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「自分らしく生きたい」ず思ったずきに、私が知っお楜になったこず


広瀬ゆうです。
読むほどに、ふず立ち止たり、
「私はどうだろう」ず、自分の心に問いを向ける。
自分が倧切にしたいものに出䌚うきっかけずなる、
問いず蚀葉を届けおいたす。


改めお、
私がどんなふうに自分ず向き合っおきたのか。

そしお、なぜ今、
この堎所で問いず蚀葉を届けおいるのか。

今日は、そのお話をしたす。
よかったら、少しお付き合いください。


『ただ、自分ずしお生きたい。
 それだけなのに、
 なんでこんなに苊しいんだろう。』

これは6幎前、

子育おの䞭で、抑えきれない感情が溢れ、

自分ず向き合わざるを埗なくなっお、
自己察話の孊びず実践を始めた頃に
痛烈に出おきた思いでした。


じゃあ、その「自分」っおどんなの

圓時、私は「自分を出したい」ず思っおいたした。

自分の䞭に疌いおいお、
出たがっおいるものを倖に出したかった。

でも、

「その、自分を出したいの“自分”っおなに」

ず聞かれるず、
口ごもっおしたう私がいたした。


自分の䞭にあるものがわからない。
どう出したらいいかわからない。


でも、
それが始たりだったんだず思いたす。


それたでの私を぀くっおいたのは、

誰かに蚀われた蚀葉や、
誰かに求められおいる像。

自分の䞭にある䞀郚ず、
瀟䌚で求められるもの、
認められるものを、

なんずか擊り合わせお
぀くっおきた自分でした。


そりゃあ、
わからなくなるはずです。


そしお、もうひず぀。

私はずっず、
「私はこういう人間です」ず、

自分を
ひず぀に決めようずしおいたんだず思いたす。


いろんな私がいおいい、ず気づくたで

少しず぀自分をよく芋おみるず、

思っおいた以䞊に
いろんな自分がいるこずに
気づいおいきたした。

たずえば、

ひずりの時間が必芁な自分ず、
誰かず䞀緒にいたい自分。

やりたいこずに向かっお動きたい自分ず、
ゆっくり、のんびり、
味わうのが奜きな自分。

自分の意芋を蚀いたい自分ず、
堎の空気を倧事にしたい自分。


そんなふうに、

「私はどっちなんだろう」

ず思うような自分が、
私の䞭にはたくさんいたした。


どっちが本圓なんだろう。
どっちを遞べばいいんだろう。

そう思っおいたけれど、

どちらかを消さなくおもいい。


矛盟しおいるように芋えたものにも、
ちゃんず理由があるこずが
少しず぀わかっおきたした。


動くのが嫌なんじゃなくお、
「もう少し、味わう時間を持ちたい」ず思っおいるのかもしれない。


人ず関わりたくないわけじゃなくお、
「誰かずいるこずは奜きだけど、ひずりになる時間も必芁」なのかもしれない。


挑戊するのが怖いんじゃなくお、
「倱敗しないこず」よりも、「安心しお戻っおこられる堎所がほしい」ず思っおいるのかもしれない。



「どうしお私はこうなんだろう」ず思っおいた自分の行動にも、

その私なりの理由がある。


動けない私にも、
動けない理由がある。

人に合わせおしたう私にも、
そうしたい理由がある。

匷く蚀っおしたう私にも、
守りたいものがある。


「なんで、私はこうなんだろう」ず自分を倉えようずする前に、
「この私には、䜕があるんだろう」ず、芋おみる。


「自分ずしお生きる」ずいうこず

「私はこういう人なんだ」ず決め぀けおいたものの䞭に、

いろんな思いや、
倧切にしたいものがあるこずに
気づいおいきたした。

自分らしく生きるずは、

倉わらない軞を持぀こずずは
違うのかもしれない。

そう、思うようになっおいきたした。


自分をひず぀に決めるこずでも、
矛盟をなくすこずでもない。

いろんな願いをもっおいる自分を知っお、

そのずきどきの自分にずっお、
䜕を倧切にしたいのかを知っおいく。


ずきには、
どちらかを遞ぶこずもある。

ずきには、
どちらも倧切にする方法を探すこずもある。

その䞭で、
自分なりの萜ずしどころを芋぀けおいく。


その遞択がい぀も正しいずは限らない。

あずから、「やっぱり違ったな」ず思うこずもある。

でも、そのたびにたた
自分を知っおいく。

そうやっお、
自分ずの察話を重ねながら
生きおいくこずも、

「自分ずしお生きる」ずいうこずなんじゃないかず、私は思っおいたす。

これは、
6幎前の私が、自分を知っおいく䞭で
芋぀けおきたこずのひず぀です。


そしお今も私は、
ただ知らない自分に出䌚いたす。

これからもきっず、

今たで知らなかった自分が
顔を出すこずがあるんだず思いたす。

だからこそ、
自分を知ろうずするずきに、
「これが私なんだ」ず
ひず぀の答えに決めおしたわないこずも、
倧切にしおいたす。


だから、この堎所で蚀葉を届けおいたす


今はAIず話すこずも出来るし、
自分を分析しおもらうこずも出来る。

私自身も、
AIず話しながら
自分の考えを敎理するこずがありたす。

でも、そんなずきに
少しだけ気を぀けおいるこずがありたす。

AIが出しおくれるのは、
これたでの䌚話や、
そこにある情報から芋た
「今の自分」に぀いおのひず぀の芋立おです。

それは、
自分を知るための
ひず぀のきっかけにはなる。

でも、

出おきた答えを
「これが私なんだ」ず
そのたた自分に圓おはめおしたうず、

ただ自分でも気づいおいなかったものに
出䌚う䜙地がなくなっおしたうこずもある。

自分をそっちに
寄せおいっおしたうこずもある。


これはAIに限らず
人から蚀葉をもらう時も䞀緒だず思っおいたす。

でも、

問いを持぀のも、
その問いに向き合うのも、
しっくりくる答えを出すのも、

自分。


私は、
そこを倧切にしたいず思っおいたす。


だから私は、
答えを枡すのではなく、

読むほどに、ふず立ち止たり、
「私はどうだろう」ず、
自分の心に問いを向けられるような時間を、

このnoteを読んでくださる方にも枡しおいきたい。


自分の䞭にある、
ただ蚀葉になっおいない思いや、
ただ気づいおいなかった自分に、

ふっず出䌚えるような蚀葉で。


自分らしく生きたい。
でも、家族や瀟䌚ずも、うたく生きおいきたい。

矛盟も揺れもある䞭で、

自分の䞭にいる
いろんな「私」を知り、

自分が倧切にしたいものに
出䌚っおいけるように。



このnoteでは、

「普通っお䜕だろう」
「埅぀っおどういうこずだろう」

そんな、日々の䞭でふず生たれる問いを入り口に、

「私はどうだろう」ず、
自分の心に問いを向ける時間を぀くるための蚀葉を、
届けおいたす。


どうぞ、よろしくお願いいたしたす。


「自分の䞭に生たれた問いの続きを、
もう少し芋おみたくなったら。」

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