【Home News】開戦200日|勝者のいない戦争はなぜ終わらないのか
作成日時:2026年9月15日 15時55分(日本時間)
本稿はこの時刻までに確認できた公開情報にもとづいて構成している。ここに書いた情勢はいずれも動いている最中のものであり、明日には前提が変わる。読む時点での日付を必ず確認してほしい。

1|200日という数字が示すもの
2026年2月28日、米国とイスラエルがイランの核関連施設と軍事拠点に対する大規模攻撃を開始した。
本日9月15日で、その開戦から200日である。
200日という数字は、それ自体が一つの結論を語っている。緒戦において圧倒的な航空優勢を持ち、相手の指導部を物理的に排除できるほどの情報優位を持っていた側が、200日かけてなお戦争を終わらせられていないということだ。
開戦時、この作戦を短期決戦として理解した人間は多かった。前年の「十二日間戦争」の再演、つまり数週間で相手を叩き、交渉のテーブルに引きずり出す懲罰的攻撃という理解である。
だが実際に起きたのは違った。
中東調査会が開戦直後の時点で指摘していたとおり、米側には明確な開戦事由も、勝利条件も、出口戦略も準備されていた形跡がなかった。
自分がこの戦争を見るうえで最初に置く座標はここにある。軍事的勝利と政治的決着は別の事柄であり、前者だけを設計した戦争は、必然的に後者を欠いたまま延命する。
2|斬首は成功し、決着は失敗した
開戦直後、イランの最高指導者アリー・ハーメネイーの死亡が伝えられた。
国家の最高権威を戦争の初期段階で物理的に排除するというのは、軍事作戦としては極限に近い成功である。にもかかわらず、イランは崩れなかった。
後継としてモジタバ・ハーメネイが最高指導者に就き、体制はむしろ結束した。7月には前最高指導者の国葬が国家行事として執り行われ、新指導者は殉教者への報復を公に誓っている。
ここに斬首戦略の構造的な限界が露出している。
斬首が有効に機能するのは、権力が特定個人に属人化しており、その個人の消滅が組織の統制を壊す場合に限られる。
イランの統治構造は、聖職者層と革命防衛隊と国家官僚が相互に噛み合った複合体であって、頂点の一人を抜いても継承の手続きが作動する。
攻撃側は「誰を殺せば終わるか」という問いを立てたが、正しい問いは「何を壊せば統制が崩れるか」だった。そして統制の中核は人ではなく制度だったのである。
さらに悪いことに、指導者の殺害は交渉相手の消滅を意味する。妥協を政治的に引き受けられる権威が失われれば、残された側は強硬に振れるしかない。
殺害は勝利を近づけず、決着を遠ざけた。
3|ホルムズ海峡という唯一の非対称戦力
正面戦力で劣るイランが200日戦い続けられている理由は一つしかない。ホルムズ海峡である。
世界の海上原油輸送量のおよそ2割がこの海峡を通る。開戦と同時にイランはここを事実上封鎖し、以後、封鎖と開放の切り替えそのものを外交カードとして運用し続けてきた。
四月には米国側が逆に封鎖を宣言し、双方が同じ水路を互いに塞ぎ合うという事態にまで至っている。
原油価格は一時1バレル140ドルを超える水準へ急騰した。
自分がこの構図で重要だと考えるのは、軍事的劣位にある側が地理的要衝を握った場合、戦力比はほとんど意味を持たなくなるという事実である。
イランは米軍を打ち破る必要がない。
ただ、世界経済に耐えがたいコストを課し続けるだけでいい。これは勝つための戦略ではなく、負けないための戦略だ。そして負けないための戦略は、相手が音を上げるまで終わらない。
一方、攻撃側の資源も無限ではない。
四月下旬には米軍の主力ミサイルの半数以上が消耗したことが明らかになり、対中抑止力の低下という副作用が指摘された。
中東で撃った弾は、太平洋で撃てない弾である。この戦争が米国にとって高くついているのは、油価や世論のためだけではない。
4|覚書はなぜ60日で腐ったのか
6月17日、米国とイランは戦闘終結に向けた14項目の覚書に署名した。全戦線での即時停戦、海上封鎖の解除、60日間の核協議期間の設定などを含む枠組みであり、署名を受けて原油価格は70ドル台半ばまで下落した。
この時点では、200日という長期化を予想していた人間はむしろ少数だったはずである。
しかし覚書は3日で綻んだ。
第一項に全戦線の即時停戦を掲げていたにもかかわらず、イスラエルはレバノンでヒズボラへの攻撃を継続し、イラン側はこれを違反として海峡の再封鎖を宣言した。ここに構造の核心がある。
米国とイランの二者で結ばれた合意が、第三者であるイスラエルの行動によって履行不能になるという設計そのものが破綻していた。
覚書はイスラエルの頭越しに結ばれ、イスラエル側には10月に総選挙を控えた政権の事情があった。当事者でありながら署名者でない主体が存在する停戦は、機能しない。
8月18日、60日間の協議期間は成果なく期限切れを迎えた。イラン側は、港湾封鎖の解除、凍結資産の解放、石油制裁の撤廃が実現するまで海峡を再開しないと明言している。
米側はといえば、核合意に至るまで封鎖を継続すると表明している。互いに相手の譲歩を自らの譲歩の前提条件に置いており、論理的に同時成立しない要求が向かい合ったまま停止している。
これが200日目の現在地である。
5|安保理付託が示す不拡散体制の逆説
9月9日、国際原子力機関の理事会は、イランの保障措置協定上の義務不履行をめぐり、国連安全保障理事会への報告を求める決議を採択した。
賛成23、反対3、棄権8。
義務不履行を理由とする安保理報告は2006年以来、およそ20年ぶりである。
この決定を、自分は不拡散体制の勝利としては読まない。むしろ逆説として読む。
核開発を阻止するために核施設が攻撃され、その攻撃によって国家の安全保障環境が根本から悪化した結果、査察に応じる誘因が失われ、義務不履行が深刻化し、そして制裁へ進む。
この因果の連鎖は、攻撃が不拡散を強化するどころか、核保有への動機を強化しうることを示している。攻撃を受けた国家が導き出す教訓は「核を諦めれば安全になる」ではなく、「核を持つ前に叩かれた」だからだ。
2015年の核合意の枠組みが2025年に終了し、その後の空白を埋める設計が用意されないまま武力に移行したことの代償が、いま制度の側に回ってきている。
武力は制度の代替にならない。制度が壊れた場所に武力を投入すれば、制度はさらに壊れる。
6|日本にとっての200日
日本は原油輸入の9割超を中東に依存し、その大半がホルムズ海峡を経由する。備蓄はおよそ8か月分あり、即座に枯渇する状況ではない。だが備蓄があることと価格が上がらないことは別の話である。
世界銀行の集計では、5月の原油価格は前年同月比で6割の上昇となった。ガソリン、電気料金、輸送費、肥料、そして食料品へと、値上がりは一段ずつ生活の内側へ入り込んできている。
高市政権は事態の沈静化と航行の自由の確保を掲げて外交努力を続け、6月の覚書合意を歓迎する立場を表明した。だがその覚書が破綻した以上、日本が置かれた条件は開戦当初と本質的に変わっていない。
国際原子力機関の加盟国が3月に石油備蓄から4億バレルの放出で合意し、代替調達の努力も積み重ねられてきたが、それらはすべて時間を買う措置であって、原因を除去する措置ではない。
自分が200日を通して感じているのは、日本のエネルギー安全保障が「他国が海峡を開けてくれるかどうか」という一点に依存しているという単純で残酷な事実である。
この依存は技術でも外交努力でもなく、電源構成という国内の政策選択によってしか根本的には変えられない。遠い海峡の話をしているように見えて、これは国内政治の話だ。
最後にちょっとだけ感想
200日と言われても、ピンとこない自分がいる。
朝に現場へ出て、夕方に帰ってくる生活の中で、ホルムズ海峡は視界に入らない。入ってくるのは、軽油の値段と、缶コーヒーが10円上がったことと、電気代の請求だけである。
ただ、その10円の向こう側に200日がある。
誰かが誰かを殺した結果として、自分の財布から10円が減っている。この接続は見えにくいけれど、確実に存在している。
そして自分が一番気味が悪いと思うのは、この戦争に勝った人間がまだ一人もいないということだ。
最高指導者を殺した側も終われず、殺された側も国土を回復できず、海峡を挟んだ全員が損をし続けている。
戦争は目的があるから始まると、多くの人は思っている。でも200日を追いかけて見えてきたのは、目的がないまま始められた戦争は、終わらせる理由も持てないという話だった。
始める設計しかなかったものは、終わる設計を持たない。それだけのことが、200日分の死者と、200日分の値上げになっている。
用語解説
ホルムズ海峡
ペルシャ湾とオマーン湾を結ぶ最狭部約34キロの海峡。世界の海上原油輸送量の約2割が通過し、アジア向け原油の大部分がここを経由する。イランは北岸を領有しており、封鎖能力を持つ唯一の当事国である。
斬首戦略
敵対国家や組織の指導部を物理的に排除することで、組織全体の統制を崩壊させることを狙う軍事戦略。権力が属人的な組織には有効だが、継承手続きが制度化された国家に対しては効果が限定される。
逆封鎖
2026年4月に米国側が宣言した措置で、イランによる海峡封鎖に対抗し、逆にイラン関連の船舶・港湾の側を封じ込めるもの。双方が同じ水路を互いに塞ぎ合う異例の状態を生んだ。
保障措置協定
核不拡散条約に基づき、加盟国が国際原子力機関の査察を受け入れることを定めた協定。これに違反すると、義務不履行として理事会決議の対象となり、安全保障理事会への報告へ進む経路がある。
十四項目覚書
2026年6月17日に米国とイランが署名した戦闘終結に向けた文書。全戦線での即時停戦、30日以内の海上封鎖解除、60日間の核協議期間の設定などを含んだが、イスラエルの軍事行動により履行が停止した。
参考文献
公益財団法人 中東調査会「イラン攻撃を読み解く:背景と展望」
公益財団法人 中東調査会「イラン:米国との戦争終結で合意」
笹川平和財団 国際情報ネットワークIINA「アメリカとイランの戦争終結への道――ホルムズ海峡問題から見えてくる多国間協力枠組みの必要性」
伊藤忠総研「イラン戦争はどのように終わるのか-戦略・作戦・終結設計からの考察」
日本貿易振興機構(ジェトロ)「ホルムズ海峡封鎖後の中東におけるエネルギー動向」
日本貿易振興機構(ジェトロ)「米国がイランと2週間の停戦合意、イランは『ホルムズ海峡の安全な通航』承認」
第一生命経済研究所「米国とイランの協議期間終了、事態長期化への備えが必要に」
Forbes JAPAN「イラン、米国が制裁と封鎖を解除するまでホルムズ海峡を封鎖と警告」
首相官邸「米・イラン双方が戦闘終結などに関する覚書に合意した旨発表したこと等についての会見」
三菱UFJ銀行経済調査室「ホルムズ海峡の事実上封鎖と世界経済への影響」
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