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褒められた時に「ありがとう」と素直に言えなかった私が受け取れるようになるまで

    褒められた時にきちんと受け取ることって昔の私にはとても難しかったことを思い出しました。

    今では「ありがとう」という言葉を自然にたくさん口にする方かなと思いますが、昔の私はそれが言えませんでした。
    特に家族や近しい人に言うのが難しかったです。

    そんな私も全て受け取れるように、そして心から
    「ありがとう」と言えるようになりました。

    とても幼いころによその方にどうしていたのかは正確に覚えていないのですが
    物心ついたころから、世間的にはご挨拶のきちんとできる子どもだったと思います。よく褒められましたし、怒られるのも嫌でしたので満面の笑みできちんと聞こえるほど良い声の大きさで

    「こんにちは」「さようなら」「ありがとうございます」「ごめんなさい」の言える子だったと思います。

    4人兄弟の長女というのもあり、
    しっかりしたおりこうさんでした。心のうちは、大人に考えていることを悟られまいとして、本当の感情は一切出さずに

    にっこりご挨拶やお礼をしていました。

    今思えばどのくらいの方にそれが本当に素直に受け取られていたのか
    一部の方には影が見えていたのかはわかりません。

    また家庭内であっても「です」「ます」をきちんとつけないと怒られましたし、「うん」ではなく「はい」
    「ありがとうー」でなく「ありがとうございます」

    両親は絶対に逆らってはいけない存在。怖い存在でした。

    ですから、
    無邪気にとか素直に…というのとは正反対の心持でした。

    かわいくなかっただろうな…と思います。

    今思えば本来はとても素直で人に気を遣うこともできて
    人の気持ちに寄り添える子どもだったと思いますが

    その行動がどちらかというと
    怒られたくない、恐怖からの行動になりがちでした。

    素直に人のために手を差し出した・・としても
    もう一人の自分があ、これで怒られない・・と
    変に許可を出すようなそんな感覚でした。

    褒められる=存在してOK
    という感覚の人格を形成してしまったのだと思います


    「ありがとう」って言っても「おはようございます」って言っても
    何だその顔は!

    と怒られることも多かったので、だんだん、どんな顔をしてよいのかわからなくなり、言葉も出なくなったのを思い出します。

    他人はそんなことは言わないですし
    普通にニコニコ、返してくださるので、自然と社会に対しては素直な態度でいられました。

    そんな感じなので
    だんだんと、怒られないようにしているのか、褒められたくてしているのか
    自らしたくてしているのかわからなくなってしまい

    そんなことを考える自分も嫌ですし
    嫌な奴だったらどうしようと・・一人反省会、自己嫌悪。
    でもそんなことは悟られてはいけないので
    いつも楽しく明るく、テンション高く。

    そして優しくありたいと思っていました。

    この思考回路で自分の好きなものも分からなくなってしまったと思います。
    こちらについては別記事で書きます。

    この恐れからの行動なのか愛からの行動なのか
    恐怖心が植えつけられてしまっているのでわからなくなってしまっていたのですが

    結婚して独立、自立、子育て、ヒーリングに出会い、自分と向き合うことから逃げずに
    様々な考え方、行動、あり方を変えた結果

    恐れからでなく実は愛からちゃんと行動していることもわかり
    それが素晴らしいこともわかり

    感謝も誉め言葉も素直に受け取れる私になりました。

    変化途中の20代、30代の私は
    「それ素敵だね(例えば洋服)~」と褒められれば
    ありがとうと言えばよいのに
    「あ、これ古着屋で〇円だよ、安かったの。でもありがとう」

    そんな返答だった気がします。「でも」なんていう言葉がつくセンテンスでなくてOKなのに。

    しばらく…とりあえず自分を低く見積もる癖は続きましたが
    そうしたくない、素直に受け取りたいと思うと変わってくるものです。
    素直にまずはありがとう。から言えるようになるものですね。
    最初は、少しくすぐったくてもOK

    自分を低く見積もることで自分を守っていたのかもしれません。

    私はそれを受け取るだけの価値があるのです。
    そしてそれは誰がどう思うというのは一切いらないのです。
    私が嬉しかったら「ありがとう」
    とても単純なことです。

    少しずつですが現実も変わり
    最近また一つ大きく変わったうれしいことがありました。失明寸前まで視力が落ちていたところから
    少しずつ復活し、このお正月には100キロほど高速にも乗ってでかけることができました。

    ダメかも…と思っていたのに視力が回復してきたことによって
    行動範囲も広がりました。

    嬉しい~、最高に嬉しかった出来事です。
    いろいろなことにまだ一喜一憂していますが

    それでも毎日毎日今日が人生で一番幸せって思っています。

    今もし受け取るのが苦手な方がいても大丈夫。
    少しずつ「ありがとう」から始めてみませんか。

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    心の解放がすべての癒しに…痛みや不調は体からのSOS。 ほぼ片目失明から徐々に視力回復した自然療法、ヒーリング、フラワーエッセンス、ハーブetc 2019年よりフラワーエッセンスのセッション開始。23年より痛みの専門ヒーラーとして活動。50代からの夢の実現へあと1歩の方のサポート

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