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"良い子"でないと愛されないと思っていた話

    ここ数年自分と向き合う時間が多くなっている。

    正確にはうつ病をきっかけに自分に向き合わざるを得なくなった。

    そうして、自分と向き合っていくとどうも過去のトラウマや古傷が痛み出すのだ。

    だけど、古傷の根源を見つけた結果、心が軽くなって前に進む一歩になった。

    そんな、私の古傷の根源の発見と気づきの話。

    (※現在は治っていますが、今回の記事は暗い内容も含むので閲覧は自己責任でお願いします。)


    ◎自分と向き合ってみた

    人間生きていると傷つくことはもちろんあるし、仕方のないことではある。

    ただ、私の場合その傷を誤魔化しながら見て見ぬふりをし続けてしまったことで

    土台となる自分の格になる部分が不安定のまま大人になってしまったようだ…

    ここ数年の自分と向き合う時間のなかで、その不安定さの根源を探り、自分で自分を癒すように意識して過ごしてきた。

    ときに、向き合うのが辛いことも恥ずかしく思うものもあったけど、

    そういうところも自分の一部。

    と受け止め癒すことでコンプレックスが和らぐこともあった。

    「こうあらねば」「こうしなきゃ」そう思う原因は親子関係にあったりもしたし、

    嫉妬の原因が実は、他の人に言われた些細だけど傷ついた出来事がきっかけの場合もあった…。


    ◎嫉妬の感情を紐解いてみた

    少し話はズレるが、嫉妬の感情はときに面白いと思ったので、詳細も書いてみる。

    今回の私の中にあった小さな嫉妬を紐解いて順番に過去に遡ってみると…


    他の人がAちゃんのこと褒めてるのに自分には馬鹿にした態度をとってきた。
    ↓
    そのときに、傷ついてモヤっとした。
    ↓
    その結果、
    「Aちゃんに比べて自分はこうなんだ。」
    「Aちゃんはいいよな。」
    と考えるようになる。
    ↓
    その感情だけが大きくなり、
    立派な嫉妬という感情に育つ。


    とまぁ、こんな感じだったのだ。

    必ずしもAちゃんが悪いわけでも嫌なわけでもなく、

    むしろ仲良くなりたい場合にも発動するのが嫉妬の面白くかつ、厄介なところ。

    加えて、もう一つ面白いところは、
    馬鹿にしてきた相手への怒りは育っていないということ…!

    あくまで自分を卑下する方面にいきその方面の感情だけが育ってしまったのは
    私の考え方のクセだね。

    怒りという感情を恐れて避けた結果、自分を卑下するという方面にいってしまったらしい。

    物事は捉え方次第

    って言うけどこういうことだなと改めて思った。


    ◎負の感情に向き合ってみた

    とまあ、こうやって自分の感情とかモヤモヤの感情を順番に紐解いてみると、意外なところに繋がってる場合がある。

    これを見て見ぬふりをすることもできるけど、そうやって拗らせたときに出てくるのが、

    こんな負の感情を抱く自分は嫌なヤツ

    とまぁこんな感じで自己嫌悪とか自信喪失につながっていくわけ…。

    人のせいにするなってのももちろんその通りなんだけど、一方でそう捉えざるを得なかったよねっていう場面もあると思う。

    ただ、問題になるのは、原因が根深すぎて心の奥底に隠れている場合。

    原因が簡単に見つかればいいけど、根深いところに原因がある場合は本当に紐解く作業が大変だし、辛いこともある。

    特にその原因が親子関係にある場合。

    これは、本当に大変だし厄介。

    私の場合、母親がワンオペ子育てだったことによる寂しさを感じていた。

    だけど、その寂しさという感情をうまく表現できていなかったし、
    なんなら、親は自分を鬱陶しがってるとさえ思っていた。

    さらに引越し、新しい土地での小学校入学というストレスフルな環境でのトリプルパンチ。

    そういった感情を処理しきれず、表現もできないことでのストレスが学校で爆発して問題を起こしてはまた自己嫌悪。

    子供の頃、問題を起こすのは大抵感情の制御が効かないからなんだけど、

    そんな衝動的で制御ができない自分には価値がないと10歳もいかないときにすでに悩んでいたことを思い出してゾッとした。

    と、ここまで原因追及できたところでふと気づいた。

    私、いい子でないと愛されないと思っていたんだ…って。


    ◎良い子でないと愛されないという思い込み

    良い子になれば、問題を起こさなくなれば愛されるし、可愛がってもらえると思っていたのかもしれない。

    いい子でいれば愛されるはず。だから、

    感情を殺せばいいし、

    勉強を頑張ればいいし、

    先生が褒めてくれるような行動をとればいい

    そう思っていた。

    そう考えていたというよりは、無意識にそうしていた気がする。

    ただ今回、その過去を思い返し気がつくきっかけがあった。

    それは、心理カウンセラーの橋本翔太さんの言葉。

    それを聞いてハッとした。

    橋本さんは本も出されているが、とても温かい雰囲気で多くの人の悩みの原因について話しているので、ぜひ観てほしい。
    (YouTubeチャンネルを貼っておきます。)


    たしかに自分にはこんな過去があってそう考えたのかも。と考えた内容は、以下のもの。

    精神的な生きづらさを感じている人の心にはある思いがあって…

    それは、

    「これ以上傷つきたくない」

    だ。

    たしかに無意識のどこかにその思いがあり、その思いこそが1番の不安定の根源だったと。

    つい先日ようやく大切な答えに辿り着いた。

    まだ消化までは至っていないけど、今は当時の自分がなんでそう考えたのか、思い出しては

    大丈夫。そのままでも愛されてるよ。
    私が愛しているよ。

    と自分の中の幼い自分に話しかけてみてる。

    スピリチュアル的な話だといわゆる
    インナーチャイルドを癒すってものに当てはまるらしい。

    ただ、本当に不思議で、
    そうやって過去の自分に第三者的に話しかけるとどんどん自分の中の傷がかさぶたになって治っていく。

    今までは見て見ぬふりをしてたから、心の傷も炎症を起こして悪化してたんだろうね。

    だけど、傷口も適切に対処すると自然に治っていくのと同じ。

    炎症の原因を見つけてあげるだけでこんなに良くなるんだね。

    人によっては向き合うどころか思い出すのさえ辛いこともあると思う。

    だけど、そういう自分の傷があると認識してみるだけでも、心のクセに気がつけるのかもしれない。

    そう思えた今回の発見と学び。

     
     
     
    𓈒 𓏸 𓐍『自分らしくを魅力的に』𓈒 𓏸 𓐍 性別を超える枠を克服する🐦‍⬛自分らしさについて私なりの答えを🫧人生って冥土の土産づくり🕊️ ただそのまま、私を表現するためのアカウント 誰かにとっての一筋の光くらいになればいい 「何か」じゃなくてワタシがワタシで希望とか道標とか

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