
石畳の問い
あの街の光を今でも思い出す。
石畳に反射する淡い光、建物に深く刻まれた陰影。
それは私がかつて旅したヨーロッパのとある街の記憶だ。観光地として名高い場所ではない。ただ古い建物が静かに呼吸をしているような、そんな場所だった。
旅の宿は民泊で借りたアパートの一室だった。指定された住所を頼りに、私は石造りの建物が並ぶ通りを彷徨っていた。地図が示すのは間違いなくこの区画だ。しかし、どこまでが店で、どこからが人の住む家なのか、その境界がまるで分からない。
レストランの隣に飾り気のない重厚な木の扉がある。
ショーウィンドウの隣にも同じような扉が並んでいる。その一つが私の数日間の「家」になるはずだった。
結局、何度か行ったり来たりを繰り返した後、建物の隅に小さく書かれた番地を見つけ、ようやく目当ての扉にたどり着いた。まるで街全体が巨大な一つの建築物であるかのようだった。
その扉を開けたときの驚きも忘れがたい。外から見た何百年という時間の重みとは裏腹に、部屋の中は清潔で現代的な設備が整えられていたのだ。壁や梁は古びているが、それはみすぼらしさではなく歴史という化粧をまとっている。
彼らは建物の骨格や顔つきを安易に変えない。古い器に新しい暮らしを丁寧に注ぎ込むようにして、街の時間を繋いでいる。
外観は街の共有財産であり、内側は個人の生活の場。その見事なまでの棲み分けに私は深く感心した。
翻って、私が暮らす日本の風景はどうだろう。帰国して間もない頃、自宅の近所を散歩していて、ふと奇妙な感覚に襲われた。
古くなった家が次々と取り壊され、あっという間に更地になり、数ヶ月もすればまるで流行の服のように似たようなデザインの新築住宅がそこかしこに建ち並んでいく。
私の違和感はそこではなかった。新築の家が建つそのすぐ隣の区画には、住む人のいなくなった空き家が、時が止まったかのようにひっそりと佇んでいたのだ。窓ガラスは埃をかぶり、庭の草は伸び放題。人の営みの気配が消えた家が静かに朽ちていくのを横目に、私たちは新しい家を建てる。まるで古いものを無かったことのようにして、新しいものだけを追い求めている。
この絶え間ない新陳代謝は果たして豊かさなのだろうか。
もちろん、日本の多くの家屋は木造で、地震や湿気といった風土の中で石造りの建物と同じ時間を生きることが難しいのは理解している。伊勢神宮の式年遷宮のように常に新しくあることで永遠性を保つという、世界に類を見ない文化も私たちの根底には流れている。建て替えること、新しくすることは、決して否定されるべきものではない。
だが、空き家が社会問題となるほどに増え続ける一方で、画一的な新築住宅がベルトコンベア式に生産されていく光景には、やはりどこか歪さを感じてしまうのだ。
夏の日差しを遮る深い軒、風を通すための間取り。隣家との程よい距離感。そうした知恵は、いつしか効率やコストという言葉の前にその価値を薄れさせてしまったように思える。
イギリスの思想家、ジョン・ラスキンはこう記した。
「建築は私たちが最も真剣に考えるべきものです。私たちは彼女なしで生き、彼女なしで礼拝するかもしれませんが、彼女なしでは思い出せません。」
もし建築がその国の記憶を語るものなのだとすれば、私たちの時代は何を残すことができるだろうか。古いものを手入れしながら長く使うことよりも、手軽に新しいものを手に入れることを優先した世代。土地の記憶を継承するよりも、経済的な合理性を重んじた時代。そう刻まれてしまうのかもしれない。
ヨーロッパのあの石畳の街並みがただ美しいと感じたのは、その造形だけが理由ではなかったのだ。そこには時間を慈しみ、歴史と共存しようとする人々の、静かだが確固たる意志が風景として現れていたからだろう。
新しい家は確かに心地よい。だが私たちは本当に新しい家ばかりを求めているのだろうか。少し古くても、丁寧に手入れされた家。その土地の風に、光に、しっくりと馴染む家。私たちはそういう選択肢をもっと大切にしても良いのではないか。
空き家が並ぶ通りの向こうに、また一つ新しい家のための基礎工事が始まっている。その槌音を聞きながら、私はこの土地の風土に本当に合った建築とは何なのか、この街並みがこれからどんな自叙伝を紡いでいくのか、答えの出ない問いをただ静かに心の中で反芻していた。