
川のほとりの人魚の歌ーあき編21ー
〜インドネシア、南カリマンタン州、ロクサド〜
朝。6時前にモスクのイルミネーションが消えて、私たちは散歩に出る。今日もまた闇の中で赤、黄、紫、緑とカラフルなランプで彩られるモスクの写真を撮り損ねた。
今日の午後、ロクサドを離れる。毎日川で遊んで、何泊してもいいくらい好きになった場所だけど、週末は混んで宿の部屋が取れなかった。ロクサドからバンジャルマシンへの直行バスが13時に出るという。
散歩の途中、川べりに座って、包んでもらった朝ご飯を食べる。

旅でも家でも活躍してる。
引き返す道すがら、ジャヤのお母さんとおばあちゃんが、家の入り口の段差でおしゃべりをしていた。座っておいで、と声を掛けられたので、寄せてもらう。
「昨日、学校の側を通ったってジャヤが言ってたよ。」とお母さんが言う。あれはジャヤの学校だったんだ。声を掛けてはこなかったけど、私たちに気がついて、家族と話していたなんて、ちょっと嬉しい。
「今日、バンジャルマシンへ戻るんです。」
「そうなの?また来年来たらいいわ。」
「しょっちゅうは来れないんです。日本は遠いから。お金も時間もかかるんです。」と私は返す。
「じゃあ、また、いつか来て。あなたの子も大きくなって、ジャヤも大きくなって…」と彼女はそこで言葉を切った。私たちは子どもたちを見やって、ふふっと笑った。中学生くらいのアクアとジャヤが居心地悪そうに、そこに立っている気がした。
「いいですね」と私は頷いた。外国の森の中なのに、公園でママ友と世間話をしているようで不思議だった。川や森に包まれたゆったりとした人柄に、肩の力がほぐれていく。
山道とは逆の方向へ行くと小さな診療所と消防署があった。集落の中心地はこちらだったらしい。駄菓子屋やモスク、チューブラフトのお店などもある。さながらロクサドのバックヤードだ。 そして、見つけた。何の変哲もない黒い小さな平屋の建物。「Gereja」と小さく書いてあって、若い男の人が1人出入りしていた。なんか勘が働いて言葉を調べる。「教会」!
しばらく歩くと露台で、中年の男女が和気あいあいと作業していた。調味料sambalに入れる実を剥いている。世間話の後、聞いてみる。

「皆さんはクリスチャンなんですか?」 「そうだよ。」明快な答えが返ってくる。 あぁ、やっぱり!昨日の豚の話が綺麗に溶けた。ムスリムじゃなかったんだ。クリスチャンだから、豚を飼うし、食べるんだ。私があまりにも嬉しそうだからか、あちらもニコニコしている。晴れ晴れとした気持ちで、礼を言った。
小さな集落にムスリムとキリスト教徒がいるとは思わなかった。住み分けているのだろうか。もしくは街から来るムスリムのお客に対応するために、宿を経営する人たちは、便宜的にイスラムを信仰しているのかもしれない。

縁側のような床があって、内と外が連続していて、人が繋がりやすい。
川にさしかかった。橋の上から川を眺めていると、ちょうど子どもたちが川へ向けて飛び込んでいるところだった。美しい緑の川に飛び込むとしぶきがあがる。土手に生える木々が川に影を作り、そこで笑い声がさざめいている。やがて、私たちに気がつき、彼女たちは手を振り、こっちへ来いと手招きをした。

私とアクアは橋を渡り川へ出る道を探し、駆けていった。川原に出ると彼女たちも川岸にある流木の上に、人魚のように集っていた。髪の毛が額や頭に貼り付き、水がキラキラと滴った。
どこから来たのか、名前、歳、ひと通り私たちへの事情聴取が終わると、今度は子どもたちが話始める。名前は呼びかける時に便利だから、メモ帳に書いておく。学年やら年齢、それぞれがどういう関係かも教えてくれるのを、全部書き留める。若干、不審人物になったような気持ちになる。この子たちもキリスト教徒だ。熱心に聞く姿勢が功を奏したか、子どもたちは嬉しそうに話してくれる。話題がない中で、どうやったら仲良くなれるのか、一生懸命だった。
これまで初対面の人に聞く勇気がなかったが、聞いてみたいことがあった。
「あの〜、この地域で有名な歌ってあるかしら?」
子どもたちはキョトンとしてから 「あるよ。」と言う。聴かせて欲しい、とお願いすると、
「YouTubeにあるから、検索してみて。」と中学生の女の子たちは言う。
おとぎ話から目が覚めたように、思わず辺りを見回す。こんなに緑に囲まれた美しい川の真ん中で、頭のてっぺんから足の指まで自然に浸した人魚たちから「YouTubeを検索して。」と言われると思わなかった。そう言えば、幼稚園生のイマイもYouTubeに合わせて踊っていたっけ。体を使った遊びが主流なこんな場所の子どもたちの行動様式にも、スマホは綺麗に組み込まれている。

「ねぇ、アクア。
私たちは熱帯雨林の先住民っていうと、人間の本来の姿を見れるじゃないかと、期待しがちだけど…。もしかしたら、子どもたちはとっくにスマホやゲーム漬けになってるかもしれないねぇ。」
旅に出る前に親子で、ジャングルへの夢を戒めたんだった。
実際はもっとマイルドにデジタル機器は生活に溶け込んでいて、ある意味幸福なバランスをとっているのかもしれなかった。

「YouTubeじゃなくて、みんなに歌ってもらいたいの。」と私は更にお願いする。
「え〜やだ〜、恥ずかしい!」と言う彼女たちに、偶然通りかかった女の先生が「恥ずかしくないよ。歌ったら〜」と声を掛けてくれる。
すると、低学年の子たちが可愛らしく歌い始めた。合いの手のように川の水をすくっては、宙へ撒き散らす。きらきらと光る水玉のように歌声が広がった。川の中で水と戯れながら、はじける歌声は笑い声のように花ひらいた。
私もお返しに「島唄」を歌った。とっても気に入られて、インドネシア語に訳して欲しいと言われたけど、私の力不足だ。もう一回、交互に歌って、私たちは別れた。夢のような時間だった。

宿に戻ると川に面したバルコニーから、ギターの音が聴こえてくる。バカンスにギターを持ってきて、歌を歌う人たちは珍しくないようだった。別のグループも夜遅くまで、ギターを囲んで合唱していた。バルコニーへ面した部屋だったので戸惑ったが、低い声とギターの音、お喋りと静かな笑い声を聞くうちに、その日は、眠ってしまった。お酒が入らないせいもあるのだろうけど、インドネシアの人はあまり大声で打ち騒がない。

どんな歌だろう。ガラス張りのバルコニーの扉を開いた。男性ばかり4人がギターを弾いたり、タバコを吸いながら寛いでいた。誰へともなしに軽く会釈をして、床の隅に座り込み、日記帳を開く。「オレは部屋にいる。」と言っていたアクアも結局ついてきた。
静かに聴いているつもりが、外国人が珍しかったのだろう、近くに座っていた中年男性が、遠慮がちに話しかけてくる。
バンジャルマシンの仕事仲間で、休日を楽しむために遊びに来ているらしい。その男性だけが40代で、他は20代に見えた。ロクサドの宿泊料金は安いので、自然の中でのんびりするには他と比べて手頃なのだという。ここの宿代は、今回の旅では断トツ高い宿泊料金(他の2倍。1部屋4000円弱)だ。インドネシアの物価と比べてもいい値段だ。これを安いと感じる中流層の人たちと初めて出会った。高級なものは身につけていないが、こざっぱりとしている。スマホの翻訳機能を使って、交流しようとしてきたのも彼らが初めてだった。高卒以上の学歴がありそうだ。
私たちがお金のかからない旅をしているせいもあるが、中流層と接する機会が無かった。生活の基盤となる人たちは、圧倒的に低所得層が多い感触だ。低所得層がいわゆる一般大衆で、その人たちが活力と充足感を出していた。生活の実情は知らないが、体や眼差し、声に張りがある。

なんだろう、経済的には豊かな日本人の方が地面から引っこ抜かれたように空々しく見えることがある。観葉植物のように清潔で、大地とも自然とも人ともうまく繋がれないでいる…私だけだろうか。
お金で不快を排除していった社会の副産物だろうか。経済水準が高くなることは、地面や地球から、どんどん遠く離れてしまうことなのかもしれない。
12時になった。バスの出発の1時間前。時間通り出るとは限らないので、私とアクアは座を辞して、部屋の鍵を返すと、荷を担ぎバスの停留所へと向かって土の道を歩いていった。
