
香港観察記 歩道橋の背中【2025 香港旅④】
香港を訪れた際、以前と大きく違ったな、と思った点がある。
それは、イスラム教徒の女性が身につけるヒジャブをかぶった女性をものすごくたくさん街で見かけたことだ。
日曜日の香港駅周辺は、4、5人ではない。40人や50人でもない。「今日は何かイベントでもあるのか」と思うほど、ヒジャブ姿の女性たちが歩道を埋めていた。
これはすごい時代の変化だなと思う。
以前から香港では外国人の家事労働者を雇う家庭が多く、主にフィリピンの女性が多かった印象がある。また勝手な推測を書くが、香港がイギリス領だった時代は、金融街にもイギリス人をはじめとする外国人が今より多く働いていたのではないだろうか。英語を話せるフィリピン人女性が活躍していた背景には、そうした事情もあったのかもしれない。
なぜ変わったのかは分からない。ただ、今回私が歩いた香港駅周辺では、ヒジャブ姿の女性たちが圧倒的に目に入った。
私の知っている香港も、少しずつ別の時代へ移っているのかもしれない。
なぜこれほど多くの人が外で集まっているのだろう、と考えた。
そういえば、香港のお手伝いの方々は住み込みで働いているケースが多いと聞いたことがある。土日は雇用主も家にいるだろう。休みの日くらい外へ出たいのかもしれない。あるいは、せっかくの休日なのだから、同郷の仲間とおしゃべりをして過ごしたいのかもしれない。
もちろん実際の理由は分からない。
ただ、歩道に座り込んで楽しそうに談笑する姿を見ていると、あの場所が彼女たちにとってのリビングルームのようにも見えた。
……そういえば、似たような話を台湾でも聞いたことがある。日曜日の台北駅周辺には、外国人労働者の女性たちが大勢集まって過ごしているのだという。
ひょっとすると、これは香港だけの風景ではないのかもしれない。
想像でしかないが、彼女たちは生まれ育った故郷を離れ、異国で働いている。私には経験のない生き方だ。
海外旅行は好きだが、「稼ぐために異国へ行く」という選択はしたことがない。言葉の壁もあるだろうし、文化の違いもあるだろう。それでも彼女たちは、何らかの理由があって海を渡り、ここで生活している。
50歳になってみると分かる。
そういう決断を実際に行動へ移すことは、決して簡単なことではない。
旅行でも留学でもない。異国で暮らし、異国で稼ぐ。
言葉も国のルールも異なる暮らしだ。
それがどれほど大変なことか、私には想像することしかできない。
会社の辞令で海外へ赴任するのとも、また違う苦労があるのだろう。
段ボールの上で楽しそうに談笑する女性たちを見ながら、その明るさの向こうにある強さとバイタリティーを勝手に感じ取っていた。
そして、夕方また同じ場所を通ったのだが、歩道橋にひとり座り、遠くを見ているヒジャブの女性がいた。
私と同年代か、少し年上に見える女性だった。
若い女性ならそれほど気にならなかったかもしれない。
しかし、自分と同じくらいの年齢に見えるその女性の姿は、なぜだか強く印象に残った。
みんなが賑やかに談笑している中で、その女性だけが離れた場所でひとり遠くを眺めていた。
遠く離れた家族を思ったり故郷を思い出していたのかもしれない。
単に待ち合わせをしていただけかもしれない。
本当のことは分からない。
ただ、私はなぜだか少し切ない気持ちになった。
観光バスに乗り、美味しいものを食べ、
楽しい香港旅だった。
が、
今回の香港旅で一番印象に残ったのは、
あの日、歩道橋で見た彼女の背中だった。