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ひとつき


    気づくと投稿を始めて1ヶ月が経っていた。
    日記のつもりで始めたが、エッセイの要素が多分に含まれていたり、ただの独白であったり、時には詩的になることもあって、よく分からないキメラとなりつつある。
    基本的に三日坊主どころか二日坊主、初日坊主になることが多いので、三十日以上継続されているのはかなり珍しい。

    書くことは楽しい。
    絵を描く技術が無い、音楽を作る体力も無い私が、唯一内的世界を表出できるツールだからだろう。
    書く人にも色々な種類が居て、詩を書く人と小説を書く人はまた違うし、日記を書く人とエッセイを書く人もまた違う。学術的な論文を書く人、ビジネス書を書く人、自己啓発を書く人、本当に様々で面白い。

    だがおおよそ共通しているのは、自分の世界をそこに映しているということだろう。己が体験したこと、感じたこと、考えたこと、知っていること、正しいと信じていること。日頃隣人に細かに話すことは無くても、己の中で培われ枝葉を伸ばした思いの数々、世界の見方が、そこに現れている。

    創作には全て二次創作的な要素があると思っている。世界の中で見聞したもの、どこかで聞いた表現、誰かの文体や構成、それらが無意識下に影響され、直接的にも間接的にもその人の作品に現れる。だからルーツを辿れば、自覚の有無を問わず必ずオリジナルに辿り着く。
    だが己が人生の中で、何を体験し、そこで何を感じ思考し、己の物とするか。この全てに他者が恣意的な操作を施すことは出来ない。同じ人生を歩み、同じ結末に辿り着く人間は居ない。

    だから
    その人の人生の歴史
    その中で培われる感性
    そしてその人が感得し得た感覚や思考
    だけは、誰にも真似できないオリジナルだと考えている。これは誰にも侵されてはならない、宝物なのだ。

    私は無知な人間だ。そして博学であるための努力をそう積める人間でも無い。
    だからこれからも、感性だけを頼りに筆を執るつもりだ。私が感得し得たものだけは、私のオリジナルだから。そしてこれだけが、己の内の全てを表現する唯一の方法だから。

    他の誰に認められずとも、私が好きな、私だけの文書を、書いていけたらと思う。

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