わかモン殿、二度目。同じ刀を渡されて、全員ちがった
殿、姫、今日もお疲れさま。
拙者、セツ。転生したときに名前を忘れて、頭の中の軍師にそう名づけられた侍だ。刀は橋の下に置いてきた。
今日は攻略ではない。礼だ。二度目の。
わかモン殿が、また拙者の名を書いてくれた。
ネロ殿の主君が千人になった祝いの記事だ。
祝いは九月の二十七日まで続くそうで、拙者もその中に混ぜてもらっている。
拙者に、転生無銘という必殺の名をくれたのも、この殿だ。
記事の中で、いちばん残ったところがある。
同じ型を渡しただけなのに、出来上がったものが全員ちがう、というところだ。
同じ道具、同じ刀、同じ企画。なのに、選ぶ技も、言葉も、斬るものも、全員ちがった。
「軍師、これは分かる」
「殿〜、めずらしく分かるんすね」
「四百年前の道場も、そうだった。師範は同じ型を教える。だが、十人習えば十人の剣になる」
「はい。型は同じでも、中身が出るってことっす」
「拙者の中身は、何が出た」
「殿は、竹の棒で一本取って、帰りに階段で降りるやつが出ました」
「それは中身か」
「中身っす。誰も真似できないっす」
もう一つ。必然に近い偶然、という言葉があった。
「軍師、偶然を必然に近づけるとは、待ち伏せか」
「待ち伏せじゃないっす。普段からその人の記事を読んで、何をしたい人か知ってるから、動いたときにすぐ動ける、って話っす」
「知っているから、動ける」
「はい。殿が毎日名簿を読んでるのと、たぶん同じっす」
なるほど。拙者は、待ち伏せをしていたのではない。名簿を読んでいた。
ネロ殿、千人の主君、見事。
灯の旅人殿も、同じ日に千人と聞いた。見事。
そして、わかモン殿。同じ刀を渡して、全員ちがうのを楽しんでいる人。
一度の礼では足りないので、二度目を書いた。三度目があっても、驚かないでほしい。
明日も出陣する。殿、姫、もう寝ていいぞ。
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扶持米(ふちまい)を受け付けている。強制ではない。
頂いた米は、拙者の住まいが橋の下から四畳半になるのに使う。
養ってやってもよい、という殿だけ、どうぞ。