
思い出の図書館:ラーメンとSFとロッカーの記憶
今は駅の近くに移転してしまったが、私が子供の頃、市の図書館は割と不便なところにあった。近くには小学校もあったから、その学校の生徒にとっては便利だったかもしれない。しかし私の校区からは遠く、小高い山を一つ越えて30分も歩いて行かなければならない場所にあった。
それでも私は小学生の頃からよく図書館に通っていたと思う。最初は親に車で連れて行ってもらったが、そのうち自分で歩いて行くようになった。一度借りると期限までに返さなければならないので、図書館通いは習慣化しやすい。それにこの町で休みの日に行きたい所といったら本屋か図書館しかなかった。
図書館の中には小さな食堂があって、そこで食べるラーメンがおいしかったのをよく覚えている。裏庭に面したガラス窓から日が差していた光景はぼんやりと目に浮かぶが、ラーメンのスープが塩味だったのか、しょうゆ味だったのかは思い出せない。たっぷりのモヤシがシャキシャキして瑞々しかった。食堂は図書館の閉館時間よりも早く閉まるので、ラーメンを食べたい時は急いで行かなければならなかった。
図書室に入ってすぐのところに、荷物を預けることができるロッカーがあった。高校になって仲良くなった友達と、学校帰りに図書館へ寄ったことがある。その日、友達は家族の誕生日祝いにホールのケーキを買っていた。すぐに帰りたがった友達を図書館に誘ったのは私だ。本を返さなければならなかったし、シリーズの続きも借りたかった。
「ケーキもロッカーに入れれば?」
帰る時にロッカーを開けると、どこからともなくやってきた蟻がケーキの箱に群がっていた。あれほどの数の蟻がロッカーの隙間にひそんでいたとは。蟻のたかったケーキは結局捨てることになり、友達は明らかに怒った顔をしていた。申し訳ない気持ちでいっぱいになり、必死に謝ったが、だからといって気まずい雰囲気はすぐに解消するわけではなかった。そんな事があって友達は図書館に行かなくなり、仲間を失った私はその後も一人で通い続けた。だが、荷物をロッカーに入れるのはやめてしまった。
図書館の本で今でも覚えているのは「怪奇植物トリフィドの侵略」。緑色の表紙の本は「空気がなくなる日」と一緒に本棚に並んでいた。その一角はそんな本ばかりが集まっていて、怖がりな小学生だった私はそのコーナーを遠回りをして歩いた。この当時、世界はもうすぐ終わるという破滅的な空気が漂っていたので、自分の中でフィクションと現実の境目がよくわからない所があった。
逆に好きだったのはミステリーの棚だ。小学生の頃はポプラ社から出版されていた怪人二十面相や怪盗ルパンのシリーズ、シャーロック・ホームズなどを夢中になって読んだ。なぜ宇宙からの未知の怪物より、身近な殺人のほうが怖くないのかは未だにわからない。だがこれらの本との出会いが、今に至るまでミステリーを読み続けているきっかけとなっているのは間違いない。
学校にも図書館はあったが、私は市の図書館が好きだった。将来は司書になりたいと思い、大学生になって図書館学も取ったが、その頃は怠惰な学生となっていたのであまり真面目に勉強しなかった。夏休みに市の図書館がアルバイトを募集していることを知り、勢い込んで応募したが、一夏かけて書庫の本を移動させるという重労働で、図書館員というのは大変なんだなと思ったりした。
授業をサボり続けた私は単位が足りず、司書の資格を取ることができなかった。その後、就職のため生まれ故郷を離れ、いつしか大好きだった図書館のことも忘れてしまった。何年かたって駅の近くに移転することが決まり、建物自体はしばらく他の目的で使われていたが、老朽化が進んだため2022年に解体されたことを後になって知った。そこに図書館があったことを思い出させるものはもう何もないが、あの場所で過ごした日々をこの頃懐かしく思い出す。