メインコンテンツへスキップ
見出し画像

「皆さんでどうぞ」が、一番ムズい。

    手土産をもらい、分けることになった。

    「少ないですが、どうぞ皆さんで召し上がってください」
    そう言われて「ありがとうございます」と頭を下げて喜んでいただいた。開けてみると、美味しいお菓子屋さんの生菓子で、数は中途半端だった。
    私と上司は顔を見合わせる。

    「うーん、難しいですね」
    「難しいわね」
    「どうしましょうか」
    「ちょっと考えるわ」

    手際と決断力に定評のある上司が、自らこのめんどくさい役割を引き受けてくださり、手土産は無事に分配されることとなった。

    「手土産って、難しいですね」
    「そうなのよ。バレンタインのお返しのこと、思い出しちゃった」
    「あー、面倒ですよね、バレンタイン」
    「そうそう。昔ね、みんなでお金を集めて男性陣にバレンタインチョコを渡したのよ」
    「ありましたね。そういう文化」
    「で、その時の課長が『これ、皆さんで』ってホワイトデーのお返しをくれたんだけどね」

    私と上司の間の空気が、一瞬冷たくなった。

    「なんだったと思う?」
    上司はふふっと笑う。
    「わかんないですね。なんですか?」



    「ホールケーキよ!」



    「うわっ!最悪!一番、めんどくさいやつ!」
    「でしょ〜。ほんと、お金もらって買いに行けば良かったと思ったわ」

    私は大きく頷いた。
    そうなのだ。手土産やお返しは、難しいのだ。吾輩はバカボンのパパなのだ。

    おしゃれなものをもらうと、センスよ!と思う。
    お返ししなくていいくらいの感じの、絶妙な値段のものをもらうと、気遣いすげーなと思う。
    珍しいものをもらうと、個性的だなと思う。
    よくわからんものもらうと、よくわからんと思う。
    美味しいものをもらうと、すんげー嬉しい。

    いずれにしたって、その気遣いそのものが嬉しいのだから、中身が何であろうと感謝しかない。しかし、しかしだ、たまに「どうしたらいいのよコレ」みたいなものをもらうと、本当にどうしたらいいのよコレ、と思ったりもする。私がそう思うのだから、私の渡した手土産やお返しをもらった人が、そう思う可能性を考えると、土産物を選ぶ手が産まれたての子鹿の如く、ブルブルと小刻みに震えてしまう。「お客さん、体調でも悪いんですか?」とキオスクのおばちゃんに心配されること必至だ。

    私は過去にもらった絶妙な土産物の数々を思い出した。父から貰ったマトリョーシカ形式の次から次に小さなポーチが出てくるポーチや、どういう意味でお土産にしてくれたのだろうかと勘ぐってしまう手鏡(鏡見て出直してこいや的な?)や、何も入らない小物入れなんかは、正直困った。今でも、捨てていいのかどうかが分からずに、物置の奥底で眠っている。

    逆に、私が心に残っているのは、自分が大好きなお店のお菓子をわざわざ用意してくださったり、賞味期限の長い個包装のお菓子を選んでくれたり、自分では買わなさそうなオシャレな最中のお吸い物や地ビールなどの私好みのものを用意してくださったりすると、最高にうれしくて、機会があれば真似しようと思って心のメモに残してある。

    できれば、センスない人だと思われないようにしたいし、正直なところ、めちゃくちゃセンスのいい人だと思われたい。

    ということで、誰か教えてください。

    もらったら嬉しい手土産を、私に(倒置法)。





    この記事が参加している募集

     
     
    とりあえず生で、締めはラーメンパラダイス

    あなたへのおすすめ