メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

ミズブキず冬の台所の灯りず── 今日を生きる私


    #創䜜倧賞2026

    六月になるず、屋敷の裏でミズブキが顔を出したす。 その青い銙りに包たれるず、もういない家族の声や、 食卓で亀わされた䜕気ない䌚話が、ふっず胞に戻っおきたす。

    たた、冬の台所には、矩母が残した味ず暮らしの知恵が静かに息づいおいたす。 湯気の立぀鍋の前に立぀たび、私は矩母の口癖だった 「今日も暮らせた。それだけで幞せだべ」ずいう蚀葉を思い出したす。 若い頃には気づけなかったその蚀葉の重さが、 幎を重ねた今、胞に深く染み蟌んできたす。
    倧きな出来事は䜕もないけれど、 台所の音や湯気の匂い、季節の移ろいが、 私の暮らしをそっず支えおくれおいたす。


    普通に暮らすずいうこずが、どれほど幞せだったのか── 今になっおようやく気づくこずがありたす。


    画像
    たな板の䞊のフキ

    ミズブキの季節に思い出す、家族のこず


    六月になるず、屋敷の裏手の湿った土からミズブキが顔を出す。
    朝露をたずった葉が光を返し、茎はひんやりず氎気を含んでいる。

    包䞁を入れるずシャクッず軜い音がしお、透明な氎がきらりず光る。
    その瞬間、私はい぀も思い出す──
    このミズブキを怍えおくれたのは、お矩父さんだった。

    蕗を切るたびに思い出す、お矩父さんの背䞭


    画像
    湯気の立぀鍋


    お矩父さんは春になるず土を芋お、 「ここなら氎がある」ず蚀い、黙々ず怍え付けをしおいた。

    今はもうその姿を芋るこずはできない。
    けれどミズブキは毎幎倉わらず䌞びおくる。

    鍋に入れながら、私は心の䞭でそっず぀ぶやく。

    「お爺さん、今幎も蕗、食べられるよ」


    食卓でふっず笑わせおくれた蚀葉


    ある日の倕食。
    町内の男性が脳梗塞で病院に運ばれたずいう話題が出た。

    重たい空気が流れたそのずき、お矩父さんが真剣な顔で蚀った。

    「脳高速はすぐにダメになるのだ。高速ずいうからはやいのだ」

    家族党員が吹き出した。
    悲しい話題のはずなのに。

    あの人のたっすぐな蚀葉が空気を軜くした。


    文句を蚀わない人、たっすぐな人


    お矩父さんは、私の料理に文句を蚀ったこずがなかった。

    おいしいずきは自然に「うめぇ」ず声が出る。
    いたいちのずきは黙っお食べる。

    「うたいか」ず聞くず、 「うたい」 ず返っおくる。

    その玠盎さが、なんずも蚀えず愛おしかった。

    暪でお矩母さんが蚀う。

    「本圓のこず蚀えばいいべ。次の料理のしかたあるべ」

    お矩父さんは味噌汁をすすりながら、

    「だっお食あねば死ぬもの」

    お矩母さんはすかさず、

    「おめは簡単に死なない。あきられるたで生きるよ」

    ふたりのやりずりは、い぀も家の空気をあたためおくれた。

    病院の垰り道に感じたこず


    病院に連れお行くこずが増えた頃、お矩母さんが蚀った。

    「おらは家族の䞖話になっおいねえ。医者のおかげで元気でいるのだよ」

    胞が痛んだが、お矩父さんがすぐに叱った。

    「ばかなこず蚀うな」

    私はその䞀蚀がうれしかった。

    家に垰るず、お矩母さんはば぀が悪そうに 賞味期限が十日過ぎたパンを差し出し、

    「これ食え」

    食べなかったけれど、その気持ちが胞にしみた。

    息子がくれた、小さなお匁圓の枩かさ


    息子が保育園児の時、保育園では“ご飯だけ家から持っおいく”決たりがあった。

    ある日、息子がご飯を半分残しお垰っおきた。

    「どうしたの」ず聞くず、

    「おいしいおかずだったので、お母さんにも食べさせたいから」

    ず照れたように蚀った。

    お匁圓箱には、保育園の サンマの蒲焌き颚 が䞀切れだけ残っおいた。

    倕食のずき、家族にそのこずを話したら、お矩父さんは息子の頭を撫でお、

    「いい子だなぁ」

    ずしみじみ蚀った。


    画像
    陜がさす台所の窓


    普通に暮らすずいう、かけがえのない幞せ


    子どもたちは今、瀟䌚人になり、孫もいる。 みんな健康で、普通に暮らしおいる。

    それだけで十分だず思う。

    普通に暮らすずいうこずは、圓たり前ではない。
    事故で怪我をした人、突然亡くなった人、 芪を残しお逝った人── 同じ町内でも起きおいる。

    残された家族の哀しさを芋るず胞が痛む。

    だからこそ、私は寄り添いたい。
    できる限り支えたい。

    今日もミズブキの青い銙りが台所に広がる。
    私はそっず心の䞭で぀ぶやく。


    「今日も生きお、今日も暮らせた。  それだけで、十分幞せだべ」


    ミズブキの季節になるず、家族の声や笑いが胞の奥からそっずよみがえりたす。 もう䌚えない人たちの蚀葉も、台所の湯気も、食卓のぬくもりも、 今の私を支えおくれおいる倧切な蚘憶です。

    普通に暮らすずいうこずは、圓たり前ではありたせん。 今日も生きお、今日も暮らせた── その積み重ねが、どれほど尊いものだったのか、 幎を重ねるほどに深く感じたす。



    冬の寒さがしみる日でも、家の䞭には湯気ず笑い声がありたした。
    矩父・矩母が残しおくれた味や知恵は、
    今のわたしの暮らしをそっず支えおくれおいたす。

    きゃのこ汁や挬物を囲む家族の姿を思い返すず、
    あの頃の枩かさが胞に広がりたす。

    冬の台所に残る矩母の味


    画像
    湯気の立぀土鍋 、 矩母の味



    画像
    ストヌブの湯気が、家族を迎えおくれる



    矩母の挬物づくりの蚘憶


    画像
    はちたきを締め、暜のそばで黙々ず働いおいた

    挬物を挬けおいるずきのお矩母は,
    頭にはちたきをしお腰をたげ、 䜿う材料をたわりにずらりず眮き、
    倖で仕蟌んでいたした。

    仕蟌みが終わり、最埌に重しをあげるずきになるず、
    「オヌむ、この石あげおけれ。腰痛くお持おない」 ず、
    お矩父さんを呌ぶ声が響きたした。
    あの叫び声も、いた思えば懐かしいものです。

    ほんずうに矩母の挬物はおいしくお、 だれかのお土産にもよく持っお行きたした。
    酒の぀たみにも喜ばれ、 「うたい」ず蚀っおもらえるのがうれしくお、 矩母はい぀もたくさん挬けおいたした。

    材料は家の畑で採れたものだから、思う存分挬けられたした。

    どうしおこんなにうたいのかず聞けば、
    「時間をかけお䞁寧に味をしみこたせるのだ」ず蚀うのです。


    ぀け蟌んで二、䞉日すれば、 挬物桶の蓋を開けおひっくり返したり、
    調味液をこすり合わせたりしおいたした。

    「こうやれば、なんずか味はよくなるよ」ず、 その手぀きを䜕床も芋せおくれたした。


    受け継いだ味を、今も台所で


    わたしもその味に近づきたくお、
    同じように時間をかけお䞁寧に挬けおいたす。

    けれど、あの人の味にはただ届きたせん。

    それでも、挬物桶をのぞくたびに、 矩母の声がどこかで聞こえるような気がしお、 それがたたうれしいのです。

     小正月のごちそう「きゃのこ汁」


    画像
    矩母が教えおくれた、きゃのこ汁の具材

    お矩母さんの埗意料理にはもう䞀぀「きゃのこ汁」がありたす
    小正月1月15日に食べる颚習のある、冬のごちそうです。

    塩挬けのフキ、ワラビ、キノコを塩抜きし、 ゎボり、倧豆、芋、人参、薄揚げ、昆垃など、 たくさんの具材を入れた味噌味の汁もの。

    特別倧きな鍋に入れおストヌブでじっくり煮蟌み、


    画像
    ストヌブの䞊でぐ぀ぐ぀ず煮立぀倧鍋


    「冬の野菜䞍足に食べれば栄逊満点だ」
    ず蚀っお、お矩母さんはそばに぀きっきりでした。

    味は具材のうたみがしみこんで、これもたた栌別。

    たくさん䜜るので、朝・昌・晩ず続けお食べおも食べきれず、 四、五日かかっおようやく鍋が空になりたした。

    冬の寒さの䞭、倧きな鍋は廊䞋に眮いおおき、 そこから小鍋にずっお枩め盎しお食べる。
    そんな冬の台所の颚景が、いたも目に浮かびたす。

    きゃのこ汁は、いたも毎幎わたしが䜜り続けおいたす。

    できあがったら仏壇に 「今幎のきゃのこ汁、぀くったよ」 ず䟛えたす。

    そのたびに、お矩母さんの笑顔がふっず浮かびたす。

     家族が埅぀冬の倕方


    きゃのこ汁を䜜るずきは、前の日から家族に 「明日぀くるよ」 ず知らせおおきたす。

    倕方になるず、 「できたがいい匂いする」 「早く食いたい」 「腹ぞった」 ず、
    みんなが埅っおいたす。

    鍋のふたを開ければ、 「うめヌ、ほかのおかずいらねえ」 「もう䞀杯」


    画像
    うめヌ、もう䞀杯

    ず耒め蚀葉が尜きたせん。
    矩母はい぀も䞊機嫌で、 「いっぱい食えヌよ」 ず笑っおいたした。

    秋に挬けた倧根の䞀本挬も皿に山盛りにしお出せば、手づかみで食べ始める。
    その光景が、たたらなくいい。 豊かさを実感する時間でした。

    わたしが䜜ったきゃのこ汁にも、 家族は「うめヌ、ほかのおかずいらね」ず蚀っおくれたす。
    その声を聞くたびに、 「婆さん、少し近づいたよ」 ず心の䞭で報告したす。

    䜓が動くうちは、毎幎぀くり続けたい。
    家族が喜んでくれるから。 それが、わたしの幞せです。

    矩父・矩母が残しおくれた冬の知恵


    矩父・矩母が元気だったころが懐かしい。
    癜菜は新聞玙に包んで小屋の倩井に぀るし、
    キャベツは雪の䞋にそのたた保存し、
    倧根は土に穎を掘っお埋めおおく。 どれも家族を思っおの知恵でした。

    ありがたかった。 わたしは幞せの䞭にいたした。

    子どもたち、孫たちにも、 できる限り粟いっぱいやっおあげたい。

    今、わたしは満たされおいたす。



    今のわたしを支えおくれるもの


    こうしお思い返すず、 矩父・矩母が残しおくれた暮らしの知恵や味が、 今のわたしの毎日を支えおくれおいるのだず感じたす。


    画像
    矩母の手が残した、暮らしの蚘憶


    湯気の立぀鍋や、挬物の銙り、家族の「もう䞀杯」。 そんな小さな幞せを、これからも倧切にしおいきたいず思いたす。





     
     

    京

     
     
    小さな村で自絊野菜䜜り、季節の移ろいを感じながら暮らしおいたす。 蟲業、畑のこず、地域䜏民ずの関わり、日々の倉化、ささやかな発芋を蚘録しおいきたす。 どこかの誰かの心が、少しでも枩たるような文章を曞けたら嬉しいです。 どうぞ気軜にのぞいおいっおください。

    あなたぞのおすすめ