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DOWN #20

    倧昔の人々が残した蚀葉の海に浞かるように、人は博物通での日々を重ねおいった。

    棚から叀い曞物を取り出し、ガラスケヌスの䞭の展瀺品を䞀぀䞀぀粟査する。それは単なる奜奇心からではなかった。自分たちの足元で、自重に耐えかねお奈萜ぞず際限なく近づいおいく倚局郜垂——その䞖界を救う方法が、この過去の知恵の䞭に眠っおいるかもしれないず信じたからだった。

    しかし、どれほど熱心に頁をめくっおも、芋぀かるのはか぀お生きおいた人々の生々しい息遣いばかりだった。今日の献立、他愛のない恋文、子䟛の成長蚘録。それらは゜ラの胞を匷く打ったが、䞖界の仕組みそのものや、郜垂の厩壊を止めるような栞心に迫る情報は、砂挠で䞀粒の針を探すように芋぀けられずにいた。

    博物通の片隅、借り受けた硬質な長怅子に身を寄せ合いながら、゜ラずルナは倜の静寂の䞭で蚀葉を亀わしおいた。トコは少し離れた堎所で頭郚のラむトを消し、静かに車茪を䌑めおいる。

    「  ねえ、゜ラ」

    ルナが膝を抱え、薄暗い倩井を芋䞊げたたた、ぜ぀りず声を挏らした。

    「通長さん、䞀䜓い぀からここにいるんだろう。たった人で」

    ゜ラは胞のノヌトを開いたたた、手を止めた。

    「䞋局の蟲園にいたおじいさん達の先祖が、遠い昔にここを通り過ぎお䞋ぞ降りおいったんだずしたら  」

    そこたで口にしお、゜ラは蚀葉を詰たらせた。

    人間の寿呜など、高々数十幎だ。もし通長が普通の人間なら、䜕䞖代もの断絶があるはずで、蟻耄が合わない。だが、あのおじいさんは「ずっずここで拟い集めおきた」ず蚀った。

    背筋を冷たいものが這い䞊がっおいくような、ゟクゟクずする䞍気味さが人の間に広がっおいく。通長のあの煀ひず぀ない綺麗な衣服、激しい運動をしおも倉わらない䞀定の䜇たい、そしお時折瞳の奥で芋せる、冷培なたでの静けさ。

    翌朝、゜ラは喉の枇きを芚えながら、恐る恐る通長の埌ろ姿ぞず近づいた。

    通長は倉わらず、手元に眮いた倧きな虫県鏡を芗き蟌み、叀がけた資料の分析を行っおいた。その傍らには、あの小さな生き物がちょこんず座っおいる。通長は時折、慈しむように生き物の頭を倧きな掌で撫でおは、䜕事もなかったかのように資料ぞず目を戻した。

    昚日ず䜕も倉わらない、䞍気味なほどに完成された静かな時間。゜ラは結局、昚日抱いた疑問を口にするこずができず、その堎に立ち尜くすしかなかった。

    その静寂を砎ったのは、トコの短い電子音だった。

    「ピコ」

    い぀もより鋭い音に、゜ラずルナが匟かれたように振り返る。

    トコは郚屋の隅、これたで誰も手を぀けられずにいた埃たみれの叀い朚箱の前で止たっおいた。湿気で朚枠が歪み、蓋も半ば朜ちかけおいる。通長がゆっくりず近づき、小さく呟いた。

    「  そこは、ただ手を付けられおおらん箱じゃ」

    穏やかな口調だった。

    「玙が傷みすぎおいおな。觊れれば厩れおしたうものばかりじゃった」

    トコは頷くように車䜓を揺らすず、金属補のアヌムを慎重に差し入れ、その奥から䞀冊のひどく傷んだ手蚘をゆっくりず持ち䞊げた。

    前埌の頁は激しく砎り取られ、煀ず経幎劣化で文字は滲み、ほずんど刀読できない。だが、トコが緑色の光を照射するず、消えかけおいた文字が僅かに茪郭を取り戻しおいく。

    そしお、ちょうど開かれたその䞀節だけが、䜕癟幎ずいう時を越えお鮮明な文字を珟した。

    『 バベルからこの街ぞ降りお数十幎。今ずなっおはここが人類の故郷になり぀぀ある。』

    「バベル  」

    ゜ラはその䞉文字を声にした瞬間、目を芋開いた。初めお埗る、具䜓的な過去の手がかりだった。

    い぀の間にか背埌に立っおいた通長もたた、虫県鏡を持った手を止めおいた。

    「  その名は  」

    老人は文字を芋぀めたたた、小さく息を呑む。

    「わしも、初めお芋る」

    その䞀蚀は、䜕癟幎ずいう時間を遺物ず共に過ごしおきた者だからこその、重い也きを孕んでいた。

    バベルから、降りおきた——。

    ゜ラの頭の䞭で、これたで拟い集めおきた断片が、結び぀いおいく。

    もし、この手蚘が本圓なら、少なくずもこの蟺りより前に、人が故郷ず呌んで暮らしおいた堎所が䞊にあったずいうこずだ。そこから䜕らかの理由で人々は降り、この呚囲ぞ新たな街を築いた。それはたるで、自分たちの故郷が最䞋局の「ツギハギの街」であったように、圌らにもたた「故郷」があったずいうこずではないか。

    「そうか  倩囜は、やっぱり  」

    ゜ラは震える手で、自分のポケットの奥にある䞡芪の遺品——『倩囜などない』ず曞かれたメモに觊れた。

    あの蚀葉は、絶望なんかじゃなかった。䞡芪が遺した真実。それは、頭䞊に埅っおいるのは神様がいるような倢の「倩囜」ではなく、か぀お自分たちず同じ人間が普通に暮らし、そしお倱われた、ただの故郷なのだずいうこず。

    ただ確蚌はない。それでも、初めおその真実ぞ繋がる䞀本の道筋が、確かに目の前ぞ珟れた気がした。

    倧昔の人間が残した蚀葉が、䜕癟幎ずいう時空を越えお、今、゜ラの手元ぞず繋がった。そこには、それぞれの時代を必死に生きた人々の故郷があった。

    「  やっぱり、答えは䞊にあるんだ」

    ゜ラはたっすぐに頭䞊を芋䞊げた。その瞳に迷いはなかった。

    「  やはり、行くのか」

    通長の声は静かだった。問いかけずいうより、長い時間の果おに蟿り着いた答えを、そっず口にしたような響きだった。

    「はい」

    ゜ラはたっすぐに頷く。

    「ありがずう、通長さん。僕、確かめおきたす」

    そう蚀っおスクラップノヌトをリュックサックぞ仕舞い、呜綱ランダヌドのバックルをカチリず鳎らす。その音だけが、静たり返ったホヌルに小さく響いた。

    通長は䜕も蚀わなかった。ただ、トコのラむトに照らされた手蚘ぞず、ゆっくり芖線を萜ずす。皺の刻たれた指先が、その傷んだ衚玙を静かに閉じた。

    長い沈黙が流れる。

    通長は螵を返し、展瀺棚の方ぞ歩いおいった。幎代ごずに敎然ず䞊べられた無数の遺物。誰かが䜿い、誰かが遺し、長きを越えおここぞ蟿り着いた、人類の欠片たち。

    通長は、その空いた䞀角ぞ手蚘を戻そうずした。

    その手が、止たる。

    ほんの䞀瞬だった。けれど、その静止は䜕癟幎ずいう歳月にも等しい長さを持っおいるように、゜ラには感じられた。通長は手蚘を芋぀めたたた、小さく目を閉じる。やがお静かに螵を返すず、その手蚘を䞡手で抱えたたた、゜ラの前たで歩み寄った。

    「  通長さん」

    通長は䜕も答えず、手蚘を差し出した。゜ラは目を䞞くする。

    「え  でも、これは  博物通の  」

    通長は穏やかに銖を振った。

    「本来なら、ここぞ収めるべきものじゃ」

    その蚀葉には、自分自身ぞ蚀い聞かせるような鉄の響きがあった。

    「拟い、蚘録し、残す。それが、わしの圹目だった」

    通長は展瀺棚ぞ芖線を向ける。そこには䜕癟幎ずいう時を越えお集められた無数の遺物が、静かに眠っおいた。

    「だが  」

    その声は、ひどく掠れおいた。

    「蚀葉ずいうものは、本圓は食るためにあるのではない」

    通長は゜ラの瞳を真っ盎ぐ芋぀める。

    「誰かが受け取り、誰かぞ繋いでこそ、生き続ける」

    ゜ラは震える䞡手で、その手蚘を受け取った。玙は驚くほど軜かった。それなのに、その重みはこれたで拟い集めおきたどんな鉄片よりも深く、胞ぞず沈んでいく。

    通長は肩の䞊の小さな生き物をそっず撫でた。

    「わしは集める者だった」

    䞀拍。その蚀葉は、長い圹目を閉じる独癜のようだった。

    「お前たちは、その先ぞ進む者だ」

    その口元に浮かんだ埮かな埮笑みは、どこか遠く、それでいお長い旅路の終わりに荷を䞋ろした人間のそれだった。

    通長は懐から銀色の鍵を取り出す。䞭倮支柱の保守通路ぞず続く、重い扉の鍵。

    「これも、お前たちに蚗そう」

    静かに゜ラの掌ぞ鍵を眮く。金属の冷たさが、手蚘の枩もりず重なった。

    「行け、若い旅人よ」

    通長は穏やかに県差しを向ける。

    「わしが、その目で芋るこずの叶わなかった䞖界を。お前たちの足で、確かめおきおおくれ」

    「  はい」

    ゜ラは匷く頷いた。ルナも胞の前で䞡手を重ね、深く頭を䞋げる。

    「ありがずうございたした」

    「ピコ」

    トコが力匷く車茪を鳎らす。

    人は通長ぞ最埌の䞀瀌をするず、重い扉を開き、䞖界の頂ぞず続く暗い保守通路ぞ歩み出した。その背䞭が闇の向こうぞ溶けおいくたで、通長は静かに芋送っおいた。

    やがお足音も消え、ホヌルには再び深い静寂だけが戻る。

    通長はゆっくりず展瀺棚ぞ目を向けた。そこには、䞀冊分だけ空いた小さな隙間があった。長い幎月、䞀床ずしお欠けるこずのなかった棚。

    通長はその空癜をしばらく芋぀める。そしお、ほんの僅かに目を现めた。

    肩の䞊の小さな生き物が、䞍思議そうに小さく鳎く。

    通長はその頭を優しく撫でるず、誰に聞かせるでもなく、小さく呟いた。

    「  ようやく、繋がった」

    その声は、䜕癟幎もの時を閉じるように静かだった。

    博物通には、再び静寂だけが満ちおいた。けれど䞀冊分だけ空いたその棚は、倱われた空癜ではなかった。過去が初めお未来ぞ歩き出した、小さな蚌だった。

     
     

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    初めお小説を曞いおいたす。

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