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春霞に移ろう年月

 先日、息子の卒園式がありました。

 桜の蕾が膨らみ、陽当たりの良い場所では綻び始めるような時節に、その日は訪れました。

 入園の頃から見ている園児たちが成長する様子は、人間の神秘とも言うべき劇的な変化の色彩で、それぞれの眼差しが向けられる未来には、希望の灯る気配が宿るのを感じました。

 最後のクラス会。担任の先生から園児たちに向けられた言葉が印象的でしたから、備忘録として残しておこうと思います。後で書き起こしたものですので、細部の表現は異なっていたかもしれません。
 
 

①正義の反対は、もうひとつの正義。

皆さんは「正義」という言葉を知っていますか。正しい、と思う心のことです。今、世界中で正義という言葉が使われています。皆さんにも正義があると思います。自分が正しい、と信じることです。
では、正義の反対は何でしょうか。
ええ、そうね。悪。そういう考え方もある。でもね、先生は普段から考えていることがあるの。正義。正義の反対はね、もうひとつの正義かもしれない。もうひとつの、正義。どういうことだろう。
例えば、そう、例えばね、ハレの日にトイレの話をするのも何だかなぁと思うけれど、まぁいっか。皆さんがトイレに並んでいるとしましょう。順番を待っている。これは正義?そう、正しいことですね。そこに突然、後ろからお友達が割り込んで、先にトイレに入ってしまいました。さぁ、どうかしら。わるい、間違い、ええ、そう思う。順番は守るべき。それは、正しい。さて、もしも、その子がもう我慢できないほど限界ギリギリの状態だったら?それに気づいた後ろの子が、『それなら先に入らせてもらいなよ』って言って、それでトイレに入ったとしたら。そこで『ダメだよ。どんなときも順番は守るんだよ』って言って、許さなかったら、その子はどうなるかしら。
これはね、どちらかが正しいとか、正義がどっちだとか、そういう話ではないの。ただ自分の正義と違うものをみたときに、どうしてだろうって考えてみてほしいし、耳を傾けてほしいって、そう思うんです。もしかしたら、自分の正義とは違う、もうひとつの正義があるのかもしれない。大切なのは、正義はひとつ、とは限らないということ。先生はそう、思います。


②まぁいっか。

次。次はね、先生の好きな言葉。まぁいっか。
よく言うよね。ふふ。これね、まぁいっかって実は諦めたときの言葉じゃないの。知ってた?
「まぁいっか」は、今の自分を受け止めたときに出てくる言葉。諦めとは少し違う、前向きな姿勢なのね。実は。
あー、うまくいかなかった。まぁいっか。
ね、そのときの自分を受け止められたから、次が見えてくるの。今は、こう。そのままを受け止めて、じゃあ次はどうしようか。これからどうしようか。先生はそうやって、生きてきました。
これから皆さんは、色々な経験をすると思います。いいこともあるし、いやなこともあるかもしれない。ウワーッてなったときに、思い出してほしい。まぁいっか、って思えたら、きっと大丈夫です。

③人生、右肩上がり。

最後にひとつ。
これはね、先生のテーマ。人生は?
…そう、右肩上がり。どんな今でも、これから右肩上がり。そう思っていると、そうなってくるんです。不思議とね。幼稚園を卒園して、小学生になる皆さんが、たくさんの経験をして、美しい未来に向かって羽ばたきますように。
…おかしいわね。今日は泣く予定なかったのに。4月に皆さんの担任になったとき、こんなに楽しくて、素晴らしい1年間になるなんて、想像できませんでした。私ね、幼稚園の先生になって長いけど、これほど素敵な1年間は、うん、数えるほどしかなかった。皆さんのおかげです。有難う。
卒園、おめでとうございます。


 教育者だなぁ、と思いました。彼女の話している間、園児たちは椅子に座り集中して聴いています。問い掛けに応える園児と、傾聴して話を組み立てる先生との間には、双方向性に結ばれるコミュニケーションの姿がありました。

 人は、こうして育まれていくのかもしれません。正しさをひとつに定めるのではなくて、他者の正しさにも耳を傾けること。うまくいかない自分を受け止めて、次の一歩を踏み出すこと。そういう積み重ねの先に、それぞれの未来が花開くのでしょう。

 私は教育の専門家ではないけれど、目の前の人と向き合いながら、自分なりの関わりを重ねていこうと思います。



 拙文に最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました。願わくは、春霞のように揺らぎながらも、それぞれの歩みが確かな光を帯びて続いていきますように。




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