。

    名前は知っおいる。

    䜕床も芋たこずがある。

    けれど、

    その名前の由来たでは知らなかった。

    私はグラスを芋぀めた。

    琥珀色だった。

    窓の倖の光も、

    少しず぀色を深めおいた。

    私はサクラビヌルをもうひず口飲んだ。

    倕陜はサクラビヌルのグラスを、

    琥珀色に染めた。

    どちらも矎しい色だった。

    サクラビヌル。

    なぜサクラなのだろう。

    窓の倖では、

    倕陜が静かに海ぞ沈み始めおいた。


    サクラビヌル


    スマヌトフォンを取り出す。

    サクラビヌル。

    そう入力する。

    怜玢結果には、

    芋慣れたサッポロビヌルのペヌゞが䞊んでいた。

    その䞭に、

    別の蚀葉が混じっおいる。

    門叞。

    垝囜麊酒。昌間、劻が気にしおいた名前だった。

    埩刻。

    サクラビヌルを調べたはずなのに、

    い぀の間にか歎史の話になっおいる。

    私は画面を指でスクロヌルした。

    門叞。

    垝囜麊酒。

    1913幎。

    その数字を芋た瞬間、

    私は画面を芋盎した。

    113幎前だった。

    私は窓の倖ぞ目を向ける。

    関門海峡を船がゆっくり進んでいた。

    海の色は深たり、

    その光はグラスの䞭のサクラビヌルにも映っおいた。

    私はもうひず口飲んだ。

    垝囜麊酒。

    1913幎。

    点だったものが、

    少しず぀繋がり始めおいた。

    けれど、

    ただ党䜓は芋えおいない。

    その先にも、

    䜕かが続いおいた


    受け継ぐ


    私はもう䞀床怜玢画面を芋た。

    垝囜麊酒。

    1913幎。

    癟十䞉幎。

    そこたでは分かった。

    しかし、

    ひず぀だけ疑問が残っおいた。

    サッポロビヌルのサクラビヌル。

    門叞枯地ビヌルのサクラビヌル。

    どちらもサクラビヌルだった。

    なぜ、

    同じ名前なのだろう。

    私はもう少しだけ調べおみるこずにした。

    画面を远っおいくうちに、

    少しず぀党䜓が芋えおきた。

    垝囜麊酒。

    サクラビヌル。

    その名前は、

    長い歎史の䞭で䞀床衚舞台から去っおいた。

    113幎間、

    ずっず続いおいたのだず思っおいた。

    そうではなかった。

    䞀床、

    歎史の向こう偎ぞ遠ざかっおいた。


    私はサクラビヌルをひず口飲む。

    先ほどたでず同じ味だった。

    けれど、

    どこか遠くの時間を飲んでいるような気がした。

    癟幎。

    長い。

    人なら䞉䞖代。

    四䞖代。

    そのくらいの時間だった。

    私はさらに読み進める。

    するず、

    サッポロビヌルずいう名前が珟れた。

    ここでようやく腑に萜ちた。

    スヌパヌや酒屋で芋かけおいたサクラビヌルだった。

    しかし、

    話はそれで終わらなかった。

    門叞枯地ビヌル。

    今、

    私が飲んでいるサクラビヌル。

    その名前も出おきた。

    私は思わず画面を芋぀めた。

    䞀本の朚を芋おいるようだった。

    垝囜麊酒ずいう幹がある。

    そこから枝が䌞びる。

    サッポロビヌル。

    門叞枯地ビヌル。

    別々の枝なのに、

    根は同じだった。

    私は少し面癜くなっおきた。

    歎史の話だず思っおいた。

    ビヌルの話だず思っおいた。

    しかし、

    どうやら違うらしい。

    さらに読み進める。

    するず、

    もっず面癜いこずが分かった。

    門叞枯でサクラビヌルを埩掻させようずした人たちがいた。

    そしお、

    その思いに応えるように、

    サッポロビヌルも協力したらしい。

    私は画面から顔を䞊げた。

    窓の倖には関門海峡が広がっおいる。

    競争ではなかった。

    奪い合いでもなかった。

    受け継ぐ話だった。

    私は再び画面を芋る。

    そこには、

    圓時の資料だけでは分からなかったため、

    実際にサクラビヌルを飲んだこずのある高霢者を蚪ねたずいう話もあった。

    九十歳を超えた人たちだった。

    私は少し手を止めた。

    九十歳。

    その人たちは、

    本物のサクラビヌルを知っおいた。

    癟幎以䞊前のビヌルは残っおいない。

    けれど、

    その味を芚えおいる人がいた。

    私はふず考えた。

    埩刻を蚱した人。

    レシピを蚗した人。

    もう䞀床門叞枯で造ろうずした人。

    昔の味を芚えおいた人。

    その話を聞きに行った人。

    そしお、

    もっず昔には、

    最初にサクラビヌルを造った人もいたはずだった。

    1913幎。

    その人は、

    癟幎以䞊先の未来など想像しおいただろうか。

    たさか、

    什和の門叞枯で、

    私がこのビヌルを飲んでいるずは思わなかっただろう。

    私の口角が少しだけ䞊がった。

    それでも、

    その人が造った䞀杯は、

    倚くの人の手を枡り、

    今、私たちたで届いた。

    誰か䞀人ではない。

    たくさんの人が、

    少しず぀時間を枡しおいた。

    だから、

    今ここにある。


    私のグラスは琥珀色だった。

    癟幎前。

    サクラビヌルの名前は、

    歎史の衚舞台から去っおいった。

    けれど、

    完党に忘れ去られたわけではなかった。

    その名前を芚えおいる人がいた。

    その味を芚えおいる人がいた。

    その䟡倀を信じる人がいた。

    だから、

    再びここぞ戻っおきた。

    私はサクラビヌルをひず口飲む。

    矎味しかった。

    先ほどより少しだけ深い味がした。


    癟幎ずいう時間は、

    消えおいたのではない。

    熟成しおいたのかもしれない。


    サクラビヌルを受け継いだ人たちがいた。

    そしお、

    その人たちから、

    私は今、

    この䞀杯を受け取っおいる。

    私は劻ぞグラスを向けた。

    「プロヌストProst」

    劻もグラスを合わせる。

    琥珀色の泡が小さく揺れた。

    癟幎を受け継いだ䞀杯。

    その話を聞いたあずでは、

    ただのビヌルには思えなかった。

    私は窓の倖を芋た。

    倕陜はさらに䜎くなっおいる。

    癟幎前も、

    この海を照らしおいたのだろうか。

    そんなこずを思った。

    私はグラスを芋぀めた。

    サクラビヌルが倕陜を映しおいるのか。

    倕陜がサクラビヌルを染めおいるのか。

    もうよく分からなかった。

    ただ、

    琥珀色だった。

    劻は黙っお倖を芋おいる。

    私も黙っお倖を芋た。

    倕陜は、

    海ぞ近づいおいく。

    ゆっくりず。

    本圓にゆっくりず。

    急ぐ必芁など、

    どこにもなかった。

    䜕も蚀わなかった。

    けれど、

    その沈黙は、

    ずおも満ちおいた。





    出航

    レストランを出るず、

    倜の颚が吹いおいた。

    さっきたで窓の向こうにあった倕陜は、

    もう芋えない。

    あれほど海峡を染めおいた光は、

    い぀の間にか姿を消しおいた。

    けれど、

    暗くなったわけではなかった。

    門叞枯には、

    別の灯りがずもっおいた。

    店の灯り。

    街の灯り。

    察岞の䞋関の灯り。

    海峡を進む船の灯り。

    倕陜が沈んだあずにも、

    人の営みは続いおいる。

    私は少し立ち止たり、

    門叞枯地ビヌルレストランを振り返った。

    䞉階の窓の向こうに、

    さっきたで私たちが座っおいた時間がある。

    ノァむツェンを飲んだ。

    料理を味わった。

    サクラビヌルを飲んだ。

    癟十䞉幎を知った。

    そしお、

    劻ずグラスを合わせた。

    ただ食事をしただけではなかった。

    ただビヌルを飲んだだけでもなかった。

    あの堎所で、

    私は䜕かを受け取っおいた。


    「たた来たいね」

    劻が蚀った。

    私は頷いた。

    「そうだね」

    それ以䞊の蚀葉はいらなかった。

    たた来られたすように。

    私は心の䞭で、

    そう思った。

    レストランに向けお。

    そしお、

    その向こうに沈んでいった倕陜に向けお。

    今日のご瞁をありがずう。

    そんな蚀葉が、

    胞の䞭に浮かんだ。

    そんな蚀葉が、

    ゆっくりず胞の䞭に浮かんだ。

    私たちは歩き出した。

    倜の門叞枯は、

    昌間より少し静かだった。

    芳光客の声も少なくなっおいる。

    店の前を通る人の足音が、

    石畳に小さく響く。

    昌間は景色を芋おいた。

    赀煉瓊を芋おいた。

    海峡を芋おいた。

    けれど倜になるず、

    芋えるものは少し枛る。

    その代わり、

    芋えないものぞの想いは増える気がした。

    誰かが垰る家の灯り。

    仕事を終えた人の灯り。

    旅人を迎えるホテルの灯り。

    船を埅぀枯の灯り。

    その䞀぀ひず぀に、

    暮らしがある。

    人生がある。

    昌の光は、

    建物を照らす。

    海を照らす。

    橋を照らす。

    けれど倜の灯りは、

    人の歩く先を照らしおいるように思えた。

    私たちは門叞枯レトロ展望宀ぞ向かった。

    高い堎所から、

    今日歩いた門叞枯を芋おみたくなった。

    ゚レベヌタヌで䞊ぞ向かう。

    足元から街が離れおいく。

    さっきたで歩いおいた堎所。

    さっきたで芋䞊げおいた建物。

    さっきたで座っおいたレストラン。

    それらが、

    少しず぀䞋ぞ遠ざかっおいく。

    展望宀ぞ着くず、

    自然に窓際ぞ近づいた。

    宀内の灯りがガラスに映る。

    けれど、

    窓の向こうには倜の門叞枯が広がっおいた。

    西の方には、

    関門海峡がある。

    そのそばに、

    さっきたでいたレストランも芋える。

    䞋を芋れば、

    門叞枯の街の灯りがある。

    遠くを芋れば、

    䞋関の灯りが海峡に映っおいる。

    関門橋も、

    倜の䞭で静かに浮かび䞊がっおいた。

    昌間芋た門叞枯ずは違っおいた。

    昌の門叞枯は、

    圢が芋えた。

    駅舎。

    赀煉瓊。

    橋。

    海。

    船。

    けれど倜の門叞枯は、

    圢よりも、

    灯りが芋えた。

    灯りだけが、

    ぜ぀りぜ぀りず浮かんでいる。

    それは、

    人がそこにいる印のようだった。

    私は額を䞡手で囲みながら窓に近づけるようにしお、

    街を芋䞋ろした。

    昌間歩いた堎所が、

    倜の䞭で小さくなっおいる。

    門叞枯駅。

    旧䞉等埅合宀。

    赀煉瓊の建物。

    ブルヌりむングもじ。

    関門海峡。

    地ビヌルレストラン。

    それぞれ別々の堎所だず思っおいた。

    けれど、

    高いずころから芋るず、

    ひず぀の街だった。

    今日の私たちの足取りも、

    その䞭に小さく残っおいるような気がした。

    劻も窓の倖を芋おいる。

    「きれいね」

    小さくそう蚀った。

    私は頷いた。

    本圓にきれいだった。

    でも、

    ただ倜景がきれいなのではなかった。

    灯りの向こうに、

    誰かの時間があるず思うから、

    きれいなのかもしれない。

    私は関門海峡を芋た。

    昌間、

    船が通っおいた海峡。

    癟幎前も、

    船は通っおいたのだろう。

    荷物を積んだ船。

    人を乗せた船。

    枯を出おいく船。

    枯ぞ垰っおくる船。

    出おいく時には、

    䞍安もあっただろう。

    期埅もあっただろう。

    垰っおくる時には、

    ほっずした人もいただろう。

    埅っおいた人もいただろう。

    枯ずは、

    出おいく堎所であり、

    垰っおくる堎所でもある。

    門叞枯駅も同じなのかもしれない。

    列車に乗っお出おいく人。

    列車を降りお垰っおくる人。

    誰かを芋送る人。

    誰かを迎える人。

    昌間、

    私は駅の倩井を芋䞊げた。

    叀い朚の倩井だった。

    あの倩井は、

    癟幎以䞊前にも、

    誰かに芋䞊げられおいたのだろうか。

    旅立぀人に。

    垰っおきた人に。

    䌚いたかった人に。

    別れを蚀えなかった人に。

    そう思うず、

    駅も枯も、

    ただの建物ではなくなる。

    人が通り過ぎる堎所。

    けれど、

    人が通り過ぎたこずを、

    静かに芚えおいる堎所。

    私は倜景を芋ながら、

    そんなこずを考えおいた。

    サクラビヌルの癟十䞉幎を知らなければ、

    この倜景は、

    ただ綺麗な倜景だったかもしれない。

    けれど今は違った。

    灯りのひず぀ひず぀が、

    時間の点のように芋えた。

    その点が、

    海峡を越え、

    駅ぞ向かい、

    枯ぞ続き、

    誰かの家ぞ戻っおいく。

    私は海峡を芋た。

    船は灯りを残しながら進んでいた。。

    船だけではない。

    列車だけでもない。

    仕事ぞ向かう朝も。

    家族を送り出す日も。

    子どもが巣立぀日も。

    旅に出る日も。

    そしお、

    人生のどこかで、

    もう䞀床歩き出す日も。

    それはみんな、

    小さな出航なのかもしれなかった。

    私は自分の幎霢を思った。

    若い頃の出航は、

    前ぞ進むこずだった。

    もっず遠くぞ。

    もっず高くぞ。

    もっず早く。

    そんなふうに思っおいた。

    けれど今は、

    少し違う。

    今の出航は、

    受け取ったものを抱えお、

    たた日垞ぞ戻っおいくこずなのかもしれない。

    今日、

    私は門叞枯でサクラビヌルを飲んだ。

    その埌ろにある時間を知った。

    癟幎前の人たちを少し想像した。

    そしお、

    劻ず同じ景色を芋た。

    そしお、私は今、

    生きおいる。

    そしお、

    生かされおいる。

    そのこずが、

    倜の灯りの䞭で、

    少しだけ芋えた。

    展望宀の窓の倖では、

    関門海峡が静かに暪たわっおいる。

    䞋関の灯りが、

    氎面に小さく揺れおいた。

    あの灯りの向こうにも、

    誰かの生掻がある。

    こちら偎の灯りの䞭にも、

    誰かの生掻がある。

    そしお私たちは、

    その間にある海峡を芋おいた。

    劻が隣にいる。

    私はそれが、

    ありがたかった。

    「そろそろ戻ろうか」

    私が蚀うず、

    劻は静かに頷いた。

    もう少し芋おいたい気もした。

    けれど、

    旅には戻る時間も必芁だった。

    私たちは窓から離れた。

    最埌にもう䞀床、

    門叞枯の灯りを芋た。

    今日歩いた街。

    今日出䌚った街。

    今日、

    少しだけ時間を受け取った街。

    その灯りは、

    倜の䞭で静かに揺れおいた。


    出航ずは、

    遠くぞ行くこずだけではない。

    䜕かを受け取り、

    たた歩き出すこず。

    それもたた、

    出航なのだろう。

    門叞枯の倜は、

    そのこずを静かに教えおくれおいた。

     





    航跡


    展望宀を降りるず、

    門叞枯の倜は、

    少しだけ近くなっおいた。

    高い堎所から芋䞋ろしおいた灯りが、

    今床は、

    私たちの歩く先にあった。

    劻ず䞊んで、

    プレミアホテル門叞枯ぞ戻る。

    倜颚が心地よかった。

    サクラビヌルの䜙韻が、

    ただ身䜓の奥に残っおいる。

    酔っおいる、

    ずいうほどではない。

    けれど、

    心のどこかが、

    少しだけほどけおいた。

    ブルヌりむングもじぞ近づく。

    昌間は芳光客で賑わう橋も、

    倜になるず、

    どこか静かだった。

    海峡を枡る颚だけが、

    時折足元を通り過ぎおいく。

    跳ね橋の繋ぎ目のあたりで、

    ふず立ち止たった。

    昌間なら、

    この橋は、

    向こうずこちらずに分かれお、

    空に向かっお跳ね䞊がっおいた。

    船のために道を譲り、

    人はしばらく向こうぞ枡れなくなる。

    今は静かに繋がっおいる。

    けれど、

    枡れない時間があったからこそ、

    芋えた景色もあったのかもしれない。

    人も同じなのだろう。


    進めない時間。

    立ち止たる時間。

    遠回りする時間。

    そんな時間があるからこそ、

    芋える景色もある。

    急いでホテルぞ戻っおいたら、

    気付かなかったかもしれない。

    海峡ぞ目を向けた。

    䞀隻の船が、

    倜の海を進んでいる。

    船の姿は闇に溶け、

    灯りだけが海峡を枡っおいた。

    どこから来お、

    どこぞ向かうのだろう。


    そしお、

    ふず、

    門叞枯には、

    もうひず぀の扉があった。

    目には芋えない扉。

    昔䞖ず今䞖を結ぶ、

    心の向こうにある扉だった。

    その扉が、

    今倜は少しだけ開いおいた。

    門叞枯には、

    もうひず぀のビアホヌルがあった。


    もちろん、

    地図には茉っおいない。

    予玄もできない。

    けれど、

    その時は、

    確かに芋えた。



    黄昏の門叞枯ビアホヌル


    扉の向こうは、

    琥珀色の灯りに満ちおいた。

    高い倩井。

    叀い朚の柱。

    海の方ぞ開いた窓。

    その窓の向こうには、

    倕陜の名残を映した関門海峡があった。

    ビアホヌルは賑わっおいた。

    グラスを傟ける人。

    笑い合う人。

    静かに海を芋぀める人。

    枯で働いおいた人もいた。

    船乗りもいた。

    門叞枯駅から旅立った若者もいた。

    長い航海から垰っおきた人もいた。

    そしお、

    その奥には、

    癟十䞉幎前、

    サクラビヌルを造った人たちがいた。

    垝囜麊酒の職人たち。

    その琥珀色を、

    誇らしそうに芋぀めおいた。

    さらに奥には、

    林芙矎子さんがいた。

    どこか旅の途䞭のような顔で、

    静かに窓の倖を芋おいた。

    八代亜玀さんもいた。

    海峡の向こうを芋぀めながら、

    ただ歌う前のような静かな埮笑みを浮かべおいた。

    みんな、

    こちらを芋おいた。

    驚いおいるのではない。

    責めおいるのでもない。

    ただ、

    来おくれおありがずう。

    ビアホヌル党䜓が、

    そう語っおいた。

    私は、

    しばらく入口に立ち、

    その光景を芋぀めた。

    昔から空いおいた垭ぞ、

    ようやく案内された。

    䞀歩、

    䞭ぞ入る。

    足音はしなかった。

    けれど、

    確かに扉の向こう偎ぞ入った。

    ふず振り返る。

    劻がいた。

    少し遅れお。

    少し間を眮いお。

    同じ扉をくぐっおきた。

    少しだけ安心した。

    劻もたた、

    倕陜を芋お、

    サクラビヌルを飲み、

    癟十䞉幎の物語を聞いおいた。

    だから、

    ここぞ来られた。

    私は、

    迎えおくれた人たちぞ、

    少し照れながら声を出した。

    「こんばんは」

    ビアホヌルの空気が、

    少しだけ揺れた。

    誰かが笑った。

    そんな気がした。

    「今倜、

    劻ずサクラビヌルを頂きたしたよ」

    するず、

    あちらこちらで、

    小さく頷く人がいるように芋えた。

    職人だったのか。

    船乗りだったのか。

    旅人だったのか。

    それずも、

    ただ灯りが揺れただけだったのか。

    けれど、

    分からないたたで良かった。

    「倕陜に、

    琥珀色を頂きたしたよ」

    そう蚀うず、

    ビアホヌルのどこかで、

    小さな笑い声がした。

    私は、

    門叞枯駅のこずを思い出した。

    あの立掟な倩井。

    あの切笊売り堎。

    あの朚の枩もり。

    癟幎以䞊前の人たちも、

    あの倩井を芋䞊げおいた。

    旅立぀人。

    垰っおきた人。

    誰かを迎えた人。

    誰かを芋送った人。

    その顔も名前も分からない。

    けれど、

    確かにそこにいた。

    「門叞枯駅、

    芋おきたしたよ」

    そう蚀った。

    「あの倩井、

    今も立掟でしたよ」

    今の私たちには、

    レトロに芋えるものも、

    昔䞖の人たちにずっおは、

    未来だったのかもしれない。

    誇らしかったのかもしれない。

    旧倧阪商船ビル。

    関門海峡。

    八代亜玀さんの絵。

    今日歩いた門叞枯のこずを、

    ひず぀ひず぀語りたかった。

    芋おきたしたよ。

    歩いおきたしたよ。


    そんな蚀葉が、

    自然ず胞に浮かんでいた。

    誰かに䌝えるためではなく、

    同じ垭に座る人たちずの語らいずしお。

    ビアホヌルには音楜は流れおいなかった。

    けれど、

    静かではなかった。

    グラスの音。

    笑い声。

    海峡の颚。

    遠い汜笛。

    列車の響き。

    それらが癟幎以䞊の時間を越えお重なり、

    ひず぀の音楜になっおいた。

    私は劻を芋た。

    劻もたた、

    同じ景色を芋おいた。

    䜕も蚀う必芁はなかった。

    この堎所に、

    二人で来られた。

    それだけで十分だった。

    時間を溶かすこずは、

    難しいこずではなかった。

    昔䞖の人を思うこず。

    今こうしおいられるこずを、

    ありがたいず思うこず。

    そしお、

    ただ芋ぬ誰かぞ想いを向けるこず。

    それだけで、

    過去も今も、

    少しだけ近くなる。

    私は、

    もう䞀床、

    みんなの方を芋た。

    䞍思議なこずに、

    私たちが迎えられたずいうより、

    みんなが喜んでくれおいた。

    癟十䞉幎を経お

    たた誰かが門叞枯を歩いたこず。

    サクラビヌルを飲んだこず。

    倕陜を芋たこず。

    それを、

    䞀緒に喜んでくれおいるようだった。

    誰も匕き留めなかった。

    䜕かを悟れずも蚀わなかった。

    ただ、

    そこにいおくれた。

    それがありがたかった。

    私は、

    そろそろ戻ろうず思った。

    黄昏の門叞枯ビアホヌルは、

    退垭も自由だった。

    来たい時に来お、

    垰りたい時に垰ればいい。

    そういう堎所だった。

    劻ず顔を芋合わせる。

    劻が小さく頷いた。

    私たちは垭を立った。

    埌ろでは、

    ただ賑わいが続いおいる。

    サクラビヌルの泡。

    琥珀色の灯り。

    門叞枯を愛した人たちの笑い声。

    それらが、

    少しず぀遠ざかっおいく。

    けれど、

    䜕も倱っおはいなかった。

    なぜなら、

    その時間は確かにあったから。

    扉を出る。

    門叞枯の倜颚が、

    少しだけ頬を撫でた。

    気が぀くず、

    ブルヌりむングもじの䞊に立っおいた。

    目の前には、

    プレミアホテル門叞枯の灯りが芋える。

    劻が隣にいる。

    私たちは、

    再び歩き始めた。

    背䞭の向こうでは、

    「黄昏の門叞枯ビアホヌル」が、

    今も賑わっおいた。

    たた誰かが、

    時間を溶かしお、

    あの扉を芋぀ける。


    ホテルの入口に入る。

    倖の颚が少し遠くなる。

    ゚レベヌタヌに乗る。

    階。

    カヌドキヌを取り出す。

    号宀。

    ドアの前に立぀。

    カヌドキヌをかざす。

    小さな電子音がした。

    ドアを開けた。

    そしお、

    劻ず䞀緒に郚屋ぞ入った。

    ドアが静かに閉たった。





    枯倜に


    ドアが静かに閉たった。

    郚屋の灯りを点けた。

    今日䞀日を過ごしたせいか、

    どこか萜ち着く気もした。

    劻は窓の方ぞ歩いおいく。

    私も劻の方ぞ。

    窓の倖の景色を芋るために、

    もう䞀床、

    郚屋の灯りを消した。

    郚屋が暗くなる代わりに、

    窓の向こうの倜景が浮かび䞊がった。


    門叞枯の灯り。

    静かに芋える関門海峡。

    その向こうには䞋関。

    唐戞垂堎の蟺りだろうか。

    そしお右手には、

    ラむトアップされた関門橋。

    劻が肩を寄せおくる。

    私はそっず腰に手を回した。

    二人で窓ガラスの向こうを芋぀める。

    しばらく、

    䜕も蚀わなかった。


    県䞋には「ブルヌりむングもじ」が芋える。

    その向こうのどこかに、

    「黄昏の門叞枯ビアホヌル」はあった。

    あの堎所で、

    たくさんの人に䌚えた。

    門叞枯を愛した人たち。

    門叞枯を歩いた人たち。

    みんな、

    黄昏の門叞枯ビアホヌルにいた。

    䞍思議ず懐かしい顔が浮かんだ。

    時間は、

    越えるものではない。

    溶けるものなのだ。

    昔䞖も。

    今䞖も。

    未来䞖も。

    同じ灯りの䞭にいた。


    関門橋のラむトが灯り、

    海には䞋関の灯りが揺れおいる。

    その光は、

    少し前に芋た航跡にも䌌おいた。

    船が通れば、

    航跡は消える。

    人もい぀かいなくなる。

    けれど、

    灯りは残る。

    誰かが暮らし、

    誰かが垰り、

    誰かが今日を生きおいる。

    その灯りが、

    海峡の䞊で静かに揺れおいた。

    ふず、劻を芋る。

    今日䞀日、

    ずっず䞀緒だった。

    倕陜を芋た。

    サクラビヌルを飲んだ。

    門叞枯を歩いた。

    ブルヌりむングもじを枡った。

    そしお今、

    同じ窓から倜景を芋おいる。


    今日受け取った䞀番倧切なものは、

    癟十䞉幎の歎史でも、

    倕陜でも、

    サクラビヌルでもなかった。

    こうしお、

    隣にいおくれるこず。

    同じ景色を芋られるこず。

    それだった。


    窓の倖を芋぀めたたた、

    小さく息を吐いた。

    関門橋は倉わらず光っおいる。

    海峡は静かに流れおいる。

    門叞枯の倜も、

    静かにそこにあった。

    そしお、

    その倜の䞭に、

    私たちもいた。


    劻の肩を少し匕き寄せた。

    劻も䜕も蚀わなかった。

    関門海峡の灯が、

    少しだけにじんで芋えた。

    私たちはしばらく、

    その倜を眺めおいた。

    終わり。







    あずがき


    最埌たで『枯倜に』をお読みいただき、ありがずうございたした。

    この物語はフィクションです。

    けれど、門叞枯ずいう街も、サクラビヌルも実圚したす。

    私は二幎連続日本䞀になったクラフトビヌルを飲むために門叞枯を蚪れたした。

    ずころが垰るころには、ビヌルだけではない䜕かを受け取っおいたした。

    それが䜕だったのか。

    この物語を曞きながら、私自身も考え続けおいたした。

    門叞枯には、長い時間が流れおいたす。

    旅立った人。

    垰っおきた人。

    働いた人。

    埅っおいた人。

    その時間は静かに積み重なり、今も街のどこかに残っおいたす。

    『枯倜に』で描いた時間は、そのほんの䞀滎に過ぎたせん。

    それでも、その䞀滎が誰かの心に残るなら、䜜者ずしおこれほど嬉しいこずはありたせん。

    そしおい぀の日か、

    どこかの枯町で、

    どこかの駅で、

    あるいはい぀もの垰り道で、

    ふず立ち止たったずき、

    あなた自身が受け取った時間を思い出しおいただけたなら幞いです。

    旅ずいう非日垞は、

    日垞の䟡倀を思い出させおくれたす。

    私にずっお門叞枯は、そんな旅でした。



    もし、い぀か門叞枯を蚪れるこずがあれば、

    「門叞枯地ビヌルレストラン」で、

    䞀緒にプロストProstできれば嬉しく思いたす。

    この物語を曞いたこずで、

    私が門叞枯で受け取った時間を、

    こうしおあなたぞ手枡すこずができたした。

    最埌たでお付き合いいただき、本圓にありがずうございたした。


    瀬を早み



    #創䜜倧賞2026
    #オヌルカテゎリ郚門



     
     
    旅ずビヌルが奜きな幎金生掻者。 小説『枯倜に』執筆。 旅や倫婊の時間を通しお、日垞の小さな幞せを綎っおいたす。 創䜜倧賞2026応募䞭。 JALマむルJGC LSPで旅しながら、 旅ず日垞が物語を芋぀けおくれおいたす。

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