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(小説)怒らない男⑲(最終回)

    最終章

    (一)

    ヤマトがヤヨイの元を去ってから、五年の月日が流れた。
    看護師の専門学校を卒業した後、ヤヨイは森と山に囲まれた小さな田舎町に、一軒の古い家を借りて、小さな病院で看護師として働きながら暮らしていた。
    ヤヨイは再婚していなかった。それどころか離婚届も、あの後ヤマトの見ていない所で破り捨てていた。あの時、ヤマトから再びX国に行くと言われて、とても悲しかったが、その気持ちがほんの少しだけ理解出来る様な気もしていた。ヤマトが子どもの頃の事故で怒りの感情を失ったのには、何か深い意味がある、ずっと以前からそう考えていたからだ。

    十月もじきに終わろうとしていたある日、ヤヨイのもとに、ユウトから一通の手紙が届いた。彼は今、X国にいた。X国の内戦は、約一年前に停戦の協定が結ばれ、一応の終結が成されていた。内戦が終わるとすぐに、ユウトはヤマトの行方を探しに飛んで行った。それから一年、何の音沙汰もなかったのだが、今始めて彼からの知らせが届いたのだった。
    この中に、ヤマトのことが書いてある‥‥そう思うと、なかなか読む勇気が出なかったが、覚悟を決めて手紙の封を開けた。
    中には三枚の便箋と、一回り小さい白い封筒が入っていた。ヤヨイは便箋を開いて読み始めた。それはユウトの字だった。

    「随分久しく連絡をしなくて申し訳ない。元気にしていたかい?こっちに来て一年、あちこち探し回ったけど、ヤマトの行方は全く分からなかった。内戦が終わったとはいえ、地域によってはまだまだ物騒な場所もあるから、なかなか捜索が進展しなかったんだ。
    それが先日、ある辺境の町の病院で働いている知り合いの医師から、(ヤマトのことを知っている、ヤマトから手紙を預かっているという、元反政府軍の負傷兵がいる。)という知らせが来た。俺は文字通り、驚いて飛び上がったよ。それですぐさま、その負傷兵に会いに飛んで行った。
    すごく若い男だった。二十歳前後に見えたよ。怪我の方はだいぶ治っていた様子で、話をするのに支障はなさそうだった。最初は俺のことを警戒していたみたいだが、俺が学生の頃に、ヤマトと一緒に撮った写真を見せると、(そうだ、この男だ。)と言って、すぐに信用してくれた。
    それから一時間あまり、彼に話を聞いた。その内容は録音したので、二枚目の便箋に書き写しておいた。それと、その男から預かったヤマトの手紙も一緒に入れておいたよ。白い封筒に入っているのがそうだ。お前に宛てて書かれたものだから、合わせて読んでくれ。」

    一枚目の便箋はここで終わっていた。ヤヨイは夢中になって、続けざまに二枚目の便箋に目を移した。
    二枚目の便箋には、その負傷兵の証言が書かれていた。

    (二)

    「彼が俺たちの隠れ家の洞窟に来たのは、今から二年前か‥‥いや、三年前かな?はっきり憶えてないな。元々そこには、死神という敵の義勇兵が、人質として捕らえてあった。彼は死神と同郷だったんで、二人一緒に置いておこうってことになったみたいだ。一人より二人の方が、より金になる。万が一どちらかが死んでも、もう一人いれば金が取れる。それが俺たちのボスの目論見だったって訳さ。

    死神は反抗的だったが、ヤマトは違った。ヤマトって名前は、彼が自分から名乗ったんだ。頭が悪いのかと思ったよ。敵に自分から名を明かすなんて。後で分かったんだが、彼
    は俺たちのことを敵と思ってなかったんだな。
    俺は牢の見張りをしながら、彼の色んな話を聞いた。最初は彼の言うことが理解出来なかったけど、そのうちだんだん解る様になって来た。不思議なもので、仲間と一緒にいるより、彼といる方が気が休まった。

    死神が死んだ時、彼は遺体を埋めてやってくれと頼んだ。俺は埋めてやった。死んだ男のためじゃない。彼のためにやったんだ。すると今度は、手紙を書きたいと言い出した。さすがにそれは無理だって言ったけど、あんまり酷く落ち込むもんだから、ある夜、仲間に見つからない様に、こっそり紙とペンを持って行ってやった。その代わり、今すぐ俺の見ている前で書けと言ってやった。書いたら俺が預かっておくってね。俺が持ってる分には問題ないだろうって思ったのさ。彼は紙とペンを受け取ると、ものの十秒と立たないうちに書き上げて俺に渡した。それを妻に届く様に手配してくれと頼まれた。俺は、難しいがやるだけやってみると答えた。それで彼は一応安心したみたいだった。そのまま何処かに捨ててしまってもよかったんだが、彼がすっかり俺を信用してるみたいだったものだから、何となく捨てられなかった。

    そのうち戦闘が激しくなって来て、俺たちの隠れ家も危なくなった。敵の砲撃がすぐ間近まで迫って来て、俺たちは隠れ家を棄てて逃げることにした。みんな逃げた後、俺は一人だけで戻って、牢の鍵を開けてやった。ここはもうすぐ爆撃されるから逃げろって、彼に言ってやった。山を下って行くと、大きい川にぶつかるから、その川沿いの茂みの中を下流に向かって行け。そうしたら、あんたの仲
    間の所に行けるって教えてやったんだ。
    牢から出て真っ先にあいつ、何したと思う?俺を抱きしめやがった。まったくどうかしてるぜ!仲間を殺した敵を抱きしめるなんて‥‥
    逃げていく彼の背中を見ながら、俺は何だか胸が締め付けられる思いがした。彼と別れるのが寂しかったんだ。俺もどうかしてるよな。彼を見たのは、それが最後だ。
    後で気づいたんだ。あの時、彼に手紙を返してやればよかったって。でもしょうがないよな。あの時はそれどころじゃなかったから。

    彼が言ってたよ。この世の中に競争は必要ないって。競争があるから争いが起こる。戦争が起こるんだって。競争なんかなくたって、自己犠牲の精神さえあれば、人は平和にやっていけるんだって。俺は、そんなの無理だって言って笑ったんだ。世の中、あんたみたいな人ばかりじゃないってね。でももし、彼みたいな人間がもっといっぱい生まれたら、彼みたいな人間ばかりになったら‥‥いつかそん
    な時代が来るのかな?もしそんな時代が来るんだったら、俺も見てみたいよ。

    あの手紙、ちゃんと奥さんに届けてやってくれよ。俺が言うのも変だけど。」

    (三)

    二枚目の便箋を読み終え、続く三枚目にはまたユウトの言葉が綴られていた。

    「俺は希望を捨ててないよ。むしろ楽観してると言ってもいい。ヤマトのことだ。きっと生きている。あいつが死ぬわけないよ。そうだろう?あいつが死ぬなんて、想像できるかい?どこか辺境の村でかくまわれていて、助けが来るのを待っているのかもしれない。彼が見つかるまで、俺は何年でも探し続けるつもりだ。
    また何か分かったら知らせるよ。吉報を待っていてくれ。」

    三枚目の便箋は、ここで終わっていた。三枚全て読み終えると、ヤヨイは残る最後の封筒に手を掛けた。ヤマトからの手紙が入っているという封筒だ。
    封を開けると、中には茶色く汚れたボロボロの紙切れが、四つ折りにして入っていた。ヤヨイはもう一度、ゆっくり息を整えてから、震える手でその紙を開いた。
    酷く乱れてはいたが、紛れもないあの懐かしい、ヤマトの字だった。手紙は平仮名でたった三行の、短いものだった。
    そこにはこう書かれていた。


    ぼくへのあいが まだすこしでも
    のこっていたら まっていてくれ
    ぼくはかならず いきてかえるよ


    手紙を読み終えると、ヤヨイはゆっくり顔を上げ、窓の外をぼんやりと眺めた。秋の陽が暮れようとしていた。
    長い間、待ち望んでいた知らせが、今ようやく届けられた、そんな思いで彼女の胸はいっぱいだった。もう迷うことはない、いつまでも待ち続けよう、彼女は強くそう心に誓っ
    た。
    (あの人は帰って来る。神様から託された役目を果たして、私の元に必ず帰って来る。)

    その時、窓の向かい側にある扉がカチャリと少しだけ開いて、四歳ぐらいの小さな男の子が顔を覗かせた。ヤヨイの様子を見て、男の子は怪訝そうな表情を浮かべて言った。
    「どうしたの?お母さん‥‥」
    心配しなくても大丈夫よ、とでも言う様に、ヤヨイは優しい笑顔を彼に向けた。
    「こっちへいらっしゃい。お話しをしてあげるわ。あなたのお父さんのことを。」
    父親そっくりの目をした男の子は、安心した様ににっこり笑って、小走りに母親の元へ駆け寄って行った。

    窓から射し込む夕陽が、親子のいる部屋をオレンジ色に染めていた。
                (怒らない男・終)

     
     
    文才がないと、優れた小説は書けないかも しれないが、いい話は作れる。 僕は優れた小説より、いい話を作りたい。 自作の小説を掲載しています。

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