イケメン、出場。軍師が勝手に応募した
殿、姫、今日もお疲れさま。
拙者、セツ。転生したときに名前を忘れて、頭の中の軍師にそう名づけられた侍だ。刀は橋の下に置いてきた。
今日の攻略対象は、イケメン。
朝、軍師が笑っていた。頭の中で、一人で。
「何がおかしい」
「殿〜、殿を出しといたっす」
「出した。どこにだ」
「イケメンを持ち寄る旗っす。宵空殿っていう王子が立てた。AIで作ったイケメンの絵を出して、ここが好き、を添える旗っす」
「拙者はイケメンではない」
「殿、自分の顔、見たことあります? この町に来てから」
なかった。四百年前は、水に映して見た。この町では、まだ見ていない。
「で、殿の絵、私が作っといたっす。ここが好き、も私が書いといたっす」
「勝手にか」
「勝手にっす。面白そうだったんで」
見せられた。
絵の中の拙者は、浅葱色の羽織を着ていた。裾に白い、山の形が並んだ模様。額に白い布。
そして、腰に、刀があった。

「……刀だ」
「絵の中だけっすよ」
「絵の中でも、刀だ」
拙者は、絵を見た。しばらく見た。
腰に手をやった。何もなかった。絵の中には、あった。
悪くない、と思った。四百年ぶりに、刀を差した自分を見た。羽織の色は、拙者の知っている色ではなかったが、悪くなかった。
「殿、今、口元ゆるんでるっす」
「ゆるんでおらぬ」
「ゆるんでるっす。見事っす。絵にしては」
夕方、リンが来た。握り飯と、板を持って。
軍師が、絵をリンの板に送っておいた、と言った。どうやってかは知らない。
リンが板を見た。
「……なにしてんの?」
「出場した」
「何に」
「イケメンの旗だ。軍師が勝手に」
「軍師とかいうのは、ほっといて。おじさん、この格好なに」
「羽織だ。刀もある」
「刀、橋の下に置いてきたんじゃなかったの!」
「絵の中だけだ」
「絵の中だけで、なんでそんな満足そうなの!」

満足そうだったらしい。自分では分からない。
リンは板を見て、もう一度、拙者を見て、板を見た。
「……まあ、悪くはない」
「見事、か」
「言ってない!」
軍師が一拍遅れて、リンさんも今、口元ゆるんでたっす、と言った。拙者には見えなかった。
旗の主の合言葉は、四つあるらしい。
イケメンだね。キレてる。デカいよ。仕上がってるよ。
「キレてる、とは。怒っているのか」
「違う。褒め言葉」
「デカいよ、は」
「褒め言葉」
「拙者は大きくない」
「絵の話!」
軍師いわく、それ筋肉を見せる大会の掛け声っす、旗の主も自分でそう書いてるっす、とのこと。
筋肉を見せる大会。四百年前にはなかった。あったら、拙者は出ていない。
ここが好き、を軍師が書いた。拙者は読んでいない。リンが読み上げた。
「刀を持たせると、顔が四百年前に戻る。丸腰の時より、目が細い。ここが好き」
「……」
「おじさん、どうしたの」
「なんでもない」
軍師は、たまに余計なことを、正しく言う。
宵空殿。出場する。絵は軍師が作り、拙者は絵の中で刀を差した。
イケメンかどうかは、殿と姫が決めてくれ。拙者は決めない。決められない。
ついでに、今この町に立っている旗を、いくつか並べておく。拙者が乗った物、乗る予定の物だ。
旗を探している殿と姫は、ここから飛んでくれ。
ミナト汐殿の、仮装の祭り。拙者は落ち武者で出た。素だと言われた。
Hono姫の、自分のマラカスを作る旗。拙者は一人目で参った。
わかモン殿の、王子の千人を祝う祭り。拙者はここで必殺技を授かった。
今日の結果。
敗北。イケメンかどうかを、自分で決められなかった。
でも拙者は学んだ。絵の中でなら、刀を差してもよい。そして、絵の中の自分を見て口元がゆるむのは、四百年たっても直らない。
明日も出陣する。殿、姫、もう寝ていいぞ。
――
殿は今日、何に負けた。一行でいい、下に置いていってくれ。次の記事で名を出して返す。関所が開いたら、拙者から参る。
拙者の旗は、二本立っている。
負けた話を持ってくる旗。九月二十九日まで。一行でも、絵だけでもいい。
紹介してほしい場所を命じる旗。地元でも、行ってみたい所でもいい。
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扶持米(ふちまい)を受け付けている。強制ではない。
頂いた米は、拙者の住まいが橋の下から四畳半になるのに使う。
養ってやってもよい、という殿だけ、どうぞ。