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GW明けの「イライラスイッチ」をどう止める?理想の教育と、私の現実。

    seiko

    ゴールデンウィーク明けの朝、

    「今日からまた学校だ…」と重い腰を上げたお子さんも多かったのではないでしょうか。

    ​かくいう我が家も、今朝はなかなかのハードモードでした。

    日頃、教育のことや「伴走」の大切さについてブログで発信している私ですが、現実の日常生活の忙しなさの中では、理想通りにいかないことばかりです。

    ​今日は、そんな我が家の「全く教育的ではない、リアルな朝のバタバタ劇」と、その中で見つけた私なりの小さな進歩について書いてみようと思います。

    ​ギリギリまで起きない息子 vs 焦る母

    ​GW中、もちろん遅寝遅起きを満喫していた高校生の息子。

    普段から早起きは苦手で夜型なので、今朝だけ人が変わったようにスッキリ起きられるはずもありません。

    ​朝、声をかけても、

    「わかってる」

    「もう、起きる」

    「……まだ間に合う」

    「起きた、おはよう」(←布団で目を瞑ったまま)

    ​こんな調子の返事ばかり。

    そして、ようやく起きてきたのは、なんと出発予定時刻の15分前でした。


    ​押された「怒りスイッチ」と、今日の私

    ​そこから急いで準備をするのかと思いきや、

    「あ、今日、整髪検査あるから爪も切らな」と、おもむろに爪切りを始める息子。

    ​(今更ですか……?)と私の心の中はざわつきます。

    百歩譲って、ものすごく急いでいる様子ならまだしも、なんとYouTubeを観ながら、パチリ、パチリとやっているのです。

    ​「はぁ? 急いでるんですよね?」

    私の中の怒りモードのスイッチが「ポチッ」と押される音がしました。

    ​でも、今日の私は少し違いました。

    感情的に怒鳴るのを、グッと堪えたのです。

    ​予定時刻8分前。

    私「出発時間、間に合うの?」

    息子「余裕」(←まだYouTubeを観ている。さらに手も止まっている)

    ​予定時刻5分前。

    私「予定時刻に出ていけるんやんな?」

    息子「まだ3分あるやん」(←ちなみに服はパジャマのままです)


    ​嫌味ではなく、素直な「願い」を言葉にする

    ​イラ~!なんなん、その態度は!

    ここで雷が落ちるのか?
    でも、ここでも踏ん張ったんです。

    ふと「建前や嫌味を言わずに、願い(自分の本当の思い)をそのまま伝えよう」と決めていたことを思い出したから。

    ​そこで、息子にこう伝えてみました。

    ​「なんで、そんな風に反抗的な物言いするの?
    『素直に起きられへんかった。頑張って次の電車には間に合うようにするわ』って言ってくれる方が、こっちも応援しやすいやん。 ママもさ、とりあえず、嫌味や正論言わずに、思いはそのまま言葉にする事に決めてん」

    ​自分でも「あんまり説得力ないかな?」と思いながらの言葉でしたが、不思議なことに、息子の無駄口はなくなり、ようやく真剣に動き始めました。

    ​息子「メガネがないー!」
    私「ここにある」

    息子「ズボンにベルトがとおってない!!」
    私「通しとくから、他の用意!」

    それから、私は朝食用にサッとおにぎりを握り、お弁当と水筒を手渡して帰宅予定時刻を確認。

    息子は予定時刻から10分押しで「いってきます」と登校していきました。

    ​「察して」の裏に隠れていた、私の支配欲

    ​教育を語る以上、自分の子どもとの接し方にも相応しくありたいと頭の片隅にはあるのですが、現実はこんなものです。

    嵐が去った後、一人で振り返って気づいたことがあります。

    ​今まで私は、「言わなくてもこれくらい察してよ」「状況を見たらわかるでしょ」と、息子に「察すること」を強要していた気がします。

    ​でも、「察して」と求めることって、実はこれ、ちっとも対等な関係じゃないんですよね。

    その裏には、「私の思い通りに、波風立てずに動いてほしい」という、相手をコントロールしたい欲求が隠れていたりしたんですよね。

    ​だから「察しても動かない相手」にイライラしてしまうのは、自分の支配が及ばないことへの苛立ちだったのではないかなと感じています。

    低い次元かもしれないけれど、確かな「一歩」

    ​今日の私がやったことは、

    • ​感情的に怒鳴るのをやめたこと

    • ​​「私の思っている事を察して気づいて」と求めるのではなく、「こう思っているから、こうしてほしい」と(Iメッセージ)を言葉にして伝えたこと

    ​これだけです。

    教育を語る身としては、本当に低い次元の進歩で恥ずかしいのですが、これが今の私と息子の、精一杯の「対等な対話」の形なのだと思います。

    「伴走」や「イエナプラン」といった理想を追い求めすぎると、現実の自分とのギャップに自分自身を追い詰めて、しんどくなってしまうこともあります。

    でも、こうして立ち止まって振り返り、自分の支配欲に気づき、ほんの少しでも新しい対話の形を実践できた今日の私は、昨日の私よりも確実に一歩、進歩できたはずです。

    こうしてコントロールを手放して、少しずつ「導かない伴走」に近づいていけたらいいなと思っています。

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    seiko

     
     
    等身大の葛藤を抱えながら、教育のアップデートに挑む伴走型対話ファシリテーター。完璧な指導者ではなく、子どもや親の隣で一緒に悩み、成長し合う「導かない伴走」を実践しています。最終目標は新しい学びの場を一条校にすること。著書に『導かない伴走』。

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