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「自分に合う場所」とは居心地のいい場所ではない―『薬屋のひとりごと』の猫猫を見て考えたこと―

猫猫に引き込まれた

Netflixで、以前から気になっていた『薬屋のひとりごと』を見始めた。

アニメのシーズン3が始まる前に、少し急ぎ足で見ているところだが、まだシーズン2の序盤である。

『薬屋のひとりごと』は、中国をモデルにした架空の国の後宮を舞台に、そこで起こる事件を、薬屋である主人公・猫猫(マオマオ)が解決していく物語だ。

私がまず引き込まれたのは、物語以上に猫猫というキャラクターだった。

薬や毒に異常なほど興味を持ち、人の感情には素っ気ない。いつも一歩引いたところから周囲を観察し、何かが起きても感情的になるより先に、その原因を考える。

女性らしさを前面に出すこともなく、むしろ自分を目立たせないようにしている。

ところが、本当の猫猫は美しく、頭もよく、決して平凡な生まれでもない。

そんな猫猫を見ていると、「この人は、社会で生きるのがあまり得意ではないのではないか」と思う。

その一方で、「こういう人だからこそ、活躍できる場所があるのではないか」とも思う。


人間が好きなのに人間関係を警戒する

猫猫は、人間嫌いに見える。
けれど、実際には人間そのものをよく観察している。

誰が何を考えているのか。なぜそんな行動をするのか。人間の感情や関係性には、むしろ強い関心を持っている。

ただ、自分がその人間関係の中に入ることには慎重だ。

人間が嫌いなのではない。人間関係を警戒している。
そして、俯瞰して分析しているつもりでも、気づけば自分自身が事件の真ん中にいる。

どれだけ客観的に見ようとしても、自分もまた、その世界の中にいるからだ。

この「人間への興味」と「人間関係への警戒」が同居しているところに、猫猫の面白さがある。


猫猫の「面倒な性質」

猫猫は、細かいことに気づきすぎる。

普通なら気にしないような違和感を見つけ、みんなが納得していることにも「本当にそうなのか」と疑問を持つ。

分からないことがあれば調べたくなる。
原因が気になれば確かめたくなる。
謎があれば解きたくなる。

本人にとっては、それほど特別なことではないのだろう。ただ、自分が気になるから調べている。

けれど、周囲から見れば、それはかなり特殊な能力に見える。

人間関係だけを考えれば、「細かすぎる」「考えすぎる」と思われるかもしれない。しかし、それこそが猫猫の専門性につながっている。


生きやすい場所と能力が生きる場所

猫猫にとって後宮は、決して生きやすい場所ではない。
複雑な人間関係や身分制度があり、猫猫の性格にはむしろ面倒な環境だ。

それでも、薬や毒、病気など、猫猫の知識や観察力を必要とする問題が次々に起こる。

猫猫が自然にやっていることが、そこで必要とされる。

つまり後宮は、「猫猫が生きやすい場所」ではなく、「猫猫の性質が意味を持つ場所」だったのではないだろうか。

「自分に合う場所」というと、居心地のいい場所を想像する。でも、自分に合う場所とは、必ずしも楽な場所ではないのかもしれない。

自分が自然にやってしまうことが、誰かにとって必要になる。そんな場所もまた、自分に合う場所なのだと思う。


猫猫は自分を活かそうとしていない

ここが、特に面白いところだと思う。

猫猫は、「自分の才能を活かそう」と考えているわけではない。

薬や毒に興味がある。
気になることがあれば調べる。
分からなければ確かめる。
面白ければ深入りする。

ただ、それをやっている。

その結果として、周囲には分からないことが分かり、事件を解決し、人を助けることにつながっていく。

「自分らしく生きよう」と意識しているわけでもない。
自分の能力を社会に役立てようとしているわけでもない。

ただ、自分が自然とやってしまうことを続けている。
その性質が、たまたま後宮という場所で必要とされた。


自分にとっての「後宮」はどこなのか

後宮は、猫猫にとって居心地のいい楽園ではない。

それでも、そこには猫猫だからこそ解決できる問題がある。だから必要とされる。

このことを考えると、「居場所」という言葉も少し違って見えてくる。

居場所とは、ただ安心できる場所ではない。自分が自分であることに、意味が生まれる場所なのかもしれない。

もし今、自分の性格や考え方が周囲とうまく噛み合わないと感じるなら、「自分に問題がある」と決めつける必要はない。

もしかすると、自分の性質がまだ意味を持つ場所に出会っていないだけなのかもしれない。

猫猫にとって、それが後宮だった。

では、私たちにとっての「後宮」とは、どこなのだろうか。そんなことを今、考えている。

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