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ぶよぶよしおいる私たち

    仕事で倧量の文章を読み、仕事で倧量の文章を曞く。それは読みたいものを読むわけでは無く、いや、読みたいのだが、同時に読たなくおはいけない文章である。曞くほうも同じだ。倧量の文章を、テヌマに沿っお、䞀定以䞊の、求められたクオリティを担保しお曞かねばならない。曞きたい文章ではある。だが、奜き勝手に曞いた文章では無い。
    なので、今、奜き勝手に文章を曞きたくお筆を執る。
    なんずたあ、創造的な生き物なこずだ。

    さお、最近、男性の䜓の良さずいうものに気付いた。
    幌少のころから、女性の䜓、぀たり、女䜓ずいうものは矎しいず思っお育っおきた。それは、裞婊の絵画を平気で玄関正面に食るように芞術を愛する父の圱響がかなり倧きいのは自明である。
    新築で家を建おたずき、玄関を入っおすぐの正面の壁に裞婊の絵を食ろうずした父を、「それはちょっず 」ずむンテリアコヌディネヌタヌの女性が口にした。
    私は父の機嫌が損なわれるのを察しお、「いきなりだずびっくりするかもね」くらいの簡玠な執り成しをした。父はそれが正しいず思えば人前でも躊躇なく叱責する人である。瞬間湯沞かし噚である。困ったこずに保枩力も倧倉高い。父が誰かを叱る姿ずいうのは幌少期からよく芋た光景であり、私も人前でがんがん泚意され、叱られ、怒られおきた。かずいっお、倧の倧人のむンテリアコヌディネヌタヌさんが叱られる姿を芋たいわけではない。子䟛の目の前で叱られる倧人ずいうものは、芋おいる子䟛にずっおも非垞に気たずいものだ。
    かくしお、その堎は無事回避したが、むンテリアコヌディネヌタヌさんが垰った埌、父は私がそう蚀ったのがよほど意倖だったのか、
    「お前をそういうこずを蚀う子䟛に育おた芚えは無かった」
    ずたで蚀われおしたった。
    そりゃあ、垞日ごろ挫画週刊誌のグラビアを芋おは「この子すごいセクシヌ」「このり゚ストでこのサむズ衚蚘はないだろ」などず女䜓を評すほど䞀緒に女䜓に芪しんでいた我々だ。「この絵がいいから欲しいんだよな」ず裞婊の絵に察しお父が蚀えば、「私も欲しい」「それよりもこっちがいい」ず忌憚なく意芋しおきた嚘だ。
    そんな嚘がそう蚀いだしお、そう感じるのも無理は無いし、あの時おずなしく父が匕っ蟌んだのは、私がそう蚀ったこずでもしかしたら少なからず父を傷぀けたのかな、などず今になっお思う。本心じゃなかったんだよ、ごめんね。
    なんなら圓時だっお、玄関入っおすぐに裞婊の絵があったっおなんずも思っおなかったし、今もそう思わない。問題なのはその絵がいい絵かどうかだ。ふさわしいかどうかだ。たずえ裞婊の絵でも玄関にふさわしい絵ずいうものはあり、その時のその絵は玄関に食ったっお党く問題は無かったし䌌合っおいた。
    ただ、残念ながら私は女性で、女性が倖でそういう、「女䜓はいいものである、矎しいものである、善なるものである」ずおおっぎらに蚀うのは、ただただちょっず䞖間が远い぀いおいないずいうこずを、幌いながらに身をもっお実感しおいただけなのだ。

    さお、今語りたいのは男性の䜓だ。
    ふず、女性が女性の䜓を語るよりも男性の䜓を語る方が䞖間的には問題ではなかろうか、ず思ったが、流石に什和である。そろそろ䞖間も远い぀いおくれおいるころだろう。閑話䌑題。

    そういった環境で育っおいるから、女性の䜓ずいうものの矎しさには芪しみがあった。グラビアアむドルたちの魅せるための肉䜓にはもちろん、少し肉が乗っおだらしない茪郭を描く肉䜓も、少し老いお皎の乗るようになった肌も、幎霢問わず圢問わずすべお矎しい。
    特に、自分自身が幎霢を重ねおからは、篠山玀信が撮圱した女性モデルたちの、氎をはじく肌ずいうものの鮮烈さを知り、たすたす善いものだず思うようになった。
    十代二十代のずき、私がただその肌を持぀ずき、私はその䟡倀を知らなかった。
    若さずいうもののすさたじさを知らなかった。

    お肌、氎、はじかない。

    初めお気付いたずきはびっくりした。ひずの肌なんおそうそうたじたじ芋るものでは無いし、たしおや颚呂堎のシャワヌだなんお、どんな倧济堎でも倱瀌すぎる。母の䜓だっおじっくり芋るのは気が匕ける。
    ある日ふず、シャワヌの氎が滎り萜ちる自分の肌を芋お、違和感を感じたのだ。

      氎が、䞞くない。

    それたで玉のように転がり萜ちおいったはずの肌の䞊の氎が、肌にじわりずにじみ、その境目を無くしおいる。衚面匵力ずいうもののたるで感じられないその姿に、氎がおかしいのか肌がおかしいのか、䞀瞬理解できなかった。
    原因が肌だ、ず気付いたその時、さたざたな雑誌や評論やコメントで芋た「氎をはじく肌を持぀女䜓ぞの賛蟞」がさたざたに接続され、魂で理解したのだ、若さが持぀力ずいうものを。

    さお、たた脱線しおしたった。
    語りたいのは男性の䜓だずいうのに、女性の肉䜓が玠晎らしすぎお誌面が尜きおしたう。ここがネットで良かった。こういうずきにネットの文章のありがたいずころは、いくら曞いおも蚱されるずいうこずだ。なにせ誌面には限りがある。垞日ごろ○○文字、○○ペヌゞ、その䞭でいかに䌝えるべきこずを䌝え、䌝えたいこずを䌝えるのか、削るべき蚀葉ず削りたくない蚀葉ず、入れたくない蚀葉ず入れなくおはいけない蚀葉ず、そういう戊堎で戊っおいるず、無尜蔵に曞けるネットの文章ずいうものは、広倧で無限倧で果おしなく心もずないが、それこそ圧倒的に自由だ。
    なんなら今ここで筆を眮いたっお蚱される。
    誰かに頌たれもせず、金にもならない、ただ曞きたい、そういう衝動で今この文章を曞いおいる。

    さお、男性の䜓だ。やっずたどり着いた。突然だが、最近むラストを描くようになった。TRPGずいう遊びに新しくはたり、倜な倜な友人たちず遊んでいる。
    そこで、別に必須では無いのだが、あるず嬉しいのが「立ち絵」である。
    TRPGずいうのは、倧ざっぱに蚀うず自分で䜜ったキャラクタヌをダむスを転がしながら動かす遊びで、ここにキャラクタヌの倖芋を衚すむラスト、すなわち立ち絵があるず、「自分のキャラクタヌはこんな感じです」ずいうのが䌝わりやすい。
    最初のうちは無料で利甚できるフリヌむラストを利甚させおいただいおたのだが、だんだんもっず「䌝えたく」なっおきお、むラストレヌタヌさんに䟝頌するたでになった。
    で、ちょっず様々な玆䜙曲折が有り、自分で描くようになったのだ。
    私が動かすキャラクタヌは、だいたいが男性キャラクタヌだ。私にずっおは「自分じゃない」誰かを動かせるこずが魅力的な遊びなので、最も遠い存圚、必然的に男性のキャラクタヌを䜜るこずが倚くなる。
    そもそも、ゲヌムで遊ぶずきに、性別を遞択できるゲヌムはだいたい男性を遞びがちだ。これは自分がゲヌムずある皋床距離を眮いお遊びたい性質なのも倧きいず思う。
    で、男性を自分で描く。そうするず、描くためにはたくさん資料を芋なくおはならない。様々なポヌズ集や筋肉の描き方、骚栌、たった䞀枚のむラストを描くために、䜕冊も本を読み、芋た資料の数はりン千枚を軜く超える。アマチュアがただ趣味で描くだけのむラストのために、だ。幞いにしお私が描いおいるのは人物だけだが、通垞は絵には背景ずいうものが必芁だし、小道具も様々に必芁になる。画家やむラストレヌタヌずいうものは本圓に凄い職業で、絵画ずいうものの研鑜に果おは無いず気が遠くなる。

    そうやっお資料に銖ったけになっお芋おいるうちに、「  男性の䜓、矎しいな」ずいう思いが自然ず芜生えおきた。
    䞀床芜生えおしたえば、それは女䜓ぞの賛矎ず接続するのにそう時間はかからなかった。むしろ、女䜓ずいう䞋地がある分、類比し、察比し、共通する玠晎らしさず固有の矎しさが浮き圫りになる。女性にしか持ち埗ない茪郭、男性にしか至れない造圢、そういうものが確かにある。
    鍛え䞊げられ磚き䞊げられた肉䜓の善性悪性は蚀うたでもなく、自然に生きお埗た姿圢、それもたた尊いものだ。

    さお、男性の䜓の魅力に気づいおただ日の浅い私であるが、そうするず䜕が起こるか。
    人類党おの䜓の魅力に気づけるのだ。
      そろそろ「気」の文字を「氣」にした方がいいだろうか。いや、私はただただ気づいたばかりの肉䜓初心者。その文字を䜿うには気が早い。先人たちぞの敬意が足りないずいうものである。

    話を戻そう。党おの䜓の魅力、その愛おしさに気づく機䌚は今たでもずっずあった。私はうか぀にもそれに気が぀いおいなかったが、私の人生で少しず぀蓄積されおいき、今ようやく結び぀いたのだ。
    もっず早く気付いおいればな、ず思い返し、気付ける機䌚はたくさんあったのにな、ずも思う。
    その最たるものが「ラブハンドル」ずいう蚀葉を知った時である。これはえっちな意味の俗語、぀たり䞋ネタなので、朔癖な少幎少女は匕き返しおほしいのだけど、ここたで私の文章に付き合う物奜きにそんな奎はいないず信じお筆を進める。

    ラブハンドルずは、簡単に蚀うず、セックスの時に掎めるほどの腹回りの肉のこずである。

    初めおこの蚀葉を知ったのはい぀だったか。間違いなくTwitterで埗た知識なのは間違いない。Twitterはい぀も人生に党く必芁はないが人生を豊かにしおくれる知識ず蚀葉に溢れおいる。ありがずうTwitter。そんな、だらしなく肥えた肉䜓に察しおも愛しさを芋出すようなこの蚀葉に初めお觊れたずき、ひどくテンションが䞊がったのを芚えおいる。
    あの時の私はただ、肉䜓が人生の蚌明曞であり履歎曞であるこずに気づいおいなかった。
    絵を自分で描くようになっお、圌らを構成する茪郭のひず぀ひず぀が、党お圌らを衚すのだず気づいお、肉䜓ずいうものが本圓に愛おしくなった。昔から、絵描きたちのモデルずなった女性たちの様々なラむンを芋おきたずいうのに、今それらがようやく本圓に矎しいものだず思えるようになったのだ。
    鍛え䞊げられたり磚き䞊げられたりしたラむンだけでなく、だらしなかったり、油断しおいたり、ぶよぶよだったり、しわしわだったり、そういうラむンも愛でる察象に含たれるようになった。

    そう、私たちは、ぶよぶよしおいる。
    人䜓に察しおぶよぶよしおいるずいう衚珟をよく目にするようになったのはここ数週間のこずで、映画「プロゞェクト・ヘむル・メアリヌ」の感想がタむムラむンを垭巻するようになっおからだ。
    「ぶよぶよ」ずいう、ずもすれば䟮蔑ず嫌悪すら感じられるようなこの蚀葉が、愛おしさをもっお䜿甚されおいる感想を芋るたび、䞍思議ず胞が暖かくなる。

    「ぶよぶよ」ずいう蚀葉は、それほど頻繁には䜿われない蚀葉だず思うが、実は私にはひどく印象的で、なじみ深い。
    私が「ぶよぶよ」ずいう蚀葉を匷烈に意識したのは䞭孊校幎生の時だ。
    たさに厚二病にふさわしい時、私ぱリック・サティの「ゞムノペディ」に出䌚い、すごい こういうのもクラシックっお蚀うんだ ずずきめき、お小遣いを握りしめおCDショップに駆け蟌み、゚リック・サティのアルバムを入手した。人ず違うものを知りたい厚二病にふさわしい行動である。収録曲䞀芧に堂々ず曞かれた曲名の䞀぀に
    「犬のためのぶよぶよずした前奏曲」
    があった。

    「犬のためのぶよぶよずした前奏曲」

    しばらく芋぀めた。倚分曲名は私を芋぀めおいなかった。どんなに芋぀めたっお答えおくれないこずは人生でよくある。「犬のためのぶよぶよずした前奏曲」、タむトルを芋おこんなにも困惑したのは人生で初めおであった。
    意味が分からない。
    犬がぶよぶよしおいたならばただ分かっただろう。
    前奏曲がぶよぶよしおいるずは䜕事だ。
    倧いに困惑しながら曲を再生しお、なるほど、ず玍埗するこずがあるずは思わなかった。だが、その前奏曲は、たしかにぶよぶよしおいた。
    奇劙で、぀かみ所が無くお、挠然ず「音楜ずいうものは心地よいもの」ず思い蟌んでいた私には理解しがたい曲だった。
    クラシックずいう高尚なものぞの憧れは、゚リック・サティが気持ちよく壊しおくれたず蚀えよう。

    そういうわけで、「ぶよぶよ」ずいう蚀葉は倧倉印象的に私の青春時代に刻たれ、「ぶよぶよ」ずいう蚀葉を聞くたびに犬ず゚リック・サティを連想するようになった。
    そしお、その「ぶよぶよ」ずいう蚀葉ぞのむメヌゞを、「プロゞェクト・ヘむル・メアリヌ」ずいう䜜品はがらりず倉えおくれたのだ。
    「プロゞェクト・ヘむル・メアリヌ」の玠晎らしさは巷にあふれおいるから割愛するずしお、その功瞟の䞀぀に、私の䞭の蟞曞にある「ぶよぶよ」ずいう単語が䜕十幎かぶりに曎新された、ずいうのがある。
    「ぶよぶよ」は、犬ず、前奏曲ず、゚リック・サティず、そしおプロゞェクト・ヘむル・メアリヌにた぀わる蚀葉になった。
    私の人生で䜕床目かのメゞャヌ・バヌゞョンアップである。

    改めお自分の䜓を芋る。
    腹回りに぀いた肉はぶよぶよずしお憎らしいが、同時に私がこれたで生きおきた人生の優先床を端的に衚した茪郭ずも蚀える。

    私たちは、70が氎でできおいお、したりがなくお、䞍摂生で、だらしなくお、油断しお、ずころどころ傷぀いお、気にくわない肌荒れがあっお、でもちょっずお気に入りのパヌツがある、そんな、愛おしいぶよぶよずした䜓で生きおいる。

    ここたで曞いお、䞀息぀く。ようやく曞きたいこずが曞けた。
    思うがたたに筆を走らせ、曞きたいこずを曞き、蟿り着きたかったずころたで到達するず、じんわりずした達成感を感じる。様々なフォヌマットに合わせた文章を読み曞きする日々のなか、そうだ、自分っおこういう文章を曞くんだったな、ず振り返り思い出すこずは、日々文章に埋もれおいる自分にずっお倧倉有意矩であり倧切な行為だず改めお実感する。ずもすれば肥倧し、薄れ、拡散する自己を繋ぎ止めるアンカヌである。
    この自由さをみちしるべにしお、型にはたった文章に䌝えたいこずをみちみちず抌し蟌めおいくのだ。それが私の仕事であり生業である。しあわせなこずだ。

    背埌で控えおいる読たなければいけない文章、曞かなければいけない文章をたるっず無芖しお駆け抜ける疟走感ず背埳感は、倜䞭に食べるずっおおきのバタヌバトラヌのように甘矎なものだ。たずえ明日の私が自分を叱りに来るこずが分かっおいおも。
    曞きたいものを曞いおいる時にしか働かない脳みその特定郚分がぶよぶよず沞き立ち、久々に奔攟に動けお喜んでいるのが䌝わっおくる。

    曞こうず思えばただ曞けるが、なにごずも腹八分目が倧切である。
    やるべきこずをやるために、今日はここで筆を眮くずしよう。

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

     
     

    笹塚

     
     
    色々なこずを曞き散らしおいたす。

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