
【第1章】夢がなかった普通の私が、自分の人生を選べるようになるまで。── 極貧・地方・女性・育児。すべてがつながっていく軌跡の記録。
夢がなかった普通の私が、自分の人生を選べるようになるまで。
── 極貧・地方・女性・育児。すべてが段々とつながっていく軌跡の記録。
広島県福山市で、祖母が1969年に創業した不動産会社の三代目として経営をしながら、若者と地域をつなぐ活動を12年続けてきた私が、毎月一つのテーマで人生の中で気づいてきたことを書いていく、全12章のシリーズです。
正直に言うと、今の時点で、ゴールはまだ見えていません。目次も出しません。それっぽいことを今書こうと思えば、書けますが、毎回のリアルな点を積み重ねていくうちに、気づけば線になっていた——そういう記録にしたいのです。
一つだけ約束できることがあります。
ここに書くのは、私が実際に経験し、感じ、考えてきたことだけです。きれいに整理された成功体験ではなく、迷いながら動き続けた一人の人間のリアルを、できるだけそのまま届けていきます。
同時に、並走して書いているシリーズがあります。
「ミライゴト理論への道」── 地方の現場から、理論を言語化する試み。
12年間の活動が、なぜ既存の学術理論に当てはまらないのかを、一つずつ言語化していく知的な旅です。
この哲学の12章が「なぜ私にそれができたのか」の記録だとしたら、理論のシリーズは「私でなくてもできる条件は何か」の探求です。
二つは別々に読んでも完結します。
でも両方読んだ人にだけ、最後に見える景色があります。
▷「ミライゴト理論への道」はこちらのマガジンで読めます。

それでは、第1章を始めます。
第1章「偶然のように見えて、全部つながっていた」
「やりたいことが明確でいいですね」と言われるたびに、少し苦笑いしてしまいます。
今でこそ若者と地域をつなぐ活動を12年続け、3,000名以上の若者と向き合ってきた人間として話を聞いていただくことが増えましたが、10代の私には夢も目標もありませんでした。保育士になりたいという漠然とした憧れが中学でかき消され、建築学科に進んだのは消去法で、不動産会社に就職したのは焦っていたからで、福山に帰ってきたのは使命感の名を借りた衝動でした。
計画などどこにもありませんでした。
それでも今、振り返ってみると、あの一つひとつの「なんとなく」が、実はすべて一本の線でつながっていたことに気づきます。この連載は、そのつながりの話です。
私は広島県福山市を拠点に、一般社団法人ミライゴトの代表理事として若者支援の活動をしています。祖母が1969年に創業した不動産会社の三代目経営者でもあり、二人の娘を育てる母でもあります。これは自慢話でも成功体験記でもなく、ずっと迷い続けながら動いてきた一人の人間の記録です。
「点と点は、後からつながる」という言葉があります。
スティーブ・ジョブズが語って世界中に広まった言葉です。私もずっとそう思ってきました。でも最近、この言葉には続きが必要だと感じています。
点は、打ち続けた人にしかつながらない。
その話を、第1章として書きます。