
みちのく潮風トレイル①
6月3日 1日目
台風が近づいていることは知っていたが、気にせず夜行バスに乗り込んだ。仙台に着くと朝からしっかり強風大雨で、これは無理だとすぐに諦めた。モチベーション的には歩きたかったけれど、初日停滞。
これもまあ悪く無いなと思えたのは最近読んだ角幡さんの極夜行の影響だろう。よく読むと結構頻繁に、しかも連日停滞していたので、まあそんなもんだろうと思う。それにこれが限られた一週間の休暇のうち1日だったら悲しい気持ちにもなるのだろうけど、私は今は無職。今日からはこれが生活、日常になっていくのだから焦る必要はない。相馬へ向かう電車の中で宿を探しつつ、風雨にさらされる車窓を眺めた。
今日のハイライトは新地駅前の観海ホールという公民館。その施設がどう使われているかは、トイレを見るとわかる。ここはピカピカで新しい匂いがした。温泉が開くまでの雨宿りに使わせてもらおうと声をかけたら、快く受け入れてくれた。受付の方のハッキリとした「おはようございます。」が印象的だった。以降自分からハッキリと挨拶することにしている。
9時過ぎ。あんな大雨の中だけど、近所の方が続々と集まって地域性の高そうな(?)歌を練習していた。駅から海は見えなかったけど、確かに海が近い町なんだと1発でわかるような歌。音程をピッタリ合わせるというタイプの歌ではなくて、それぞれの絶妙な混ざり方がまさに海のようなうねりを生み出していた。沖縄のエイサーなんかもそうだけど、地域に根付いた民謡っていうのは独特の味がある。
ハイライトである理由はあと二つもあって、一つは受付の方たちや地元の人たちの会話。詳しい内容はひとつも分からないけど、どうやら同じ地域の若者に関して話しているようだった。個人名が出る、個別具体的な内容。
人と人との距離が近いということは、良い悪いで割り切れるタイプの話題ではない。寄り合い、地縁、ご近所付き合い。将来こういったいわゆる田舎に住むということも想像するし素敵な未来の一つだなと思う。もし住んだとして、地域の人との距離の近さを、自分はどう感じ馴染んでいくのだろうか。
そういえば新地駅前のつるしの湯に浸かっていた時のこと。雨風に打たれながら炭酸泉に浸かったのち、立ち上がってメインの岩風呂へ移動した。直後、炭酸泉にまだいたおじさん二人が話し始めた。ああそうか、地元の知り合い同士なのかと、自分は分かりやすくよそ者だなと思った。
ハイライト三つ目の理由。雨宿り中、新地の震災時の様子をまとめた本を読んだ。読み進めるまで忘れていたけど、そういえば当時新地という文字は耳にしていた気がする。それに気づいて、ああここが、と急に新地と自分との距離が近づいた。その本、かなり細かくでも読みやすく、工夫されまとめられていた。震災前と震災後の海岸線沿いの写真を見て、いたたまれない気持ちになった。
ルートからは逸れるけれど行ってみようと思う。昨日まではルートを守りつつたまに寄り道するイメージだったけど、多分そのスタイルは変える。ルートを守ることで歩くことが目的化・競技化し、効率的に動きたいがために行きたい場所に行かない、みたいなことにはしたくない。
ロングディスタンストレイル、できる限り自由に楽しもうという確認。ただそれをするのならば、規定のルートを歩く時以上に自己完結、住人や街に迷惑をかけないこと、の2点は気をつけなければいかないなと再確認した。自分のためというより、MCT(Michinoku coarst trail)を守り育てていくために。素敵な文化で遊びだと思うから。
そんなこんなで初日は停滞。夜行で仙台に着いたのちとりあえず電車内で宿をとり、新地でハイライトな出来事のあと温泉。相馬の駅前で美味しいカキとエビのミックスフライをいただき、松川浦の宿丸三旅館にお世話になっている。とてもきれいでちょうどいいサイズの宿。なによりご飯がたっぷりで美味しい。こうして湯上がりに文章を打てていることも含めて、結果充実した初日でした。
写真は丸三旅館前の当時の写真。こういう記憶を自分に染み込ませていく歩き旅でもあると思う。
