
「ピクサーみたいなハッピーエンドをよこせ」ができるまで
この曲は、解像度の低い願望から始まってる。
歌詞を書いているうちに、「ピクサーみたいなハッピーエンドをよこせ」というフレーズだけが先にできた。
雑で、乱暴で、アホで最高だと思った。
たぶん普段の自分なら言わないからだ。
だいたい僕の曲は願いが叶わなかった後の話になる。世界はそんなに都合よくできてないよね、という所から始まることが多い。
だから「ハッピーエンドをよこせ」なんて言い方は自分でも新鮮だった。
しかも「ピクサーみたいな」なのが良い。
何が欲しいのか説明していない。
でも、欲しいということだけは伝わる感じ。
ちゃんと考えれば考えるほど、言葉は正確になる。
でも、代わりに整えたことでの嘘も混ざる気がする。
本当はそこまで整理できていないのに、整理できたふりをしてしまう時がある。
このnoteもけっこう怪しい。
その点、この「ピクサーみたいな~」というフレーズはそういう変な理屈を無理やり飛び越えてくる感じがして嫌で好きだった。
なんとなく報われたい、良い感じになりたい、救われたい。
そんな曖昧な感覚にこの言葉がしっくりきた。
歌詞ができた後の半分は遊びになった。
歌詞から明らかにパンクな曲になるべきだと思っていた。
メロディが浮かばなくて、一度寝かせてみた。
その後、別の曲を作り終えた反動で少し実験したくなった。
ちょうど未公開の新曲があった。
この曲のMIDIの形を逆再生したらどうなるんだろう。
曲が逆になることでその曲の裏側の感情が出てくるなら面白いかなって思った。
そんなところから組み立て直したら、ふわふわと不安定なまま曲の形を保って落ち着いた。
パンクにするつもりだった曲がそうなったけど、この一面もありだと納得できた。
映像も同じだった。
ゴミの日と言っているし、ごみ袋が歩いてきたら面白いかもしれない。
座ったままスライドしてきたら、もっと変かもしれない。
そのくらいの発想だった。
後から思い返すと、そのとき読んでたある退廃的な漫画でみたその唇とか家族が遊んでいた脳腐れゲームの動きもなんとなく混ざってる気がする。
あの確率に一喜一憂するおみくじみたいなやつだ。
うちではあれが家族ぐるみで流行っている。最悪だ。
この変な生き物たちも、結局は日常の断片から出来ていたということ。

そして、このゴミ袋はパラパラと瞬間移動した。
手も足も生えている。
たぶん生えていた方が移動しやすいと思った。
それ以上の理由はない。
完成した作品を見ると、全然ハッピーエンドにはなれていない。なるはずがない。
変な生き物が瞬間移動しているだけだ。
でも、これでよかったと思っている。
「おい、その程度の願いだとこれが出てくるぞ。」合成に失敗したシュールな現実、みたいな感じ。
ごみ袋が歩いているのに本人だけは真面目にハッピーエンドを要求している。
その温度差がお気に入りだ。
歌うときだけミクさんになるのも良い。
あんた、ゴミじゃなかったの?
いきなりミクさんに変身する。
割り込みみたいにも見える。
何を以てハッピーエンドなのか。
どうなれば満足なのか。まだよく分からない。
そして、その分からなさにいちばん似合う言葉が、今のところは「ピクサーみたいなハッピーエンドをよこせ」なんだということなのかな。
■歌詞
月曜日
夢を捨てた
火曜日
息をひそめた
水曜日はゴミの日
僕の日だ
木曜日もゴミの日
僕の日だ
金曜日
つかれた土日
寝てたら
終わってた
SOS?
SOS?
ぼくのビンボン
おい
僕が一番愛してる
僕の憂鬱2.3%
誰が測ったこのまつげ
ピクサーみたいな
ハッピーエンドをよこせよ
僕にもよこせ涙と鼻水
でおぼれるような
CGみたいな友達よこせ
説明不要の勧善懲悪
最後にキスして終わるやつ
考えさせるな
感じさせろ
馬鹿みたいにさ