
3人目なのに、また保育所or幼稚園で悩んでいる。
「3人育てているなら迷わないでしょ。」
そう思われそうだ。
しかし何人目だろうと、子育ては選択の連続であり、判断力との戦いでもある。
長女の時も悩んだ。
長男の時も悩んだ。
そして末っ子でも、また同じように悩んでいる。
経験があるから決められるわけではない。
経験があるからこそ迷う。
というか、一人ひとりを見れば悩むものなのだと思う。
長女と長男は違った。
だから末っ子も、きっと違う。
同じ育て方が正解とは限らない。
今通っている保育所は、本当に先生方が素敵だ。
子ども一人ひとりをよく見てくださる。
安心して預けられる。
先生で選ぶなら保育所一択だ。
ここまで信頼できる先生方に出会えたことは、本当にありがたい。
でも幼稚園にも憧れがある。
私は幼稚園出身だ。
制服を着て、園バスに乗る。
「いってきます。」
と手を振る。
そんな幼稚園生活を送った。
だから我が子にも、その経験をさせてあげたいという気持ちがある。
幼稚園バッグを持って、
制服を着ている姿も見てみたい。
先日見かけた幼稚園Aの夏服がとても可愛かった。
「この制服を着た姿も見てみたい。」
そんなことを考えてしまった。
気になっている園は二つある。
幼稚園A。
インスタを見て「なんじゃこりゃ!」となった。
ヨコミネ式など、教育に力を入れている園だ。
私が子どもの頃からある幼稚園だが、園舎も新しくなり、さらに魅力的になっていた。
幼稚園B。
教育と保育のバランスが良さそうな園だ。
習字もあり、のの様に手を合わせる習慣もある。
遊具はアンパンマン。
こちらも新しい園舎で、とても魅力的だった。
どちらも魅力的だから決められない。
一方で、
このまま保育所で卒園まで過ごすという選択もある。
クラス担任3人配置や職場の隣の保育所という安心感は、本当に大きい。
それぞれに良さがある。
だからこそ悩む。
そう考えると、長女のことも思い出す。
長女は保育所から小学校へ進学した。
もちろん、保育所だったから苦労したわけではない。
長女自身の個性もある。
ただ「ママと一緒に行きたい!」が強くて、スムーズに登校するまで1学期くらいの時間はかかった。可愛い方かもしれないが…。
でもその都度、毎日一緒に保育所に通ってたんだから仕方ないよな…と幼稚園ならバスでお別れしてるんだよな…と思ったことがある。
だからまた考えてしまう。
小学校へ自信を持って入学できる環境とは何だろう。
その答えを探している。
来年長男も小学生で頭が痛い。
結局、最後に戻ってくるのは先生だ。
教育方針も大切。
制服も可愛い。
園バスにも憧れる。
でも毎日子どもと過ごすのは先生なのだ。
どんな教育よりも、
その存在は大きい。
安心して過ごせるか。
大切にしてもらえる環境か。
もし目が行き届かず、その子らしさが埋もれてしまうのなら、それはもったいないとも思う。
以前、
「幼児期に先生から何回名前を呼んでもらえるかを意識した。」
という話を聞いたことがある。
私はその言葉がずっと心に残っている。
今の環境なら、末っ子は周りの子以上に名前を呼んでもらっていると思う。
0歳児クラスから育ってきたことは大きい。
長男も0歳児クラスから通い始めた頃は、たくさん名前を呼んでもらっていた。
でも転園して今の園に来てからは、少し埋もれてしまっているようにも感じる。
転園の影響なのか。
もともとの優等生気質なのか。
本人も、
「誰も僕の気持ちはわかってくれない!」
と怒ることがある。
先生との共有事項も、三人の中では長男が一番少ない。
それが少し心配だ。
一方で長女は、自我爆発ガール。
その心配だけは昔からない。
(そういえば、ここ2週間くらい小学校から留守録がない。平和に過ごしているのだろう。)
正解はない。
どちらを選んでも、
「あっちだったらどうだっただろう。」
そう思う日は、きっとある。
だから最後は、
「この園で過ごす末っ子を見てみたい。」
そう思えた場所を選びたい。
今はまだ答えは出ない。
でも、たくさん悩んで決めた場所なら、
それが我が家の正解なのだと思う。
まぁ、なんだかんだ。
まだ一歳児クラスだ。
あと2年くらいはある。
上の二人の時も、幼稚園の願書を取り寄せたり、見学へ行ったり、たくさん悩んだ。
それでも最後は今の保育所を選んできた。
今回もそうなるのか。
それとも違う選択をするのか。
未来のことは、まだ分からない。
でも、こうして悩めること自体が、
親として幸せなのかもしれない。
子どもは、私の最大の推しだ。
推しが笑えば嬉しい。
推しが悩めば一緒に考える。
推しの成長を、一番近くで見ていたい。
制服姿も見たい。
園バスに乗る姿も見たい。
「できた!」と笑う瞬間も見たい。
だから今日も、本気で悩む。
親バカなのかもしれない。
でも、それでいい。
推しの幸せを願って全力になれる時間は、
永遠には続かない。
だから今は、この時間を思い切り楽しみたい。
いつか子どもたちがそれぞれの人生へ羽ばたいたら、
今度は私が自分の人生を楽しむ番。
その頃には、
沖縄へ移住しているかもしれない。
だから私は、燃え尽きはしないだろう。
今は子どもたちを全力で推して、
振り返った時に笑えればそれでいい。
追記
やっとノートに戻ってこれました。