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チョコミントは自由の味がする

    「歯磨き粉の味がする菓子食うとか、
    お前頭おかしいんとちゃうか」

    夫はチョコミントが「歯磨き粉味」だと言って嫌い、
    私は結婚して一度も大好きなチョコミントを
    「好きだ」と言えずに過ごしてきた。

    チョコミントだけではない。
    大好きな漫画も、
    アーティストも、洋服も、バッグも。

    全部夫は

    「こんなん好きやから調子乗って失敗すんねん。」

    そう言って

    小学生からお年玉を貯めて買った大好きな漫画も
    両親から大学の卒業祝いに買ってもらったもバッグも
    自分のお給料を少しずつ貯めて買った憧れのパソコンも
    全部きれいさっぱり捨ててしまった。

    私の今までの人生を全て否定するように。
    何もかも、跡形もなく…

    そして、その代わりに
    夫は自分好みの物を沢山私に買い与えた。

    「俺のような素晴らしい男にふさわしい女は
    こういうものを身に着けるのだ。」

    と言わんばかりに、自分好みの恰好をさせた。

    私は、それらが一番似合う女のフリをして10年近い年月を
    夫と一緒に過ごしてきた。

    でも、形として消えたとしても、
    心の中で、
    愛する物が消えたことは一度もなかった。


    そんな私の愛するチョコミントを毛嫌いする夫が逮捕されて
    今年は3度めの春だった。

    夫の逮捕。
    そんな寝耳に水の出来事が起きたのは、新年度の足音が聞こえる
    2023年3月末のことだった。

    出かけていた夫の車が、駐車場に戻った後に
    なにやら外が騒がしくなった。
    監視カメラの映像を見たら、
    スーツ姿の男性数名が夫を取り囲んでいた。

    あー、Xデーは今日になったか。

    私はあわてずに、娘たちを寝室に連れて行き着替えさせ、
    自分も着替えを済ませた。
    子ども達のために焼こうと準備していたホットケーキを焼く手を止めて
    深呼吸をしたところで
    玄関の扉が開き、私は名前を呼ばれた。

    顔なじみの警察官達に取り囲まれた夫が
    玄関にいた。

    「お久しぶりです。」
    一人の警察官が私に挨拶をした。

    そう、久しぶり。
    少し強面で、
    でも時折優しい笑顔を向けるこの警察官達を、
    私は知っている。

    半年前に彼らは突然家にやってきた。
    その時も夫が朝、帰宅したタイミングだった。

    20人を超す警察官が夫を取り囲み
    家に入ってきた。

    ドラマを観ているようだった。
    どこか他人事のようにぼんやりしていると
    私にも捜査令状が出されていることを知った。
    私の名前が書かれたその紙を見て
    手が震えた。

    ナゼ、ワタシガ??

    幼い子ども達を女性の警察官にみてもらい
    私は2日間の取り調べを受けた。

    全く知らない名前の人たちが
    私の通帳に大金を振り込んでいるようだった。

    夫は愛人と詐欺をしていた。

    私は、短くため息をついた。

    そういうことか。

    私は、夫の会社の所謂「お飾り役員」だった。
    詳細は書けないが、
    夫に言われるままに渡した自分の通帳の一部が
    犯罪に使われており、
    それが今回私が取り調べを受けた理由のようだった。


    会社の役員だったとはいえ、
    私は夫に「馬鹿で無能な女」といつも呼ばれており
    それが幸いしたのか
    一度も会社の経営や事業内容について
    詳しく聞かされたことはなかった。

    二日間の取り調べ中
    何を聞いても把握していないし、
    何も知らない私は
    「犯罪に加担している可能性がほぼない人間」
    と認定されたようで、
    その後何かの疑いをかけられて
    取り調べをうけることはなかった。

    それにしても
    想像も出来ないお金を夫達が騙し取っていたと思われる時期、
    特段、暮らしが派手になることはなかった。

    変わったことと言えば
    車好きの夫が、以前よりも頻繁に
    新車をとっかえひっかえしていたことくらいだ。

    私たち家族は、
    高級車が何台も並んだ駐車場に不釣り合いなくらい
    とても古い傾きかけた賃貸の一軒家に
    息をひそめるようにひっそりと暮らし続けた。

    「どうしてそんなにお金が入ってくるの?」
    と一度聞いたことがあった。


    「お前には関係ないだろう」
    「俺が神だからに決まっているだろう。」

    そう怒鳴られて、
    ペットボトルで頭を殴られた。

    へこんだペットボトルを夫が壁にたたきつけると
    水しぶきがあがった。

    私は泣きながら
    床を拭いた。
    髪の毛を引っ張られて、土下座をさせられ、
    つまらない事を聞いたことに対して
    謝罪させられた。

    逆らうことは許されない。
    質問することも許されない。

    私は、もはや聞くことを諦めていたし、
    知ろうとすること、
    自分の意思を持つことを諦めていた。

    ただ、一つ知りたいことがあった。
    愛人の存在だった。

    今回だけではなかった。

    それまでに幾たびも
    彼は愛人というのか、彼女というのか、
    そういう存在を作っており
    そのたびに新しい車に乗り換えて
    謎の「出張」を繰り返していた。

    だけど私は彼にそれを問い詰めることをしなかった。

    一度問い詰めたが、
    妊娠中だったにもかかわらず、
    脳震盪を起こすまで殴られたからだ。

    ただ、
    少しでも夫が気にかけている
    「自分以外」の存在について知りたいと思っていたのは、
    私がまだその頃は、
    夫のことを愛していた証拠なのだろう。


    泣かされても、暴力を振るわれても
    私は確かに彼を愛しており
    自分の好きなものを隠してでも
    彼の好みの女であることを選んでいたのだ。

    ふいに

    「携帯電話がありませんが。」


    と警察官に声をかけられた。

    おかしいな、さっきまでテーブルの上に置いていたのに…。

    次女に尋ねると、
    「来て。こっちに隠したの。」

    ひそひそ声で娘はそっと
    食卓の後ろの棚に隠した私の携帯電話を渡してくれた。

    「この前、携帯電話持っていかれたから
    お母さん困ったでしょ?」

    まだ小さな娘にこんなことをさせてしまった…。
    後ろめたさを感じながら
    携帯電話を警察官に渡した。

    「ごめんね。これは渡さないといけないの。」

    娘の頭をなでながら胸がしめつけられた。

    夫が逮捕され警察官達に連れて行かれた後、
    私はぼんやりと子ども達を眺めていた。

    そして、ふと思った。

    「お腹空いたな。」

    私は焼きかけだったホットケーキを焼いて
    子ども達と食べた。

    朝食とも言えない
    昼食とも言えない、なんとも中途半端な時間の食事だった。

    お腹は空いていたが、あまり私の喉は食べ物を欲しておらず
    とりあえず押し込んでいるという感覚だった。

    「お父さんはどこに行ったの?」

    子ども達が尋ねた。

    なんと答えたのかはもう覚えていない。
    ただただ私は、こみ上げてくる不安を
    ホットケーキと一緒に胃の中に押し込んでいった。

    そこから私は子ども達の手をひいて
    両親に電話をかける為に
    近くのスーパーに出かけた。

    携帯電話を警察に持っていかれてしまったので
    公衆電話からかけるしかなかった。

    通帳もカードも携帯電話もすべてなかった。
    私が毎日欠かさずに書いていた日記帳も持っていかれていた。

    これからどうやって生活をしていけばいいかわからなかった。

    毎日毎日
    バカだ、ゴミだ無能だと言われ続けていたせいか
    もはや私は考える能力を失ってしまっていたようだった。

    止まった思考を精いっぱいに動かして電話をかけると、
    両親はすぐに駆けつけてくれた。

    そして、
    「ちょうど保険を解約したばかりだったから。」
    と言って当面の生活費を渡してくれた。

    母は自分の携帯電話を使っていいと言って置いていってくれた。

    前回の家宅捜索の時に
    急に携帯電話を没収されて
    電話番号がわからなくて困ったので、
    親しい友人二人の携帯の番号はあらかじめメモしていた。
    その二人に電話をして事情を話した。

    二人とも、とても心配してくれて
    すぐに食料品などを送ってくれると言った。

    涙は全くでなかった。
    別人の私が動いているように
    淡々とやるべきことをこなしていたように思う。

    夫が買っていたブランド品のバッグや靴、
    高価なおもちゃやパソコンなど
    お金になりそうな物は、
    とにかく片っ端から売っていった。

    友人たちも食料品を送ってくれたし
    市で受けられる食料品をもらえるサービスも利用させてもらって
    とにかく電気と食料品、水は必死で確保した。

    それでも、
    1年も経たないうちに
    物で溢れていた家の中は、
    もう売るものがなくなって
    すっからかんになってしまった。

    私立の学校に通う長女の学費と
    食べ盛りの子ども達を養っていくことで
    あんなに沢山あると思っていたお金は
    160円程度になった。

    それでも私は働きに行かなかった。

    なぜなら
    「外に絶対働きに行ってはいけない。
    誰とも話すな。生活保護を受けて家で子ども達を育てろ。」

    そんな逮捕前に夫に言われた呪文のような言葉を
    離れ離れになってもずっと守り続けていたからだ。

    スーパーにはチョコミントのアイスやお菓子が並び始めた。
    でも、私は
    「チョコミントは歯磨き粉の味がするから絶対食べてはいけない。」
    とかたくなに夫の言いつけを守り続けていた。

    そのうちに梅雨がきて
    夫が最後にベランダで吸ったタバコのにおいが段々薄くなっていることに
    ふと気づいた。

    その時に思った。

    夫はもういないのだ。

    初めて実感を持ってそのことを受け止めた。
    すると
    今まで見ないようにしていた恐れや不安が一気に押し寄せてきた。

    私はこれからどうやって子ども達を育てていけばいいのだろう。
    私はこれからどうやって貯金も全くないのに
    生活をしていけばいいのだろう。
    夫はいつ帰って来るのだろう…。

    そんな不安が一気にこみ上げてきた瞬間
    私は初めて怖いと思った。
    寂しいと思った。

    そして初めて涙が出てきた。
    外で幼い子どものように大きな声で泣いた。
    次女が、カーテンの隙間からそっと私の方を見ていた。

    でも、私はそんなことなんてどうでもよくて
    感情のままにとにかく泣いて泣き続けた。

    そして、その後に思った。

    絶対ここから立ち上がろう。
    子どもたちをとにかく立派に育ててみせる。

    まず最初は市役所に、
    生活保護を受けたいと電話をかけてみた。

    しかし、
    夫が愛人に私名義で車を買い与えていたために
    資産だと言われて生活保護は受けられなかった。

    それでも私は働きに行かなかった。
    夫がもしかしたら私のことを監視しているかもしれない。
    誰かに頼んで見張らせているかもしれない。

    もしも働いていることが夫にわかったら
    殺されるかもしれない。
    子ども達を取り上げられるかもしれない。

    そんな恐怖が私を支配して、
    私は動くことが出来なかった。
    必死で市役所に行って
    支援が受けられるものはないかを調べて
    手続きをして
    とにかくお金を使わないように
    静かに静かに子ども達と暮らし続けた。

    しかし、そんな折、長女から思いもよらないことを言われた。

    「私、学校の先生になりたいから大学に行きたい。」

    私は今の夫と出会ったとき、バツ1だった。
    最初の結婚で授かったのが長女だった。

    長女は、元夫に顔も性格も非常によく似ていたため、
    夫はひどく毛嫌いしていた。

    「俺のカバン持ちをしろ。」

    そう言って再婚してから学校へは行かせず
    安否を心配してきた市の職員や
    学校の先生たちを怒鳴りつけて
    自宅学習をさせ続けた。

    長女は修学旅行に一度もいかないまま
    高校生になっていた。

    私は、自分が再婚する相手を間違ってしまったために
    長女にはとても窮屈な想い、
    そんな簡単な言葉では済まないが、
    とにかく「学生時代」という貴重な時間を奪ってしまったことが
    とても後ろめたかった。

    「お金は何とかするから大学に行きなさい。」

    そうかっこつけて言ったものの
    時給の低い仕事しかない田舎に住む私からしたら
    生活することが精いっぱいで、
    かつこんなに物事をあまりよく考えきれない状況で
    一体大学に行く費用なんてどうやって貯めたら良いのだろう…。

    時給1100円くらいが並ぶ求人情報を片っ端から見る傍ら
    「これでは間に合わない。」そう思った私は

    「起業するしかない。」と
    とにかく無料の講座体験を受け続けた。

    そして、ある運命学の講座を見つけ、無料講座で相談した講師に
    思いもよらないことを言われたのである。

    「とても言いにくいですが…
    あなた自分が洗脳されていることに気付いていますか?」

    え?
    洗脳…?

    私はその言葉をすんなり受け取れずに
    しばらく固まってしまった。

    数年前、ある女性が同じ保育園に通うママ友を洗脳して
    自分の子どもを殺めてしまうという事件があった。

    「洗脳って怖いよね。」


    私はテレビを観ながら、他人事のように
    呑気に夫とそんな話をしていた。

    それなのに私が??
    洗脳されていた??

    そう言えば、
    取り調べを受けた時に警察官にも言われたな…。

    「おかしいと思わなかったんですか?」って。

    その時、私は何も思わなかった。
    むしろ、
    その警察官がおかしな事を言っているくらいにしか思っていなかった。

    でも、確実に私は夫の
    「歪んだ愛」という名の毒に侵されていたのだ。

    自分は無能で何も出来ない。
    自分は才能がないから何をやっても無理。
    自分は人から嫌われているから
    養ってもらっている夫の言うことをきかないといけない。
    自分は、
    自分は、
    自分は…。

    その時、
    夫に毎日呪文のように言われていた
    沢山の私を傷つける言葉たちが
    全て私の脚に重たい鎖となって絡みつき
    自由を奪い
    人生を奪い
    大切な物を奪っていたことに気付いた。

    まさに青天の霹靂とはこの事だった。

    私はその講師の一言で目が覚めた。

    私は、
    働きに行っていい。
    新しい人間関係を築いていい。
    夫から逃げていい。
    自由になっていい。
    幸せになっていい。

    私は、
    ようやく鎖の存在に気付いたのだった。

    しかし

    すぐにその鎖を外すことが出来たかというと
    そう簡単にはいかなかった。

    怖かった。

    鎖を外すことが。

    今まで不自由であるということは
    ある意味で守られているということだった。

    鎖を外すということは
    夫への強力なアンチテーゼであり
    別れを意味していた。

    そしてそれは同時に
    「自由」を手に入れるということでもあった。

    自由を手にして不安を手に入れるのか
    不自由を選び続けて、安心を手に入れるのか。

    「自由になりたい。」

    悩みぬいた末に出した答えは
    好きな物を好きだと言って生きる生き方だった。

    夫は逮捕されてから、毎日留置所の規則上限いっぱいの枚数の手紙を
    私たち家族に送ってきていた。

    その手紙の内容は
    私たちに迷惑をかけてすまない、
    という内容の時も、ごくたまにあったが、
    大半は、

    「お前が無能なせいでこんなことになっている」

    「お前が馬鹿だから、こんな簡単なことも進まない」

    そう罵倒ばかりの手紙だった。

    私は毎日、子ども達や両親のこと
    どのようにお金を工面しているのか、きちんと決まった報告をして、
    毎週決まった量の雑誌や本を送り続けて
    毎日決まった「お叱り」が書かれた手紙を読んで反省していた。

    この繰り返しの日々だったが
    ついに私は、この息の詰まるような日々に別れを告げる決意をした。

    私はもう、自分の好きな物を否定されない生き方がしたい。
    そして
    私はもう、夫に自分を否定される生き方からは卒業したい。

    ある日夫がひどく私のことを罵倒して
    検閲で黒塗りにされた手紙を受けとった時に
    私は心を決めた。

    もうこの関係に終止符を打つ。
    こんな手紙を後数年も受け取り続けるなんて耐えられない。

    私は意を決して夫に手紙を書いた。

    今までの感謝。
    そして、私が無能だったために
    夫一人が沢山のことを抱えていたのではないかということ。
    それに対する謝罪。

    そのうえで

    「もうお別れしましょう。」

    10年間で初めて夫にNOを突きつけた。
    怖かった。
    ものすごく不安だった。

    そして震える手でポストに投函した。

    そこからは、郵便が届く時間になると
    動悸がして立ち眩みを起こしていた。

    数日後、その手紙に対する返事はすぐに届いた。

    夫からの返事は
    「お前、絶対に許さん。地獄に落とすぞ。」

    想像はしていたが、
    やはり彼には反省をする、感謝をする
    謝罪をする、という考えは存在しないようだった。

    毎日のように
    受けた恩を仇で返したと罵られ
    私に騙された
    などなどとにかくあらゆる誹りを受けた。

    でも、私は負けなかった。

    絶対に私は自分の人生を取り戻す。
    子ども達との楽しい人生を取り戻す。

    何回も、お詫びと感謝と関係の決別を懇願し続けた。

    ちょうど店頭にはチョコミントのアイスが並び始める頃だった。

    夫が逮捕されてから
    二度目の春が過ぎて梅雨の季節を迎える頃だった。

    私は、久しぶりにチョコミントのアイスと
    お菓子を買ってみた。

    初めて見るお菓子のフレーバーに
    下の子ども達は興味津々だった。

    自分も食べてみたいと騒いでいた。

    真ん中の子どもは、チョコミントをとても気に入った。
    一番下の子は、あまり好きではなかったようだが
    決して「おいしくない」と言わなかった。

    一口食べてそっと私に戻したのは
    子どもなりに母親の好きな物に対する
    配慮だったのだろう。

    そして、私もアイスを一口食べてみた。

    ようやくここまでたどり着いた。

    鼻に抜けるような爽やかなミントの香りと
    甘いチョコレートが
    私の勇気を褒め称えているようであり

    また、

    「お帰り」と言って迎えてくれているような
    そんな気持ちになった。

    自然と涙が出た。

    私はもうチョコミントを食べて良い。
    誰にも叱られない。

    ただ、少しだけ夫に後ろめたい気持ちがした。
    夫はまだ、離婚することを認めてくれていない。
    まだ私は夫の許可が必要な気がしていた。

    それで私は二口程度しか食べずに
    子どもにあげた。
    まだ自分は堂々と、そのアイスを食べるところまでいっていない…


    しかし、
    その年の夏から私の行動は速かった。

    パートを見つけ、下の子の幼稚園を決めて
    働きに出た。

    工場の検査の仕事を朝から夕方までした。
    土日はダブルワークで、
    お弁当屋さんに、早朝5時から昼過ぎまで務めに行った。

    空いた時間でブログを書いたり
    本を読んだり
    講座を受講したりしてとにかく
    失った10年間を必死で取り戻そうとした。

    夫からは依然としてずっと私を責める手紙が届き続けた。

    でも私はひるまなかった。

    自由を手にすることは不安を手にすること。
    しかし、その不安は
    なんだか心地の良いものでもあった。

    自分の力で生きている。
    自分の考えで行動出来ている。

    私はもう、子ども達を一人で育てていく覚悟を決めたのだ。

    弁護士事務所を探して離婚の相談をした。
    夫は絶対に許さないとばかりに、
    弁護士事務所や、裁判所に
    私がいかに酷い女か、
    自分が被害者であるという内容の手紙を送り続けた。

    でも、私は夫から届いた大量の黒塗りの手紙や
    たまたま検閲をすり抜けたが
    酷いことが書いてある手紙
    その数、約数百通を証拠として弁護士に提出した。

    どちらが酷いか、それは明確だった。

    私は絶対に何があっても
    好きな物を選び、堂々と好きと言える人生を。

    そして、自分のことを否定されない人生を歩むと決めたのだ。

    そこから人生は驚くような展開を見せた。

    色々な奇跡は起こったが一番驚いたのは、
    長女の大学の入学金のことだった。

    パートを掛け持ちして頑張ったが
    生活費や、
    彼が個人的にお金を借りた人への返済などがあったため

    全く思うようにお金はたまらなかった。
    しかし、
    私は絶対に諦めなかったし
    娘も諦めなかった。

    夫が捨てた私の大好きな漫画の中には
    諦めないことの大切さについての名シーンがある。

    私は絶対に試合を終了させない。
    私は絶対に自由を手にする。
    夫の脅しに絶対に屈しない。

    そんな気持ちでとにかく日々目の前のことに向き合ってきた。

    しかし、
    どうしようもない事実を突きつけられた。

    大学の入学金が後70万円足りなかった。
    振り込みの期日まで後3日になった。

    もう、無理かもしれない。
    さすがの私も長女に言った。

    「ごめん。お金、間に合わないかもしれない。」

    長女は静かに言った。
    「今年は諦めるから気にしないで。ありがとう。」

    二人で抱き合って泣いた。

    そんな次の日だった。
    私の母校から電話があった。

    なんと卒業生の方が、
    足りない70万円を振り込んでくれるというのだ。

    聞くと、その方も家が貧しくて進学を諦めた経験があったらしい。
    先生から娘の話を聞いて
    「お金は返さなくていいから。」

    と娘にお金を送金したいと申し出てくれたというのだ。
    驚いて言葉が出なかった。
    こんな事が起きるんだ。

    返さなくていい、と言われたけれど…
    私は娘と誓った。
    この御恩は必ず社会にでてお返ししよう。

    娘は教師になって少しずつ、
    今度は母校に寄付をして
    同じように進学を諦めなければいけないような生徒さんの救いになるように。

    そして、

    自分のように厳しい家庭環境に悩む子ども達に
    誰よりも寄り添って学びの環境と、
    人としての成長を見守ることを。

    私は、社会に復帰して
    必ず少額でも被害者の方に返済していくことを。
    そして、私自身がどん底から復活して
    同じ悩みを抱える女性の力になり
    希望を与えられる存在になることを。

    だから私は諦めない。
    私は絶対に負けない。

    子ども達に
    「お母さんの子どもに生まれて最高に幸せだった。」
    と言ってもらえるように。

    私は恐怖に負けず
    自由を選び続ける。
    私の人生のハンドルは絶対に誰にも渡さない。

    そして、今年もこの季節がやってきた。

    チョコミントが店頭に並び始めた頃
    私の離婚の裁判はようやく終わりを迎えようとしている。

    旧姓に戻れる日は確実に近づいてきている。


    私は夫と離れて3年目の春
    チョコミントのアイスを手にしていた。

    今日は子ども達はいない。
    大好きなコーヒーを自分のために丁寧に淹れた。

    片方の手には、チョコミントのアイス。

    蓋を開けると爽やかなミントの香りが広がった。
    私は、その広がった香りを
    胸いっぱいに吸い込んだ。

    一口食べてみた。

    本当に爽やかなミントの香りと
    チョコレートの甘みが口いっぱいに広がった。

    夫が逮捕されて初めて私は
    一人でチョコミントのおいしさを味わった気がする。

    私は今、
    夫が嫌な顔をしていたチョコミントのアイスを食べながら
    夫が嫌がったコーヒーを飲みながら
    夫が嫌がっていた音楽を聴いている。

    夫が嫌ったものは全て私の好きな物だった。
    10年間封印していた自分の気持ちが
    涙と共にあふれ出してきた。

    私は、もう自分の「好き」を
    誰かに隠さなくていいし
    堂々とそれを楽しむことが出来る。

    好きな物を好きと言える自由は
    時に、
    怖さや不安が同居している。

    もしも、夫が出所してきたらどうしよう。
    そう考えると怖くて
    震える夜もある。

    でも、私は決して後ろを振り向かない。

    好きなものを大切にして生きていきたいし、
    私の好きな物を
    「それ、いいよね!」と一緒に楽しんでくれる人たちと生きていきたい。

    無事に大学に入学できた長女は
    今、新しい生活を思いっきり楽しんでいる。


    夫に溺愛されていた下の子ども達は
    一度も夫の安否を私に尋ねることなく
    それぞれの環境で
    新しい人間関係を作り、
    少しずつ、でも着実に心も体も成長していっている。

    子ども達を見ていると
    とても爽やかで清々しい気持ちになる。

    チョコレートのように甘えん坊だけど
    ミントのように爽やかな笑顔だ。

    チョコミントは自由の味がする。
    私は、今年初めて
    アイスを全て一人で食べて立ち上がった。

    もうすぐ子ども達が帰って来る。
    晩御飯の支度をしよう。

    友達の話や、
    色々な今日の出来事を沢山聞こう。

    そして、子ども達と好きなものや
    未来の話を沢山しよう。




     
     
    億妻から夫の逮捕をきっかけに自己破産女へ。洗脳とモラハラ・DVの壮絶な10年間を経て、お金、愛、幸せについて私の再生への道のり。諦めない。人生は必ずやり直せるから。

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