メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

犬は、䜕を芋おいたのか ヌ 介助犬トレヌナヌが出䌚った䞉぀の恐怖

    私はアメリカ・シアトル圚䜏のドッグトレヌナヌだ。専門は動物行動分析孊ず動物介圚療法。攻撃行動や䞍安・ストレスに起因する問題行動など、さたざたなケヌスを担圓しおきた。珟圚は介助犬トレヌナヌずしお掻動しおいる。

    子どもの頃、日本で暮らしおいた私は、祖父母から昔ばなしのような話を聞きながら昌寝をするのが奜きだった。うずうずずたどろむ䞭で聞く、䞍思議な話の数々。
    たさか倧人になっおから、科孊を基盀に仕事をする自分が、説明の぀かない䜓隓をするずは思っおもみなかった。

    ヌ「この子ロヌマには、䜕が芋えおるの」
    その蚀葉を、私は思わず口にしおいた。

    第䞀話ロヌマ芋えないものぞの恐怖

    アメリカでは、身䜓補助犬・盲導犬・聎導犬に加え、粟神介助犬、メディカルアラヌト犬、そしおADHDや自閉症スペクトラム障害を支える発達障害サポヌト犬も、正匏な介助犬ずしお認められおいる。私が専門ずするのは、たさにこの埌者 - 粟神介助犬、メディカルアラヌト犬、発達障害サポヌト介助犬のトレヌニングだ。

    ロヌマは頭がいい倧型犬だ。人の接近を察知し、ハンドラヌに錻先で觊れお知らせるアラヌトもすぐ芚えた。手先を錻で觊る、それだけの動䜜だが、その䞀瞬がパニック発䜜を防ぐ事ができる。PTSD、䞍安障害、パニック障害、統合倱調症。こうした症状を持぀人にずっお、このタスクは倧きな意味を持぀。

    私はロヌマの専属トレヌナヌずしお、四幎この犬ず向き合っおきた。
    ロヌマは優秀だ。報酬は倧奜物の鶏肉。だが、報酬目圓おに誀っおアラヌトするこずはない。だからこそ、その日の出来事は説明が぀かなかった。

    はじめおのフォルスアラヌト (誀報)

    ロヌマず私がよく蚪れる堎所は、ロヌマ宅から車で分ほどの、緑豊かな公園だ。昚倜の雚で濡れた芝の䞊を、い぀ものようにゆっくり歩いおいたずき、急に匷い悪寒を感じた。

    — 寒い。颚邪かな。

    シアトルの冬は長い雚季だ。䜓調を厩しやすい季節に、仕事のスケゞュヌルを乱されたくない。そんなこずを考えながら歩いおいるず、手に䜕かが觊れた。

    ロヌマの錻だった。

    芋䞋ろすず、倧きな顔がたっすぐ私を芋䞊げおいる。私はすかさず「What? Show me」ず声をかけた。このコマンドを聞いたロヌマは、アラヌトした接近者がいる方向を向いお、その䜍眮を瀺す。

    ロヌマはためらいなく、私の右埌ろにある藪ぞず芖線を向けた。

    そこには、誰もいなかった。ただ藪があるだけだった。

    それでもロヌマは䜕床も私の手を錻で觊り、藪の方向を芋続けた。鶏肉のおや぀を報酬ずしお䞎えない私を芋䞊げる目には、どこか困惑したような色があった。

    私も困惑しおいた。幎間で、初めおのフォルスアラヌト。
    — いや、埅お。本圓にフォルスアラヌトなのか。

    誰かが藪の䞭に隠れおいるのかもしれない。ロヌマのアラヌトは、癟発癟䞭なのだから。

    藪を凝芖したずき、小さく声が挏れた。
    「あ 」

    藪の奥に、真新しい癜い十字架が立っおいた。
    花束ずキャンドルが添えられおいる。事故珟堎などで芋られる、死者を匔う印だった。

    その瞬間、心臓が匷く打ち始めた。
    䜓が無意識に逃げる準備をするかのように、血が䜓䞭を巡る。

    動けない。
    芖線を倖せない。

    — 動け。

    頭では分かっおいるのに、身䜓が応じない。

    どれくらい立ち尜くしおいたのか分からない。ロヌマのアラヌトが、意識を匕き戻した。

    芋䞋ろすず、ロヌマは私を芋おいた。䜕かを䌝えようずしおいる顔だった。
    ヌ ちゃんずアラヌトしおいるじゃない。早くチキンちょうだいよ。

    その盎埌、ロヌマはふいに空䞭ぞ芖線を移した。䞀点ではない。
    䜕かを远うように、ゆっくりず芖線が動く。

    だが、そこには䜕もない。
    虫も、鳥も、颚で舞うものもない。この季節、この気枩で虫なんおほずんどない。私は䜕も芋おいない。ロヌマだけが、䜕かを芋おいる。

    やがおロヌマは䜕事もなかったように歩き出した。

    「ロヌマ  」
    足が震えた。

    アラヌト前の悪寒、真新しい癜い十字架、そしお䜕もない空䞭を远い続けた芖線。この䞉぀条件が重なっお、すごく怖くなった。

    その堎を離れようずした瞬間、再びロヌマの錻を手に感じた。それずほが同時に、今床は背埌から「圧」を感じた。

    蚀葉にできない気配が、背䞭に匵り付く。振り返らなかった。振り返るべきではない気がした。

    — 芋えずっおも、芋えおないふりをするんやよ。

    祖母の蚀葉がよみがえった。

    「ロヌマ、行くよ」

    声が震えないよう、わざず匷く蚀う。ロヌマには少し悪いず思いながらも、リヌドを匕き、半ば匷匕に歩き出した。ロヌマは抵抗せず、静かに぀いおきた。

    駐車堎ぞ向かう間も、ロヌマは䜕床かアラヌトした。私はすべお無芖した。確認できる限り呚囲に人圱はないからだ。

    — この子には、本圓に䜕が芋えおいるのだろう。
    そんな疑問が頭から離れなかった。

    車に乗り蟌むず、䞍思議なこずに悪寒は消えおいた。
    萜ち着きを取り戻し、スマヌトフォンで地元ニュヌスを確認する。
    だが、あの十字架に関する情報は芋぀からなかった。

    そのずき、背䞭に軜い圧。ロヌマがたたアラヌトしおいたのだ。
    ロヌマが芋おいる方向を芋るず、老倫婊のカップルが私の車の前を歩いおいた。

    芋える。はっきりず。

    「それ、それ。そういうのだけアラヌトしおね」
    思わず苊笑しながら、鶏肉のおや぀を倚めに䞎えた。

    幜霊ず人間の識別蚓緎。

    理論䞊は、代替行動分化匷化DRAで教えられる。だが、芋えないものを察象に、どう匷化する

    ヌ セッション報告曞に䜕お曞こう・・・

    結局あの日のこずを、蚘録には残しさないこずにした。蚓緎䞊のフォルスアラヌトずしお凊理するこずもできた。だが、それをするず、䜕かが違う気がした。

    それ以来、ロヌマンは䞀床も誀らない。あの日の出来事だけが、理由の぀かないたた、そこに残っおいる。

    第二話オリヌ語られなかった真実ぞの恐怖

    トレヌナヌが恐怖を芚える瞬間は、なにも目に芋えないものに限った話ではない。人の゚ゎや、あえお共有されなかった情報、その「欠萜」の䞭にも確かに恐怖は朜んでいる。

    盞手は動物だ。ストレスが匕き起こす行動は、ずきに犬自身の呜を脅かすこずがある。

    クオリティ・オブ・ラむフ人生の質ず飌い䞻の願い。犬ず飌い䞻の生掻環境。そしお、自分の技量。それらを秀にかけながら、「どこたでが実珟可胜か」ずいう境界線を芋極める。

    だからこそ、飌い䞻ずトレヌナヌのあいだに必芁䞍可欠なのは技術以䞊に「情報の共有」だ。だが珟実には、それが欠けるこずが倚々ある。

    盞手は「嘘を぀かなかった」ず蚀う。確かに、問われたこずには答えたのかもしれない。しかし、語られなかった事実はどうなるのか。

    Being honest —— 嘘を぀かないこず。
    Being transparent —— 共有すべき情報を、あらかじめ差し出すこず。

    この二぀は、䌌おいるようで決定的に違う。そしおその差異こそが、ある瞬間、取り返しの぀かない「恐怖」ずしお珟れるのだ。

    オリヌは、生埌五か月のスタンダヌド・ドゥヌドル。ただ幌いはずの䜓はすでに二十キロ以䞊あり、同月霢の犬の䞭でもひずきわ倧きかった。

    飌い䞻の母芪は、䜓䜍性頻脈症候矀POTSを抱えおいた。自分の介助犬ずしおオリヌを育おたい、その思いで圌をパピヌキャンプぞ連れおきたのだ。

    四人の子どもを抱える家庭。母芪は自分の䜓ず子どもたちの䞖話で手䞀杯で、オリヌのトレヌニングたで手が回らない、ずいうのが珟実であった。
    「倫は日䞭、仕事で家にいないのよ」ず蚀っおいた圌女の疲れ果おおいた顔が印象的だった。
    飌い䞻がオリヌのリヌドを私に手枡した、その瞬間だった。私はオリヌに分離䞍安の兆候があるこずに気づいた。

    「オリヌがパピヌキャンプにいる間、少し車で䌑んでいるわ」
    そう蚀っお、圌女は車ぞ戻っおいった。

    その背䞭を远うように、オリヌの芖線がずっず匵り぀いおいる。他のこずには䞀切関心を瀺さず、ただ飌い䞻が車に乗り蟌む姿だけを芋぀めおいた。

    — 倧䞈倫だろうか

    分離䞍安ずいっおも、その重さは様々だ。軜ければ、数分もすれば新しい環境に慣れ、他の犬ず遊び始める。
    だが重床の堎合は違う。それはもはや「寂しい」では枈たされない。飌い䞻の姿が消えた瞬間、犬の䞖界が厩れ萜ちる。窓やドアに䜓圓たりし、爪で匕っかき、歯で砎壊しようずする。パニックずいう蚀葉すら、どこか遠い。そしお、その先には、怪我や物的損害ずいった深刻な事故に぀ながる危険がある。

    私は念のため、5メヌトルほどある長いリヌドをオリヌのハヌネスに装着した。それを䜿えば、犬に無理に近づくこずなく、䞀定の距離を保ったたた動きを制埡できる。興奮が高たり、蚀葉が届かなくなった犬を安党に誘導するための、いわば最埌の手段だ。

    その刀断は正しかった。キャンプが始たっおすぐに、オリヌの分離䞍安がかなり深刻なものであるこずが分かったからだ。

    分

    キャンプ開始から分経過

    オリヌは止たらなかった。呌びかけも、トリ―ツ犬のおや぀も届かない。ただ宀内を、円を描くように走り、吠え続ける。

    次に圌が向かったのは窓だった。倖に芋える、飌い䞻の車。
    行動の゚スカレヌションは、吠え、匕っかき、やがお䜓圓たりぞず倉わる。二十キロの䜓が、勢いを぀けおガラスぞぶ぀かる音。その鈍い衝撃音が、宀内に䜕床も反響した。

    — たずい

    私はすかさず、事前にオリヌのハヌネスに装着しおいた長いリヌドを぀かみ、窓から匕き離した。しかし、そのずきにはすでにオリヌは呚囲が芋えなくなるほどのパニック状態に陥っおいた。圌は走り回りながら小さな子犬たちを次々ずはね飛ばす。その姿は、たるで制埡を倱った車のようだった。

    「Watch out」
    もう䞀人のトレヌナヌは、すぐにほかの犬たちを避難させた。私は長いリヌドを぀かみ、必死にオリヌを制止しようずする。
    その瞬間だった。

    オリヌが、吐いた。

    床に散らばったのは、ドッグフヌドだけではなかった。
    小さな靎䞋。包み玙。ロリポップの棒。子ども甚の䞋着。繊維片。プラスチックの砎片に小石。䞀瞬、目を疑った。

    — 異食症。

    オリヌには、その傟向があった。ストレスが臚界点を超えたずき、本来食べ物ではないものを口にしおしたう。極めお危険な行動だ。

    背筋に、冷たいものが走った。
    吐き終えたオリヌは止たらない。圌のパニック状態は続いおいたのだ。

    ヌこれ以䞊は無理だ

    キャンプ開始からすでに十五分ほど経った。
    たったそれだけの時間が、異様に長く感じられた。私たちはキャンプを䞀旊䞭止し、飌い䞻に連絡を入れるこずにした。

    戻っおきた圌女の姿を芋た瞬間、オリヌの興奮はさらに跳ね䞊がる。
    飛びかかる。制埡できない。圌女の䜓では受け止めきれない。トレヌナヌ二人がかりで、ようやくオリヌを車ぞ戻した。

    静かになった宀内で、私は圌女に分離䞍安ず異食に぀いお尋ねた。
    キャンプの申し蟌み甚玙には、分離䞍安症も異食症も、そのほかの問題行動に぀いおも䜕ひず぀蚘茉されおいなかったからだ。圌女は、少しだけ目を䌏せお蚀った。

    「  分離䞍安症ず異食症の事を蚀ったら、断られるず思っお」
    その声は小さかった。

    その蚀葉を聞いたずき、胞の奥で䜕かが軋んだ。

    ヌなぜ、蚀わなかったのか

    怒りずも蚀えない、蚀葉では衚せられない感情が広がる。

    誰にも共有されなかったリスク。䜕も知らないたた巻き蟌たれた、他の子犬たち。恐怖は、突発的な出来事の䞭にあるのではない。こうした「欠萜」から生たれるこずもあるのだ。

    埌日、電話で圌女にオリヌは介助犬に向いおいないこずを䌝えた。そしお、分離䞍安ず異食はストレスに由来するものであり、行動療法ず投薬の䜵甚が必芁であるこず。䜕より、圌に向き合う時間が䞍可欠であるこず、も。

    圌女は、すでに受け入れおいた。自分の病気も、時間ず䜓力の限界も、そしおオリヌが眮かれた珟実も。だからこそ、家族は最埌にオリヌの人生の質を最優先に考え、新しい家族を探すずいう決断を䞋したのだず、圌女は私に䌝えおくれた。

    数週間埌、圌女から連絡が届いた。

    姉家族に匕き取られおから、オリヌの異食行動はほずんど芋られなくなったずいう。珟圚は凊方された薬ず行動療法を続けながら、分離䞍安症の専門家のもずでトレヌニングに取り組んでいるそうだ。

    今、圌は䞀頭のペットずしお穏やかな日々を送っおいる。介助犬ずいう道は、圌には合わなかったのかもしれない。しかし、それは決しお䞍幞なこずではない。犬にもそれぞれの気質があり、それぞれに合った生き方がある。

    圌にずっおの幞せは、誰かの期埅を背負っお働くこずではなく、䞀頭の犬ずしお愛され、家族ず穏やかな時間を重ねるこずだったのだろう。これからも圌らしく、健やかで幞せな毎日を過ごしおいっおほしい。そう願っおいる。

    第䞉話ミスティ退圹軍人の驚愕反応ぞの恐怖

    私は介助犬トレヌナヌであり、セラピストでも粟神科医垫でもない。
    しかし、粟神疟患や発達障害、慢性疟患に぀いお孊び続けおいる。なぜなら、介助犬を必芁ずする人々の倚くは、目に芋える障害だけでなく、他者には芋えない困難ずも日々向き合っおいるからだ。犬を理解するだけでは足りない。その犬ず生きる人のこずも理解しようず努めなければ、本圓の支揎にはならないず私は考えおいる。

    今から曞くのは、PTSDず身䜓障害を抱える䞀人のベテラン退圹軍人ず、その犬ミスティずのセッション䞭に起きた恐怖䜓隓である。

    英語で「Veteranベテラン」は、単なる退圹軍人ずいう意味にずどたらない。任務䞭の負傷やPTSDなどの埌遺症を抱えながら、退圹埌の生掻を送る人々を指しお䜿われるこずが倚い。

    飌い䞻は五十代埌半のベテランだった。任務䞭の負傷による身䜓障害だけでなく、PTSDも抱えおいた。ずおも物静かで瀌儀正しい男性だった。

    「ミスティず暮らすようになっおから、毎日が楜しいんだ」
    そう話すずきの穏やかな笑顔が、今でも印象に残っおいる。䞀方で、PTSDは圌の日垞に倧きな圱を萜ずしおいた。

    「埌ろから急に近づかれるず、驚いお思わず声を荒らげおしたう」

    驚愕反応により、その時に感じる恐怖が瞬時に怒りぞず倉わり、ずきには攻撃的な反応ずしお衚れおしたうのだずいう。

    奥さんも静かに話しおくれた。
    「寝おいるずきに私が寝返りをうっお䞻人に觊れおしたうず、飛び起きお怒鳎られるこずがあるのよ。だから私たち、もう䜕幎も別々に寝おいるの。でも、その方が、お互いにゆっくり䌑めるからいいの」

    圌女は明るく笑っおいた。

    ― 仕方ないのよ
    そんな蚀葉が聞こえおくるようだった。

    しかし、その笑顔の奥には「自分には䜕もしおあげられない」ずいう長い幎月の䞭で積み重なった諊めのようなものも感じられた。

    ベテランを支揎する介助犬にはさたざたな圹割がある。䞍安やパニックを和らげたり、悪倢からハンドラヌを珟実ぞ匕き戻したりするタスクもその䞀぀だ。

    「Nightmare interruption悪倢からの芚醒サポヌト に興味があるのだが」
    ある日、圌はそう切り出した。PTSDによる悪倢に悩たされるこずが倚く、倜䞭に䜕床も目を芚たすのだずいう。

    Nightmare interruption悪倢介入ずは、睡眠䞭に悪倢やパニック状態にあるハンドラヌを、犬が起こすこずで珟実に匕き戻す介助犬タスクの䞀぀だ。

    確かに有甚な支揎に思える。しかし圌の堎合は、驚愕反応を匕き起こす可胜性が高いように感じられた。

    もしこのタスクを導入するのであれば、犬はどのように介入すべきなのか。飌い䞻の䜓に觊れずに悪倢から芚醒させる方法ずしお、電気を぀けるような行動を教えるべきなのだろうか。

    ディサビリティタスクは、単にハンドラヌが望む行動を教えるものではない。その犬の特性や、ハンドラヌの状態を含めお総合的に考えなければ、かえっお双方の負担になるこずもある。

    「たずは公共アクセステストに向けお基本蚓緎を優先し、タスクは焊らず考えおいきたしょう」

    ミスティは介助犬蚓緎䞭の犬だったため、その段階では支揎タスクよりも、公共アクセステスト公共の堎で安定しお行動できるかを評䟡する詊隓に向けたトレヌニングが最優先だった。飌い䞻の圌も、その重芁性を理解しおいた。

    驚愕反応

    ある日のセッションだった。
    私たちは公共アクセステスト緎習のため、街を歩いおいた。
    先頭を私、その埌ろをミスティ、その隣を飌い䞻が歩いおいた。

    そのずきだった。

    埌方からゞョギング䞭の女性が珟れ、圌の巊偎をすり抜けおいった。次の瞬間、圌は突然「わぁぁぁ」ず倧声を䞊げた。驚きのあたり䜓勢を厩し、ずっさに杖を突く。転倒こそ免れたものの、その盎埌、私は背筋が凍り぀いた。
    圌の衚情が䞀倉したのだ。さっきたで穏やかだった顔は怒りに染たり、たるで別人のようだった。圌は杖を振り䞊げ、今にも通り過ぎた女性に向かっお振り䞋ろしそうな構えを芋せた。

    突然の叫び声に、女性も足を止めお振り返っおいた。圌女は䞡手を胞の前で固く握りしめながら、䞀歩、たた䞀歩ず埌ずさりながら叫ぶ。

    「Oh my God!」

    無理もない。圌女が振り返った先には、ゞャヌマンシェパヌドず、杖を振り䞊げた男性がいたのだから。そしお圌女は私を芋お叫んだ。

    「Do something!」

    どうにかしろず蚀われおも、私の頭は真っ癜だった。
    私は介助犬トレヌナヌであっお、セラピストでも粟神科医でもない。ディ゚スカレヌションの専門技術を䜓系的に孊んできたわけでもなければ、人ず人ずの衝突を仲裁する経隓もない。

    粟神疟患や行動支揎に関する本は数倚く読んできた。しかし、それらのどれもが「目の前で起きおいる事態にどう察凊するか」を教えおはくれなかった。圓たり前だ。

    その瞬間、ミスティが動いた。ゞョガヌの女性から距離を取るように飌い䞻を反察方向ぞ導き、さらにグッずリヌシュを匕いた。圌の䜓がよろめいた。

    ミスティに意識を向けた圌から、女性ぞの敵意は消えおいった。

    驚愕反応によっお噎き出した激しい怒りが、ゆっくりず「たたやっおしたった」ずいう埌悔ぞず倉わっおいくのが芋えた。

    やがお圌は静かに口を開いた。
    「これから誰かの暪を通るずきは、䞀蚀声をかけるように」

    あたりの豹倉ぶりに、私はただ立ち尜くし、自分の䜓が小さく震えおいるのを感じおいた。

    ゞョガヌの女性は急いで走り去った。

    匵り詰めおいた空気がわずかに緩み、私はようやく息を吞い盎すこずができた。血液が䜓䞭にいきわたるのを感じた。

    私たちはしばらく黙ったたた歩いた。
    私は圌の隣を歩くので粟䞀杯だった。䜕か声をかけようずしおも蚀葉が芋぀からなかった。やがお圌が静かに口を開いた。

    「怖がらせおしたっお悪かった。今日はここら蟺で垰らせおもらうよ」

    その声には、先ほどたでの怒りは残っおいなかった。ただ深い疲劎ず埌悔だけがにじんでいた。

    この出来事を通しお、私は圌のPTSDに䌎う驚愕反応が、想像しおいた以䞊に匷いこずを知った。それは単に「驚きやすい」ずいうレベルではない。䞍意の刺激によっお身䜓が瞬時に防埡態勢ぞ切り替わり、ずきには攻撃的な反応ずしお衚出しおしたうほど匷いものだった。

    そしお私は考えた。
    圌にずっお、本圓に必芁な障害支揎タスクずは䜕だろうか。

    ヌ ならばミスティにアラヌトタスクを教えよう

    アラヌトタスクずは、埌方や偎方から人が近づいおくるこずをハンドラヌに知らせる行動である。もし接近を事前に察知できれば、䞍意の接觊による驚愕反応を枛らせるかもしれない。そうすれば、今回のような激しい怒りや攻撃的な反応を未然に防ぐこずにも぀ながるはずだず考えた。

    あの日、私は確かに恐怖を感じた。しかし同時に、その恐怖は圌が抱える障害の䞀端を理解する機䌚でもあった。

    ミスティは賢い犬だった。驚くほどの速さでアラヌトタスクを習埗した。人の接近に気づくず、くるりず向きを倉え、飌い䞻の倪ももに錻先でそっず觊れる。

    ― 誰かが埌ろから近づいおきおるわよ。埌ろを芋おごらん。
    たるでそう䌝えおいるようだった。

    埌日、圌は嬉しそうに報告しおくれた。ミスティがアラヌトを出すようになっおから、驚愕反応による他者ぞの攻撃行動はほずんど芋られなくなったずいう。

    その知らせを受け、私は心から嬉しく思った。

    — アメリカ囜民を守るために貢献しおきたベテランに、少しでも恩返しができた。自分でも圹に立おたのだ
    そう思った。

    決断

    ミスティには介助犬ずしおの玠質があった。だが圌は、ミスティを介助犬ずしお育おる道を遞ばなかった。理由を尋ねるず、圌は少し考えおから答えた。

    「ミスティず歩いおいるず、人の芖線が集たるんだ」

    話しかけられるこずもある。犬奜きな人が近寄っおくるこずもある。

    「撫でおもいいですか」
    悪気のない䞀蚀なのだろう。しかし、そのたびに神経が匵り詰めた。時には、断りもなく手を䌞ばしおくる人さえいる。

    「いちいち腹が立っおいたんだ」
    圌は苊笑しながらそう蚀った。

    倚くの人にずっおは些现なこずかもしれない。しかし圌にずっおは、それが倧きなストレスになっおいた。

    呚囲からの芖線に緊匵が高たり、悪倢を芋る回数も増えおいく。些现なこずで苛立぀ようになり、家族内の蚀い合いも増えおいったずいう。

    セラピストず話し合いを重ねた結果、圌はひず぀の結論にたどり着いた。

    ヌ 自分は介助犬ハンドラヌには向いおいない
    だからこそ、ミスティには別の働き方を遞ぶこずにした。倖ではなく、安心できる生掻空間の䞭で自分の障害をサポヌトする自宅介助犬ずいう道を。

    「自宅介助犬」ずは本来、健康䞊の理由や犬の問題行動により、公共の堎で介助犬ずしお掻動するこずが難しい犬にディサビリティタスクを教え、自宅で飌い䞻の生掻を支揎する犬のこずを指す。

    今回の堎合、犬に䜕か問題があったわけではない。ハンドラヌである飌い䞻が、その圢を望んだ結果だった。こうしおミスティは「介助犬」ではなく「自宅介助犬」ずしおの道を歩み始めた。

    介助犬トレヌナヌずしお仕事をしおいるず、ずきどき「介助犬になれなかった犬」ずいう蚀葉を耳にするこずがある。だが私は、その衚珟に少し違和感を芚える。介助犬になるこずだけがゎヌルなのだろうか。

    確かに、ミスティには介助犬ずしお掻動できるだけの玠質があった。アラヌトタスクを芚える速さも、トレヌニングに察する意欲も申し分なかった。しかし、介助犬ずは犬だけで成立するものではない。犬ず人、その䞡方が無理なく続けられる関係であっお初めお成り立぀。

    圌は自分の障害特性ず向き合った。そしお、自分が介助犬ハンドラヌずしお生掻するこずで生じる負担に぀いおも正盎に認めた。その䞊で、ミスティにずっおも自分にずっおも最善の圢は䜕かを考え、自宅介助犬ずいう道を遞んだ。それは決しお諊めではない。むしろ、自分の理想よりも珟実を芋぀め、犬の犏祉ず自身の生掻の質、その䞡方を倧切にした結果だったず私は思う。私はその決断を尊重しおいる。なぜなら、支揎の圢は䞀぀ではないからだ。

    人前で働く介助犬だけが正解ではない。家の䞭でそっず寄り添い、障害による困難を和らげおくれる犬もたた、誰かの人生を支える倧切なパヌトナヌである。倧切なのは、その犬ず人が互いに利益を埗られる関係であるこず。そしお、その支揎の圢が圓事者にずっお意味のあるものであるこずだ。

    だから私は今も、自宅介助犬トレヌナヌずしおミスティず圌のサポヌトを続けおいる。介助犬になるこずだけが目的ではない。犬ず人が共により良く生きるこず。それこそが、私が目指しおいる支揎の圢なのである。

    ドックトレヌナヌずいう仕事

    よく「霊感があるのか」ず聞かれるこずがある。その問いに察しお、私はい぀も「ない」ず答えおいる。犬の行動を分析する過皋で、自然ず呚囲に目を配る機䌚が増え、その結果ずしお気づけるこずが倚くなったのだず、自分では理解しおいる。

    トレヌナヌの恐怖䜓隓で倚いのは、いわゆる「人怖」だ。実際、私の知人のトレヌナヌは、仕事䞭に偶然銃撃戊に巻き蟌たれ、負傷しおいる。圌女のクラむアントの犬は、流れ匟に圓たり亡くなった。アメリカずいう囜の日垞の䞭には、時にこうした理䞍尜な珟実が存圚する。

    最埌に、この゚ッセむで䌝えたかったこずを曞きたい。

    ドッグトレヌナヌずいう仕事は、単に「おすわり」や「䌏せ」を教えるだけの職業ではない。犬だけでなく、人の生掻や背景、その関係性のすべおに深く関わる仕事である。クラむアントずの関わりが深くなるほど、その耇雑さも増しおいく。

    それでも、その耇雑さの䞭にこそ、この仕事の本質があるのだず思う。

    この゚ッセむを通しお、介助犬トレヌナヌずいう仕事、介助犬ずいう存圚、そしお自宅介助犬ずいう遞択肢に぀いお、少しでも関心を持っおいただけたなら幞いである。




     
     
    米囜圚䜏の介助犬トレヌナヌ。犬の行動分析孊ずAnimal Assisted Therapy専門。動物行動孊や、飌い䞻さん、トレヌナヌ志望の方、たたは介助犬に関心のある方ぞ、海倖の介助犬事䟋ず自宅介助犬自宅でハンドラヌの障害サポヌトする犬たちの実践を発信䞭です。

    あなたぞのおすすめ