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芋出し画像

ただ、間に合う ヌ星が少しだけ近かった倜ヌ

    父を芋぀けたのは、死ぬ準備をしおいる午埌だった。

    六十五歳の春。
    四十䞀幎半勀めた䌚瀟を退職しお、半幎が過ぎおいた。

    預金口座を敎理し、保険蚌刞をたずめ、叀い背広を凊分する。
    机の匕き出しには、葬儀瀟のパンフレットたでしたっおある。

    きれいに終わろうず思った。

    誰にも迷惑をかけず、静かに人生を閉じる。
    それが、真面目に働いおきた人間の最埌の責任だず信じおいた。

    劻ずの二人䞉脚、人生の山あり谷ありや床重なる「マサカ」、病魔ずの闘いず仕事に远われ、気づけば六十五歳になっおいた。

    北海道から沖瞄たで、旅をしたかった。
    奜きなプロテニス詊合の応揎にも行きたかった。
    もっず、奜きなサザンのコンサヌトにも行きたかった、、。

    だが、そのたびに「今は仕事だ」ず党おを先送りした。

    気づけば、人生そのものを埌回しにしおいた。

    抌し入れの奥から叀い朚箱を匕き出したのは、そんな午埌だった。

    四十䞉幎前、父が死んだあず、母が「これはそのたたに」ずしたった箱だ。

    蓋を開ける。

    叀びた腕時蚈。
    䞇幎筆。
    煙草の銀ケヌス。
    擊り切れたマンドリンのピック。

    そしお、黒い革衚玙の日蚘垳。

    嶋 歊䞀。

    父の名前を芋た瞬間、胞の奥がざわ぀いた。

    父は生真面目で、厳しい人だった。

    「男なら泣くな」
    「匱音を吐くな」
    「働け」

    耒められた蚘憶は、ほずんどない。

    怖かった。

    嫌いだった。

    でも、本圓は違った。

    認めおほしかった。

    たった䞀床でいい。

    「よくやったな」

    そう蚀っおほしかった。

    父が死んだのは、私が二十二歳の春だった。

    瀟䌚人になったばかりのころだ。

    病院から電話があった倜を、私は忘れられない。

    「すぐ来おください」

    だが、私は行かなかった。

    配属されたばかりの職堎で、先茩に蚀われたのだ。

    「新人が私甚で垰るな。瀟䌚人だろ」

    私はうなずいた。

    そんな昭和の時代、埓うしかなかった。
    それが倧人になるこずだず思った。

    翌朝、癜い垃をかけられた父を芋た。

    䜕も感じなかった。

    感じたら壊れるず思ったからだ。

    それから四十䞉幎。
    私は、その倜を思い出さないように働き続けた。

    父の日蚘を開いた。

    仕事のこず。
    母のこず。
    私の就職を喜ぶ蚀葉。

    そしお、亡くなる䞉日前の日付で、文字が止たっおいた。

    âž»

    正勝が瀟䌚人になった。

    嬉しい。

    だが私は、あい぀にどう接しおいいかわからない。

    昚日も぀い、仕事のこずで怒鳎っおしたった。

    八぀圓たりだ。

    謝れなかった。

    情けない父芪だ。

    厳しくしすぎたかもしれない。

    嫌われおいるかもしれない。

    それでも、あい぀は私の誇りだ。

    本圓は、䞀緒に酒を飲みたかった。

    仕事の愚痎を聞いおやりたかった。

    人生の壁にぶ぀かったずき、盞談に乗りたかった。

    北海道を旅しながら、銬鹿話をしたかった。

    「お前を育おおよかった」ず蚀いたかった。

    死ぬ前に、䞀床くらい自由になり、奜きに生きおみたい。

    人はい぀か死ぬ。

    だがその前に、ちゃんず生きなければならない。

    もし正勝がこれを読むなら䌝えたい。

    お前は、ただ間に合う。

    âž»

    涙が萜ちた。

    文字が滲んだ。

    「なんで蚀わなかったんだよ  」

    私はその堎に厩れ萜ちた。

    六十五歳にもなっお、子どものように泣いた。

    私だっお蚀いたかった。

    芪父さんず酒を飲みたかった。

    仕事のこずを盞談したかった。

    人生の壁にぶ぀かったずき、どうしたらいいか聞きたかった。

    䞀緒に旅に出たかった。

    芪孝行したかった。

    そしお、たったひず蚀。

    育おおくれおありがずう。

    そう蚀いたかった。

    翌日、私は高校時代の芪友、矢䜜 功䞀を呌び出した。

    駅前の叀びた居酒屋。

    矢䜜は二幎前に劻を亡くし、去幎は癌をやった。

    それでも、笑う。

    私は日蚘を芋せた。

    矢䜜は黙っお読んだあず、ビヌルを飲み干した。

    「うらやたしいな」

    「䜕がだ」

    「そんなふうに想える芪父がいたこずだよ」

    少し黙っおから、矢䜜は蚀った。

    「俺も怖え」

    「䜕が」

    「生きるのがだよ」

    笑いながら続けた。

    「死ぬのは䞀瞬だ。でも、生きるのは案倖しぶずい」

    窓の倖を芋たたた蚀う。

    「だから、生きるんだよ。怖いたた」

    その倜、私は終掻ノヌトを閉じた。

    新しいノヌトを開く。

    震える字で曞いた。

    むマ掻

    䞀週間埌、私は北海道にいた。

    父が行きたかった堎所だ。

    凜通の海蟺に立぀。

    朮の匂い。
    冷たい颚。
    遠くで船の汜笛が鳎る。

    空には、こがれ萜ちそうな星。

    私は芋䞊げた。

    「芪父」

    返事はない。

    それでも、そこにいる気がした。

    四十䞉幎間、飲み蟌んできた蚀葉があふれた。

    「なんで死んだんだよ」

    涙がこがれた。

    「早すぎるんだよ」

    嗚咜が挏れた。

    「ただ、䜕も教わっおないんだよ」

    膝が震える。

    「酒だっお、䞀床も飲んでない」

    「仕事のこず、盞談したかった」

    「人生の壁にぶ぀かったずき、どうしたらいいか聞きたかった」

    涙が止たらない。

    「䞀緒に旅に出たかった」

    倜空が滲む。

    「働き詰めで、ただ䜕も人生楜しんでないだろ」

    海がそれをのみこんだ。

    「なんで眮いおったんだよ」

    私はその堎に厩れ萜ちた。

    肩を震わせお泣いた。

    「ただ俺、䜕にも返しおないじゃないか  」

    朮隒の向こうで、ふっず笑う気配がした。

    あの、䞍噚甚な笑い方だった。

    私は顔を䞊げた。

    星が、少しだけ近かった。

    それで充分だった。

    私は涙をぬぐった。

    そしお空ぞ向かっお蚀った。

    「育おおくれお、ありがずう」

    颚が吹いた。

    やっず蚀えたな。

    そんな気がした。

    私は泣きながら笑った。

    その倜、私はやっず父の息子になれた気がした。

    それから䞀幎。

    旅をし、マンドリンを習い、昔の友人に䌚い、この物語を曞いた。

    パ゜コンにはnote創䜜倧賞の応募フォヌム。

    タむトル。

    『ただ、間に合う』

    送信ボタンを抌す。

    その瞬間、䞀通の䞋曞きメヌルが画面の隅に浮かび䞊がった。

    送信されなかった、二十二歳の私の文章。

    震える指で開く。

    âž»

    芪父ぞ。

    初任絊が出た。

    今床、酒でも飲みに行こう。

    ちゃんず、ありがずうっお蚀いたい。

    âž»

    私は声を䞊げお泣いた。

    窓を開ける。

    「ただいた」

    春の颚が、静かに郚屋を抜けおいった。

    星が、少しだけ近かった。

    私は小さくうなずいた。

    ただ、間に合う。

     
     
    ✹ 五十幎前の初恋。旅先で出䌚った人。同玚生ずの再䌚。そしお、これから叶えたい倢。 人生の途䞭で拟った、小さな物語を曞いたり、歌にもしたす。泣ける日も、笑える日も、党郚人生。「もう遅い」ではなく、「ただ、間に合う」。 そんな気持ちで、今日も䞀぀、思い出を増やしおいたす❣😊

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