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300万の任意整理2回、3000万ローンで自己破産と離婚。そこから生活保護を卒業して家計再建した私のサクセス・ストーリー!

    ※1から9をまとめたものが、
    5冊目の自伝「人生二度の債務整理」
    である。

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    1:1991年新築マンション衝動買い

    消費者金融との出会い


    新築マンション衝動買い

    ※リンクは、後日


    2:1991年、25年の多重債務始まる



    3:2002年:39歳

    11月20日:第1回債務整理返済開始
         289万円

    弁護士さんは、自己破産を提案。
    私も同意。
    妻は反対 → 債務整理になった



    4:2007年:44歳

    4月05日:障害者手帳3級交付
    5月20日:第1回債務整理返済終了


    5:2013年:50歳(引き金三連発)

    5月:出版ローン


    7月:永久脱毛開始 → これも引き金
    9月:関西旅行を強行 → これも引き金
    10月:楽器転売で打開を図るが、余計苦しくなった
       (新品楽器26万円で購入、7万円で売却)
    11月:債務整理を決断

    6:2014年:51歳

    7月20日:第2回債務整理返済開始
    303万円
    うちわけ
    ・出版ローン:150万円(自己破産覚悟の出版)
    ・消費者金融:100万円
    ・銀行カードローン:10万円
    ・エステ:7万円
    ・クレカ:10万円
    ・転売楽器:26万円

    7:2016年7月11日:別居

    単身で自己所有の田園調布南のマンションに戻った。
    妻・我が子と別居。

    ★経緯
    2016年4月、妻とのメールで、【うちのマンション、今は空いている】

    私たち夫婦の共有名義のマンションは、人に貸していた。
    それが、空いていると言う。

    【いつから空いているのか?】
    【8ヶ月前から空いている。
     住んでいた人が退去した時点で、リフォーム資金20万円が無かった】

    8ヶ月前から家賃収入が無い状態で、住宅ローンだけを返済。
    簡単に言うと、毎月の家賃収入6万8千円×8=54万4千円。
    それだけの借金が無対策のまま増え続けていたということ。

     このまま田園調布のマンションが空いている状態では、妻の借金が膨らむだけ。
    私が田園調布のマンションに戻り、妻と次男もそれ相当の広さのマンションに移れば良いと考えた。
    2016年4月の時点で、私たち家族が住んでいたのは、4LDK。
    長男が福岡に行ったのと、母が入院してもう退院の見込みが無いので、2部屋が空いていた。
    だから、私が田園調布のマンションに戻り、妻と次男もそれ相当の広さのマンション(2Kなど)に移れば良いと考えた。

    8:2017年:54歳

    6月30日:第2回債務整理返済を断念。
         理由:住宅ローン・管理費の督促が厳しかった

     自己破産手続き開始。
      「25年の多重債務」がやっと終わった。

    ※リンクは後日

    9:免責決定まで

    ※後日記載

    10:自伝出版

    人生二度の債務整理


    生活保護を卒業しよう!


    11:自伝出版から現在

    ※後日記載


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