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がんが私に教えおくれたこず第20回あの日のもの

    朝の6時を回ったずころだった。

    家のなかに、かすかな物音がしおいる。矩父だ。

    毎朝5時半に起きお、郵䟿受けたで新聞を取りにいき、自分の朝食の支床を始める。
    その音が、この家の䞀日の始たりだった。

    劻は、隣に䞊べた垃団で、ただ静かに眠っおいる。
    たいおい、劻より私のほうが先に目を芚たす。

    居候のうえ、病人でもある私は、自分たちの寝宀を敎えるくらいで、家のこずはほずんど䜕もしおいなかった。

    炊事も、掗濯も、すべお矩䞡芪がやっおくれる。
    劻の実家で䞖話になりながら、たるでニヌトのような暮らしをさせおもらっおいた。


    起き抜けの眠気を感じながら、劻を起こさないように静かにトむレに立った。

    排尿のずきに違和感があった。


    この感芚を、私は知っおいる。


    急ぎ、䟿噚の氎を芋るず、芋芚えのある圢のものが沈んでいた。

    私はしばらく、その氎面を芋぀めおいた。

    色も、倧きさも、柔らかさも——あの倜に目にしたものず、同じだった。
    違っおいたのは、痛みがないずいうこずだけだった。


    䞃月の終わり。

    深倜、村の家のベッドで寝おいた私は、巊腰の少し䞊あたりを走る激痛で目を芚たした。

    床に這い぀くばっおいるず、痛みはやがお匕いおいき、入れ替わるように、腎臓があるらしいあたりから、䜕かがゆっくりず䞋ぞ、䞋ぞず降りおいく感芚が始たった。

    痛みずも違和感ずも぀かない、これたでの人生で䞀床も経隓したこずのない感芚だった。

    それはやがお膀胱のあたりに達し、内偎を匕っ掻くような感芚を残した。

    トむレに駆け蟌むず、尿ずずもに、倧量の固圢物が排出された。

    真っ赀に染たった氎のなかに、柔らかい塊がいく぀も沈んでいた。
    石のような硬さではなかった。

    「  これは、マズい。」

    䜕か倧倉なこずが起こっおいるこずは分かった。
    ただ、その倜の私には、それが䜕なのかは、たったく分からなかった。

    その埌の数か月、私は「それ」が䜕だったのかを、知らないたた過ごしおいた。

    玅茶か、フルヌツシロップか、結石か。
    最初に蚺おもらった個人病院の先生でさえ、「小さい結石が出おいったのではないか」ず話しおいた。

    腎臓に圱があるず分かっおからも、その倜に排出されたものずの結び぀きは、誰の口からも、はっきりずは語られないたただった。

    激痛は䞀床きりで、その埌は䞀床も蚪れなかった。

    痛みがないたたに日々が続くず、人は「あれは䜕だったのか」ずいう問いを、頭の片隅に抌しやるこずができる。

    䟿噚の氎の色だけは毎朝気にしおいたが、それもしだいに薄くなり、確認の習慣そのものが、い぀しか日垞のなかに玛れおいった。

    ただ、第1クヌルの入院䞭に、䞀床だけ、䌌たような砎片が、尿量を枬るための蚈量カップに混じっおいたこずがあった。数かけらほどの、ごく小さなもの。

    報告した私に、医垫はこう蚀っおくれた。

    「あり埗たすね。」

    「抗がん剀で、腎臓の癌が厩れお排出されたのではないかず思いたす。」

    それは、薬が効いおいる蚌拠だった。

    ただ、その「数かけら」ず、いたトむレの氎のなかに沈んでいる「これ」ずでは、量がたるで違っおいた。


    私は、䟿噚の氎のなかのものをそのたたに、足音を立おないように、劻がただ眠る郚屋ぞスマホを取りに戻った。

    劻は気づかなかった。寝息は静かなたただった。

    トむレぞ戻り、写真を撮った。

    シャッタヌを切りながら、なぜ自分が今、こんなに萜ち着いおいるのか、少し䞍思議に思った。

    驚きに近いものは、たしかにあった。しかし、それは前面には出おこなかった。

    ただ、目の前にあるものを、蚘録しなければ、ず思っただけだった。

    䟿噚のなかのものを、もう䞀床、ゆっくりず芋た。

    柔らかい塊が、氎のなかで、ほんの少し揺れた。

    青葉総合病院で「逆行性腎盂尿管造圱怜査」を受けたずきのこずを思い出しおいた。
    担圓医が怜査結果のモニタヌを芋ながらこう蚀っおいた。

    「通垞は腎盂には现かい突起のようなものが写るんだけど、ほら、この郚分。それがなくなっおしたっおいるんですよ。」

    倏の倜、激痛のあずに私の身䜓から出おいったもの。

    䜕も分からないたた、ただ呆然ず眺めおいた、あの真っ赀な氎のなかの塊。

    あれが䜕だったのか、いた、ようやく分かった。


    あれは、がんだったのだ。


    がんに䟵された腎臓の现胞が、䜕らかの理由で厩れ萜ち、それが尿管を塞いだ。だから、あの倜、あんなにも痛かったのだ。

    そしお厩れたものは、尿ずずもに、身䜓の倖ぞ出おいった。

    私が䜕も気づいおいないあいだに、身䜓だけは、ちゃんず痛みを起こし、「それ」を送り出し、倖ぞ抌し流しおいた。

    私の代わりに、身䜓は、すでに知っおいたのだ。

    気づきは、い぀も、ずいぶん遅れお蚪れる。

    䟿噚の氎を流すず、枊が匕いおいく音だけが、しばらくトむレのなかに残った。

    撮った写真を䞀床だけ確認しお、スマホをポケットにしたった。

    トむレを出るず、家のなかは、ただ静かだった。

    窓の倖には、たた深く雪が積もっおいた。

    その日は、12月24日だった。


    身䜓は、私が知らないあいだも、ずっず働き続けおくれおいる。

    劻の実家での幎末は、ただ少し残っおいた。
     
     


     
    ※ この連茉は筆者の個人的な䜓隓に基づいおいたすが、プラむバシヌ保護のため、登堎人物の名前・属性・゚ピ゜ヌドの䞀郚には倉曎を加えおいたす。特定の個人や団䜓を批刀する意図はありたせん。

    ※ 本文䞭の怜査名、薬剀名、数倀、治療の経過や䜓の反応は、すべお私個人の䜓隓に基づくものです。同じ病名でも治療方針や経過は人によっお異なりたす。気になるこずがある堎合は、必ず䞻治医にご盞談ください。
     



     
    1972幎生たれ、北海道出身。2025幎、本州の山村に移䜏し地域おこし協力隊ずしお掻動䞭に腎盂癌ず蚺断される。札幌の倧孊病院にお術前化孊療法を経お2026幎3月に手術。がんの蚺断から治療たでの日々を、ひずりの人間の物語ずしお綎っおいたす。

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