
日本一〝深い〟大江戸線
先日、用あって都営大江戸線の飯田橋駅を利用したら、地上に出るまでの階段が長いったらありゃしない。もちろん、エスカレーターもあるので、人力で昇ったわけではない。それでも、辟易としてしまった。
そこで思い出したのが、以前、大江戸線に乗っていたとき、隣の親子連れが交わしていたこんな会話である。
「大江戸線って日本一深い地下鉄なんだよ~」
「へぇ、そうなんだ~」
もちろん、ここで言う「深い」とは物理的な意味である。地表からどれだけ地下深くにホームがあるのか、という話だ。
だが、この会話を聞いたとき、私はふと、大江戸線は別の意味でも日本一〝深い〟地下鉄なのではないか、と思った。
どういうことか。
普通、鉄道や地下鉄の路線には起点と終点がある。たとえば東京メトロ東西線なら、中野駅と西船橋駅を、一直線とは言わないまでも、一つの線として結ぶことができる。
ところが、大江戸線は違う。
その路線形状(あるいは正確にはトポロジーと言うべきなのか)は、「の」の字をひっくり返したような形をしている。つまり、一方の終着駅である都庁前駅が、同時に途中駅でもあるのだ。
電車は一度「都庁前駅」を経由し、都内をぐるりと回り、やがてまた「都庁前駅」へ戻ってくる。
不気味にもこれが、私には人生に見える。
私たちの多く(あるいは私だけかもしれないが)は、人生の中で何かを目指している。しかし同時に、過去の失敗を二度と繰り返すまいとしながら、皮肉にも何度も似たようなパターンに陥り、それを繰り返してしまう生き物でもある。(ここで私は精神分析における「転移」概念を念頭に置いている。)
まるで、一旦「都庁前駅」から離れたはずなのに、知らぬ間に少しずつ角度を変え、気づけばまた同じ駅へ引き込まれていく、大江戸線のように。
私も過去に、何度も〝同じような〟出来事に遭遇して(もちろん、韻を踏むようにひとつひとつは違うのだが)、心底ウンザリしている。けど、それは決して偶然などではなく、ある種の人間が、呪いにかけられたかのように大江戸線的な生き方をしているからだろう。おお、こはい。
以上、私の思う、都営大江戸線が日本一〝深い〟地下鉄である所以でした。