
自分の名前が嫌いで改名しようと思った話
青天の霹靂の略でせいへきという響きになるのがおもしろいと思って付けたこの名前をインターネット上で名乗って数年経つ。名は体を表すというが、私は青いかみなりのような人間になっているだろうか。
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「なんて読んだらいい?」というやり取りがなく気づいたら下の名前を呼び捨てで呼ばれていると、「しまった」と思う。
私は、自分の本名が気に入っていない。
そのくせ印象に残る変わった名前なので苗字より名前の印象のほうが強く、名前で呼ばれることが人より多い。
外国人の父の国の名前で、カタカナで濁点も含まれるので間違えられることもかなり多いし、「名前は両親からの最初のプレゼント」と言うように、自分で選んだわけじゃないのに、いつまでもまとわりつく。
そんなの容姿もそうだが、容姿は愛着もあってか気に入っているほうだ。
名前だけが二十五歳になった今もなぜか納得いっていない。
名は体を表すというが、父の国でどのような意味を持つ名前なのだろう。わかっているのは父の母、祖母と同じ名前だということだ。
日本では漢字を一文字取るような感じで、女の子なら尊敬する母親の名前を「その人みたいになるように」と、自分の子供につけることがよくあるようだ。
それでも日本で暮らす私は自分の名前が気に入っていない。
キラキラネームと言うわけでもないので両親を責めることもできない。
アマゾンで商品を購入した時、でかでかと「○○(本名フルネーム)様、購入ありがとうございます!」と出てきたとき、なんだかドキッとしてしまうくらい、派手な名前というか、良くも悪くも吸引力があるというか、字面を見ても、今でも自分の名前だという感覚がない。
同姓同名など確実にいない名前なので個人が特定されやすいことも悩みだ。
特定されて何か困ることがあるのか?と言われるとそういうわけでもないのだが、話したことない職場の違う部署の人に、「息子と同じ高校なのよ。卒アルで見かけて。ほら○○ちゃんってあまりいない名前だし」と言われたことがある。
うまく言えないけれど、そういうことが私にとってこの世で一番気持ち悪く、嫌いなことだ。
だから自分のことを誰も知らないところに行きたかった。
友達の名前をSNSで検索したら同姓同名が何人も出てきたとき、心底羨ましかった。
私は目立ちたくないし警戒心が強く自意識過剰な性格なので、一人暮らしをしてからは郵便物などもペンネームを使用している。
何度も改名しようと思った。
ほんとは今でもちょっと思ってるけど、そうしたら友達とかにもどう説明したらいいんだ。「改名したからこれからは○○って呼んで」って言うの気まずいだろ、とか、いろいろな手続きが面倒とか、まぁ結局その程度の気持ちでもある。
体を表してない名だと思うなら好きな名前を名乗ったらいいし、それをばかにする人とは関わらなければいいだけだということはわかっているが、冒頭に書いたようにタイミングを逃すと勝手に名前を呼ばれてしまう。
名前で呼ばれたときに、「苗字でいいです」と返す時もあれば、何も言わない時もある。
呼び捨てはするのもされるのも嫌いだ。
けれど自分が好きな人にちゃん付けで呼ばれると、「悪くないかも」と思うので結局関係性や使い手にリスペクトがあるかが重要なのだろう。
オチがないけど以上が名前について書いてた文章と、そんな話を今日配信のポッドキャストでしています。↓