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幼稚園の先生だった私が派遣会社の社長になった訳 

    目次
    ①幼稚園教諭から
    ②女が働くという事
    ③カッコよく働きたい
    ④素敵な顧客との出会い
    ⑤乳がん
    ⑥派遣との出会い
    ⑦相棒との出逢い
    ⑧保育の世界
    ⑨いざ法務局へ
    ⑩法務局の洗礼
    ⑪事務所と家具選び
    ⑫登記完了
    ⑬派遣の許可申請
    ⑭開所式
    ⑮営業開始
    ⑯保育園訪問
    ⑰邂逅
    ⑱乳児院
    ⑲顔合わせ
    ⑳ありたい自分


    ①幼稚園教諭から

    なんで私、会社を経営しようなんてことになったんだっけ⁉︎ちょっと過去を振り返ってみることにしました。

    幼稚園教諭の仕事は好きでしたが、結婚が決まりその頃当たり前とされた寿退職をする事になりました。

    そして全ての先輩がそうであったように、当然正式な退職日は年度末、3月31日でした。

    その後子どもを保育園に預けて自営業を手伝っていましたが、訳あってR社で営業をする事になりました。

    営業の意味もわからないまま、毎日30件〜50件飛び込み営業を続けました。

    何も考えず、ただ仕事終わりに名刺の枚数を数えることだけが楽しみでした。どこでどんな人に会ったかなんて事は、ほぼ覚えていませんでした。

    社内の同僚も上司も皆若く、平均年齢24〜25才、独身ばかりで子どもがいるのは私だけでした。

    アルバイトからすぐに契約社員になった私でしたが、何故かその後昇格できず、私だけが正社員にはなれませんでした。

    当時誰よりも営業成績が良かった私は納得が行かず、管理職のトップに理由を聞きに行きました。

    帰ってきた答えはまさかの
    「あなたは子どもがいるから」
    でした。

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    ②女が働くという事

    「あなたは子どもがいるから」
    昇格できない理由をそんなはっきり言っちゃうんだ。そんな事ってある⁉︎

    働き方改革なんてない時代とはいえ、腹立たしさこの上ない!
    「よしじゃあ私の仕事の実績でその考えを変えさせてやる!」と逆にモチベーションが上がりました。

    でももちろん、どんなに成績を上げても、そんな簡単には会社は変わらなかったのです。

    勤務時間は9時〜18時、
    確か求人誌にはそう書いてあったはず…でもその後の転職でも時間通りに帰宅できる事はありませんでした。

    それどころか、子どものお弁当の材料を買いたくて、
    たまにスーパーが閉まる前に帰ろうとして、早めに8時頃に、
    「お先に失礼します」と言って帰る時は、社長が挨拶を返してくれる事はありませんでした。

    子どもがいる女性が働きにくい…、
    ま、そんな時代だったんですかね💦

    こんな風に私は世の中の理不尽を幾つも学んでいきました。

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    ③カッコよく働きたい

    世の中の理不尽をいくつも経験し、学んでいた私にも、ストレス解消の楽しみがありました。

    それは月に一度のご褒美💰、
    目標達成した時や新規の契約を成立させた時に頂くインセンティブは、お給料とは別に現金で頂く事ができるので、ちょっとしたお小遣いだったんです♪

    毎月の定額のお給料とは別で
    平均2〜3万円、多い時は10万円。自由に使えるお金がこんなにあっても良いのかしら☺️

    そんな幸せのご褒美は、私の仕事の活力となる😛お洋服に化けます!

    お洋服を選ぶポイントは、
    キャリアウーマンに見えるかしら💛カッコいいお仕事ができる人に見えるかしら🧡

    時代も仕事内容もスケールも違うけど…、
    「プラダを着た悪魔」くらいな気分だったかもしれない😄

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    ④素敵な顧客との出会い

    ハードな勤務でありながら、服を買うストレス発散以外にも、仕事の楽しみはありました。

    今や超有名な美容クリニックや超有名な居酒屋チェーン、大手美容院…など、私のスキルを高める機会を下さったお客様を上げれば、枚挙にいとまはありません。

    ただの広告営業だけではなく、新店舗の販促品・パンフレットの提案や手配という、プロモーションから参加させて頂く場合もありました。

    そこには幼稚園時代に培ってきた壁面制作の経験も、役立っていたかもしれません。

    今までの私では到底足を踏み入れる事がなかったような仕事に挑戦でき、毎日が充実していました。

    そんなある日、私は胸からの出血を発見しました。

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    ⑤乳がん

    胸からの出血、
    その病名は乳癌でした。

    私の場合はしこりがあったわけではなく、乳管の中に癌ができているというものでした。

    幸い初期だったので、手術と放射線で治療は終わりましたが、初めて自分の命を意識しました。

    人生は一度きりなんだよな。

    それまでただただ突っ走って来た私が、立ち止まるきっかけになったのかもしれません。

    私は何がやりたいんだろう。

    新卒からずっとフルタイムで働いてきて、出産の時よりも長く初めて1ヶ月以上のんびりした日々を過ごしました。

    今の私に何ができるんだろう。

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    ⑥派遣との出会い

    今の私に何ができるんだろう。

    とりあえず時短でならできそうかなと、誘われるままにパート感覚で飛び込んだ世界が派遣だったのです。

    親が決めた学校に行き、誘われるままに転職をして…、
    考えてみれば将来とかはあまり意識せず、これまで今だけを見て仕事をしてきたのだと思います。

    飛び込んだ派遣の世界は、想像とはだいぶ違っていて、かつて営業時代にクライアントとして関わってきた派遣会社のそれともかなり違っていました。

    保育士や幼稚園教諭の人達を派遣する事は、いわゆるOLや技術職とは明らかに何かが違う気がしました。同じように対応する事に違和感を感じました。

    保育士資格や幼稚園教諭の免許を持つ私が、
    私だからできる(かもしれない)…
    この人達を専門に派遣する会社を作りたい!と強く思いました。

    別に社長になりたいとか、金持ちになりたいとか、上昇志向があったわけでもなく、
    それどころか自分に自信がなく、人に聞いたり確認しないと前に進めないような性格の私です。

    ただ子どもの頃から学級会でも意見を言ってしまうタイプでした。積極的というよりも意見を思いついて、言いたくなるタイプという感じです。

    そんな私が大きく一歩を踏み出せたのは、そこに奇跡的な出逢いがあったからです。

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    ⑦相棒との出逢い

    同じ違和感を持つ人がいました。
    元々保育士で、謙虚で物静かではありますが、自分の意見はしっかりと持っている人です。

    私が私達らしい派遣会社をつくりたいと言ったら、「一緒にやる!」と言ってくれた人です。

    「信じている」と言ってくれました。

    いつお給料が出るようになるかもわからなったのに、「かまわない」と言ってくれました。

    着いてきてくれるって嬉しいけど、だからこそ絶対成功させなきゃ!という、プレッシャーはありました。

    20才以上歳が違い、20センチ以上身長が違う私たちは、良きパートナーになりました。

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    ⑧ 保育の世界

    奇跡的な出逢いを経て、2人でどんな会社にしたいかを話しました。

    ベテランの保育士さんに、
    「あなたのストレス発散方法は何?」と聞いた事があります。

    「人間関係で悩んでも、園長先生に叱られたり、保護者から厳しいクレームを受けたとしても、
    『また可愛いあの子達に会える♪」』と思うとウキウキしちゃって、嫌な事が吹っ飛んじゃうんです♪」
    と、ゲラゲラ笑いながら言ってくれました。

    こんな仕事が他にあるでしょうか?
    明日も上司や職場のみんなに会える!とウキウキして、それがストレス解消になる…なんて事が。(たまにはあるかもしれませんが🙇‍♂️)

    「保育の世界は特別だ」そう思わずにはいられなかったのです。
    その特別なお仕事に就く人達を大切に思い、サポートしたいと思いました。

    小さな可愛い子ども達を守ってくれる人達を、私達が守る仕事がしたい、2人の気持ちは同じでした。

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    ⑨いざ法務局へ

    法人登記するぞ!いざ法務局へ

    パートナーは決まりました。
    理念も固まりました。
    次は会社を作ります。

    え?会社ってどうやって作るの?
    元々保育科卒の私、何の知識もありません。

    20年前はネットで調べて🔍も、なかなか欲しい情報が得られなかった時代です。

    どうしよう…と悩んだ結果、かつての同僚に起業した人がいた事を思い出し、連絡をしてみる事にしました。

    「ねえねえ、会社ってどうやって作るの?教えてよ。」
    「やっぱり行政書士とか、頼んだ方がいいかな⁉︎」
    「素人の私なんかに、簡単にはできないよね?」

    グイグイ質問する私に辟易したのか、いささか素っ気なく、
    「え、そんなの人に頼むとお金かかるし、自分でやればいいよ。俺も自分で全部やったよ。」

    お金かかる…

    「そっかお金かかるよな。へぇー自分で全部できたんだ。じゃあ私もやってみよう。」

    無謀にも私は「全部自分でやる」を選んでしまいました。
    考えてみれば相談したその人は一流大学卒のかなり聡明な人だったのですが、その時は私にもできると思っちゃいました。

    とりあえず法務局へ行けば何とかなるかな…って感じでした。

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    ⑩法務局の洗礼

    法務局へ行ってもどこの窓口に行ったら良いのかわかりません。

    どんな書類を揃えたら良いのかもわからず手ぶらで向かいました。

    そんな時に目に飛び込んできた、
    相談窓口 というありがたい看板

    ちょっと怖そうなおばさまが、
    鎮座マシマシ👵ていらっしゃいました〜!

    恐る恐る「あのぉ〜会社をつくりたいんですけど」と話すと、
    チラッと私を見てから
    (この人本気なのかしら?って顔)

    「初めて⁉︎」
    「あ、はい」

    ちょっとの沈黙の後、何枚かの紙を渡されました。

    「これだけ用意して」
    出された用紙には聞いた事のない書類の名前が色々書かれていました。

    簡単に言えば次のようなものになります。

    ・会社の名前や所在地、資本金、役員、業務内容等の基本事項を書いた定款を作成する
    ・公証役場でその定款の認証をもらう
    ・資本金を口座に入金し、銀行から証明をもらう
    ・会社の印鑑を作る

    それどうやるの?
    全てがわからない事の連続でした。

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    ⑪事務所と家具選び

    わからない事の連続でしたが、楽しかった事もたくさんありました。それは事務所づくりです。

    事務所探しは悩みました。
    場所は私の原点でもある
    横浜駅 一択!

    駅から近くて、狭くてもいいけど、広さは派遣法の基準を満たしていることが絶対条件です。

    そして内装はどうしよう。
    派遣会社なんて、パソコンと電話があって、机と椅子があれば良いと思ったけど、面接室には何だか私らしさを出したくなっちゃって。

    元々バリやアジアン家具が好きだったこともあり、意味もなくカップボードを置いたりと装飾にこだわりました。

    面接にいらした方には、
    「何だかおウチみたいですね。」
    と、言われたりもしましたが😆

    面接室にお金をかけた分、
    事務所側の書庫や机などは、全て知り合いの閉所した事務所から譲り受けたものです。
    (派遣法で、面接室は事務室と分ける必要がありました)

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    ⑫登記完了

    会社づくりには、すご〜く楽しい事とすご〜く大変な事があります。法務局には合計5回通いました。

    4回目の時、もうこれでOKかと思ったらまさかの、
    「印鑑が小さい!」

    あ〜また来なきゃ行けないんだ😨

    何と私は会社の大事な印鑑を、自分の名前の三文版で用意していたのです。

    会社の印鑑は、代表者の個人名の印鑑でも良かったのですが、印影の大きさには制限がありました。

    落ち込む私を見て、受付の方が慰めなのかこう言ってくれました。

    「でも次来る日は3月3日、お雛様の日じゃない?何だか縁起の良い日で返ってよくない?」

    最終的に受け付けた日が会社の創立日としてずっと残る…という事に気づいてハッとしました。

    でも、初めは怖そうに感じた相談員の方が、こんな優しい言葉をかけてくれるようになったんだと思い、帰り道は何だかほっこりしました。

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    ⑬派遣の許可申請

    派遣会社設立への壁はまだまだあります。派遣会社設立には労働局に申請をする必要がありました。

    派遣会社設立に必要な主なものとしては、以下のようなものがあります。

    ・資産要件…1事業所につき、1,000万円(現在は2,000万円)の資産があること
    ・管理職の経験を有する者が、派遣元責任者の講習を受けていること
    ・規定の広さの事務所が派遣会社専有としてあること(賃貸の場合は用途が住居用ではなく事務所用となっている必要があります)

    以上の許可基準を満たし、これらを証明する書類を整え、労働局に申請します。

    書類に不備があれば何度か手直しが必要ですが、許可申請までにはほぼ3ヶ月位かかります。

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    ⑭開所式

    ついに営業開始です!
    友人を数人呼んで、私は着物をお姑さんに着せてもらい、開所式をしました。

    今は亡き姑がワンルームのバスルームで、汗だく💦になって私と友人の着物を着付けてくれました。

    場所は横浜駅からほど近い、8畳のワンルームです。
    ・同じビル内に風営法関連のお店はない事
    ・事務所側と面接室とはパーテーション等で仕切られている事
     ※これらの基準もOKです。

    夫が持ってきてくれた生春巻きと唐揚げで乾杯🥂質素な開所式です。

    さあ、みんなの力をもらって気合いも入りました。不安もいっぱいあるけど、楽しみでしかない時間が動き出しました。

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    ⑮営業開始

    営業するエリアを、最初の1年間は会社がある横浜から、少し離れた神奈川県の西部、湘南地区だけに絞りました。

    今までお世話になった会社も当時は横浜にあったので、そのエリアを侵害したくはなかったのです。

    派遣の営業といえば、飛び込み訪問とFAX、ひたすらただただ続けました。

    心がけていたのは、潜在的にある自分の保育観を排除し、宗教法人の施設も多いので、特定の宗教色を出さない無宗教の姿勢を保つようにしました。

    保育士資格や幼稚園教諭の免許があり…とアピールしている私ですが、何十年も保育に真っ直ぐに向き合っていらっしゃる園長先生方に対して、私のちっぽけな保育観は無力です。

    ひたすら教えて頂くことばかりでした。なるほどそうなんだ。へぇーそんな事があるんだ。

    それぞれ保育方針が異なる園長先生から、それぞれに学ぶ事がありました。こうしたお話を伺う事ができるのは大変楽しい時間でした。

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    ⑯保育園訪問

    派遣の営業が楽しいと思えたのは、かつての広告営業での経験が大きかったと思います。

    前職では、飛び込み訪問を1日30件以上、名刺を最低でも1日20枚はもらってくるという、目標という名のノルマがありました。

    いきなり訪問するわけですから、人によっては、怒鳴られて追い返されたり、名刺を投げ返されたりもします。

    20件中19件は「いらないよ」と断られ、話を聞いてくれるのはそのうちの1件程。

    そんな経験をしている私にとって派遣の営業は天国でした。特に保育施設の方は皆さん丁寧に対応してくださいました。

    ほとんどの園長先生は「派遣は使わないと思うけど」と言いながらもきちんと話を聞いてくださいます。

    応募してくださる方の面接をしていると、それまでの経験が大きく左右するんだなと思います。

    元々が厳しい仕事だと、次が少しでもラクになると「働きやすい」と思うし、
    逆にラクなところにいた人は、次にどこに行っても「大変だ」と思うようです。

    私は前者で、保育園さんや幼稚園さんの対応がどこも優しくて、営業で訪問するのはとても楽しかったです。

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    ⑰邂逅

    「邂逅」 私が中学生の時から好きな言葉です。
    思いがけなく出会う、巡り会うこと

    私は素敵な園長先生にたくさん出会えました。

    ・ある園長先生は、物事をはっきりおっしゃるタイプの方で、私も初めはちょっと怖い方かなと、緊張していましたが、実はとても暖かい先生でした。

    保育士さん一人ひとりの事をとてもよく見て、その人の幸せを真剣に考えていらっしゃる先生でした。

    ・またある乳児院の施設長先生には、何も知らない私に乳児院の実際を教えていただきました。

    ある日、事務所で施設長先生と打ち合わせをしていた時、
    突然「ごめんなさい、ちょっと」とおっしゃって部屋を出て行かれました。

    残された私は思わず立ち上がって、無意識にゆっくり先生の後を追いました。

    するとそこには…、

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    ⑱乳児院

    施設長先生のあとを追った私が見たものは、
    涙を流している数名の保育士さんと、その先には小さな男の子が大人の人に手を引かれて車に乗り込むところでした。

    状況が飲み込めなかった私に、席に戻った先生がゆっくり教えてくださいました。

    小さな男の子は、わずかな私物と共に乳児院から養護施設にうつる所だったのです。

    乳児院とは、何らかの事情で保護者が育てられない0歳〜3歳までの乳幼児を24時間養育する施設です。

    そのため3歳のお誕生日を迎えた子どもは、自動的に養護施設に移ることになるのです。

    「もうこの子には2度と会うことはない」と、涙を流していた保育士さんとは対照的に、少し不安そうではありましたが、淡々と手を振りながら車に乗り込む男の子の姿が印象的でした。

    男の子は多分状況がわかっていなくて、車でどこかに遊びに行くのかなと思っていたのかもしれません。

    少なくとも、今までママのように当たり前に接してくれていた保育士さん達に、もうこの先会うことはないんだということは、理解していないだろうと思うと、胸が張り裂ける思いでした。

    仕事の打ち合わせを続けなければいけないのに、私は激しく心を揺さぶれ、平静を装おうと必死だった事を覚えています。

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    ⑲顔合わせ

    世の中には自分の知らない世界がたくさんあるんだと、思い知らされました。

    派遣の保育士さんにもいろんな方がいらっしゃいました。

    会社を立ち上げたばかりの頃は、保育士さんの要望にはできるだけなんでも答えたいと思っていました。

    ある日まだ生後6ヶ月の赤ちゃんを連れて面接に来た若いママさんがいました。

    エントリーシートを記入する時は、もちろん率先して私が抱っこしました。赤ちゃんは温かくて適度に重く、久しぶりに赤ちゃんを抱っこできて、なんだか思いがけないご褒美をもらった気分でした。

    シングルの彼女には幼子を預かってくれる知り合いがいなかったので、勤務する保育園への顔合わせにも赤ちゃんは一緒に向かいました。

    とはいえ、保育園内での打ち合わせには赤ちゃんを連れて行けなかったので…、
    こんな時は頼もしい私の相棒(取締役で元保育士でもあるパートナー)の出番!とばかりに一緒に同行してもらいました。

    相棒には、打ち合わせの間、保育園前の駐車場に停めた車の中で🚗赤ちゃんをあやしながら待っていてもらいました。

    1時間ほどでしたが、いくら元保育士とはいえ、夜暗い中で初めての人に抱かれた赤ちゃんは、さすがに人見知りが激しく、ずっと泣いていたそうです。

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    ⑳ありたい自分

    私の会社(株)あんだんての理念は、
    「あなたのありたい自分を応援します」

    この理念にした理由の一つには、ある保育士さんに勤務先の提案した時のことが挙げられます。

    20代、髪が明るめの茶色で感じの良い今どきの可愛らしい女性でした。

    希望の条件は、まずは家から近いこと。時間は固定で1日7時間。土日は休めること。

    その頃その方の条件の勤務先を探す事は、そこまで大変ではありませんでした。

    担当は元保育士でコーディネーター歴2年の者、速やかにマッチングし、自宅から一駅で希望条件にピッタリの保育園を提案し、園長にも本人にも喜んでもらえ、翌週には勤務が開始されました。

    ところが…、
    勤務開始翌日、園長先生から突然電話がありました。

    「保護者にもタメ口だし、雰囲気が合わない…。」
    伝統ある園で、保育士さんに求めるマナー等は厳しかったのです。

    正直いやその程度で…と思いましたが、本人に確認すると本人もまさかの「辞めたい」と言うのです。

    完全にミスマッチでした。本人が話してくれる条件だけでなく、本来ありたい自分を一緒に見つめ、その人に合う勤務先を紹介する事がとても大切なんだと思い知らされました。

    あなたのありたい自分

    これらの経験からあんだんての理念を決めました。あんだんてはこれからも、皆様のありたい自分を応援していきたいと思います。
     おわり。

    #創作大賞2026
    #ビジネス部門

     
     
    そんなことあるよなって事、共感してもらえたら嬉しいです。私は保育士さんや幼稚園の先生にお仕事を案内、お悩みに寄り添う会社を経営しています。創業20年、この経験を元に、園長先生や経営者の思いを勝手ながらこっそり書いていきます👩

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