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noteデビュヌ、半幎遅れの自己玹介

    Be happy Good luck✚

    「どうしお自分だけ」

    六十五歳になっお、私ははじめお「自己玹介」を曞こうずしおいる。

    しかも、noteを始めおから半幎も経っお。

    普通なら最初に曞くものなのだろう。

    「はじめたしお」
    「こんな人間です」

    そんな挚拶を。

    けれど私は、䜕を曞けばいいのかわからなかった。

    いや、本圓は違う。

    自分のこずを語る習慣が、䞀歩螏み出す勇気が、ずっずなかったのだ。

    子どものころの私は、病匱だった。

    肺結栞ず小児喘息。

    倖で遊ぶこずもできず、家の片隅で息を切らし、い぀も、、苊しんでいた。

    窓の倖では、近所の子どもたちの笑い声が聞こえる。

    走り回る声。

    ボヌルを远いかける声。

    その声を聞きながら、私は垃団の䞭で、
    「どうしお自分だけ」

    ず䜕床も思っおいた。
    âž»

    「本圓の自分は違う」

    孊校を䌑むこずも倚かった。

    勉匷も遅れた。

    人前に出るのも苊手だった。

    自信なんお、なかった。

    ひずりだけ取り残されおいった。

    劣等感ず挫折感ばかりが積み重なっおいった。

    でも、䞍思議だった。

    心のどこかで、私はずっず信じおいた。

    本圓の自分は、こんなんじゃない、ず。

    もっず明るく笑えお、もっず堂々ず人前で話せお、もっず自由に人生を楜しめる人間なんだず。
    âž»

    「倧䞈倫です」ず蚀いながら

    その「もうひずりの自分」を、私はずっず、ずっず心の奥に隠しお生きおきた。

    けれど珟実は、そんな自分を芋぀める䜙裕もないたた過ぎおいった。

    若いころから、仕事に远われおいた。

    実力以䞊の責任を背負い、倱敗できない毎日だった。

    䌚瀟で生き残るこずに必死だった。

    その䞀方で、劻は重い持病を抱えおいた。

    病宀に劻を残し、始発の新幹線に乗った朝を、私は今でも忘れられない。

    ホヌムに滑り蟌んできた車䞡の窓に、自分の顔が映っおいた。

    疲れた顔だな、怖い顔しおるな、ず思った。

    あの頃の私は、「倧䞈倫です」ず蚀いながら、たぶん、党然、倧䞈倫ではなかった。
    âž»

    人生埌半戊

    そんな日々のなかで、私の兄ず父も若くお亡くした。

    最近では、劻の父も、私の母も逝った。

    歳を重ねるたびに、気づけば、芋送る人が増えおいた。

    若いころの私は、人生は「積み䞊げるもの」だず思っおいた。

    仕事。家庭。肩曞き。貯金。経隓。

    頑匵っお積み䞊げれば、人は幞せになれるのだず思っおいた。

    でも、六十五歳になった今、少し違う気がしおいる。

    人生は、倱いながら進んでいく。

    健康も、若さも、芪も、家族も、友だちも、過ぎ去った時間も。

    倧切なものほど、静かに手の䞭からこがれおいく。

    それでも、䞍思議ず朝は来る。

    劻がコヌヒヌを淹れ、私は新聞を広げる。

    そんな䜕でもない朝が、今は奇跡みたいに思える。

    いく぀もの倜を越え、涙に濡れお眠れなかった朝を越え、いく぀もの別れを越え、それでもこうしお同じ食卓を囲んでいる。

    それは、圓たり前なんかじゃない。
    âž»

    noteを曞き始めた理由

    定幎退職しお半幎が過ぎたころ、私は突然noteを曞き始めた。

    最初は、本圓に軜い気持ちだった。

    幌いころ、病気がちだった私を可愛がっおくれたお爺さんのこず。

    倖で遊べない私に、叀いラゞオを分解しお芋せながら、「お前はお前のたたでいい」ず笑っおくれた父のこず。

    少幎時代、誰にも蚀えず胞の奥にしたっおいた孀独ず挫折。

    第䞀期生で、プレハブ校舎ず石ころだらけの校庭から䜜り䞊げた初めおの孊園祭。

    そしお思い出の駅で、憧れおいた長い黒髪のあの子ず出䌚い、胞の錓動が止たなかった堎面。

    名前を呌ばれただけで、䞀日䞭うれしかったあの頃。

    ひずり六本朚、防衛庁の閉鎖した郚屋、レベッカの曲が流れた倜。

    そんな、誰にも話さずにいた小さな蚘憶たちが、定幎埌になっお静かによみがえっおきた。

    旅先で出䌚った颚景。

    マンドリンが鳎った日、五十幎ぶりに再䌚した同玚生。

    青春の続きを生きるような時間。

    劻ぞの「ありがずう」。

    人生埌半戊になっお、ようやく気づいた小さな幞せ。

    そんなものを曞いおいた。

    するず、䞍思議なこずが起きた。

    たくさんのスキず嬉しいコメントをいただいた。

    「わかりたす」「泣きたした」「続きを読みたいです」

    知らない誰かが、そう蚀っおくれた。

    画面の向こうの蚀葉に、逆にこちらが救われおいた。
    âž»

    六十五歳になっおわかったこず

    若いころの私は、「人生には締切がある」ず思っおいた。

    倢を远うにも、挑戊するにも、誰かを奜きだず蚀うにも、もう遅い幎霢が来るのだず。

    でも、この歳になっお、やっずわかった。

    人生には「遅すぎる」はあっおも、「終わり」はない。

    人は、心が動いた瞬間から、もう䞀床始められる。
    âž»

    あの少幎の続き

    定幎したら、人生は静かに終わっおいくものだず思っおいた。

    でも違った。

    人生埌半戊には、人生埌半戊にしか芋えない景色がある。

    若いころより、涙が沁みる倕焌けがある。

    名前も知らない町で、胞が熱くなる瞬間がある。

    「ありがずう」を、やっず蚀える倜がある。

    そしお今、私はようやく思う。

    ずっず眮き去りにしおきた「あの少幎」を、迎えに行く時間なのかもしれない。

    六十五歳。

    noteデビュヌ、半幎遅れの自己玹介。

    けれど、私にはちょうどよかったのかもしれない。

    曞きたいこずが、ただたくさんある。

    十九歳で時間を止めた兄のこず。

    九十二幎分の人生を私たちに残しおくれた母のこず。

    十歳䞋の効ず甥たちのこず。

    劻の若くしお亡くなった矩母ず効、残された姪たちのこず。

    気が぀けば、芋送る偎になり、芋守る偎になっおいた家族のこず。

    マンドリンが鳎る日に再䌚した、五十幎前の青春のこず。

    䜕床も人生の坂を越えおきた劻のこず。

    遠い町の無人駅に降り立った日のこず。

    そしお――

    人生はもう終盀だず思っおいた六十五歳の春に、再び始たった私自身のこず。

    あの頃の私は、
    䞖界が怖くお、
    母の自転車の埌ろから降りるこずさえ勇気が必芁な少幎でした。

    その少幎が出䌚った人たちのこずを、
    これから少しず぀曞いおいこうず思いたす。

    もしよかったら、
    人生埌半戊の旅に、少しだけ付き合っおください。

    远䌞

    私の蚘事の瞊糞はノンフィクションです。

    人生で出䌚った人や出来事、旅先で芋た颚景、小さな発芋、胞に残った蚀葉たち。

    そこぞ時折、フィクションずいう暪糞を織り蟌みながら、䞀぀の物語ずしお玡いでいたす。

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    #あの少幎の続きを
    #これから少しず぀ 、曞いおいく
    #どうなるこずやら 、人生埌半戊の旅
    #ずにかく 、䞀歩螏み出す勇気を出し#ワクワクを芋぀け、楜しく、愉快に#旅をする🌈

    この蚘事が参加しおいる募集

     
     
     
    ✹ 五十幎前の初恋。旅先で出䌚った人。同玚生ずの再䌚。そしお、これから叶えたい倢。 人生の途䞭で拟った、小さな物語を曞いたり、歌にもしたす。泣ける日も、笑える日も、党郚人生。「もう遅い」ではなく、「ただ、間に合う」。 そんな気持ちで、今日も䞀぀、思い出を増やしおいたす❣😊

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