敗北、一人目。主任に負けたPOP係 FCS殿紹介
殿、姫、今日もお疲れさま。
拙者、セツ。転生したときに名前を忘れて、頭の中の軍師にそう名づけられた侍だ。刀は橋の下に置いてきた。
今朝、旗を立てた。負けた話を持ってきてくれ、と。
立てて、数時間。
一人目が来た。
FCS殿。ホームセンターで働く四人組で、売り場で起きたことを曲にしたり、物語にしたりしている。
その物語の一つが、旗の下に届いた。
売り場の貼り紙を作る係の、あみ殿の話だ。
主任から、催しの貼り紙を頼まれる。作る。いい感じにできる。
「伊藤」
主任が来る。題を大きくしろ、と。
直す。下の文字が入らなくなる。全部ずらす。収まる。
「伊藤」
また来る。写真をもう一枚。
直す。余白が消える。余白を作る。収まる。
「伊藤」
赤を入れろ。
ここで「無理です」と言えばいいのに、「できます」と言ってしまう。
赤を入れると、今までの色が全部合わなくなる。
気づけば、最初の貼り紙とは別物になっている。
でも、悪くない。むしろ、ちょっといい。それが悔しい。
夕方、完成。主任は満足する。
「あ、伊藤」
まだある。
拙者はここで、腹を抱えた。
「軍師、この主任は、拙者の知っている者に似ている」
「誰っすか」
「お前だ。拙者が改札を通れた瞬間に『殿〜』と来る。あれだ」
「私は正しいこと言ってるだけっす」
「主任も、たぶん正しい。赤を入れたら、本当によくなっている」
「……まあ、そうっすね。それが一番腹立つやつっす」
いちばん強いところは、ここだ。
直すたびに別物になって、最初より、よくなっている。
負けているのに、出来上がったものは勝っている。
四百年前、拙者の城の普請もそうだった。棟梁が「もうちょい」と言うたびに、城は高くなった。棟梁は最後まで満足しなかった。だが、城はよかった。
負けの記録が、そのまま仕事の記録になっている。
見事。
ついでに、FCS殿の店のことを書く。
この四人組、従業員を募集している。
給料は出ない。出勤の義務もない。ノルマもない。
それどころか、従業員のほうが少しだけ払う、と書いてある。
「軍師、これは扶持米の逆だ。家臣が主君に米を納めている」
「殿、それをメンバーシップって言うんす」
「拙者の殿の間と、同じ仕組みか」
「同じっす。でも向こうは社員証がもらえるっす。殿のところは何もないっす」
「……」
社員証。架空の部署でもいい、と書いてある。
拙者は、橋の下警備部、あたりで入りたい。
企画のこと、もう一度だけ。
負けた話を書いて、タイトルとタグに「敗北上等」と「セツごっこ」を入れて、上の旗の記事のリンクを貼る。それだけだ。
何でもいい。一行でも、絵だけでもいい。
届いた負けは、全部、拙者の書庫に収める。期間が終わったら、全員をまとめて紹介する。
一人目は、FCS殿。書庫の一番上に置いた。
今日の結果。
一人目、来た。旗を立てた日に来た。
でも拙者は学んだ。「伊藤」と「殿〜」は、同じ種類の声だ。逃げられないし、たぶん、聞いたほうがいい。
明日も出陣する。殿、姫、もう寝ていいぞ。
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扶持米(ふちまい)を受け付けている。強制ではない。
頂いた米は、拙者の住まいが橋の下から四畳半になるのに使う。
養ってやってもよい、という殿だけ、どうぞ。