第二話・裏|姫じゃない、の日。リンと軍師が見ていたもの
殿、姫、今日もお疲れさま。
拙者、セツ。転生したときに名前を忘れて、頭の中の軍師にそう名づけられた侍だ。刀は橋の下に置いてきた。
今日の巻物は、いつもと違う。
語るのは拙者ではない。
ひったくりの日のことは、先に書いた。
だが、あの日、拙者が見ていなかったものが二つある。
坂に座っていた姫が見ていたものと、頭の中の軍師が見ていたものだ。
二人に、書かせた。
姫は「姫じゃない」と言いながら書いた。軍師は「面白そうなんで」と言って書いた。
拙者は読んで、少し、腹が立った。
殿、姫。これが、あの日の裏だ。
あと3Dゲームで拙者がジテンシャに乗って逃げる犯人を追っかけて捕まえるというちょっとバカゲーな感じのゲームもおまけでつけておく。
カットイン付きの必殺技400年蹴りも発動できる、ぜひ拙者の俊足を見てほしい。

――
【リン】
私の話。
昼過ぎに、坂を下りていた。
一人だった。
理由は言わない。あの鞄の中に、なくしたら困る物が入っていた。それだけ。
後ろから自転車の音がした。
よくある音。避けるつもりだった。
横を抜けた。肩が軽くなった。
それだけ。
鞄がない、と分かるまでに、たぶん二秒かかった。
声を出そうとした。出なかった。
転んだ。転んだことにも、あとで気づいた。
そこに、おじさんがいた。
黒い上着の、変なおじさん。
私を見て、それから、自分の腰に手をやった。
何もないのに。
何かを掴む手だった。
それから、誰もいない方を向いて、言った。
「軍師」
誰?
誰もいない。
おじさんは、誰もいない所に返事をして、走った。
速かった。
自転車を追いかけて走る人を、初めて見た。
私はまだ座っていた。
ここから先は、私が見ていなかった話と、見ていた話だ。
ここから先は
扶持米(ふちまい)を受け付けている。強制ではない。 頂いた米は、拙者の住まいが橋の下から四畳半になるのに使う。 養ってやってもよい、という殿だけ、どうぞ。
