メインコンテンツへスキップ
見出し画像

昭和、言えなかった「ついてきて」


    あらすじ

     四国の中堅都市で生まれ、高校生活まで実家を出ることがなかった白澤健二は、根拠のない両親からの束縛から解放されることを願い、東北のある県の国立大学に進学することとなる。
     
     そこは、あの東日本大震災が襲ったリアス式海岸が有名な県の1つであり、その後の地獄絵図の片鱗を1ミリも想像させない希望しかない世界があった。

     そして、白澤は同じテニスサークルの同級生である佐藤敬子と恋に落ちる。
     しかし、二人が付き合うことになったのは、卒業を数か月後に控えた底冷えのする夜だった。

     この時、白澤は、これが後の44年間、「後悔」という文字をこころに植え付ける切ない恋のスタートとなることは1ミリさえも想像していない。

    大学受験と補欠合格

     白澤の父親は 建設業の棟梁をしていた。
     昭和の時代なので、正確には「大工」である。
     しかし、父親は尋常高等小学校卒業であり、学歴に対する強いコンプレックスがあっため、自分の子供には大学に行かせたいと思っていた。

     健二が高校を卒業した年は、まだ国立大学の二期制が残っていたため、実際には一期校と二期校の2校を受験することができた。
     つまり、滑り止めの私立大学を含めて3校を健二は受験した。

     健二が通っていた高校は新設校であったため、とにかく学級担任は大学の合格率に対してシビアであり、当時の担任は、今であれば即、パワハラに該当するような教師であり、合格の可能性が低い大学を本人が希望しても、内申書を書かないという、今では考えられないような横暴に出ていた。
     しかし、それが「昭和の教育」であった。
     いや、担任の「エゴ」であったかもしれない。

     そして、白澤の受験は見事に惨敗に終わった。

     当時も、大学の合格発表は大学構内の掲示板に掲載されたが、四国からは余りにも遠方のため、学生サークルが運営していた電報サービスを頼んだ。
     そして、当時の定番であったが、電報の文言は、合格であれば「桜咲く」、不合格であれば「桜散る」である。

     そして、一期校の大学から届いた電報は「桜散る」であった。
     実は、白澤には不合格の予感があった。

     ちなみに、一期校の大学は東北地方であり、受験は3月の極寒の時期ののため、受験会場は教室の周りに設置されている暖房のみで、それがすこぶる熱いのである。
     また、白澤の席は、あいにく一番教室の端の列であったため、その暖房の熱をもろに受け、頭がボーとしながらの受験であったため、試験問題というよりも、その熱波との戦いであったからである。

     なお、二期校は中国地方の大学であったが、そこは見事に惨敗。
     どちらかと言うと、こちらの大学の試験の方が手ごたえがあったので、不合格の通知を受け取った時、白澤のショックは大きかった。

     また、国立大学の試験前には、滑り止めの私立大学は合格していたため、白澤には、浪人と言う選択肢は既に存在していなかった。

     そして、国立大学の発表の数日後には、私立大学の入学金を納め、下宿も決めていた。
     その際に同行した父親の嬉しそうな顔は、白澤の複雑な思いと交錯していた。

     この時、白澤には、この私立大学を卒業して、建築士の資格を取り、父親の跡を継ぐのだろうというビジョンが静かに巡っていた。

     そんなある日の朝、家の電話が鳴った。

    「〇〇大学の事務局ですが、白澤健二さんはご在宅ですか。」

    「はい、私ですが。」

    「実は、貴方が受験した〇〇学部に入学辞退者が出て、補欠合格の上位の方から順番にご連絡しています。入学のご意思はありますか。」

     白澤は、一瞬、息をのんだ。
     そして、直ぐに
    「両親や担任とも相談しなければならないので、ご返事はいつまでにすれば良いですか。」

     その担当者からは
    「もし、貴方が辞退するとなると、次点の方に連絡することになるので、申し訳ありませんが、今日の午後3時までにお願いします。」

     白澤は、今朝の連絡で、今日中に返事せよとはなんと理不尽と思いながらも「判りました。午後3時までには連絡します。」
    と返事をして電話を切った。

     そして、両親への説明もほどほどに、高校の担任のもとへ自転車を走らせた。

     高校は既に卒業式を終えていたので、3年生がいないため、思いのほか閑散としていたが、丁度、担任の教師が職員室にいた。
     白澤は、息を弾ませながら、入り口で軽く挨拶をして、その担任のところに向かった。

    「〇〇先生、今朝、〇〇大学の事務局から連絡があり、自分が補欠合格しているので、今日の午後3時までに入学の意思があるか返事をして欲しいとのことでした。どうすれば良いですか。」

     すると、その担任は、怪訝な顔をしながら、「白澤、何を迷うことがあるのか。入学したいと言うだけだろう。」と即座に言い放った。

     その時、白澤はこの担任に相談したことを後悔した。
     それは、この担任は、一人でも国立大学に入学させるということしか頭にないことを痛感したからである。
     そして、愛のない面談は3分で終わった。

     それから、また自宅まで自転車を必死に漕ぎ、到着したのは既に昼の12時を回っていたが、何故か空腹感と疲労感がない。
     ただ、訳の分からない高揚感だけが白澤の脳内を占領していた。

    大学入学とサークル入部

     白澤が父親と東北の地を訪れたのは、まだ雪の残る寒い日であった。
     温暖な四国の気候しか知らなかった白澤にとってその寒さは、不安しか抱かせなかった。

     しかし、大工仕事をしている朴訥な父親の背中しか見てこなかった白澤にとっては、下宿先の契約等々をてきぱきとこなす父親が新鮮に思えた。

     また、あまり父親のすることに口出しをしない母親の唯一の希望が、最初の1年は賄い付きの下宿に住むというのが条件であった。
     そして、白澤もそれを素直に受け入れ、大学生活が始まった。

     その下宿は大学から歩いて5分くらいのところにあり、50歳くらいの母親(大家さん)と娘さん2人の3人くらしだと思われた。
     なぜ、思われたというのかと言うと、白澤は一度も旦那さんを見かけたことがなかったため、勝手にシングルマザーだと決め込んでいたのである。

     大家さんは結構、厳しい人で、食事のキャンセルの時間や風呂に入る時間などが細かく決められており、それを破るといろいろと小言を言われた。
     特に風呂の時間にはシビアであった。

     その理由は明らかであり、そこの娘さん2人は年頃の大学生と高校生であり、下宿生が入った後の時間に入浴するという決まりを作っていたためである。
     また、下宿の同僚に聞くと、どうも姉さんの方は地元の医学系の大学に通っているという才女であったため、悪い虫などがつくと大変なことになるからである。
     しかし、この情報源は、下宿のマージャン好きの同僚なので、信頼性は低くかったが、白澤はそれを鵜吞みにしていた。

     ちなみに、白澤は、飲み会で下宿へ帰る時間が遅くなった際、一度だけお姉さんと遭遇したことがあった。
     というのも、風呂場の前には共同の洗面台があり、そこで下宿生も歯磨き等をするのであるが、たまたま寝る前の歯磨きに行った際、風呂場の脱衣場に移るスレンダーな女性の姿を見かけたのである。

     まだ、18歳の初心な白澤には、全身に血が回るような出来事であったが、風呂場から出てきた姉さんは意外とフランクであり、驚きを隠せなかった。

     白澤は「こんばんは」という爽やかな姉さんの声に、「こ・こ・こんばんは」と少し動揺しながら答えた。

     これ以降、この姉さんと会話することも無く、あっと言う間に1年間が過ぎ、白澤はこの下宿を出ることになった。

     今、考えると、おそらく母親である大家さんが下宿生との会話を更に厳しく咎めたのではないかと思うが、あくまでも白澤の見解であり、想像の域を脱しないが、青春の切ない1ページであることには間違いない。

     白澤は高校時代に硬式テニスを経験していたので、入学式に勧誘する数多くのサークルの誘いをきっぱりと断り、自らテニスサークルに入部した。
    そして、そこで地元出身で同級生の佐藤敬子らと知り合うこととなる。

     入部したテニスサークルでは白澤は優遇されていた。

     入部の際に記入した誓約書みたいなものに、テニス経験ありと書いていたためであり、入部当日には「とりあえず先輩とラリーしてみろ」と言われ、他の未経験者が素振りをしている中で、白澤を含む3人の経験者だけがコートに入ることを許された。

     しかし、これは未経験者で入部した先輩たちにはあまり良い印象を与えなかったに違いないと白澤は後で思った。

     ちなみに、春や秋の節目には大学生の連盟が主催する大会があり、その際も先輩とペアを組まされ、白澤は気を使いながら試合に出ることが多くなった。
     そして、このことは、少なからず同級生らとの軋轢を生ずることとなったと白澤は思っている。

     白澤の高校時代は、部活のテニスと大学入試に向けた勉学に終始したため、最終学府である大学に入学できた時点で、いわゆる「燃え尽き症候群」の状態であり、入学当時から大学は最低限の単位を取得し、卒業出来れば良いという考えであった。

     そのため、同じ学部の同じゼミでの同級生の記憶があまり無い。
     逆にテニスサークルの同級生とは、現在もLINE等で繋がっている。

    ダンスパーティーの夜

     当時の大学は、既に大学紛争の影は無くなっており、ひそかに体育館の裏にそれらしい看板の残骸が残されているような感じであった。

     白澤のサークルもボールの購入や合宿費用等、資金繰りに四苦八苦していたため、年一回、冬の時期に「ダンスパーティー」を主催していた。

     そのダンスパーティーは、繁華街のビルの2階のスペースを借り、学生にパーティー券を売って、若干の利益を出していた。
     若干とは言え、貧乏サークルにとっては貴重な収入源となっていたに違いないが、結局は白澤の1年後輩の代で終了したとのことを後に聞いた。

     白澤は、テニスには真摯に打ち込んだが、そこはエネルギーを持て余している青年であったため、卒業までの4年間には数名の彼女がいたが、そのダンスパーティーが行われた冬の時期は、彼女という女性はなく、寂しい日々を送っていた。

     なお、ダンスパーティーと言っても、結構、真剣にやっていたので、ダンス経験のある先輩からパーティー直前までステップの練習をしていたが、白澤も例外では無かった。

     そして、ダンスパーティーの当日。

     白澤は、若干の飲食物(サンドイッチと乾きもの)と飲み放題のお酒(メーカー不明)には手を出さず、お客様優勢で接客をしていた。
     正確には、主催者である白澤たちが飲食物に手を出してしまうと、お客からクレームが来るので、事前に先輩たちから指示を受けていたためである。

     そして、白澤は、入学式に一度着ただけの真新しいスーツを着ていたが、いわゆる「壁の染み」と化し、時間があっと言う間に過ぎていった。

     そして、いよいよラストの「チークタイム」。
     チークタイムとは、バラードの曲がかかり、照明が暗くなり、カップルが身体を寄せ合いながら踊るゴールデンタイムのことであるが、彼女がいない男性陣にとっては「屈辱の時間帯」である。

     チークタイムの曲は、宇崎竜童の「身も心も」である。

     広い空間の照明が暗くなり、スローな曲が始まると、あちらこちらでカップルが踊り始める。
     やはり サークル内の男女のカップルが多く 白澤は「やっぱり、彼らは付き合っていたのか」と心の中でうなずいた。

     その時、白澤の視線の先に、佐藤敬子がいた。
     白澤は、真すぐに佐藤のもとに歩み寄り、さっと手を出した。
     なぜ、そんな行動力があったのかは、白澤自体が不思議な思いだった。

     そして、佐藤は少しはにかみながら、その手を握り返した。

     チークタイムの曲は、宇崎竜童の「身も心も」である。
     曲は、約3分半であるが、白澤はこの時間が永遠に続いて欲しいと思った。

     その約3分半で、白澤は、どういう会話をしたのか、記憶から飛んでしまっているが、下半身にみなぎる血潮をどうやってごまかせば良いかだけを考えていた。

     そして、照明が明るくなると、白澤と佐藤は何か悪いことを隠すかのごとく、身体を離した。

    告白

     ダンスパーティーが終わって、数日経ったある夜、白澤は佐藤のアパートまで自転車を走らせていた。

     当時は、携帯電はも無かったが、下宿やアパートにいわゆる家電を付けている学生は少なかった。
     白澤や佐藤も例外ではなかったので、白澤はいわゆる「アポなし突撃」に出た。

     あのダンスパーティーのあと、白澤と佐藤は特に個人的に話をした訳でもなかったし、決定的な勝算があった訳でもないが、何かが白澤を突き動かしていた。

     白澤は佐藤のアパートに着くと、ドアの呼び出しベルを押した。
     微かに、中でそのベルの反響音が聞こえる。

     そして、しばらくして、ドアが開いた。

    「ごめん。こんな夜分に。」

    「いいけど、どうしたの。」

     可愛い、白澤はとっさにそう思ったが、すぐに飲み込んだ。

    「ちょっと、大事な話があって。」

     白澤は言葉を続けた。

    「ごめんね、このアパートは女性専用だから、寒いけど中には入れれないけどいい。」

     佐藤は、外の冷気に気付き、少し身をすくめた。 

    「大丈夫。」

     そして、白澤は口を開いた。

    「あのダンスパーティーのチークタイムの時、俺は佐藤の事が好きだと分かったんだ。」

     その時、佐藤は少し驚きながらも、静かに、そして冷静に口を開いた。

    「実は、私もずっと白澤くんのことが好きだったの。でも、白澤くんは他の娘と付き合っていたし、サークルでは明るくてモテていたから。」

     白澤は、その言葉を聞いて、嬉しい気持ちと後悔の気持ちが渦巻いているのを感じていた。

    「分かった。ありがとう、俺は嬉しいよ。
    俺も女性関係ではいろいろあったけど、今は彼女はいない。
    そして、もうすぐ俺たちは卒業する。
    まだ、就職先も決まっていないし、四国の地元に帰るけど、俺と付き合って欲しい。」 

     佐藤は、少し考えているようだったが、軽くうなずいた。

    「今日はもう遅いので、また連絡する。おやすみ。」

    「おやすみ。」

     そして、ドアが閉まるのと同時に、白澤はガッツポーズを作り、声を押し殺したまま、夜空に向けて突き上げていた。

    お忍びデート

     こうして、白澤と佐藤の交際が始まった。

     しかし、それはいつも「お忍びデート」だった。

     白澤がこれまで交際してきた彼女とは、オープンな付き合いであり、サークルの仲間にも知られていた。
     しかし、今回は違った。

     このことは、白澤と佐藤にとってはすれ違いの要因となっていたが、これは根本的な男女の思想感の違いであったもかもしれない。

     白澤は、佐藤に突然の告白をしてまで付き合いを始めたが、心の奥底ではいずれ訪れるかもしれない「別れ」を予感していたのかもしれない。

     そして、白澤は、どんどん就職が内定していく友人らに羨望のまなざしを向けながら、どこかで「負い目」を抱えていたが、その理由は明らかであった。

     まず、第一には、「遠距離恋愛」であること。
     当時は、携帯やスマホは存在しておらず、連絡手段は家電か手紙のみ。
     そして、四国と東北という位置関係。
     当時は、まだ、東北新幹線も開通しておらず、東北から四国に移動するには、東京から飛行機を使っても、ほぼ1日を有するというのが普通であったため、どう考えても「絶望的な距離感」であった。

     第二には、「二人の置かれた状況の違い」。
     佐藤は、専攻が教育学部であったため、既に教職課程の単位を取得しており、最終的な教員採用試験は残っていたものの、妹との二人姉妹の長女ということもあり、地元の学校への就職が必須であった。
     一方、白澤は、地元の公務員試験を受けたものの全敗であり、しかも、次男でありながら、母親の強い意志でUターン就職が必須であったこと。

     このような理由から、白澤にはおぼろげながら、「別れ」というぬぐい切れない恐怖が常に付きまとっていた。

     だから、デートはいつもお忍びであったというのが、白澤側の言い訳である。
     あくまでも、男の言い訳だが。

     実は、白澤がそう考え始めた「きっかけ」となったデートがあった。

     その日は、朝から雨ふりで、テニスサークルの練習が休みであったため、初めての佐藤の自家用車で出かけることになった。

     その赤い車は、マニュアルの軽自動車であったが、佐藤の運転で中心市街から10分程走って、郊外に出た。

    「ちょっと、運転代わってもらっていい。行きたいところがあるので。」

     白澤は、唐突に佐藤に伝えた。

    「いいよ。気を付けて運転してね。」

     佐藤は、近くの路側帯に車を止め、運転席から降りた。
     白澤も、そのタイミングに合わせて、助手席から降りて、運転を代わった。

     白澤は、運転免許は大学1年生の夏休みに集中講習で取得していたが、普段は運転することはなく、少し不安はあったが、自分が考えている目的地に早く向かいたいという気持ちが優先して、エンジンをかけた。

     白澤は、事前にリサーチしていたその目的地まで車を走らせると、路側に車を停止させて、口を開いた。

    「このラブホテルに入りたい。」

     佐藤は、少し驚いたような表情を見せたが、拒否することはなく、俯きながら軽く頷いた。

     白澤は、何回は車をノッキングさせながらも、どうにか空いていた駐車スペースに駐車した。

     そのラブホテルの前には、パチンコ屋があり、白澤は新装開店の時に何回かパチンコを打ちにに来ていたので、土地勘はあったが、もちろん中に入るのは初めてだった。

     ラブホテルの入り口には、各部屋の写真付きの説明が貼ってあり、既に入室している部屋はランプが消えていた。

     受付のおばちゃんに希望の屋は番号を告げ、その部屋の鍵を受け取った白澤は佐藤の手を引いて、逃げるようにその部屋へ向かった。

     部屋の中には、大きな円形のベッドがあり、その天井には鏡が貼ってあった。

     また、部屋の中には大きな風呂があったが、ガラス張りで、中が丸見えであった。

     とりあえず、ベッドに腰を掛けると、佐藤が口を開いた。

    「白澤くん、あまり時間がないの。今日、妹が田舎から出てくることになっていて、JRの駅まで迎えに行かなければならないの。だから、1時間くらいしか居られないの。」

    「うん、分かった。」

     白澤は、そう言い終わるとすぐに、佐藤の唇に自分の唇を重ねていた。

    「シャワーを浴びないと、汗臭いかも。」

     佐藤は、そう言ったが、白澤はその言葉を打ち消すように、佐藤の豊満な胸をまさぐっていた。

     佐藤は身長は高くはなかったが、初めて触ったその胸は白澤が思っていたよりも、豊満で柔らかだった。

     そんな中、佐藤が白澤の身体を離し、呟くような声で時間を止めた。

    「白澤くん、就職はどうするの。」

     意外な佐藤の一言に少し動揺しながら、白澤は答えた。

    「うん。とりあえず、地元に帰って何社か就職試験を受けることになっている。」

    「そうなんだ。私は、二人姉妹の長女で、三陸海岸沿いにご先祖のお墓があって、それを守っていかなければならないの。
    もう、父は亡くなっていて、母が一人で私たちを育ててくれているの。
    それに、来年、妹が高校を卒業してこの大学に入ることになっているの。
    だから、私も早く学校の先生になって、母を助けなきゃいけないの。 
    あ、ごめんなさい。変な事を言っちゃって。」

     佐藤は、少し後悔したような顔押して、俯いた。

     白澤は、佐藤の家の事情を詳しく聞いたのが初めてだったので、ショックから何も言えず、長い沈黙が流れた。

     そして、佐藤は言葉を続けた。

    「私、白澤くんが思っているような女じゃあないから。」

     白澤は、佐藤が言ったこの言葉の真意が判らなかったが、また、沈黙をしてしまった。

    そして、この沈黙に対する後悔がずっと白澤を苦しめることとなる。

    ゆうづる52号

     白澤は、昭和57年3月末に大学の卒業式を終えた後、バタバタと離県のための荷造りに追われていたが、当分、佐藤とは会っていなかった。
     というより、会えなかった。

     そして、もう4月の声が聞こえるころ、白澤はJRの駅の改札に立っていた。
     既に大きな荷物は引っ越し業者のトラックに積み込んで発送しており、手には手ごろなボストンバック一つだけが握られていた。

     深夜に発車する「ゆうづる52号」の発車まで、あと30分余り。
     改札には、まだ、誰も現れない。
     というより、ただ一人を除いては現れるハズがない。
     それは、佐藤以外には誰にも知らせていなかったからだ。

     しばらくして、白澤の視線の向こう側に、息をまずませて駆けてくる佐藤の姿が目に入った。

    「ごめんなさい。なかなか駐車場が見つからなくて。」

    佐藤は少し息を弾ませている。その吐く息が白い。

    「大丈夫、まだ時間はあるから。」

     白澤は、動揺していたにもかかわらず、あえて平静を装った。

    「じゃあ、ホームに入るね。今日は、見送りに来てくれてありがとう。」

     白澤が、改札を通ろうとした時、佐藤が口を開いた。

    「ちょっと待って。入場券を買ってくるから、ここで待ってて。」

     白澤はその意外な言葉に動揺したが、嬉しさは隠せなかった。

    「分かった。待ってる。」

     そして、二人は、エスカレータを登って、寝台特急が停車するホームへ上がった。

     ホームには、まだ列車は到着していなかった。

     二人は、閑散としたホームにあった木製のベンチに腰掛けたが、時間は、刻々と迫っているのに、白澤の口からは言葉が出てこない。

     そんな時、勇気を振り絞って白澤が口を開いた。

    「今日は、こんな遅い時間にありがとう。」

    「大丈夫。」

    「自宅に着いたらすぐに手紙を書くから。」

    「うん。」

    「絶対、また会いに来るから。」

    「うん。元気でね。」

    「ありがとう。」

     しかし、白澤はそれから沈黙してしまった。
     そんな中、列車がホームに滑り込んでくる。

     そして、白澤はボストンバックを持って車両のドアに向かう。
     
     が、白澤はとっさに振り返り、佐藤を抱きしめ、唇を重ねた。

     佐藤は抵抗するでもなく、小さな体と唇を白澤に預けた。

     その時が止まったかのような数秒の至福の時は、発車のベルによってかき消された。

     そして、ドアが閉まってからも、ずっと二人は見つめ合っていた。

     ドアが閉まり、微かに佐藤の口が動いたように白澤は感じたが、その声は聞き取れず、何を言ったかは判らない。

     だが、白澤には「さようなら」と動いたように見えた。

     白澤は、佐藤の影が見えなくなるまで、ドアに侍り付いた。 

     このころ、流行った歌謡曲がある。
     それは、「なごり雪」である。
     自分の座席に着いた白澤の脳内でその歌詞が繰り返し流れ始めた。

    汽車を待つ君の横で 
    ぼくは時計を気にしてる
    季節はずれの雪が降ってる
    「東京で観る雪はこれが最後ね」と
    さみしそうに 君がつぶやく
    なごり雪も 降る時を知り
    ふざけすぎた 季節のあとで
    今 春が来て 君はきれいになった
    去年よりすっと きれいになった

    作詞・作曲 伊勢正三  

     この「なごり雪」は、作詞・作曲は、かぐや姫というグループの伊勢正三であるが、世間ではイルカが歌って大ヒットした。
    そして、この日以降、白澤のカラオケの十八番になった。

     「ゆうづる52号」は青森発ー上野着の寝台特急であるが、青森駅を19時45分に出発して、上野駅には6時36分に着く。

     白澤は、A寝台の2段ベッドの上段の席であった。

     この「ゆうづる」にはA寝台とB寝台があったのであるが、父親が奮発してA寝台を抑えてくれた。

     実家にいた時は、セミダブルサイズのベッドに寝ていた白澤については、この列車のベッドはとても狭く、寝返りを打つときには、少し肩を引いてからしなければならず、あまり寝心地の良いものではなかった。

     それよりも、白澤の安眠を妨げたのは、隣の客のいびきであり、なかなか眠りにつけなかった。

     そして、停車駅に止まるたびに、客車の窓からみえる駅のホームを眺めては、佐藤のことをばかりを考えていたため、終点の上野駅までほとんど熟睡は出来なかった。

    帰郷

     白澤は、上野駅に到着後、すぐに羽田空港へ向かった。

     東京は、早朝だというのに既に大勢の人が動き出しており、その様子に白澤は恐怖すら感じた。
     何を隠そう、白澤は人込みが苦手であった。
     そんな人酔い症候群の白澤の横を次々と無表情の人間が通り過ぎていく。

     四国へは、東京から岡山駅まで「新幹線」で出て、そこからJR四国の「特急しおかぜ」に乗り換えて帰県する方法もあったが、父親が白澤の身体を心配して、飛行機便を奮発してくれた。

     羽田空港からは約1時間半のフライトで地元空港に着いたが、陸路を使いうと、その倍以上の時間がかかるので、白澤はあらためて父親の思いやりに感謝した。

     地元空港からは、地元のローカル線を経由して、昼前には自宅に到着したが、それでも2日がかりである。
     いわゆる、小旅行レベルである。

     自宅に到着すると、待ち伏せていたかのように、直ぐに母親が飛び出してきた。

     「お腹すいたやろ。」

     「うん。ペコペコや。」

     懐かしい母親の言葉に、白澤は大きく頷いて、荷物を玄関の入り口付近に置き、思い腰を下ろした。

     白澤の家は、農家と建築業の兼業農家であり、台所は農作業の汚れた履物のままでも食事がとれるように、土間で出来ていた。
     そのため、一度、玄関から入ったものの、仏壇のある畳の間を通り抜けて、もう一度、靴を履き替えて土間に降りるというシステムであった。

     その日の夕食は、お正月かクリスマスかというくらい、豪華な食事が並んでいた。
     メニューは、母親の手作りで、白澤の好きなものばかり。
     何時から作り始めたのだろうかというくらいの品数であったが、白澤はゆっくりと味わうように箸を進めた。
     しかも、近くの寿司店から取ったと思われる、お寿司(3人前)まであった。
     それらを、健二はあっという間に平らげていった。

     白澤家では、父親の帰りを待ってから食事を取るというルールは無かった。
     なぜなら、当時は昭和の建築ブームであり、父親の帰りは毎日遅く、仕事終わりに毎日、晩酌をする父親だけは、テレビのある居間で夕食を取っていたからである。

     その日も、父親は夕方まで帰宅せず、白澤が居間でテレビを観ている時に帰宅してきた。

     「健二、帰ったか。」

     相変わらず、ぶっきらぼうな父親の言葉が背中から飛んできた。

     「うん。帰ったよ。」

     その言葉に、白澤も心なしか同じトーンで返した。

     そこに母親が入ってきて、定番のやり取りが始まる。

     「お父さん、先にお風呂にする。」

     「ああ、風呂に入る。」

     白澤には、父親の言葉が少し機嫌が悪いように聞こえた。
     親子の会話に割り込んできた母親への密かな怒りだったように思えた。

     そして、風呂場からは、めったに聴かない父親の鼻歌が聞こえてきた。

     その時、白澤は実家に帰ってきたという実感が湧いてくるのを感じていた。

    ラブレター

     帰郷したその日、健二は、旅の疲れもあって、翌日の昼近くまで泥のように眠った。

     目を覚ました健二は、事前に届いていたダンボールに入った荷物を整理する前に、佐藤に約束した手紙を書くことにした。

     しかし、便箋が無い。
     思い立った健二は、近くの本屋へ自転車を走らせた。

     その本屋は、地元のスーパーに併設された全国チェーンの本屋であるが、本や雑誌の他に文具コーナーがあったのを健二は記憶していたからである。

     本屋に着くと、健二は、いつも必ず見ていた入口付近に山積みされている少年漫画雑誌には目もくれず、まっすぐに文具コーナーへ向かった。
     
     そこには、様々な便箋と封筒のセットが並んでいた。

     健二は、レジで少し恥ずかしい思いをすることを想定しながらも、かわいい乙女チックな便箋セットを手にした。
     その便箋からは、ほのかにいい匂いもして、健二は大満足だった。

     レジへ行くと、お店の女性が、気のせいか健二の顔を二度見したように感じた。
     しかし、健二は、それを気にするよりも早く手紙を書きたかったので、早々にお釣りを受け取って、自転車に乗り込んでいた。 

     健二は、早速その便箋を取り出し、佐藤への思いを綴り始めた。

    佐藤敬子 様
    お元気ですか。
    僕は元気です。
    まだ、帰省したばかりで、荷物の整理も出来ていませんが、早速手紙を書いています。
    先日は、ホームまで見送りに来てくれてありがとう。
    一日も早く、就職を決めて連絡するから、待っていてください。
    それでは、返事を楽しみに待っています。
                           白澤健二

     健二は、セットで買った封筒に便箋を入れ、近くのポストに放り込んだ。
     しかし、佐藤からの返事は、健二の期待とは裏腹に、1か月以上も届くことはなかった。

    届いた手紙

     健二のもとに佐藤からの手紙が届いたのは、ほぼ1か月が経過したある日であった。

     健二の部屋は、郵便受けが設置されている玄関の横にあり、郵便屋さんがバイクで来ると、すぐに分かった。

     ある日の午後、健二はバイクの音を聞き、すぐに玄関に出て、郵便物を取り出した。

     その中に、明らかに佐藤が書いたであろう宛名の手紙があった。
     
     健二は、足早に部屋に戻り、注意深く封筒を開けた。

     そこには、いい香りのする便箋が3枚入っており、やはり佐藤敬子からの手紙であった。

    白澤健二 様
    先日はお手紙ありがとう。
    お返事が遅くなって、ごめんなさい。
    私は、山奥にある複式学級の小さな小学校に赴任していますが、毎日、分からないことばかりで、四苦八苦しています。
    白澤くんが私のことを想ってくれていることは嬉しいけれど、やっぱり東北と四国では距離が遠すぎます。
    近くにいい人がいたら、私のことは忘れて幸せになってもいいからね。
    それでは、就職活動頑張ってください。
    遠くから応援しています。
                           佐藤敬子

     健二は、佐藤からの返事の内容を見て、愕然とした。

     そこには、ロマンチックな言葉が並んでいると思いきや、その内容はまるでお別れの手紙のような内容であったからである。

     そして、健二は一刻も早く佐藤の真意を確かめたいという衝動に駆られていた。

    母親との確執

     健二は、父親が無口で職人気質だったため、必然的にマザコンであった。

     健二は、物心ついてからはよく母親に、「貴方はいつも私について回ってきて、便所にもついてきて大変だったのよ。」と言われていた。

     そんな健二にも、人並みに反抗期はあったが、母親に暴言を吐いたりすることはなかった。

     そんなある日の夕食の際、健二は母親に佐藤の事を告白した。

     意外にも、母親は、特に驚いた様子は無かった。
     おそらく、いくら晩生の私にも彼女の一人くらいはいただろうと想像していたのだろう。

     しかし、健二が口火を切ると状況は変わった。

    「おふくろ、実は大学時代に付き合っていた彼女がいて、俺は結婚を前提に考えている。」

    「その娘は、どこの出身なの。」

     母親は、即座に真剣な言葉で返してきた。

    「東北の三陸海岸にある町の出身。」

     少しの沈黙の後、母親が重い口を開いた。

    「絶対認められない。東北と四国では親戚付き合いもできないし。」

     日頃、声を荒げることが無かった母親の強い言葉に健二はあっけに取られた。

    「もういい。」

     そう言い放って、健二は逃げるように自分の部屋に駆け込んだ。

     その日の夕食は、母親の呼びかけを無視して、健二は台所に現れることはなかった。

     それは、母親に対する健二の精一杯の反抗であった。

     そんな険悪な関係が2~3日続いたが、健二はそのことはあえて母親の前ではしないことにした。

     その裏で、健二はひそかに東北旅行の計画を練っていた。

     それは、佐藤に直接会って、真意を確認したかったからである。

     そして、大学の同窓会に出席するという名目で両親らを説得した健二は、東北の地に向うためにチケットの手配をした。

    再会

     8月になると、健二は、佐藤からの手紙の住所を頼りに、東北の地を訪れていた。

     東北新幹線は、健二が卒業した年の昭和57年6月に開通したばかりであったが、今回、健二は東京からはこれに乗って北上した。

     卒業して、帰省のために使った寝台特急とは比べ物にならないくらい快適な3時間余りの列車の旅を終え、健二は真新しい新幹線の駅に降り立った。

     そこから佐藤の勤める町までは、マッチ箱のような小さな車両に乗り換えて約1時間を要した。

     白澤は、今回の訪問のことは事前に佐藤には知らせていなかった。

     それは、突然訪れた際の佐藤の正直な反応を見たいという気持ちと、訳の分からない不安の現れだったのかもしれない。

     事前に佐藤のアパートの住所を調べてはいたものの、なかなかたどり着けなかったため、健二は近くの商店とかで聞き込みをしてやっとの思いで到着することが出来た。

     そこは、築10年以上は経っていると思われる木造の2階建てのアパートであったが、部屋番号はドアに貼ってあったが、表札は出ていない。
     おそらく、防犯対策であったのかもしれない。

     白澤は思いを決して、佐藤の部屋のドアのベルを鳴らしたが、応答はなかった。
     
     佐藤は不在のようであった。

     せっかく四国から出てきたのだから、白澤には、それで諦めるという選択肢は無かった。

     1時間程度、そのアパートの前で待ったが、いっこうに佐藤が帰宅する気配は無かった。

     そして、白澤は思いもよらない行動に出た。

     先程、アパートへの道を聞いた商店のおばちゃんに佐藤が務める小学校までの道を聞いたのである。

     せめて、佐藤が勤務している学校くらいは見ておきたかったのだ。

     商店のおばちゃんに聞いた小学校は、佐藤の住むアパートからは目と鼻の先にあった。
     いわゆる、徒歩圏内であった。

     健二は、そこへ向かうと佐藤が帰宅しない理由がすくに判った。

     その日は日曜日であったが、丁度、佐藤が勤務する小学校の運動会の最中であったのだ。

     小学校にしては小さなグラウンドであったが、そこは万国旗が飾られ、にぎやかに何かの競技が行われていた。

     健二の地元も四国の中堅都市ではあるが、複式学級の学校はなかったため、その運動会の規模感から、佐藤が言っていた複式学級の意味がやっと理解する事が出来た。

     そこで、また、健二は大胆な行動に出る。

    「佐藤敬子先生はどちらにいらっしゃいますか。」

     おそらく学校の関係者らしい年配の女性を見つけて、健二は尋ねた。

    「佐藤先生なら、あそこにいますよ。」

     その女性は、指をさして教えてくれた。

    「ありがとうございます。」

     白澤は、軽くお礼を言った後、視線を本部席で準備に追われている佐藤の方に視線を向けた。

     一瞬、佐藤と目が合ったような気がしたが、白澤は意外と冷静であった。

     そして、白澤の脳裏には様々な事が周り巡った。

    もし、ここで佐藤のもとに駆け寄っても、何も出来ないではないか。

    今日は子供たちが待ちに待った運動会であり、そこで、自分の思いを打ち明けても佐藤本人や子供たちに迷惑がかかるだけではないか。

    一目、佐藤の顔が見れただけでも良かったではないか。

     その瞬間、白澤は、憑き物が落ちたかのような感覚に襲われ、その場を後にしていた。 

     そして、白澤は、もう一度、佐藤のアパートに向かった。

     アパートの前まで着くと、近くにあったベンチに座って持参した便箋にその思いをしたためた。

     そして、佐藤の誕生日にプレゼントしたお揃いの指輪を外し、便箋と一緒にしたためてドアの小窓から差し入れた。

    佐藤敬子 様
    お元気ですか。
    実は、今日、連絡もせずにアパートまで来てしまいました。
    今日は、学校の運動会だったのですね。
    遠くから、君の姿が見れてここまで来た甲斐がありました。
    同封した指輪は適当に処分してください。
    これからも、やさしい先生として頑張ってください。
    そして、幸せになってください。
                         白澤健二

     そして、一息つくと、白澤はまた一人ローカル線に乗り、新幹線経由で帰宅の途に就いた。

     そして、白澤の恋は終わった。

     四国の自宅に帰るまで、どのように移動したのかを含め、この日の記憶は白澤の脳裏から欠落していた。

    就活

     白澤は、帰県してからは、佐藤のことを無理に忘れようとするかのごとく、がむしゃらにアルバイトに精を出した。
     そして、その合間で、形ばかりの就活もしていた。

     健二の父親の兄弟は、6男1女の7人兄弟であったが、その6男である叔父が公務員になっていたこともあり、健二も公務員に憧れがあった。

     しかし、健二が公務員を目指したのは、本当は見栄だったのかもしれない。

     国立大学を卒業して、就職浪人までして、そんな会社にしか入れなかったと思われることへの世間体だったのかもしれない。

     ちなみに、県外の私立大学を卒業した健二の兄は、関西地方へ出て就職していた。
     冷静に考えてみると、長男である兄が、家業である建築業を継いでくれるだろうと父親は思っていたに違いないが、学生時代から父親とそりが合わず、逃げるように県外に就職を決めていたため、両親が健二のUターンを切望したのかもしれない。 

     また、公務員試験は年1回の一回勝負であるため、夏頃にある採用試験1次を通過しないと、また、1年間、就職浪人をしなけらばならないという厳しい現実が白澤を待ち受けていた。

     そして、公務員試験の勉強の傍ら、健二は、いろいろなアルバイトを経験した。

     まず、最初は、地元国会議員の選挙事務所のアルバイトであった。

     その議員は保守系の党の古参であったが、四国は保守王国と言われ、当時から保守系の議員が議席を抑えていた。
     なぜ、その選挙事務所のアルバイトを選んだのかというと、健二の父親はその議員が所属する党の党員であり、熱心に選挙活動をしていたからである。
     また、前年には、その国会議員の紹介で従弟が就職を決めたと聞いていた父親が動いた訳である。

     健二は選挙事務所に入るのは、勿論初めてであり、新鮮であった。
     選挙事務所には、いろいろな人が訪れる。

     支援者と偽って、お酒の無心に来る者。
     選挙カーがうるさくて、寝れないと苦情を申し立てる者。

     いろいろな人の人生が垣間見られる選挙事務所は、健二にとってはとても勉強になったが、結局、その議員は見事当選したが、健二の終活へのメリットは何も無かった。

     次に勤めたのはお好み焼き屋であった。

     そのお店は、少し郊外の市道添いにあったが、昼や夕方の時間は結構、客で賑わっていた。

     健二は、いわゆるホールの係で、お客の依頼があればその場でお好み焼きも焼いたりした。
     そのせいで、健二は普段は全く料理はしないが、お好み焼きだけは上手く焼けた。

     閉店時間は、夜の10時だったが、それから各テーブルにある鉄板の掃除をした後、床掃除までしていたため、自宅に帰るのは11時を越えることが多かった。

     もちろん、時給も安く、健二は、毎月の給料日には薄い給料袋の中身を何度も確かめた。

     また、このアルバイトで一番苦労したのが、ゴキブリの処理である。
     特に、前の客が退店した後の鉄板処理をしている際に、ゴキブリを発見した時は、お客に判らないように処理をしていた。

     お好み焼き屋のアルバイトを辞めた後は、家庭教師のアルバイトをした。

     健二が教えていたのは、中学2年生の男の子だったが、その学力は小学校5~6年生程度で、今で言うADHD(注意欠如・多動症)であったたため、勉強を教えるために勉強机に座らせること自体が大変であった。

     結局、その男の子の成績もさほど上がらなかったため、ご両親と健二との理解が一致し、円満に終了した。

     ただ、その時健二は、誰かに教えるという行為は自分に合っているという感覚があった。

     健二は、そんなアルバイトに明け暮れていたため、勉強もおろそかになっていた。    
     そして、その年の公務員試験にも落ち、健二の就職浪人生活は2年目に突入した。

    最後の挑戦

     気が付けば、健二の就職浪人生活も3年目に突入していた。

     そんなある日、健二は、普段はほとんど会話をしなかった父親から呼び出しを受けた。

     緊張して、座敷のテーブルに座ると、父親は晩酌の途中であった。

     というより、朴訥な父親は、酒の力を借りて話をしようと思ったに違いなかった。
     そして、父親の傍らには母親が座って、我々の様子を聴いていた。

    「公務員試験の具合はどうだ。」

     父親が重い口を開いた。

    「うん。ぼちぼち。」

     健二は愛想無く答えた。

    「お前が受けている公務員試験はもう2年連続で落ちている。世間体もあるので、今年、合格できなかったら、一般企業に就職してくれ。」

     おそらく、母親からの依頼であったのだろうが、父親は縛り出すように話した。

    「判った。今年で最後にする。」

     健二はそう答えたが、何の勝算もなかった。
     しかし、そう言わざるを得なかった。

     そして、気が付けば、健二は公務員になっている叔父のもとを訪れていた。

    「昨日、親父から公務員試験は今年限りと言われたんだけど、経験者として何かアドバイスをください。」

     健二は、初めて叔父に自分の正直な気持ちを打ち明けた。

    「一か八かの挑戦にはなるが、これまで受けていた採用枠の少ない技術職ではなく、事務職で受けてみる方法がある。」

     当時も、新卒者は安定している公務員志向が強く、そのため競争率もかなり高かった。
     しかし、数名しか採用しない技術職よりも、その数十倍の採用枠がある事務職の方が確かに確率は良かった。

    「分かりました。今年は事務職で受験します。」

    こうして、健二の最後の挑戦が始まった。

    合格発表

     毎年、健二の住んでいる県の公務員試験の1次は6月に行われる。

     そして、健二は、叔父のアドバイスを受けて、今回は事務職で受験した。

     そして、7月上旬に1次試験の合格発表があり、奇跡的に健二の受験番号が掲示された。

     おそらく、合格しても国家公務員になるためや有名企業に就職するために辞退する者がいるため、1次試験の合格者は少し水増ししているのだと健二は思った。

     しかし、そんなことは健二にとってはどうでもよく、ただ合格と言う結果だけが重要であった。

     健二の合格を一番喜んでくれたのは叔父であったが、父親はこれで家業を継ぐという可能性が完全に消えたという現実が受け入れないような感じであった。

     健二は、2次試験の面接もどうにか合格し、昭和60年4月、公務員としての一歩を踏み出すこととなった。

    社会人スタート

     健二が公務員として最初に配属されたのは、地方事務所であった。

     当時は、新採職員はほとんどが地方事務所の配属であったため、健二も例外ではなかった。

     白澤が配属された部署では、白澤と同期の者が3名もいて、まるで大学の延長のような雰囲気であった。
     そのため、毎日、仕事をしているというよりも、終業後の飲み会などが楽しみになっていた。

     白澤は、大学時代にテニスサークルに所属していたことに加え、アルバイトでテニスコーチもしていたことから、毎週2回、ナイター設備のあるテニスコートを借りて行う練習会では、「コーチ」ともてはやされていた。

     そんな白澤たちも出先事務所勤務の3年間を終え、本庁勤務を命ぜられる。
     同期の3人もそれぞれ違った部署に転勤していった。

     白澤が異動を命じられた部署は、本庁でも指折りの忙しい部署で、毎日、馬車馬のように働いた。

     勿論、休日出勤も普通で、大好きだったテニスをすることも徐々になくなっていった。

     そして、 ある日曜日、隣の係の赤井係長が白澤の疲弊した状態を見て、気分転換にテニスに誘ってくれた。

    「白澤くんは大学時代テニスをやってたんだよね。」

    「はい。」

     白澤は、覇気のない声で答えた。

    「じゃあ、今週の日曜日に一緒にテニスをしよう。土日も出勤して仕事ばかりしていたんじゃあ病気になるぞ。」

    「分かりました。上司の命令ですよね。」

     白澤は、精一杯おどけて見せたが、赤井係長はクスともしなかった。

     白澤は、この誘いが無ければおそらくその土日も仕事に出てくるつもりだあったため、本当は涙が出るほど嬉しかった。

     日曜日になり、赤井係長が予約しているコートへ行くと、臨時職員の福井がいた。

     赤井係長によると、臨時職員の福井は、高校時代にテニス部でレギュラーだったとのことで、白澤が来るというと、すぐに赤井係長の誘いに乗ってきたようであった。

     そして、軽いウオームアップをして、ラリー練習に入った。

     白澤の相手は、福井である。

     福井は、レギュラーだったということもあって、女性としてはかなり強いボールを返してきた。

     白澤は、ストレスと残業後の深夜に食べる食事のせいで体重過多になっていた。

     しかし、「体が思うように動かない。」と思いながらも、福井への対抗意識も相まって、白澤は懸命にボールを追った。

    「バチン」

     そして、そこにいた全員が聞こえるような大きな音がした後、右足1本で直立している白澤がいた。

     赤井係長も、臨時職員の福井も何が起こったのか理解できないまま、白澤の方を見つめていた。

    「アキレス腱が切れたかもしれません。」

     白澤は、恐怖から蚊の鳴くような声で囁いた。

     すぐに、赤井係長が駆け寄ってきて、口火を切った。

    「とりあえず、ゆっくりそこに座って。」

     白澤は、その言葉に促されるように静かに腰を下ろした。
     左の足は延ばしたままである。

    「ゆっくりアキレス腱を触ってみるから、痛かったら言ってね。」

     赤井係長は、白澤の左足の踵の上辺りをゆっくりと触ってみた。

     何も感触がない。アキレス腱の張りが全く無かったのである。

    「何も張りが無いから、アキレス腱が切れているかもしれない。痛みはどう。」

     赤井係長は、白澤に動揺を与えないように平静を装って訊いた。

    「痛みはないです。」

     白澤もその言葉に合わせるように、きわめて冷静に答えた。

    運命の出会い

     白澤のアキレス腱断裂は、全治1か月という診断であった。

     白澤は、毎週、土日勤務をするくらい仕事を抱えていたが、同じ係の先輩や同僚がフォローするということで、上司の了解を得て、入院することとなった。

     なお、白澤が入院した病院は、白澤が勤務していた職場から徒歩5分という立地であった。

     そのため、時々、白澤の仕事の引継ぎに先輩たちが来ていたが、ベッドで安静にしていれば、普通に食事も摂れるので、ある意味、白澤にとっては良い休息になっていた。

     病室には、白澤の母親と叔母が交替で来てくれたため、ギブスによる寝返り制限以外は、特に不自由はないという感じであった。

     入院から1週間くらい経ったある日、健二にとっては意外な訪問者が見舞いに来た。

     それは、白澤が最初に勤務した地方事務所で一緒にテニスをしていた千葉菜摘であった。

     勿論、白澤は千葉のことは知っていたが、個人的に話すこともほとんどなかったため、意外という印象しかなかった。

     千葉は、高卒で別の出先事務所に勤務していたが、白澤の同期や先輩たちからは、若いというだけでモテていたみたいであったが、白澤にとっては一緒にテニスをしていた仲間という以外の感情は無かった。

     その千葉がわざわざ自分のお見舞いに来ている。

     その瞬間、白澤は「運命」を感じた。

     実は、これは白澤の大きな勘違いであったことが判ったが、結果的には白澤の猛アタックにより、二人は結婚することになった。

     白澤は、菜摘との間に2人の子どもを授かり、現在まで四国の田舎で穏やかな日々を送っている。

    体調不良

     白澤は、60歳となった年に定年退職し、その後は、ハローワークの紹介で数か所の事業所に再就職した。

     白澤の年齢では、64歳から年金がでるため、白澤は当初から働くのは64歳までと決めていた。

     白澤は、64歳という年齢もあり、時々体調不良になることがあったが、毎年、職場で人間ドックを受診していたため、、健康には自信があった。

     そして、あと半年後に退職を控えたある日、白澤の体調に変化が現れた。

     ある日、白澤がトイレに行って小便をしたところ、激しい痛みに襲われた。

     白澤は、念のため、近くの泌尿器科を訪れた。

    「今日はどうしましたか。」

    「最近、頻尿と排尿痛が激しくて、おそらく膀胱炎だと思うのですが、念のため、先生に診てもらいにきました。」

     受付の事務職員に訊ねられた白澤は、そう言って診察券を差し出した。

     白澤は、以前から時々、膀胱炎になることがあり、その病院の診察券を持っていたのである。

     そして、差し出された紙コップにトイレで採尿をし、少しの不安を抱きながら待合にいた。

     数十分後、診察室に呼ばれた白澤は主治医から意外な言葉を聞いた。

     「尿検査の結果、少し癌細胞の反応が出ています。念のため、大きな病院で診てもらうように紹介状を書きますので、それを持って受診してください。
     先程、記入してもらった問診票によると、ご両親も癌を患っていたみたいなので、念のためですが。」

     白澤は、主治医のその言葉を聞いても、自分がその後、本当に癌宣告を受けることになるとは1ミリも思っていなかった。

    癌宣告

     2週間後、白澤は紹介を受けた病院にいた。

     その病院では、血液検査、尿検査、膀胱内視鏡検査と細胞診等のせい道検査を受けた。

     検査結果が出るまでしばらく待って、白澤は診察室に呼ばれた。

    「細胞診の結果が出ないとはっきりは言えませんが、経験上、膀胱内にある腫瘍は癌の可能性があります。とりあえず、良性・悪性を問わず、除去手術をする必要があります。次回、細胞診の結果をお知らせするのと入院の日程等を決めるので、ご親族と一緒に来てください。」

     白澤は、主治医の言っていることが、他人事のように聞こえていた。

     そして、昭和生まれの白澤には、「癌宣告」はもっと神聖なものと勝手に思い込んでいたため、淡々とした主治医の話しが頭に入ってこなかった。

     正直、シヨックだった。

     2週間後、白澤は、妻と息子と共に診察室にいた。

    「やはり、細胞診の結果は「癌」でした。さっそく、入院と手術の日を決めましょう。」

     主治医は、そのやり取りを何百回もやっているのだろうが、極めて事務的に行った。

     白澤は、仕事のスケジュールを記入した手帳を開き、日程調整を済ませた。

     妻の菜摘は、いたって冷静であったが、息子はかなり心配してくれた。
     しかし、結局は自分の身体ではないので、どうしようもないという感じであった。

     ちなみに、白澤の娘は、東京で独り暮らしをしているが、その時点ではこのことは知らされていなかった。

    入院中に観た夢

     白澤は、病院から指定された日が丁度、日曜日だったため、息子の自動車で病院まで送ってもらい、その日に入院した。

     白澤は、入社当時から「がん保険」に加入していたため、個室を希望したが、この個室差額料が約1万円かかるので、保険の加入が助けになった。
     
     そして、やっと何十年もかけてきたこの保険が使えるという安心感と微妙な不安感が交じり合って、白澤の頭の中を占領していた。

     実は、白澤が個室を希望した本当の理由は、白澤が「ゴジラ級のいびき」の持ち主であったことと、術後にトイレを使う機会が多い部位の手術であったため、大部屋でのトイレの順番待ちには耐えられそうになかったためである。

     手術は、脊椎麻酔で下半身だけを麻痺させるものであったが、術後はベッドの上で安静にしていなけらばならず、白澤にとってはそれが一番苦痛であった。

     入院患者あるあるであるが、腰が痛い。たまらなく痛い。

     半日もすると、やっと下半身の麻酔がとれてきて、少しだけ足を動かすことができた。

     術後の病室には、頻繁に看護師が巡回してくる。

    「すみません。テーブルの上のスマホを取ってもらえませんか。」

     白澤が伝えると、看護師は笑顔で応じてくれた。

     以前、アキレス腱断裂で入院した時もそうであったが、この笑顔を見るたびに「看護師さんんは天使」と白澤は思った。

     そして、なるべく頭を動かさないように気を使いながら、スマホのLINEで菜摘と長男だけに送信した。

     白澤は、スマホを枕元に置くと、少し安堵をしたのか、浅い眠りについた。

    白澤は深い霧の中にいた。

    どうも、木々が鬱蒼としている山奥のようである。

    白澤の視線の先には細い山道がある。

    そして、白澤の視線の先に人影が見える。

    だんだん、霧が晴れてくる。

    視線の先にいた人物は女性だと判る。

    そして、その女性は学生時代に別れた「佐藤敬子」だと判る。

    白澤は、声を掛けようとするが、何故か声がでない。

    そして、佐藤敬子は霧の中へ去っていく。

    白澤の夢の情景

    「白澤さん、白澤さん、大丈夫ですか。」

     白澤は、看護師の言葉で我に返る。

    「うなされていたようですが、大丈夫ですか。」

    「ええ、大丈夫です。夢を見ていました。」

     白澤の額は、汗でびっしょりと濡れていた。

    「少し暑いので、エアコンを入れてくれますか。」

     白澤がそう言うと、夜勤の「天使」は優しく微笑んだ。

    後悔

     白澤は、友人には不思議がられるが、いつもスマートウォッチをして寝ている。

     そのスマートウォッチは、スマホと連動しており、就寝中の脈拍や睡眠状態を記録する機能があったからである。

     しかし、手術中は指輪や時計等を全て外さなければならないのに加え、スマートウォッチは1日に1回は充電の必要があるため、今回は昔に購入したデジタル時計の白いGショックを持参していた。

     また、白澤は、普段から睡眠が浅い、いわゆる「浅眠症状」があり、目が覚めた時に暗い状態でも時間が確認したいのである。

     白澤がGショックを確認すると、まだ夜中の2時であった。

     そして、左腕には点滴の針が刺さっており、その針先に軽い痛みがある。

    「また、回ってきますが、何かあったらそのナースコールを押してくださいね。」

     そう言って、その看護師は静かに部屋を出て行った。

     一人になった白澤は、そのまま寝ることも出来ず、先ほど見た夢のことを考えていた。

     白澤は、今の暮らしに不満はない。

     そして、今年満67歳になるので、これと言って「生」に執着もない。

     ただ、長男か長女に子供が生まれたら、「じいじ」と言わせて、溺愛したいと思っている。

     白澤も、最近流行りの「終活」を始めている。

     そんな中、今回の癌が見つかり、入院・手術じっくり自分の人生を考える時間があった。

     そして、先ほど見た夢もあって、何十年ぶりに佐藤敬子のことを思い出していた。

     風の便りでは、白澤と別れてからすぐに結婚し、子供が3人くらいいるらしいとか、今は退職して、どこそこに住んでいるとか、断片的で不確かな情報は入ってくるが、もちろん連絡先は分からない。

     そんな中、白澤が思う最大の後悔は、大学卒業のあの時、地元や家族を捨て、なぜ「俺についてきて」と言えなかったのかということである。
     この後悔は、佐藤敬子と別れた後、現在まで白澤の呪縛となっている。

     令和のこの時代、猫も杓子も一人1台、スマホを持っている。

     白澤も、大学時代のテニスサークルの仲間10人とLINEグループを作っている。
     しかし、そこには佐藤敬子は入っていない。

     佐藤敬子だけが、連絡先不明だからである。

     白澤は、「40数年前に、もし、スマホがあったらどうだっただろうか。」と時々考えることがある。
     当時は、連絡手段が家電と手紙しかなかったからである。

     最近の若者は、おそらく「手紙」や「ラブレター」を書くことは少なくなっていると思うが、あれはあれで「古き良き時代」と白澤は思っている。

     そして、もし、佐藤敬子の連絡先が判り、LINEグループに入れたら、白澤はこう一言だけ聞きたいことがある。

    「お元気ですか。」と。

     しかし、白澤は「もし、あの時、俺についてきて欲しいと言っていたら、どう返事していたか。」などという野暮な言葉は死んでも言わないと決めている。

     こんなことを考えながら、どれくらいの時間が経ったか判らなかったが、白澤は、また白い無機質な天井を見上げながら、無理に瞼を閉じた。

     そして、白澤には、朝までの数時間が無限に感じられた。

    あとがき

     今年の4月にnotoの存在を知り、「創作大賞2026の恋愛小説部門」に応募するために執筆しました。
     最初は、素人の自分が小説なんてと思いましたが、「何事にも挑戦する、やらぬ後悔はしたくない」という思いだけで、どうにか書き上げることが出来ました。
     しかし、書き始めると応募要領にある「2万字以上」と言うハードルが重くのしかかりましたが、どうにか最後まで書けてほっとしています。
     最後になりましたが、このような機会を提供して下さったnoteの関係者の皆様方にお礼を申し上げます。
     なお、この物語はフィクションであり、登場する人物・団体・名称・出来事等は実在のものとは一切関係ありません。


     


     

     
     
     

     


     


     

     

     

     

     

     



     

     

     

     



     


     


     

     


     

     

     

     


     


     
     













         























    #創作大賞2026 #恋愛小説部門#昭和


     
     
    サラリーマン生活35年を経てリタイアし、現在、終活中の年金生活者、(自称)イケおじ。 様々な実体験を通してのリアルな投稿をしたいと思っています。 また、小説にも挑戦したいです。 資格:メンタル心理カウンセラー、婚活アドバイザー 趣味:テニス、カラオケ、映画鑑賞

    あなたへのおすすめ