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日本の郷土料理 徳島県各論

    ――吉野川、鳴門海峡、祖谷の山々が育てた「混ぜる・包む・発酵させる」食文化

    徳島県の食と聞けば、そば米雑炊、祖谷そば、鳴門鯛、鳴門わかめ、すだち、なると金時などが思い浮かぶ。近年では阿波尾鶏や徳島ラーメンも県外に広く知られ、観光や物産展では「徳島の味」として一つの棚に並べられている。
    しかし、これらを名物一覧として眺めるだけでは、徳島の郷土料理がなぜこれほど多彩なのかは見えてこない。
    徳島県には、西から東へ流れる吉野川とその下流平野、激しい潮流で知られる鳴門海峡、紀伊水道と太平洋に面する沿岸、剣山地と祖谷を含む急峻な山間部がある。平野では米、れんこん、にんじん、さつまいもなどが育ち、海では鯛、はも、ちりめん、わかめなどが得られる。一方、平地の少ない山間部では、そば、麦、いも、豆、豆腐、こんにゃくが暮らしを支えてきた。
    県内の地域差は大きい。鳴門と徳島平野の料理、祖谷・にし阿波の山村食、阿南から海陽町へ続く県南の海辺の食は、同じ県内でも材料と調理法が異なる。すだちやゆずの酸味、砂糖と金時豆の甘さ、味噌や醤油の濃い旨味、阿波晩茶の発酵香が一つの県に共存している。
    徳島の料理には、限られた米へそば米や豆を加える、少量の魚を飯へ混ぜる、多種類の具を寿司桶に集める、いも・豆腐・こんにゃくを一本の串に刺す、魚を姿のまま酢で締める、茶葉を桶に漬けて発酵させる、といった動作が繰り返し現れる。食材を別々に並べるのではなく、「混ぜる」「包む」「集める」「漬ける」ことで、量、保存性、味、共同性を同時に生み出してきたのである。
    本稿では、徳島県の郷土料理を、川、海、山、平野という地理と、農作業、祭礼、保存、交易、発酵の歴史から捉え直す。何が有名かだけではなく、なぜその形で食べたのか、誰と分け合ったのか、現代の暮らしの中でどう選び直すかを見ていく。


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    第1章.川・海・山が近接する県――三つの生活圏から徳島の食を見る

    1.吉野川がつくった平野と農業地帯

    吉野川は四国山地を横断するように徳島県を西から東へ流れ、下流に広い徳島平野を形成する。流域では水田農業が行われる一方、洪水が運んだ土砂によって形成された土地や水はけのよい畑を利用し、野菜、豆、いも類も栽培されてきた。
    吉野川流域では、川の水を利用できることが農業の基盤になったが、洪水や流路の変化とも向き合わなければならなかった。川は肥沃な土を運ぶ一方、収穫物や家屋を脅かす存在でもある。堤防、用水、土地利用の工夫とともに、収穫したものを乾燥、塩蔵、酢漬け、味噌漬けにして残す技術が発達した。
    下流平野や北岸の畑作地帯では、れんこん、にんじん、だいこん、さつまいもなどが作られ、煮物、寿司、漬物、汁物の材料となった。徳島のばらずしが、多種類の野菜、豆、魚介を一つの桶に集める料理となった背景には、平野部で得られる農産物の幅広さがある。

    2.川港と市場が食材を動かす

    現在は道路と冷蔵輸送が食材を運ぶが、かつて吉野川は人と物を動かす道でもあった。上流・中流の山間部から木材、茶、雑穀、いも、乾物が下り、平野や海辺から米、塩、魚、日用品が内陸へ入った。
    食文化は産地だけでは完成しない。食材を交換する市場、船着場、街道、商人があって初めて、山のそば米へ海の煮干しを合わせ、海辺の寿司へ山の柑橘を使うことができる。徳島の料理に山海の材料が同居するのは、地形が近接しているからだけでなく、川と道がそれらを結んだからである。

    3.鳴門海峡、紀伊水道、太平洋

    県東部は鳴門海峡、播磨灘、紀伊水道に面し、県南部は太平洋へ開く。同じ海でも、潮流、水温、海底、入り江の形が異なり、得られる魚介と漁法も変わる。
    鳴門海峡の速い潮流で育つ鯛は身が締まるとされ、鳴門わかめも強い潮にもまれて育つ海産物として知られる。沿岸では、はも、ちりめん、アジ、ボウゼ、海藻、小魚などが、刺身、焼き物、煮付け、干物、寿司、練り物として利用されてきた。
    海を隔てた近畿との船の往来も重要である。徳島の砂糖、藍、農産物が外へ出る一方、調味料、乾物、道具、都市の食習慣が入った。甘辛い味付けや寿司文化も、県内の生産物だけでなく、流通と都市圏との関係を含めて考える必要がある。

    4.剣山地と祖谷の傾斜地

    県西部には剣山を中心とする急峻な山地が広がる。祖谷、つるぎ町、三好市などでは平らな水田が少なく、斜面を利用してそば、麦、雑穀、いも、豆、野菜などを育てた。
    傾斜地では雨で土が流れやすいため、草を刈って畑へ敷き、土壌を保つ農法も受け継がれてきた。にし阿波の傾斜地農耕は、作物だけでなく、採草地、農具、共同作業、保存食、祭礼を含む農業文化である。農林水産省は、この地域で四百年以上継承されてきた農耕システムと、そば米雑炊などの食文化を紹介している。農林水産省「徳島県 にし阿波地域」
    ここでは米を当然の主食とせず、そばの実を粒のまま食べるそば米、太く短い祖谷そば、小さなじゃがいも、硬い岩豆腐、こんにゃくなどを組み合わせる食文化が形成された。

    5.県南部の「海と山が近い」暮らし

    阿南市から美波町、牟岐町、海陽町へ続く県南部は、太平洋に面した海岸と、降水量の多い山地が近接する。海では魚介を得て、山ではゆず、茶、山菜、いも類などを利用した。
    秋祭りのボウゼの姿寿司、魚を混ぜ込むいり飯、米を補った出世いも、山間部の阿波晩茶など、海と山の料理が短い距離の中に並ぶ。海辺の魚へ山の柑橘を絞り、山の雑炊へ煮干しのだしを使う。県南の料理は、海と山を対立させず、互いの不足を補う関係として成り立っている。
    徳島県の食文化は、一つの中心から県内へ広がったものではない。川沿い、海沿い、山間部で成立した食が、船、街道、婚姻、祭り、市場を通じて交わり、現在「徳島の味」として認識されているのである。


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    第2章.吉野川流域と鳴門――米、野菜、海産物を一つの料理に集める

    1.ばらずし――節句と祭りの「具を集める」料理

    徳島のばらずしは、酢飯に季節の野菜、油揚げ、ちくわ、干ししいたけなどを混ぜ、上に錦糸卵や豆を飾る。地域や家庭によって「かきまぜ」「まぜくり」「五目ずし」「おすもじ」などとも呼ばれる。
    春にはたけのこ、ふき、ぜんまい、わらび、そら豆、秋にはしいたけや根菜など、その時季に得られる材料を加える。決まった一つのレシピではなく、季節と家の在庫を受け止める形式である。
    徳島らしい特徴として、甘く煮た金時豆を加える家庭がある。豆の甘さと酢飯の酸味は、初めて食べる人には意外に感じられる。しかし、砂糖が貴重だった時代、甘さは日常食と祝いの料理を分ける印だった。農林水産省も、金時豆入りばらずしについて、具を多く加えて米を補った成り立ちや、地域ごとの多様な呼び名を紹介している。農林水産省「金時豆入りばら寿司」
    具を細かく切り、混ぜることで、少量の魚、卵、砂糖を多人数へ行き渡らせることができる。ばらずしは豪華な材料を一人ずつ盛る料理ではなく、家にある旬のものを大桶で一つにまとめ、祭りや節句に集まる人へ公平に分ける料理なのである。

    2.れんこんと水辺の畑作

    徳島平野のれんこんは、煮物、酢の物、天ぷら、寿司の具などに利用される。泥の中で育つ地下茎を掘り取り、変色を防ぎながら調理するには手間がかかるが、穴のあいた形は「先を見通す」とされ、祝いの膳にも向く。
    歯ごたえを残して酢の物にするか、煮てほくほくさせるか、すりおろしてまとめるかによって性格が変わる。ばらずしに薄切りを入れれば、柔らかい飯の中へ歯ざわりが加わる。徳島の寿司は味だけでなく、豆、根菜、卵、魚の異なる食感を一つの桶に構成する料理でもある。

    3.鳴門鯛――一尾を祝いと日常へ分ける

    鳴門海峡周辺の鯛は、刺身、塩焼き、煮付け、鯛飯、潮汁などにされる。形の整った大きな鯛は祝いの膳に用いられるが、食文化として重要なのは、身だけでなく頭、骨、皮、あらも料理に使う点である。
    刺身を取った後の骨や頭からだしを取り、潮汁や煮物にする。小さな身はほぐして飯へ混ぜる。高価な魚ほど、一部だけを食べて残すのではなく、複数の料理へ展開する知恵が必要だった。
    現在は「鳴門鯛」という産地名が品質を示すが、名称だけで選ぶのではなく、天然か養殖か、旬、鮮度、締め方、どの部位まで利用するかを見ることで、魚をより全体的に評価できる。

    4.鳴門わかめ――保存して内陸へ運ぶ

    鳴門わかめは、味噌汁、酢の物、煮物、しゃぶしゃぶなどに使われ、茎は佃煮や漬物に加工される。生わかめの季節は限られるため、塩蔵や乾燥によって保存し、県内外へ運ばれてきた。
    徳島県は、鳴門海峡の激しい潮流に育まれた歯ごたえと風味を、鳴門わかめの特徴として紹介している。徳島県「徳島の四大ブランド食材」
    海藻は魚ほど祝いの膳で目立たないが、汁物や和え物に日常的に入り、海のミネラルと香りを食卓へ運ぶ。塩蔵品は使用前の塩抜き、乾燥品は戻し方によって食感が変わるため、「鳴門わかめ」という名称だけでなく加工状態に合った扱いが重要である。

    5.なると金時――救荒作物からブランドへ

    鳴門市周辺の砂地畑では、さつまいも栽培が発達した。水はけのよい砂地で育つなると金時は、鮮やかな紅色の皮、粉質でほくほくした食感、上品な甘味を特徴とする。
    蒸す、焼く、天ぷらにする、甘く煮るなどの家庭料理に加え、菓子、焼酎、ペースト、冷凍食品にも利用される。かつてさつまいもは、米を補い、飢えをしのぐ作物として広がった。それが現在では、品質を選び、貯蔵で甘味を引き出し、贈答にも使うブランド品になった。
    同じ作物でも、生活を支える代用食、日常のおかず、加工原料、嗜好品という複数の役割をもつ。なると金時は、食材の価値が時代と流通によって変化することを示している。

    6.すだち――塩を増やさず味の輪郭を作る

    すだちは徳島を代表する香酸柑橘で、果汁だけでなく果皮の香りも利用される。刺身、焼き魚、そうめん、豆腐、漬物、汁物、酒などへ添えられ、塩や穀物酢とは異なる爽やかな酸味を加える。
    料理の主役になることは少ないが、魚の脂を軽くし、麺つゆや汁物の香りを立て、少量でも味の印象を変える。酸味と香りを使えば、塩や醤油を追加しなくても味の輪郭を強めることができる。
    露地栽培だけでなく、ハウス栽培と貯蔵を組み合わせ、現在は長い期間流通する。ただし、すべてを一年中同じ状態で食べるのではなく、露地物の旬、青果、果汁、果皮加工品の違いを知ることも、産地を理解する選び方である。


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    第3章.祖谷とにし阿波――米の乏しさを雑穀といもで乗り越える

    1.傾斜地で作物を育てる

    祖谷やにし阿波では、急斜面に小さな畑を開き、そば、麦、雑穀、いも、豆、野菜を育ててきた。大型機械を入れにくく、土が流れやすい土地では、草を刈って畑へ敷き、土壌を守りながら耕す。
    ここで重要なのは、「米がとれないから貧しい食になった」と単純化しないことである。米以外の作物を複数組み合わせ、乾燥、粉食、雑炊、豆腐、こんにゃくに加工することで、斜面の環境に適した食料体系を作った。

    2.そば米雑炊――麺にしないそば

    そば米は、そばの実から殻を除いたものである。これをゆで、鶏肉、ちくわ、にんじん、ごぼう、干ししいたけ、こんにゃくなどとだしで煮たものが、そば米雑炊またはそば米汁である。
    そばを粉にして麺へ加工するには、製粉、加水、こね、切る技術が必要になる。そば米は実を粒のまま使うため、麺とは異なる食感が残り、汁の中でかさが増す。具材と一緒に煮れば、少量の肉や米でも一鍋の食事を作ることができる。
    だしは煮干し、干ししいたけ、昆布、鶏など家庭によって異なる。つまり料理の核は厳密な材料表ではなく、そばの粒を汁の中で野菜やたんぱく源と結びつけることにある。農林水産省「そば米雑炊/そば米汁」
    祖谷周辺の山村食だったそば米雑炊は、現在では県内全域で徳島の郷土料理として知られる。米の代わりとなった粒食が、県を代表する料理へ価値を変えたのである。

    3.包飯――ご飯を汁で包む

    そば米雑炊をご飯にかけ、混ぜて食べる包飯は、少ない米を補う工夫から生まれたとされる。汁が米を包み、そば米と野菜が量と味を加える。
    これは米を水で薄めるだけの方法ではない。そばの香り、だし、野菜、鶏肉やちくわなどを加えることで、主食と汁物を一つの食事に整える。農林水産省は、包飯を県西部に伝わる料理として紹介している。農林水産省「包飯」
    現在、包飯を日常的に食べる家庭は多くない。しかし、料理名とレシピだけでなく、米を節約しながら満足できる食事を作った背景を伝えることに、この料理を残す意味がある。

    4.祖谷そば――短い麺は欠点ではない

    祖谷そばは、つなぎを少なく、または使わずにそば粉を主体として打つため、麺が切れやすく、太く短い。滑らかで長い都市のそばとは異なるが、それは技術不足を意味しない。
    山で収穫したそばを、その土地の粉と水で食べるための形である。温かいだしへ入れれば、短い麺もすくいやすく、そばの香りを汁ごと味わえる。食べ物の評価基準は全国共通ではなく、原料、道具、気候、食べ方によって変わる。農林水産省「祖谷そば」

    5.でこまわし――一本の串に山の食材を集める

    祖谷のでこまわしは、小さなじゃがいも、そば団子、岩豆腐、丸こんにゃくなどを串に刺し、味噌だれを塗って囲炉裏で焼く料理である。串を回しながら焼く姿が、阿波人形浄瑠璃の木偶人形に似ることが名の由来とされる。農林水産省「祖谷のでこまわし」
    小さなじゃがいもも皮ごと使え、岩豆腐は串に刺しても崩れにくい。こんにゃく、そば団子、いも、豆腐は、それぞれ異なる弾力と腹持ちをもつ。肉がなくても、味噌の香ばしさと複数の食感で満足感が生まれる。
    囲炉裏は暖房、照明、煮炊き、乾燥を兼ねる生活の中心だった。現在のでこまわしは観光地の食べ歩き料理として知られるが、もともとは山の家にある材料を火の周りで焼き、家族で分ける合理的な料理だった。

    6.岩豆腐、こんにゃく、雑穀

    山間部では、運搬や保存に耐える硬い豆腐が作られた。水分が少ない岩豆腐は、煮崩れしにくく、串焼きや煮物に向く。こんにゃくは、いもをそのまま食べるのではなく、すりつぶして凝固させる加工食品である。
    豆腐とこんにゃくは、見た目は地味だが、限られた原料へ手間を加え、保存性、食感、料理への適応性を高めた食品である。そば、麦、いも、豆を異なる形へ加工することで、山の食卓は単調になることを避けた。


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    第4章.県南の海と山――魚の姿、いもの保存、柑橘の酸味

    1.ボウゼの姿寿司――魚を丸ごと祝いの形にする

    ボウゼはイボダイの地方名で、徳島では秋祭りの時期に姿寿司にされる。魚を背開きにして塩と酢で締め、酢飯を詰め、頭と尾を残した姿のまま整える。
    一尾の魚を姿のまま使うことで、祭りの膳に視覚的な華やかさが生まれる。切り身を並べるよりも海の恵みが明確に見え、魚を丸ごと供える意味ももつ。酢締めは味付けであると同時に、冷蔵技術が乏しい時代に魚を安全に保ち、祭りの日までなじませる加工だった。
    県南ではボウゼのほか、アジ、コノシロ、あめごなど、地域と季節によって異なる魚が姿寿司や押し寿司に使われる。すだちやゆずを添えれば、魚の脂、酢飯、柑橘の香りが重なる。農林水産省も、徳島に姿寿司、押し寿司、かきまぜ寿司など多様な寿司文化があることを紹介している。農林水産省「徳島県の郷土料理」

    2.いり飯――少量の魚を全体の味へ変える

    いり飯は、焼いた魚やほぐした魚を、野菜や調味料とともにご飯へ混ぜ込む料理である。一人一尾を用意できなくても、身を細かくして飯へ混ぜれば、多人数へ魚の味を行き渡らせることができる。
    骨やあらからだしを取り、身をほぐし、薬味や柑橘を加える。魚を丸ごと使いながら、食べにくい骨を除き、子どもや高齢者にも分けやすくする。「混ぜる」は節約だけでなく、食材を共同体全体の味へ変える技術だった。

    3.はもと紀伊水道

    徳島沿岸でとれるはもは、骨切りをして湯引き、鍋、天ぷらなどにする。細かな骨が多いため、そのままでは食べにくいが、包丁で骨を細かく断つ技術によって上等な料理になる。
    はもは生命力が強く、かつては生きた状態で関西へ運びやすい魚として重宝された。徳島の漁場と京阪神の需要が結びつき、産地の魚が都市の料理文化を支えた。郷土の魚食は県内消費だけでなく、都市市場との関係によっても形づくられている。

    4.出世いも――不足へ前向きな名を与える

    県南部では、米が不足する時代に、いもを主食や米の代わりとして利用した。いもを切り、あくを抜き、煮たり蒸したりして食べる料理には、「出世いも」という名も残る。
    不足を補う料理に「出世」という明るい言葉を与えるところに、食べ物への意味づけが見える。代用食は貧しさだけを表すのではない。手に入る作物を食べやすく加工し、家族を養い、次の収穫まで命をつなぐ生活技術である。
    現在、いも料理は郷土食や健康的な素材として再評価される。必要に迫られて食べたものが、地域の歴史を語る料理へ変わった。ただし、過去を美化せず、米を十分に得られなかった厳しさも合わせて伝える必要がある。

    5.木頭ゆずと山の香り

    那賀町木頭などの山間部では、ゆずが栽培される。果汁は寿司酢、たれ、鍋物、飲料に使われ、果皮は薬味、菓子、味噌、加工品へ利用される。
    ゆずの酸味は穀物酢とは異なる香りをもち、魚や山菜の風味を引き立てる。収穫期に搾った果汁を保存すれば、季節を越えて寿司や料理へ使える。果皮を乾燥・冷凍・砂糖漬けにすれば、香りも無駄にならない。
    徳島では、県東部のすだちと県南山間部のゆずが、それぞれ魚、麺、豆腐、寿司、保存食を結びつけてきた。香酸柑橘は小さな添え物ではなく、海と山の料理を同じ味覚圏へまとめる重要な調味素材である。


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    第5章.祭り、節句、農作業――甘さと大皿が共同体をつなぐ

    1.「何ぞごと」に料理を整える

    徳島では、祭り、節句、婚礼、法事、田植え、収穫など、人が集まる機会に料理を整えてきた。ばらずし、姿寿司、巻き寿司、煮しめ、ういろなどは、大量に作りやすく、大皿や桶から取り分けやすい。
    日常には、そば米、いも、豆、野菜を使い、材料を無駄にしない食事がある。一方、特別な日には砂糖、卵、魚を使い、色と形を整える。この二つは矛盾しない。日常の倹約があるからこそ、祭りの料理が共同体の豊かさを目に見える形で示したのである。

    2.遊山箱――子どもが持つ祝いの器

    遊山箱は、徳島で子どもたちが節句や花見などに料理を詰めて持ち歩いた小型の重箱である。三段ほどの箱へ、巻き寿司、煮物、豆、ういろなどを少量ずつ詰める。
    大人の重箱を小さくしたような器は、子どもにとって自分専用の祝いの道具だった。料理を詰めてもらい、友達と野山へ出かけ、中身を見せ合いながら食べる。食事は家族の栄養補給にとどまらず、子どもの交友関係と季節感を育てた。
    現在は日常道具ではなくなったが、木工品として復元され、地域文化を伝える活動に使われている。郷土料理の継承には、味だけでなく、器、包み方、持ち運び方、食べた場所の記憶も含まれる。

    3.阿波ういろ――砂糖を惜しまない日の菓子

    阿波ういろは、米粉、小豆、砂糖などを使って蒸す菓子で、もちっとした食感をもつ。節句、祝い、農作業の節目に作られ、家庭ごとに粉、水分、甘さ、豆の形が異なった。
    砂糖を十分に使う菓子は、毎日の主食とは異なるハレの食である。小豆の色と甘さは祝いの雰囲気を作り、大きく蒸して切り分ければ、多人数へ配ることができる。
    徳島では近世に砂糖生産も行われ、和三盆の技術と菓子文化が育った。阿波ういろ、金時豆入りのばらずし、甘く煮た寿司の具など、甘味は人が集まる日に豊かさを表す味だった。農林水産省「四国地方 徳島県」

    4.茶ごめとおみいさん

    茶ごめは、黒豆などを番茶で炊く料理で、豆の香ばしさと茶の風味を生かす。米に豆を加えれば、量とたんぱく質を補い、色と香りにも変化をつけられる。
    「おみいさん」は味噌味の雑炊で、いりこだしを用い、米、野菜、豆腐、にらなど、その家にある材料を加える。厳密な具の決まりより、残り飯や少量の米を温かい一鍋へまとめることが中心にある。農林水産省「おみいさん」
    ばらずしがハレの日に多くの具を集める料理なら、おみいさんは日常の食材を汁へ集める料理である。どちらにも、異なる材料を混ぜ、全員へ行き渡らせる徳島の食の考え方が表れている。

    5.甘い味を現代にどう受け継ぐか

    かつて砂糖は貴重で、祭りや節句に甘くすること自体がごちそうだった。現在は砂糖をいつでも買えるため、昔の祝いの味を日常的に繰り返せば、糖分やエネルギーの取りすぎにつながりうる。
    伝統料理を守ることと、毎日同じ濃さで食べることは同じではない。祭りのばらずしやういろは特別な日に味わい、日常は豆、野菜、汁物の甘さを控える。行事食と日常食の違いを取り戻すことが、歴史を尊重した現代的な選び方になる。


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    第6章.発酵・乾燥・製麺――保存する技術が地域産業になる

    1.阿波晩茶――茶葉を乳酸発酵させる

    阿波晩茶は、上勝町、那賀町、美波町などの山間部に伝わる後発酵茶である。夏に成長した茶葉を摘み、釜でゆで、すり、桶などに漬け込み、微生物によって発酵させ、天日で乾燥する。
    一般的な緑茶は、摘んだ葉を加熱して酸化を抑え、香りと色を整える。阿波晩茶は、加熱した葉をさらに桶へ漬け、乳酸発酵による酸味を生み出す点が異なる。「晩茶」という名でも、単に遅い時期に摘んだ粗い茶ではなく、独自の発酵工程をもつ。
    茶摘み、茶ゆで、茶摺り、漬け込み、茶干しには、道具、重石、晴天、家族や近隣の労働が必要だった。家ごとの菌と製法によって風味が異なり、飲み物であると同時に、夏の農作業と保存技術を集めた食品である。

    2.発酵は自然任せではない

    伝統的な発酵食品は「昔ながらだから自然で安全」と単純には言えない。茶葉の加熱、桶の清潔さ、漬け込み状態、温度、水分、乾燥を適切に管理して初めて、望ましい微生物が働く。
    現代の継承では、家ごとの風味を残しながら、衛生管理、記録、検査、表示を整える必要がある。発酵を神秘化せず、微生物と人間の管理が共同で作る食品として理解することが大切である。

    3.半田そうめん――太さを個性に変える

    つるぎ町半田地区の半田そうめんは、一般的なそうめんより太く、強いこしをもつ。吉野川沿いの物流、山からの水、乾燥に関わる風、農家の副業が製麺を支えた。
    小麦粉へ塩水を加え、油を用いながら段階的に延ばし、熟成と乾燥を重ねる。乾麺は保存しやすく、軽く、遠くへ運べる。小麦や粉をそのまま売るより、麺へ加工することで技術と時間が価値になる。
    半田そうめんの太さは、細いそうめんの規格から見れば異例だが、食べ応えとこしという長所になった。祖谷そばの短さと同様、全国標準と異なる形を欠点ではなく地域の個性へ転換した例である。農林水産省「半田そうめん」

    4.たらいうどんと川辺のもてなし

    阿波市周辺などに伝わるたらいうどんは、大きなたらいへゆでたうどんと湯を入れ、数人で囲んでつけ汁につけて食べる。個別の丼へ分けるより、同じ器を囲むことに意味がある。
    川魚や煮干しを使っただし、山の水、製麺の技術が結びつき、農作業や人寄せの料理となった。現在は飲食店の名物として提供されるが、もともとは大勢で一つのたらいを囲む共同性の高い食べ方である。

    5.わかめ、干物、ちりめん、乾物

    海藻や魚は傷みやすいが、塩蔵、乾燥、酢締めによって保存期間を延ばせる。鳴門わかめの塩蔵品・乾燥品、沿岸の魚の干物、ちりめん、煮干しなどは、海辺だけでなく平野や山間部の汁物、煮物、雑炊を支えた。
    乾物は水分を抜くことで軽くなり、運搬しやすい。戻し汁には旨味が残るため、食材とだしを同時に得られる。そば米雑炊に煮干しや干ししいたけを使うことも、海や里の保存食が山の料理へ入った例である。
    保存食品は生鮮品の代用品ではない。乾燥や発酵によって、生の状態にはない香り、旨味、食感が生まれ、徳島の料理を組み立てる独立した素材となった。

    6.家庭加工から地域産業へ

    阿波晩茶、半田そうめん、鳴門わかめ、ゆず・すだち加工品などは、家庭や小規模な生産から始まり、現在では県外へ販売される地域産品になっている。
    商品化には、品質の安定、衛生管理、表示、包装、物流が必要になる。一方、均一化を進めすぎれば、家ごとの味や小地域の作り方が見えにくくなる。伝統食品を昔と全く同じ形に固定するのではなく、安全に作り続けられる方法へ更新しながら、原料、工程、食べる場面を伝える必要がある。


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    第7章.現代の徳島の食――名物化の先で地域差を守る

    1.ブランド食材と家庭料理の違い

    現代の徳島では、すだち、なると金時、鳴門わかめ、阿波尾鶏が四大ブランド食材として発信されている。さらに鳴門鯛、はも、れんこん、木頭ゆず、阿波牛、阿波ポークなども県外へ流通する。
    品質を分かりやすく示し、高い評価で販売することは、生産者の所得と産地の継続に重要である。しかし、ブランド食材だけで徳島の食文化を説明すると、そば米、いも、豆、乾物、残り飯を組み合わせた日常食が見えなくなる。
    高価な一品と名もない家庭料理は対立しない。ブランド産品は市場との関係を支え、家庭料理は地域の材料を食べ切る技術を残す。両方があって徳島の食が成り立つ。

    2.阿波尾鶏と現代の畜産

    阿波尾鶏は、徳島で飼育されてきた赤笹系軍鶏を基礎に開発された地鶏で、阿波踊りにちなむ名称をもつ。焼き物、鍋、揚げ物、炊き込み飯などに利用され、県外へも広く流通する。徳島県「阿波尾鶏とは何ですか」
    これは古くから全く同じ形で存在した郷土食材ではなく、研究、育種、飼養基準、ブランド管理によって作られた現代の地域産品である。新しいから伝統ではないと切り捨てるのではなく、在来の資源と現代技術をどう結びつけたかを見る必要がある。

    3.観光料理になった山の食

    祖谷そばやでこまわしは、現在、観光地で味わえる代表料理になっている。来訪者が食べれば知名度が上がり、生産者や飲食店が料理を続ける理由になる。
    一方、食べ歩きに適した大きさへ変えたり、万人向けの甘い味噌へ調整したりすると、家庭での位置づけが見えにくくなることもある。でこまわしは串料理である以前に、囲炉裏と山の食材を結ぶ料理だった。祖谷そばは珍しい短麺である以前に、米の少ない土地の主食だった。
    観光は継承の入口になり得るが、料理の背景を伝える説明がなければ、見た目だけの名物になってしまう。

    4.家庭で作る機会が減る理由

    ばらずし、姿寿司、ういろ、阿波晩茶などは、下ごしらえと時間を要する。家族が少なくなり、祭りの担い手が減り、調理済み食品を購入できるようになると、家庭で大量に作る必要は小さくなる。
    継承を「各家庭が昔と同じ量を作ること」に限定すれば続かない。学校給食、料理教室、地域の加工所、飲食店、祭り、動画や文章の記録など、複数の場で技術を分担する必要がある。
    レシピを一度体験して終わるのではなく、原料を育てる人、加工する人、料理する人、食べる人がつながる仕組みを残すことが、次の世代への継承になる。

    5.気候変動と原料の将来

    海水温、豪雨、渇水、台風、病害虫の変化は、魚、海藻、柑橘、茶、そばなどの生産へ影響する。郷土料理は固定された文化財ではなく、自然環境に依存する生きた文化である。
    原料が得にくくなったとき、別の産地から同じ材料を運ぶのか、近い食材で代替するのか、生産方法や食べる時期を変えるのかという判断が必要になる。
    徳島の食文化は、もともと不足と変化へ対応することで育った。米が少なければそば米、麦、いも、豆を使い、魚が多い時期には酢や塩で保存し、茶葉は発酵させた。伝統を守るとは変化を拒むことではなく、土地にあるものを組み合わせ直す力を引き継ぐことである。

    6.徳島の食を「選ぶ」視点

    郷土料理は伝統的だから無条件に身体によいわけでも、塩や砂糖を使うから悪いわけでもない。保存のための塩、祭りのための砂糖、激しい農作業を支えた炭水化物には、それぞれ歴史的な役割がある。
    現代は冷蔵庫があり、運動量も家族構成も異なる。姿寿司やばらずしの塩分・糖分、麺料理の量、加工品の表示を確認し、野菜、豆、魚、海藻をどう組み合わせるかを見る必要がある。
    名物名や単一栄養成分だけで判断せず、原料、加工、食べる場面、量、頻度を含めて選ぶ。それが徳島の食文化を尊重しながら、現代の暮らしへ生かす方法である。


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    おわりに――徳島の味は、異なる食材を一つに結びつける

    徳島県の郷土料理には、「混ぜる」「包む」「串に集める」「漬ける」という動作が繰り返し現れる。
    ばらずしは、野菜、豆、魚介、卵を酢飯に混ぜる。そば米雑炊は、そばの実、野菜、鶏肉、乾物を一つの汁にまとめる。包飯はご飯をそば米雑炊で包む。でこまわしは、いも、豆腐、こんにゃく、そば団子を一本の串に集める。阿波晩茶は茶葉を桶へ漬け、微生物の力で新しい酸味を生む。
    これらは食材が無制限に豊富だったから生まれたのではない。吉野川の平野、鳴門海峡、太平洋沿岸、急峻な山地という異なる環境で、手に入るものを無駄なく使い、少量でも家族や共同体へ行き渡らせるために生まれた。
    平野では、米へ豆、野菜、魚を混ぜて祭りのばらずしを作った。海辺では、魚を姿のまま酢で締め、ほぐした身は飯へ混ぜ、海藻は塩蔵・乾燥して内陸へ運んだ。山では、そばを粒、麺、団子にし、豆は硬い豆腐へ、こんにゃくいもは弾力のある食品へ変えた。
    一方、祭りや節句には、姿寿司、ばらずし、阿波ういろ、遊山箱など、色と形を整えた料理を惜しまず用意した。日常の倹約と祝いの華やかさは、徳島の食文化の両輪である。普段の不足を知っていたからこそ、人が集まる日に甘さ、魚、卵を分け合うことへ大きな意味があった。
    すだちとゆずの酸味、金時豆と和三盆の甘味、味噌の香ばしさ、阿波晩茶の発酵香、鳴門わかめの歯ごたえ。徳島の味は、一つの強い食材だけで成立するのではない。海と山、米と雑穀、甘味と酸味、日常と祭りという異なるものを、一つの料理へ結びつけることで生まれる。
    現代の徳島では、なると金時、すだち、鳴門わかめ、阿波尾鶏などがブランドとして県外へ運ばれ、祖谷そばやでこまわしは観光料理になった。それは地域の生産を支える一方、背景を知らなければ、食文化を商品名だけに縮めることにもなる。
    徳島の郷土料理を受け継ぐとは、昔の献立をそのまま固定することではない。
    どの土地で何が得られ、なぜ混ぜ、包み、漬け、乾かしたのかを理解する。そして現代の身体と生活に合わせ、量や頻度を調整しながら、土地の材料と技術を次の食卓へつなぐ。
    限られたものを組み合わせ、分け合い、環境の変化に応じて新しい味へ変える。その柔軟な知恵こそ、徳島の食が未来へ伝える最も大切な財産なのである。

    主な参考資料

     
     
    栄養素だけで食材を評価するのではなく、味、季節、土地、調理法、体との関係、歴史や食文化まで含めて、食べものをまるごと考えます。 東洋医学をはじめとする伝統的な食養生の視点と、現代の知見の双方を手がかりに、自分の体と暮らしに合う食を、自分で選ぶためのコラムです。

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