
材料3つ、小麦ゼロ。それでもふわふわだった米粉のパウンドケーキ
娘に「こんなにふくらんだパウンドケーキ、初めて見た」と言われた。 材料は3つだけ。小麦粉ゼロ。なのに、これ。
高校生の頃から、極端にお腹が弱かった。
保健室とはすっかり友達だったし、若い頃はそんな体質を無視するように、アイスクリームやかき氷もガンガン食べては、トイレに駆け込んでいた。
けれど、いつからか冷たいものを避けるようになった。
年齢を重ねると、自分の内臓に対して守りに入ってくるのかもしれない。
胃カメラの検査のとき、先生に相談してみたことがある。
「お腹弱いなら、小麦と乳製品をやめてみて」
ガーン。
パンもケーキも、好きなものがぜんぶ「食べられないもの」になったような気がした。
もともとお菓子作りは好きだった。
きっかけは、娘が小学生のときの友チョコ。
「一緒に作ろう」と始めたはずが、
「じゃあ後お願い」
「ラッピングは手伝うわ」
気づけば私がチョコレートの焼き菓子をガチで作る側になっていた。
作りながら味見をしながらの作業はとても楽しい。喜ばれると嬉しくて、また作ってしまう。
だから余計に、「もう甘いもの食べない方がいいのか」という喪失感は大きかった。
しばらくは、おにぎり中心の生活にしてみた。
確かにお腹の調子は良くなったと思う。
慣れてくると、パンやお菓子への執着も少しずつ薄れていく。
けれど、どこかでまだ諦めきれていない自分がいた。
そんなとき、米粉という存在が気になり始めた。
最初は買ったまま放置していたけれど、SNSで米粉スイーツを見て試してみたら、意外と作れる。気づけばキッチンの定番になっていた。
あるとき目に飛び込んできたのが、
「卵3つ・砂糖・米粉だけのパウンドケーキ」。
簡単そうだし、夜に予定がない日にやってみようと思っていて、ちょうどそのタイミングがきた。
今回いつもと違ったのは、電動泡立て器を使うことだった。
「いつか使おう」と買ったまま3年間、食器棚の中で眠っていた新品である。
なぜか急に、使ってみたくなった。
卵と砂糖を入れて、スイッチオン。
キーンキーンと音を立てながら、ボウルの中で小刻みに回る。
ぐるぐる回るようすは、ちょっと職人っぽくて意外に気持ちいい。
けれど、思ったよりすぐには泡立たない。
10分くらい、台所で立ったままそのグルグル回る泡をじっと見ていた。
右手に変えたり、左手に持ち替えたり。
じわじわと腕が疲れてくる。
やっと生地がふわっとしてきたところで、米粉をサクサク混ぜる。
いつもの混ぜるだけの生地より、なんだか量が多い。
ちょっとあふれそうなくらいで、本当にこれで合っているのか少し不安になる。
170℃のオーブンで25分。
焼き上がりを見て、少しびっくりした。
ふわっふわっ、だった。
包んでいるシートもぷるぷるしていて、はがすのに手間取る。
包丁を入れるのもためらうくらい、やわらかい。
一口食べて、思わずほっとした。
砂糖は少なめだから甘さは控えめ。
でも、はちみつをかけたら十分すぎるくらいおいしい。
ちょっと不格好で、お店で売っているものとは違う。
だからいいのかもしれない。
気取っていないのに、ちゃんとおいしい。
米粉でも、こんなにふわふわになるんだと思った。
それが嬉しくて、なんだか少し報われた気がした。
娘に「いつものしっとりケーキとどっちがいい?」と聞いたら、「断然こっち!」と即答。
娘が喜んでくれて、私の心もじんわり満たされた。
最近は完全に小麦をやめるでもなく、昔みたいに気にせず食べるでもなく、今の私はその間を行ったり来たりしている。
それでも、こうして家で米粉で焼いたケーキを食べる時間は、私の心を満たしてくれる。
3年間眠っていた泡立て器も、ようやく役に立った。
完璧にしなくてもいいんだと思う。今の自分に合うように、食べたいものを作って、おいしいと思える時間を積み重ねていけたら、それで十分だ。