
4時起きのモーニング・ゴーストと、1ミリの現在地
朝4時。目が覚めると同時に、地獄のような自己否定と絶望感が、薄暗い寝室の天井からべったりと張り付いてくる。心の病の厄介なおまけ、早朝覚醒というやつだ。
あまりに理不尽に襲ってくるこの黒い感情を、僕は「モーニング・ゴースト」と名付けてみることにした。幽霊のしわざということにして、少し離れたところから自分を俯瞰して観察してやろうという、ささやかな抵抗である。
しかし、今日のゴーストは手強かった。朝の絶望感はそのまま家を出ても、仕事中も、ずっと僕の背中におぶさっていた。「こんなことをしていて、一体何になるのか」。目の前の業務をこなしながら、とめどなくそんな虚無感が湧いてくるのだ。
人生を変えたいなら、小さなことを積み上げていくしかない。そんなことは、43年も生きていれば嫌というほど分かっている。映画や小説みたいに、ある日突然分かりやすいフラグが立って、いきなりストーリーが劇的に変わるなんてこと、僕の人生には起こり得ない。
頭では完全に理解しているのに、それでも一歩を踏み出せない自分。結局のところ、僕は変わるのが怖いのだ。自分を救えるのは自分だけだと知っているくせに、未だに「誰かが勝手に僕の人生を好転させてくれないかな」と期待している。つくづく、どうしようもない人間だなと呆れてしまう。
それでも、無情にも明日はやってくる。仕事を終え、帰宅し、飯を食って、風呂に入って、布団に潜り込む。そしてまた朝4時に絶望とともに目を覚まし、ゴーストを引きずったまま一日を消費する。週末のつかの間の休息まで、この泥沼のような5日間をただひたすらに繰り返すのだ。
他人のSNSの眩しい日常と自分の現在地を比べたところで、ゴーストが巨大化して自分の首が締まるだけだ。誰もがそれぞれの地獄を隠し持って生きている。
だから僕は、他人の定規をへし折って、自分の軸だけで自分を測ることにした。
1ミリ。昨日よりも、ほんの1ミリでも前に進んでいれば、それでよしとする。昨日より進んだ自分を、泥の中から無理やりにでも探し出してやるのだ。
どうしようもない自分を抱えながら、それでも1ミリだけ足掻いてみる。その果てしなく地味な連続が、いつか確かな感触のある希望に繋がると信じて。