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【第5回】《過去》大山祇尊(オオヤマツミ)の視座〜山の神からの神託〜

前回の円卓会議で書いた崇拝する、大山祇尊(オオヤマヅミ)とのエピソードを書きます。

当時の言い訳

もし、自己主張できたら…
もし、あのときうまく機会を利用していたら…
もし、私が自由の身なら…
もし、やり方さえ知っていれば…
もし、私に『過去』がなかったら…

思考は現実化する ナポレオン・ヒル 第18章
54の有名な言い訳より

かつての私には、自己主張する言葉も、守るべき信念もありませんでした。流されるまま、人生に翻弄されていた時代。でも、その空虚な心の隙間に、ナポレオン・ヒルの哲学と、山の神の視座が入り込んできたのです――。

なぜ、一見バラバラに見える #地域おこし協力隊 や #介護福祉士 というピースが、私の中で一つに繋がったのか。
その裏側には、私の人生の節目で必ず下される #神託 とも呼べる、大山祇尊との不思議な邂逅がありました。」

――「山」を資源から「神域」へ

0. 運命の「一ヶ月」:大山祇尊との邂逅

私の転機には、いつもこの神がいる。しまなみ海道・大三島に鎮座する大山祇神社。新たな道へ進むべきか迷っていた12月、私はここで祈願した。
そのわずか一ヶ月後、導かれるように「木の駅プロジェクト」の誘いが舞い込み、二週間後には安芸高田市の地域おこし協力隊としての採用が決まった。
このスピード感こそが、私にとっての大山祇尊の「神託」だった。

1. 現場での対峙:『原木神楽舞茸』という祈り

里山を単なる背景ではなく、実利を生む場に変える。協力隊時代の一つの活動として、私は森林組合の空き設備を活用し、原木舞茸の生産とブランディングに挑んだ。
地域の方々が山から切り出した原木を、知恵と技術で希少価値ある「原木神楽舞茸のホダ木」に変える『木の子倶楽部』の立ち上げ。最大60名の仲間が集ったこの活動は、私に**「山は人が関わることで輝く神域である」**ことを教えてくれた。

2. 醸造家としての「分解と再生」の儀式

大山祇尊は「酒造りの祖神」でもある。山の広葉樹をキノコの培地にするということは、キノコ菌による「分解」のプロセスだ。これは、麹が米を分解する「醸造」と全く同じロジックである。
山の整備を終えた後の宴、ビールで乾杯するフロー図。
「この地ならではのビールを作りたい」という当時の浅はかな(しかし熱烈な)衝動が、今の私を「醸造」という終わりのない探求の道へ引きずり込んだ。それは、里山のエネルギーを液体に封じ込める、現代の錬金術だ。

3. 山・人・福祉の三位一体:絶望の淵で見えた「ケア」の真理

協力隊卒業後から次のステージで仕事していましたか、ある日突然の失業の知らせ。無職という「空白」のなかで飛び込んだのが、介護福祉士要請コースという福祉の世界だった。
そこで出会った『地域福祉の推進』という壮大な倫理観に、私は震えた。
「里山をケアすることは、地域をケアすることである」
里山の手入れ(システム化)は、水源を守り、食を育み、そこに住む人の精神を癒やす。これまで実施していた数々の点の活動が、一つの人の尊厳を守る「ケアワーカー」というゴールにつながる新たなアイデンティティを手に入れたように感じた。

4. 大山祇尊からの神託:里山システムの核心

「この山をどう活かすか?」
山が生み出すエネルギー(醸造)、それを受け取る人々の健やかな暮らし(食)、そしてそれらを包み込む癒やし。これらを循環させる基幹となるものが、今必要とされる里山資源を活かした「小規模でマネしやすい(分散型の)食品製造工程」なのだと確信した。今はまだ、たった一つのアイデアにすぎない「究極のひろしまおでん」をテーマに、システム設計するための研究し、noteで発信していきたいと考えている。

この「究極のひろしまおでん」へと続く物語は、単なるビジネスではない。山と、神と、未来が一つに溶け合う、私にしか描けない「新・天孫降臨」の物語だと感じている。

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