群馬の迷探偵マツの事件簿㉗ ──空っぽの口座と姉妹のダンス【#1 予兆編】
こんにちは、群馬の迷探偵マツです。
noteを始めて、三ヶ月近く経ちました。
今まで、短編小説やエッセイを通して、苦悩するクライアントの事件を泥臭いアナログな調査で解決へと奮闘する姿を書いてきました。
10年間の探偵稼業で、一番感じたことは、社会の中で実際に大変なトラブルに会った時の警察という国家権力の冷たさ、社会のシステムが機能していない憤り、弱者を守るべき法律が抜け穴だらけであるという現実への嘆きでした。
創作大賞2026の締め切りも迫ってる中で、探偵として情けないが、正直に俺自身の失敗談を話すとしようかな…
(※今までの実際の案件から、核となる要素を抜き出し、設定や登場人物にフィクションを加えて短編小説に仕立てています)
空っぽの口座と姉妹のダンス【#1 予兆編】
バックトゥザフューチャー
ある年の正月明け。世間がまだ箱根駅伝の余韻や初売りの浮ついた空気に包まれている頃、俺は正月気分どころではない、胃が焼けつくような不安に心を苛まれていた。
俺の母親は正月が命日であり、それを過ぎないと正月気分がやって来ないが、そんな話では無く、おもちも喉を通らない切実な悩みだった。
……金が、振り込まれない。

年末の口座に並ぶはずだった、あるまとまった数字が、どこを探しても見当たらなかったんだ。
俺は探偵事務所を開業して以来、クライアントのクレジットカード決済を、ある決済代行会社に委託していた。
クライアントがカードで支払った調査料金から手数料を引き、月末に俺の口座へ振り込まれるWEBシステム。
3年間、1ミリの狂いもなく誠実に動いていたはずのそのシステムが、12月の末日、完全に沈黙した。
年が明けて6日。
会社のオフィスが始動するはずの日に電話をかけても、受話器から聞こえるのは通話中の忌々しい「ツーーーーー」という電子音だけだった。
何時にかけても、何度リダイヤルしても、結果は同じ。
嫌な予感が首筋を駆け抜け、俺はGoogleマップでその会社の所在地を検索した。
画面に表示された赤文字のラベルを見た瞬間、俺の思考はフリーズした。
《閉業中》
「おい、ドク……。タイムマシーンがあるなら、今すぐ貸してくれよ」

昔見た映画のセリフを、真っ暗な事務所で独り呟いた。
前兆はあったんだ。
11月分の入金が、4、5日遅れていた。
あの時、世の中はコロナ禍のどん底。
毎日のように老舗の閉業や会社の倒産がニュースを賑わせていたし、会社から届いた「システム遅延のお詫び」というメールの内容にも、妙な説得力があった。
大変なのはお互い様だ、そう自分を納得させてチェックを怠ったのが、探偵らしからぬ最大のバグ(見落とし)だった。
あのウイルスは、高崎の街からも完全に人の気配を消し去った。
国が出した「緊急事態宣言」は、外出自粛に人との接触自粛だ。
お店や仕事には、ある程度マスクで防御して出かけただろう。
しかし、俺たちが扱う「浮気調査」のターゲットどもは、仕事や外食どころじゃない、超濃厚接触が目的なんだ。
俺ら探偵の現場は、軒並み延期かキャンセルになった。
相談電話のベルは、3ヶ月ぐらいもの間、故障したのかと思うほど大人しくなってしまった。
そこを何とか泥水をすする思いで凌ぎ、やっと軌道に乗せ始めた矢先のこれだ。
客に一言の通知もなく、計画的に会社を破産させてドロンする。
そいつを世間じゃ「詐欺」と呼ぶ。
意志を持って逃げる悪党を捕まえるなんて、警察という国家権力以外にはまず不可能な芸当だ。
「類は友を呼ぶ」一本の電話
藁にもすがる思いで、俺は110番ではなく「警察相談ダイヤル(#9110)」のボタンを押した。
緊急の事件ではない。
だけど、誰でもいいからこの憤りを聞いて欲しかったのかもしれない。
『過去3年間にわたり正常な取引実績があるとなると、最初から騙す意図があったという「詐欺罪」の立証は、相当ハードルが高いですね』
電話の向こうで、ベテランとおぼしき刑事の冷徹な声が響く。
『倒産の手続きであればそれは合法的な処理ですし、故意の証拠がなければ被害届の受理も難しい。民事訴訟で不払いを争うのが賢明かと』
「分かってるわ、そんなこと……」
吐き捨てるように電話を切った。
余計にイライラが募っただけだった。
知り合いの弁護士に泣きついてみても、「マツさん、口座にはもう1円も残ってないよ。訴えても費用倒れさ」と肩をすくめられただけだった。
怒りの感情が、じわじわと冷たい諦めに変わっていく。
探偵として出来ることはあったが、詐欺として立証出来なければ、非合法の手段しか残っていない。
会社から取れる方法が無いと分かった俺は、調べに調べて、お上に施しを乞うような情けない書類仕事だったが、何日も頭を抱え、国の持続化給付金の申請システムの書類を揃え、全額とはいかないまでも50万の給付金を毟り取ってやった。
何事も諦めずに打開策を練れば、何かあるはずだと思う。
コソ泥のように電話も取れず、メールも返せないちんけな夜逃げ野郎には、俺にとってはただの端金だ、くれてやるぜ。
胃の痛みを引きずりながらも、俺が再び前を向いて歩き出そうとした、その時だった。
デスクの上で、俺のGalaxyが、静寂を切り裂くような重い着信音を響かせた。
「類は友を呼ぶ」──画面に表示された見知らぬ番号。
それが、俺のピンチなど霞むほどの、ある姉妹の命がけの叫びの始まりだった。
(つづく)
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